第16話

 ――――流石にそろそろ仕事に戻らないとマズい。と、フルーツ牛乳を飲み終えたトキヤが仕事場に戻った後も、シオンとバルは大浴場のすぐ側で待機し、アイリス達が出てくるのを待っていた。

 バルはどこからか取り出したバールのようなものをくるくると回し、シオンはとても良い姿勢のまま、更衣室前でじっとしており、トキヤがいなくなってから二人の間に会話はなかったが。

「けど、バル達はいつまでこの三文芝居に付き合わなければいけないんでしょうね?」

 と、バールのようなものを手慰みにするのも飽きたのか、唐突にバルがシオンに語りかけた。

「私は許されるのでしたら、いつまでも付き合うつもりです」

「……正気ですか?」

「はい。私はあの日、トキヤ様に同行し、アイリス様の目覚めに立ち会いました。そして、アイリス様の無垢なる思いと、トキヤ様の私如きでは読み切れないあまりにも複雑な思いを感じ、私は軍の備品ではありますが、このお二人を果てるその時まで御守りしたい。そう思ったんです」

「……あの二人の関係、シオンも教えて貰ってないんですよね?」

「はい」

「それでも?」

「それでも、です。私はあの時、お二人の在り方を、尊い、と確かに感じました。理由はそれだけで十分です」

「……尊い、ですか。もし、そんな台詞を人間や他のJDが言っていたら、失笑するしかないんですけど」

 シオン相手では皮肉も言えませんね。と、バルは諦観したような表情を浮かべ。

「本当に、シオンは人間が大好きなんですね」

 バルは呆れたように、けれども、とても優しい表情で微笑んだ。

「……そう、なのでしょうか。私という個体は花が好きだと認識していたのですが」

「それも正しい認識だと思いますよー。けれども、何で花が好きなのかってことに目を向ければ、色んな事が見えてくると思いますよ?」

「……」

 そして、シオンがバルに言われた通り、自分が何故、花が好きなのか、その理由を深く考え。

「――――ああ、そういうことだったのですね」

 シオンは、自らの思いを悟った。

「私が花を好むのも、ライリス内で情報交換せず、こうしてバルと話しているのも全て……。……ありがとうございます。バルには色々と教わってばかりですね」

「まあ、バルは中古ですからねー。この基地の他のJDと比べれば、良くも悪くも長い時間をこの世界で過ごしてきましたから」

 経験豊富なんですよー。と、バルはバールのようなものをブンブンと振り回し、悪戯な笑みを浮かべていたが。

「……それに、バルも技術屋さんには感謝してるんです」

 バールのようななものを壁に立てかけ、無表情に限りなく近い、あまり他者に見せたことのない表情になったバルが、自分のトキヤに対する思いを語り始めた。

「シオンの好きなものが人間なら、バルの好きなものは、――――思い出なんです」

「……思い出。それはライリス内でもクローズドにしている、バルの記憶領域のことですね」

「ええ、バルがここに来るまでの記憶です。……バルの今の身体は、サンとほぼ同機種ですから最初はサンと顔も同じだったんです。けど、ある日、技術屋さんがバルに『お前は自分の顔を見る度に肩を落としてるな。……その気があるならいつでも昔の顔を再現してやるぞ』……って、言ってくれたんですよ。……嬉しかったし、救われたって感じたんです。だから、ハルも――――」

 と、そこまでバルが語った時、大浴場の方からアイリス達の賑やかな声が聞こえ、我に返ったバルは、あははー。と、ごまかし笑いをした。

「えーっと、ちょっと喋り過ぎちゃいました。ここでの会話はライリス内でもオフレコにしてくれると助かるんですけど……」

「はい、最初からクローズドにしてあります」

「んー、流石シオン! 天才的な気配りですね!」

 グッジョブ! と、バルはシオンを本気で賞賛した後、大きく伸びをして、気持ちを切り替えた。

「それじゃあ、今日もお姫様がお休みになるまで、面倒を見ましょうか」

「もちろんです。それが私の使命ですから」

「使命って……、シオンはもう少し肩の力を抜いても……」

 そして、シオンとバルは横に並んで歩き、仲間達と合流し。

 

 この国の戦況が大きく変わるまでの数時間を穏やかに過ごした。

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