第6話
異臭に気付いたマント男は、一瞬、サンの二の腕の断面に目を遣ったが、すぐに視線を風が吹いてきた方角に向け。
マント男は紫色の瞳を持つ少女を視界に捉えた。
「……」
その少女は分厚いコートを羽織り、競泳水着のようなボディスーツを身に纏った身長の低い少女だった。
その少女は、黒髪のショートカットが風に揺れている以外は微動だにしておらず、その様子は気配を消しているというよりも、彼女の隣に置かれている巨大な火砲と同じように自分はただの道具でしかないと語っているようだった。
「……」
そして、そんな少女の姿をマント男は暴力的な日差しを受けながら、暫くの間、じっと見つめ続け。
「――――」
マント男は、汗一つ掻いていない紫色の瞳の少女の頬が、僅かに紅潮していることに気がついた。
そして、その事実に気付いてからのマント男の行動はとても早かった。
「悪い、サン。お前を直す前にやることができた」
軽処置では済まない、最優先治療者がいた。と呟いたマント男は、紫色の瞳の少女に向かって早足で歩き始めた。
「――――オールキット、耐熱手袋を寄越せ。それから、Tスクリューとz2形式の生体膜の準備。そして、カロン用の代替排熱機にジョイントEL577を溶接し冷却処置をしろ、――――大至急だ」
そして、マント男は歩きながら自分の隣を自走する道具箱に指示を出し、道具箱が指示通りに宙へと投げた黒い手袋を受け取ったマント男は、歩きながらその手袋を嵌め、紫色の瞳の少女とはまだ少し距離があったが。
「おい、
マント男はほんの少しだけ怒気を含んだ声で、彼女の名を呼んだ。
「……え?」
マント男に名前を呼ばれた少女、カロンは自分の名前が呼ばれるとは全く思っていなかったのか、一瞬だけきょとんと目を丸くしたが。
「あ、あの……」
すぐに状況を把握した紫色の目の少女、カロンは気まずそうに視線を逸らし、近づいてくるマント男から逃げるように二歩後ずさり、そんなカロンの姿を見たマント男は呆れたと言わんばかりに大きく溜息を吐いた。
「……カロン。お前、まだ全部のデータ、俺に提出してないだろ。確か、前にもこんな事があったよな。あれはペルフェクシオンがバルを庇って珍しく損傷した時だったか。二人のフォローに回って敵を引きつけ、自分も損傷したってのにお前はその報告をしなかった。二人を直すことを優先させるためにな」
「あ、その……」
「人間の理想とも言えるような人格を持つJudgmentDollは少なくない。お前もその中の一人だと俺は思っている。だから、お前がサンの負傷に心を痛めているのはよくわかった。だが、前にも言ったが、優先順位を間違えた善意ってのは――――最低の自己犠牲でしかないんだ」
「あ、あ……」
マント男の呆れながらも覇気が籠もった声を聞いたカロンは軽いパニック状態のようになってしまっていたが、それでもカロンは、マント男の言葉を否定するように首を横に振り続けた。
「あ、いえ、カロンは、その、大丈夫です。だから、まずはサンちゃんを、見て、あげてくだ――――」
「――――やかましい。さっさと座って背中出せ」
問答無用だ。と、カロンの眼前に立ったマント男は、肩を上から強く押してカロンを半ば強制的に砂漠の上に座らせた後、背後に回り込んで、カロンが羽織っていたコートを剥ぎ取り。
「――――」
マント男はカロンの着ている競泳水着のようなボディースーツを切り裂くように一気に脱がせた。
「……」
その結果、砂漠の真ん中で少女の乳房や背中が露わになってしまったが、胸をさらけ出しているカロンは気まずそうに目を伏せるだけで、特に恥ずかしがってはおらず、カロンの服を脱がした張本人であるマント男に至っては。
「……これは、思っていた以上に」
酷いな。と、呟き、興奮とは真逆の冷や汗を流していた。
カロンの背後に回ったマント男が目にしたのは、当然、カロンの背中である。
そして、そのカロンの背中には、本来、肩甲骨がある辺りの場所に、通気口のような部品が取り付けられており、それが何らかの理由で熱せられ、その金属は高熱を持ちオレンジ色に輝いており、その熱の影響で周りの皮膚や肉が変色したり、炭化していた。
「……」
ボディスーツを脱がしたことによって、先程の異臭が一気に強くなったが、マント男は特に気にする様子もなく冷静に、その金属の状態を確かめるため、耐熱手袋を嵌めた両手で、発熱部位を触り始めた。
「ひゃっ……! あ、あのカロンの背中、今、とっても熱いんですよ!?」
「見ればわかる。いいから動くな。確認作業中だ」
と、マント男はカロンに動かないように指示をしてから、見て、触って、カロンの背中に埋め込まれている金属を調べ尽くし。
「……よし、まだ基部は溶けきっていない。これならTスクリューで取り外せる。――――オールキット」
正確に金属の状態を把握したマント男が、自走する道具箱の名を呼ぶと、道具箱がすぐさま工具を射出し、マント男はその工具を受け取った。
「カロン、これから両肩の排熱機構を取り除く。一気に、そして、少し手荒にするから、俺がいいと言うまで絶対に喋るなよ。他の部位が破損する可能性がある」
そして、カロンに喋るなと強く命じたマント男は、工具の電源を入れ。
「――――いくぞ」
掘削機と間違わんばかりの音を轟かす、その工具をカロンの背中に突き刺した。
そして、それから約五分間、砂漠中に轟音が響き渡っていたが、唐突にその音が消え、日光に熱せられた砂漠の上に、それ以上に熱せられた金属の部品が無造作に置かれた。
「……よし、一番厄介な作業は終わった。もう、喋ってもいいぞ」
作業が一段落し、大きく息を吐いたマント男は工具の電源を切り、カロンにもう喋っていいと語ったが。
「……」
カロンは声を出すことなく、マント男に向かって、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……」
そんなカロンの様子を見たマント男は、ほんの少しだけ何かを考えるような仕草をした後、待機していた道具箱から薄橙色をしたシートを取り出し、自分も砂漠に座ってシートをぺたぺたとカロンの背中に貼り付けながら。
「……まったく、お前達三馬鹿は毎度毎度ボディに負担を掛けすぎだ」
マント男は喋らないカロンに向かって、静かに語りかけた。
「……」
「……排熱機構の状態を見る限り、内燃機関と接続した銃撃を十発以上撃ったな。しかも連続で。……その理由を教えてくれるか」
「……前面に、出ていた
「俺は戦術に関してはからっきしだが、それは、他の連中の負担を減らすための行動だったのか?」
「……はい」
「そうか。なら、この件に関してはこれ以上は何も言わない。……ただ、慣れた戦い方を続けたいなら、自分のボディも大事にしろ。お前の身体は希少で、他の連中と違って同一のスペアはないんだからな」
「……はい」
そして、会話をしながらカロンの背中に薄橙色のシートを貼っていたマント男は、最後に新しい金属パーツを背中に二つ取り付け。
「修理完了だ」
と、カロンに対しての全ての作業が終わったという言葉を声にしてから、カロンの頭を軽く撫で、立ち上がった。
そして、マント男は次に片腕を失っているサンに視線を向けた。
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