第11話

「ペルフェクシオンはアイリスの付き添いで来たのか? ……いつも悪いな」

「いえ、それも理由の一つですが、個人的にトキヤ様に提出したいものがありまして」

「……?」

 俺に渡したいものって何だ? と、全く思い当たる節がなかったトキヤが疑問に思っていると、ペルフェクシオンが自らの手に持っていた物をトキヤに渡した。

「……これは、紙の資料か?」

 それは紙が綺麗にファイリングされた何らかの資料だった。

 この時代、紙で資料のやり取りをする人間すら珍しいというのに、最先端の技術の結晶たるJDが紙で資料を作成するという状況にトキヤが軽く困惑していると。

「はい、私の小隊が結成されてから今日までの小隊の戦術データをまとめたものです。ぜひ、トキヤ様に見て頂きたく思いまして」

 トキヤの困惑を少しズレて受け取ったのか、ペルフェクシオンがその紙の資料に書かれている内容を言葉にし、何か読むことを急かされているように感じ取ったトキヤは紙の資料をペラペラと捲り始めた。

「……」 

 ……よく破損する部位のまとめや新武装の要求とかなら兎も角、俺は作戦指揮とは何の関係もないから、こういうのを読む必要はないと思うが……ええっと、何々。

「……」 

 うん、半分も書いてあることがわからん。と、専門外の小難しい戦術論がビッシリと書かれた資料を真面目に読むのがしんどくなってきたトキヤは読み方を斜め読みにシフトし、一気にページを捲るスピードを上げた。

 そして、資料の後半に差し掛かったとき。

「――――」

『アイリス様の護衛になってからの所感』という項目を見つけ、トキヤはゆっくりと資料を閉じ、その視線は自然と、いつの間にかレタと雑談を始めていたアイリスの背中を見つめていた。

「……ペルフェクシオン、この資料は後でじっくり読ませて貰う」

「はい、何が書いてあるのかを確認して頂ければ、今はそれで十分です」

 そして、紙の資料を隠すように自分のデスクにしまってから、トキヤは、ペルフェクシオンの宝石のような紫の瞳をじっと見つめた。

「……トキヤ様? どうかいたしましたか?」

「……いや、お前にはずっと世話になりっぱなしだなと思ってな。初めて出会ったときも、命を助けられたときも、そして、エースの座をワスプに譲って、アイリスのサポートを買って出てくれたときも。……ありがとう、ペルフェクシオン。俺はこの国でお前に出会えて本当に良かった」

「……それは、私には勿体ないお言葉です。私のこの行動は、JDとしてあるがままに存在している結果に過ぎないのですから」

「お前の在り方がJDの本質だけの結果というなら、三馬鹿連中の素行の悪さはなんなんだって話だな。……ま、俺がお前に感謝しているのは絶対の真実だ。だからたまには礼をしたいんだが、何か欲しいものとかはないか?」

「欲しいもの、ですか。特には……あ、いえ、物ではありませんが、トキヤ様に一つ、お願いしたいことがあります」

「ん、何だ。遠慮せず、何でも言ってくれ」

「では、お言葉に甘えまして。……トキヤ様、これからは私のことを、シオンと呼んでいただけないでしょうか?」

「……ん? ……俺に愛称で呼ばれることが、お前の望みなのか?」

「はい。それが今、私の中にある唯一の願いです」

「……」

 トキヤにはそのペルフェクシオンの願いの意味を読み取ることはできなかったが……。

 ……俺がずっとフルネームで呼んでいたのは、ペルフェクシオン完璧という名に敬意を持っていたからなんだが、まあ、本人が愛称の方が良いというならば。

 呼び方を変えるぐらい、お安い御用だとトキヤは小さく頷き。

「わかった。じゃあ、今度からお前のことを――――」

「トキヤくん、レタさんからクッキー貰っちゃったー! トキヤくんも一枚いる?」

 と、急に話に割り込んできた明るい声が、トキヤの言葉を遮った。

「ん、いや、俺はさっき貰ったから大丈夫だ」

「あ、そうなんだ」

 そして、ピスタチオ入りのクッキーを手に持ち、すぐにでもトキヤの口の中に放り込める準備をしていたアイリスは、トキヤの返事を聞き、残念そうに肩を落とし。

「でしたら、私に一枚頂けますか? 私はアイリスのように特殊なJDではないので、食料は必要としませんが、女性型のせいか、どうしてもお菓子には惹かれてしまうのです」

その少し落ち込んだアイリスの姿を見たペルフェクシオンがすぐにアイリスに声を掛けると、アイリスの表情が一気に輝いた。

「――――だよね!? シオンちゃんも、やっぱりそうだよね……!? わたし、食事は動力源として仕方なく摂取してるんだけど、お菓子だけは、こう、なにか、なにか、ちょっと違うの……! ねっ!?」

「ええ、うまく言語化できないその気持ち、私もわかります」

 そして、自分の言葉に強く頷くペルフェクシオンを見て、気をよくしたアイリスは手に持っていたクッキーは自分で咥え、紙袋から新しいクッキーを取り出し。

「はい、どうぞ!」

 と、元気よくペルフェクシオンにクッキーを渡し。

「ありがとうございます」

 そして、ペルフェクシオンは手渡されたクッキーを囓り。

「ん、とても美味しいです」

 嘘偽りのない、優しい微笑みを浮かべた。

「……」

 そんなペルフェクシオンの様子を間近で見ていたトキヤは。

 ……本当にお前は気遣いの天才だな。

 と、ペルフェクシオンの人当たりの良さに感服するのと同時に。

 ……俺の何も考えていない発言のせいで、不必要な食料を摂取させることになって、すまん。後でアイリスに見つからないよう、こっそり排出しておいてくれ。

 と、心の中で謝罪をした。

「……」

 そして、それからトキヤは、リスのように可愛らしくクッキーを食べている二人の少女の姿が普通に眼福としか言いようのない光景であったため、暫くの間、ぼんやりと二人を眺めていたのだが。

「あ、そういえば」

 少女と表現するのは些か無理があるが十分に若い二十代後半の女性、レタが緑茶のお代わりを淹れながら声を発したので、トキヤはそちらに視線を向けた。

「ねえ、羽野君、あたしさっきサンちゃん達と会ったんだけどさー」

「三馬鹿にですか。……あいつらレタさんに何か粗相をしませんでしたか?」

「してないしてない。……羽野君って、あの子達にだけちょっと厳しくない?」

「そうですね、それは自覚してます。サンは真っ直ぐなやつですし、カロンは……俺よりレタさんの方がよく知ってると思いますが、優しすぎるやつです。そんなあいつらだけなら何も問題ないんですが、そこにバルが加わるとどういうわけか暴走列車になってしまうので、常に注意してるんです。あ、バルは単体でも普通に注意警戒対象です」

「えー、バルちゃんも良い子だと思うけどなー。もしかして、羽野君、小っちゃい頃、バルちゃんみたいな女の子に虐められた経験でもあるんじゃないの? ……って、話がズレちゃったね。それで、あたしさっきサンちゃん達に出会って、人間用の大浴場を一時間ほど貸し切りたいって頼まれたから許可したんだけど、別に問題無かったわよね?」

 そして、レタがサン達のお願いを聞いたということを知ったトキヤは笑顔で。

「――――いえ、大問題です」

 と、レタのその判断は迂闊すぎたと断言した。

「だ、大問題なの……?」

「はい。俺もあいつらとの付き合いは長いんで、あいつらの小学生みたいな悪巧みはもう大抵想像できるようになったんです。けれども、その大浴場を貸し切ってする悪巧みが全く想像できないんです。これは非常にマズい事態です」

「……じゃあ、普通に使用するだけで、悪いことはしないんじゃないの?」

「ははは、そんなわけないじゃないですか。平時にサン、バル、カロンの三馬鹿が揃って何もしないなんてことはありませんよ。レタさんだって、あいつらに酷いイタズラをされたこと、ありますよね?」

「いや、だからないの。本当に、一度もね」

「……は? いやいや、レタさんだって、あいつらお得意の、空から降ってくる百のタライ、ワサビバーガー、寝起き爆弾、バールのようなものでケツ叩き、人間大砲、のどれかの犠牲になったことぐらいありますよね?」

「……それ、何の話? 羽野君の国のバラエティ番組の内容? あまり面白そうには思えないけど……」

「え」

 同僚のレタと話が噛み合わないことから、あれ? もしかして三馬鹿のイタズラの被害者って俺だけ? と、真実に限りなく近づいたトキヤだったが、今は思索に耽るよりも三馬鹿を止めるべきだと考え、席を立った。

「と、とにかく、俺、ちょっと三馬鹿の様子を見てきます。あ、そうだ。悪いがお前達も付いてきてくれるか?」

 そして、いざという時のために基地内最強のJDと自称JDに同行をすることを頼み、二人が頷いたことを確認してから、トキヤは歩き出した。

「それじゃあ行くぞ、アイリス、――――シオン」

「うん!」

「――――はい」

 そして、トキヤはアイリスとシオンを連れ、三馬鹿との浴場決戦へと向かうのであった。

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