第12話
この国の政府が持つ軍事基地の約半数には大浴場と呼ばれる設備が存在している。
その大浴場に数年前、初めて足を踏み入れた際、トキヤは。
『……これ、スーパー銭湯だ。中東の軍事施設にスーパー銭湯がある……!』
正直、助かる! けど、意味がわからない……! と、歓喜と混乱の二つの衝撃を受け、トキヤはその大浴場の成り立ちを知りたくなり、熱心に調べた結果、大浴場があるのは自分と同じ国出身の建築家が黙々と仕事をし続けた成果であり、更にその建築家が自分と似たような理由からこの国に来たということを知り、トキヤは秋の夜更けに少し、しんみりとした気持ちになったことがあった。
そんな別に美談ではない、けれども無視もできない微妙な過去を持つトキヤにとって、大浴場は少し特別な場所であり、そんな場所でイタズラを行うなど言語道断と、トキヤは怒りに近い感情のままに、更衣室の扉を開け、静かに靴を脱いで揃え。
「ん、バルだけはちゃんと揃えてるな」
これだけは賞賛に値する。と、更衣室の入り口に脱ぎ捨てられていたサンとカロンの靴をしっかり揃え、アイリスとシオンに靴はしっかり揃えるようにと指示をしてから更衣室に向かい、脱衣かごに入っていたサンとカロンのグチャグチャの衣服をテキパキと畳んでから、大浴場へと向かった。
そして、大浴場に繋がる扉の前で、このままだと穿いているカーゴパンツが濡れてしまうことに気づいたトキヤがカーゴパンツの裾を捲っていると。
「ふふっ、サンちゃん、くすぐったい……」
少女の可愛らしい笑い声や。
「カロンの胸って本当におっきいよねー。最近、ちょっと羨ましいなあって思ってきちゃった。……なんでだろ?」
少女の赤裸々な発言や。
「あら、これは、明日はお赤飯ですね。技術屋さんには、ちゃーんと責任を取って貰わないと」
少女の不穏な発言が大浴場から響いてきていたが、裾を捲り終えたトキヤは特に気にする様子もなく、無表情のまま立ち上がり。
「――――おい、お前達、ここで何をしている」
大浴場への扉を躊躇うことなく開けた。
もし、大浴場にいたのが普通の少女達であったのなら、大絶叫のコーラスの後、トキヤは憲兵に捕まり牢獄行きであろう。
だが。
「……トキヤ、さん」
「あ、トキヤだ。やっほー」
「あらら、乙女の柔肌を求めて、獣が現れちゃいましたか」
そこにいた三人は、少女の姿をした機械、JudgmentDollであり、突然のトキヤの登場に少し驚きはしたものの、誰もその裸体を隠そうとはしなかった。
「……」
そして、一番大きな湯船に浸かっている三人の姿を視認したトキヤはその浴槽に近づき三人を見下ろしながら。
「で、今日の首謀者は誰だ? そして、どんな悪戯をしようとしていた?」
三人がやろうとしていたことを吐かせるため、あえて高圧的な態度のまま、言葉を作ると。
「……」
「……」
「……」
JDの三人は一度、目を見合わせ、それから、サンとカロンが首を強く横に振った。
「ち、違います……」
「そうそう、今日はイタズラなんかしないよー。だって、トキヤ、今日砂漠を歩いて疲れたでしょ? そんな人にイタズラするなんて可哀想だもん。やっぱりイタズラをするならやる方もやられる方もみんな元気じゃないとね!」
「……サン、お前……」
人の体調をしっかり気遣えるのに、どうして、人にイタズラをしないという選択肢に辿り着かないんだ? と、トキヤはサンの邪気のないアグレッシブな性格に頭を抱えた。
……何にしても、バルは兎も角、サンとカロンがこんなどうでもいい場面で嘘をつくとは思えないな。
そして、三人と会話をしたことで更新された最新の情報からトキヤは、今回の件は自分の早とちりの可能性が高いと思い始めていたが。
「しかし、じゃあ、なんで大浴場を貸し切りにしたんだ……?」
三馬鹿が大浴場を使っている理由がわからないとトキヤが首を捻ると、シオンと全く同じ
「それは、カロンのために、バルちゃんが……」
「……バルが?」
そして、カロンの話の途中であったが、三人の中で一番警戒すべき相手の名前が出たことでトキヤが反射的に視線をバルに向けると、バルはやれやれ、と、短いツインテールを揺らした。
「まあ、貸し切りにした理由は論より証拠ということで、技術屋さん、浴槽に手を入れて貰えます?」
「……」
そのバルの言葉に、これがイタズラじゃないだろうな。と、若干警戒しつつも、トキヤは水がたっぷりと張られた浴槽に手を入れ。
「……これ、冷水か」
トキヤは、その事実に気がついた。
三人が浸かっていた浴槽にはお湯ではなく、冷たい水が張られていたのだ。
「……」
そして、冷水の風呂に入浴しているという事実から、何かを悟ったトキヤはカロンへと視線を戻し、そのトキヤの様子を横目で見ながら、バルは説明を始めた。
「そう、大浴場を貸し切らせて貰ったのは、温水ではなく冷水を張ったからです。幾ら気温が高いとはいえ、人間の皆様に冷水の入浴は辛いでしょうからね。そして、冷水を張った理由は、技術屋さんはもうお気づきみたいですけど、カロンの熱を取るためです」
「……」
「技術屋さんも知っての通り、カロンは今日の戦闘でちょっと無茶をして排熱がうまくいかなくなりました。でも、それ自体は、技術屋さんのファインプレーで事なきを得ましたが……」
「……違和感が残ったか」
と、トキヤがバルの説明の最中にカロンに確認を取ると、カロンは申し訳なさそうに小さく頷いた。
「……数値的には異常ではない。けれども本人としては違和感を覚える。といったところか。おそらく身体の内部に余計な熱が僅かに残ってしまっていたんだな。……すまん。俺の確認不足だった」
「あ、そんな、これは、カロンが悪いんです。ちゃんと、報告しないから……」
「……ああ。正直、そういうところは、直して欲しい」
「あぅ……ごめん、なさい」
そして、トキヤとカロンが互いに謝った後。
「今回は完全に俺の早とちりだった。すまなかったな三人とも」
トキヤは改めて三人に謝罪してから、残された小さな疑問を解決するために、サンとバルに視線を向けた。
「しかし、カロンが入浴している理由はわかったが、二人まで冷水に浸かっているのは何でだ? 純粋に付き合いか?」
「あー、うん、それもあるけど……」
「今日の帰投中に、技術屋さんがくどくど言ってましたよね? 暇なら可動部位に砂粒が入り込んでいないか自分でチェックしろって」
「ん? ああ、確かに言ったな。粉塵対策はしているとはいえ、絶対は……成る程、お前達の入浴は関節の水洗いというわけか」
「ええ、バルやサンみたいなハイブリッド型や
と、そこまで普通に会話をしていたバルだったが、何かを思いついたのか、急に、にやにやと怪しい笑みを作り。
「そうだ、技術屋さん。これからバルの可動部位のチェックをしてくれませんか?」
バルは浴槽の中で艶めかしく身体を動かし、トキヤに向けて水に濡れた手を伸ばした。
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