第7話

「――――あ、トキヤ。カロンの修理終わったの?」

「ああ、待たせたな。今度こそお前を直してやる」

「あー、うん。でも、今はいいかな。サンの腕はカロンみたいに大事になるってことは絶対にないと思うから、基地に戻ってから他の人に直して貰うことにするね」

 と、サンは笑顔で、カロンの大手術を終えたばかりで疲れているマント男のことを気遣った言葉を発したが。

「……なに?」 

 そのサンの発言はマント男にとっては完全に想定外のものだったらしく、マントの下で男は困惑の表情を浮かべた。

「あ……、いや、それは駄目だ。もしかしたら帰投中に反政府の連中が襲撃してくるかも知れない。その場合、可能な限り良い状態でサンには戦って貰いたいと俺は……」

 そして、それからマント男が今、腕を直さなければならない理由をしどろもどろに語ると、サンが、そう言われてみればそうだね! と、すぐに納得してくれたため、マント男は小さく安堵の息を零した。

「ふふふ」

 そして、そんなマント男の慌てた様子を、バールのようなものをくるくると回しながら、楽しげに見ていたバルがスキップをしながらマント男へと近づき。

「『俺は、人間が流血する他人を見てつらくなるのと同じように、破損してるサンを見るのがつらいんだ』――――って正直に言えばいいでしょうに。弱虫な自分を表に出せない、いくじなしの技術屋さん?」

 と、いたずらっぽい笑みを浮かべたバルがマント男の心を見透かしたような言葉を耳元で囁いたが。

「……」

「って、都合の悪いことは無視ですかー?」

 マント男はバルの発言を完全に無視し、自走する道具箱と共にサンの修理を始めた。

「どうトキヤ、すぐに交換できそう?」

「ああ、正直に言うと、こういう部位破損の場合、球体関節型フレームランナーやお前みたいなハイブリッド型は交換が楽でいい。サン、左腕の痛覚センサーは?」

「そんなのとっくの昔に切れてるよー」

「なら、遠慮無くやらせて貰う。――――オールキット、JD用万能プライヤを寄越せ」

 そして、サンの左肩の球体関節から細かい固定用の器具を取り外したマント男は、自走する道具箱から渡された巨大なペンチのような工具でサンの球体関節を掴み。

「――――ッ」

 マント男は腹に力を入れ、手に持った工具を少しずつ回し始めた。

「……!」

 その作業は腕力頼りの力尽くの作業であり、マント男は大粒の汗を砂漠に落としながら必死の形相で工具を扱った。そして、その結果、歪んだ球体関節がゴキゴキと音を立てながらサンの肩から外れ、砂漠の上に落ちた。

「……少し聞きたいんですけど、いいですか?」

「はっ……はぁ……なんだ?」

 重労働を終え、肩で息をするマント男にすぐ側にいたバルが声をかけた。

「そこの整備補助機って、今ぐらいの力仕事ならできますよね? なんで整備補助機にやらせず、自分でやるんですか?」

「……オールキットはあくまで助手だ。どうしても不可能な時は手伝って貰うが、人間である俺が可能な限りお前達の面倒を見るつもりでいる」

「……ふふ。そんな事を考えている人間はきっと」

 技術屋さんぐらいでしょうね。と、マント男の返答に頬を緩ませたバルは、邪魔をしたと謝罪をしてからその場から少し離れた。

 そして、バルとの会話の間に息を整えたマント男は、慣れた手つきで新品の球体関節をサンに取り付け。

「後は……ん、そういえば、お前の今の身体とは少し色が違う腕しか持ってきてなかったな。取り敢えず、今はこれをつけるぞ」

「わかったー。あ、これワスプとかの色だね」

「ああ、あいつらの方が普段はすぐ身体を壊すから常に持ち歩いてるんだ。今日はカロンが頑張ったからワスプ達は負傷しなかったようだがな。……よし、できた」

 サンに代わりの左腕を取り付けたことで、この場所で行える修理を全て終えたマント男は、持ってきていた二本の水筒のうちの一本に手をつけ、水を飲み始めた。

「ねえねえ、提督。バルの身体は直してくれないんですかー? サンよりちょっと大きめの胸ならすぐに出せますよー?」

「……」 

そして、水を飲んで一息ついているところに、唐突にバルから変な声の掛けられ方をしたマント男は、水を飲む手を休め、楽しげに微笑むバルと視線を合わせた。

「……お前、今日は珍しく無傷だろ。後、俺は提督じゃない」

「あれ? 違ってましたっけ。バル達の上に立ち、作戦を考えてくれる立派な方ですからそういう風に呼ばれてるかと。提督が違うなら、隊長くんでしたっけ? それともプロデューサーさん? 先生? 指揮官様? ご主人? 司令?」

「……俺はただの技術屋だ。というかそもそも戦闘に関する作戦の立案に人間は一切関わってないだろうが。お前達JDの方がよっぽど良い作戦を考えられる。……で、バル。そのあからさまな呼び方の狙いはなんだ」

「あ、いえいえ、ただ、前から全く過去を語らない貴方の過去に興味がありまして。ほら、技術屋さんあの国の生まれでしょ? だから、少し鎌を掛けてみたんですよ。今の呼び方をあからさまと判断したところから、技術屋さんが昔、どんな文化に触れたかがわかっちゃいました」

「そうか、そうか。俺もお前が昔、どんな人間の下で経験を積んだのか、大体の見当がついたぞ」

 ふふふ。ははは。と、バルとマント男は笑いあい、二人の話について行けていないサンとカロンが不思議そうにその光景を眺めていると。

『――――がおー』

 獣の声、にしては些か可愛らしすぎる声が、砂漠に響き渡り。

「――――」

 サン、バル、カロンの三人よりも早く、マント男がその声のした方角を向き、銀髪の女性が獅子のような形をした巨大な鉄の塊と共に砂丘へ向かって歩いてきている姿を視認した。

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