第13話

「バル達の様子を見に来られるんですから、技術屋さん、今、暇なんですよね? 少しぐらいこの可愛い可愛いJDのボディを調べてくれませんかあ?」

「……」

 そして、浴槽の中で扇情的な動きを続けながら要求し続けるバルから視線を逸らすことなくトキヤは、そのバルのちょっとした願いを。

「――――ああ、いいぞ」

 と、二つ返事で了承し、すぐ後ろでアイリスの雑談の相手をしていたシオンに更衣室から五、六枚のバスタオルを持ってくるように頼み、シオンからバスタオルを受け取ったトキヤはその場にバスタオルを敷き詰め、迷いのないその動きを目を点にして見ていたバルが浴槽から出していた腕を掴み。

「よっ……」

 その言葉と共に、まるで水槽から魚を取り出すようにバルを大雑把に引っ張り上げ。

「っと」

 それでいて、自分の服が濡れることなんて一切気にせずトキヤは、バルを人間の赤ん坊を扱うように優しく抱き、バルの身体をそっとバスタオルの上にのせた。

 その一連の動作の最中、トキヤは関節以外は人間の少女と殆ど変わらないバルの裸体をしっかりと視界に入れ、その肌に触っていた。

 バルの揺れる胸はもちろん、大事な部分までも瞳に映っていたが動じず、人間と変わらない肉の柔らかさにもトキヤは動じなかった。

「それじゃあ、関節の簡易チェックをするから力を抜いていてくれ」

 そして、全裸のバルの球体関節を優しく動かすトキヤの横顔には、技師として真剣にJDと向き合うという真摯な感情以外何も見当たらず、その事実に気付いたバルが、つまらなそうに視線を逸らした。

「……まあ、普段のメンテを思い返せば、この結果は想像できましたけど、肌色全開ボディを間近で見て、一瞬たりとも戸惑わないのは、流石にしらけますね……。技術屋さんは球体関節のある女体には欲情できない人ですか?」

「急に何くだらないことを言っているんだお前は。球体関節があろうがなかろうが、俺はお前達には欲情はしないぞ」

人工筋肉搭載型ヒユーマンフェイカーでも?」

 ああ、と、バルの問いにトキヤは即座に頷き、肯定した。

 バル達、JudgmentDollは大きく三つの種類に分けられる。

 一つは、人工筋肉搭載型ヒユーマンフェイカー。シオンの身体がこれに属し、カロンの身体もこの型をベースに造られている。人工筋肉搭載型ヒユーマンフェイカーは見た目が人間と瓜二つであり、人間に安心感と親近感を抱かせるため、平和な社会では介護や擬似パートナーとして多用されており、騒乱が起きている地域では、様々な検査を人間として誤魔化せる機能を持つ機体が多くあるため、スパイなどによく使われている。戦闘に関しては破損時に専用の設備がないと修復が難しかったり、他の型のJDと比べると拡張性に劣るなど、若干のハンデを持つため資金に余裕のない組織ではあまり使われていない。

 一つは、球体関節搭載型フレームランナー。砂漠で交戦したダーティネイキッドがこの部類に属する。人の形はしているJD。つまるところ人型であるだけで基本的に金属の塊である。人間として社会に紛れ込むことは基本的に不可能であるが、人工筋肉搭載型ヒユーマンフェイカーに比べると安価で作れるため、大量生産に向いている。更に破損時には予備パーツがあればすぐに修復可能であったり、武器と容易に連結し、人ならざる形になることも可能で拡張性に優れているため、人工筋肉搭載型と比較すると戦闘時には若干有利であるとも言える。

 そして、その二つの特徴を持ち合わすハイブリッド型も存在している。バルやサンがこれに属しており、全身を人工筋肉が覆っているが、指の関節等、細かい部位を除き、肩や膝などが球体関節で作られている。このハイブリッド型はどちらのメリットもデメリットも持ち合わせているため扱いが難しいが、優秀な技師がサポートすればかなりの性能を発揮する。

 というように多種多様なJDが存在しているというのに、どんなJDであっても今の自分はそういった感情を抱かない。と、トキヤが断言した事に、バルは嘘、と驚きの声を漏らした。 

「技術屋さんって、JDを殺戮機械と認識しているこの国の人間じゃなくて、あの国の人間ですよね? 平和なのにJDを一切規制しないから、出生率が目も当てられないことになっている、あの性的倒錯大国の出身ですよね? それなのにJDに興奮しないんですか?」

「性的倒錯大国ときたか。……趣味嗜好の幅が広く、多くの事柄が許容される国、とでも言ってやってくれ。俺は逃げてしまったが、たぶん、そんなに悪い国じゃない」

「……どうでしょうかね。安寧が腐らせる果実もある、ということを理解してない時点でダメダメだと思いますけど」

「……? というか、この話に俺の生まれは関係ないからな。今の俺は、お前達の主治医みたいなものだから、そういう感情を抱きようもないんだ。医者が異性の患者を診る度に性的興奮を覚えていたら仕事にならないし、色々とマズすぎるだろ?」

「……まあ、それはそうですけど」

 何か納得いかない、と訝しげな視線を向けてくるバルに対してトキヤはこれといったリアクションをすることもなく、黙々とバルの関節のチェックを続け。

「よし、簡易検査終了。何の異常もなかったぞ」

 バルの身体の点検を終えたトキヤは、小声でぶつぶつ言っているバルの綺麗な肌に触れ、柔らかく温かい身体の重さを感じながら、バルを起こし。

「……」

 その動作の途中にトキヤは、自分が照れ隠しでも何でもなく、人間の女性そっくりのJDに対して性的興奮を全く抱かないことを再確認した。

 ……俺がJDをそういう目で見ることはもう二度とないだろうな。

「……技術屋さん。今、バルに対して、何か失礼なこと考えませんでしたか?」

「いや、何も」

 前から思っていたが、バルは人間よりも勘が鋭いよな。と、トキヤはそんなことを考えながらも、ポーカーフェイスを維持したまま、冷水に入浴中のサンとカロンに視線を向けた。

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