第219話 広州湾侵攻

天正二十二年 正月 伏見 伊藤元清


 長崎でのポルトガル商人のやり様を許すことは出来ない……と個人的には思う。


 そう、私個人は思うのだが、戦場での乱取りはもはや伝統とも言えるものであり、多くの日本の武士間では忌避感が少ない。

 それこそ、飯野平の岩城重隆などはその代表例とも言えるが、流石にあそこまで行くと周りからの評判は良くないのではあるが……。


 当家の方針として、人は売り物ではない……というのもあるのだが、実情として、関東を北から攻めた我らにとって、土地に比べ人が少なすぎたのだ。

 なので、どこの土地へと人を売るのかもわからぬ商人たちに、大事な人的資産を預けるわけにはいかなかった。

 領内の開発をするために必要なもの……資金、資材、労働力……当時の当家には、資金と資材はあったが労働力が足りなかった。


 その点、今の日本では、多くの領内においてこの三要素が足りている。

 各領内では、今の技術力で開発できる限界近くまで開発が進んでいるのだ……。


 太郎丸の考え通り、当家も造船技術などに関連して多くの技術を他家にも流し、日本全体の技術水準を上げる方針を打ち出している。

 「日本全体の技術水準を上げなければいけない」……その太郎丸の考えは理解できる。

 「国」としての形を見た時、基礎的な技術力は「国力」に直結する。


 だが……私が太郎丸の考えを理解できるのは、先の世の記憶があるからではないだろうか?

 この時代の一般的な武士では理解できないのではないだろうか?

 理解できないことを以て責めるのは間違っているのではないか?


 「ふぅ……」


 いかんな、どうにも悪い癖だ。

 つい、答えが出ないとわかっていても、その問題を考え込んでしまう……。


 「どうかしましたか?上様?」

 「……いや……つい、な……」

 「左様ですか……では……大友殿、有馬殿はご自身も知らなかったと?臣下の長崎殿がポルトガルの宣教師たちと勝手に話を進めていたと言うのですね?」


 これが太郎丸の良くやる悪癖というものか……。

 つい、評定中に別のことに思いを馳せてしまい、周りの者達の会話が進んでしまっている。


 「は、はっ!……某も統領様からの報告を受け、肥前、肥後の領主たちを問い質しましたところ、どうにも有馬家、大村家共に与り知らぬことと……」


 どんっ!


 「大友殿……そのような戯言が全大老が揃ったこの席で通用するとでも?」


 ふふっ。

 義幸殿は女子ながらになかなかの迫力だな。

 机を拳で叩いて、大友殿を威圧しておる。

 尼子家はこの数年の動きで、大きく力を落としている……主に、対大友家で……。

 尼子殿は義幸殿という男名を付け、大友家からの婿を迎えてのお飾り領主という立ち位置から始まった家中の舵取りであったはずだが……どうにも、その能力は先代を上回っているようだな。


 こと、器という話であるのならば、義兄に当たる義統殿よりも大きいと言えそうだな。


 「いや……別に、そのようなことでは……」

 「ではどういうつもりなのだ!」


 ふんっ!とばかりに、卓上に添えられた湯飲みをひっつかむ尼子殿。


 「まぁ、まぁ……尼子殿も落ち着きなされ……」

 「そ、そうです!義妹殿もそのように……」


 ぎろっ!


 「大友殿……そもそもは貴方の説明が不十分であるからだということはお忘れなきよう……」

 「は……はぁ……」


 尼子殿の一睨みで大友殿は黙ってしまったな。


 まったく……大友殿は先代に比べてどうにもな。

 今も、せっかくの長曾我部殿の助け舟にも上手く乗れておらぬな。


 「ともあれ、大友殿の責については後程にして、今は問題の対処の話をしませぬかな?」


 徳川殿はこれまでも、大老家の制度が出来てからは当家に協力的な姿勢を見せてきていたのだが、ここ最近はそれまで以上に、当家に対して裏表を感じさせない友好的な姿勢を見せている。

 こういった話し合いの席でも、上手く場を纏める方向の発言をしている。


 「問題の対処ですか……?」

 「ええ……」


 寡黙な長尾殿の質問に、穏やかな笑みを湛て答える徳川殿。


 「此度の問題、長崎の地を宣教師たちに寄進し、湊で好き放題の交易をしていたことは、言ってしまえば小事に当たります」

 「小事ですと?」

 「はっはっは。尼子殿、そのように柳眉を逆立てなさいますな」


 流石の狸っぷりで、徳川殿は華麗に尼子殿の食いつきを受け流す。


 「長崎のことは小事、つまり大事は別にあるとお言いなのですかの?徳川殿は?」

 「ええ、その通りです、でん……いや、浪江殿」

 「うん??……つまりは?」

 「つまりは、ポルトガルの商人の存在、若しくはポルトガルの宣教師の存在それ自体が問題なのではないですかな?」

 「「……」」


 相変わらず、徳川殿は中々に底を見せないお人だ。


 「なる程!我ら含め、日ノ本の領主たちが欲する物は交易を行なう商人であって、それは何もポルトガル人である必要はないということかっ!」

 「ふむ……確かにな……我らとしても、いらぬ異国の宗教の厄介事などは無い方が有難い……」

 「こちらは領内の寺社のことで手一杯ですからね……」

 「皆様は賛成のようだが、某は今一つぴんと来ぬな……」


 大老の多くは、この徳川殿の提案に賛成だったようだが、どうにも長曾我部殿には不満があるようだな。


 「なに……某の手配した船は呂栄で拘束されたばかり……ポルトガルを上手く廃除できたとしても、次に来るのがスペインでは信用ならんのだ!」

 「……その件は、我が家の者が解決に赴き、万事都合がついたのでは?」

 「それはその通りだ、統領殿。……だが、某共の船が異国の湊で抑えられた過去があったことも事実。……それに、商人それ自体に悪いところは無いのでは?ようは不心得者を罰すればそれで良く、徒に罰する者を増やしてしまっては、これ、人心を騒がすだけとなり兼ねぬと思う」


 ああ、長曾我部殿の言は良く分かる。

 当家としても、ポルトガルの商人とは距離を置きつつも、交易はそれなりの規模で行っているのだ。

 特に、館山の湊には多くのポルトガル商人が南の国々から香辛料を大量に携えて来航している。


 「ならば、ここは彼奴らの肝を冷やしてやるのが良いのでは?」

 「ぬ?!如何様にしてだ?徳川殿」

 「なぁに、交易商人にとって大事な物とは、倉庫と船の寄港先です」


 がたっ!


 「りょ、領内の湊を焼くとでも!!」


 慌てた様子で大友殿が席から立ち上がる。


 話の流れから、長崎の焼き討ちを行なおう、などとでも言われるのかと焦ったのだろう。


 「はっはっは。まさか、まさか……ただ、遠からずとも近からずですかな?」

 「も、勿体ぶらないで、く、下され!」

 「はっはっは。これは申し訳ないことを……要するに、領内ではない……領外の湊を焼いて、奴らに釘を刺そうというものです」

 「……南蛮にでも艦隊を派遣するのか?」

 「いやいや、長尾殿、左様ではありませぬ。……なぁに、ポルトガル商人の拠点となる湊は近くにあるではありませぬか?」


 ……澳門か。


 「明の澳門か?!……わからぬ話ではありませぬが、名分は如何するのです?日ノ本と明朝は悪くない関係を築いております。……そのような関係の国の領土に攻撃をするなど……」

 「左様、日ノ本は明朝とは仲良うしております。……尼子家とあるお方たちが百済朝と仲が良いように……ですな」

 「……」


 いついかなる時にも、嫌味の一つは忘れぬのが狸殿か。


 「さて、名分とのことですが、当家も多少の経緯は存じておりますが、これに関しては上様にお伺いを立てるのが一番かと……」


 なる程な、ここで繋げて来るか。


 「「上様?」」


 一丸兄上、秀吉殿を除く皆の視線が私に向けられる。


 「うむ……この話が終わった後に皆と話し合いたいと思っていたのだが……先日、金州衛を経由して明朝からの文が届いた。……明朝内で行われている内乱が長引いており、その内の一つに絡み、南の広州府を扼して欲しいとのことであった」


 先年に明の南方、播州で起きた反乱は時間と共にその規模を広げ、今では重慶じゅうけい成都府せいとふ四川行郡司しせんこうぐんじ貴陽府きようふにまでをも広がっているのだという。

 そこまでに反乱勢力が伸長した理由は、明朝の対応の悪さもあることながら、反乱勢力に対して、広州府の商人たちが彼らを手助けして戦を長引かせているからだという。

 中央から幾ら兵を送ろうとも、明朝の軍人や官吏は広州府の商人たちに甘く、明朝の大学士で考える対策がついぞ行えぬとのことだ。


 ついては、広州府の商人たちとは利害関係がなく、容易には賂で篭絡されぬであろう我らに、広州府を扼して欲しいとの要請があった。


 「……なるほど。それならば、我らが軍を動かす名分は立ちますな」


 私の説明に皆が頷く。


 「軍を出し、澳門を初めとする広州府一帯を抑える。……広い彼の地の全てを抑えきれずとも、主要都市を抑え、湾内に日ノ本の軍艦を並べれば、明朝の要請する内容のことは叶いましょう」


 こくり。


 一同が徳川殿のまとめに頷き、ここに日本軍による広州府の制圧作戦が決せられた。


1594 春 xxxx xxxx


 「おい!大丈夫か!」

 「ええ、私は大丈夫よ……しかし、ジパングの艦隊……やってくれるわね」

 「まったくです。我らは対岸の香港にいち早く拠点を移していたから難を逃れられたというもの……これではポルトガルの連中は大損害を被ってしまったでしょうな」

 「やれやれ、これでは折角マイレディの手足として働いてくれるはずの人々が細ってしまう!」

 「まったくよ……で、どう?彼らの損害は?」

 「ん?ジパングの連中なら、ほぼ損害はゼロだが……ポルトガルの連中の話なら、だいぶ持っていかれちまったようだな」

 「「持っていかれた??」」

 「焼かれたとか殺されたではなく、持っていかれたですか?」

 「オー!!ジパングの奴らは略奪でもしているのですか?!それではまるで海賊!マイレディの祖国と同じメンタリティですね!」

 「叔母様お抱え騎士たちと私の祖国を丸ごと一緒にはしないで!……でも、確かに変よね?どういうこと?」

 「まぁ、なんだ……確かにジパングの艦隊は手向かった船や桟橋なんかには砲弾を撃ち込んだ。だがなぁ……奴らは特に町に火を付けたりはしなかったんだよ」

 「人はそれほど殺さなかったってこと?」

 「ああ、澳門にジパングの艦隊とやり合える戦力が無かったことも事実だが、それ以上にジパングの軍は静かというか、別の目的があるようにしか……」

 「詳しく!」

 「ああ……ジパングの奴らは先ず湊を抑え、船の往来を禁じた。次いで、湾の出口にも大型船を並べ、広州湾自体を封鎖した」

 「その状況はここの展望台からも見えますね」

 「次は街に火を点けての略奪が始まるもんかと、俺達居残り組は背筋を寒くしていたんだが……」

 「……略奪は無かった?」

 「そう、無かった。……略奪と言えるものはな……だが……」

 「……もうっ!じれったい!!」

 「ああ、スマン……なんというか、俺自身もこの目で見たことを上手く整理できていないんだ……」

 「貴方が整理出来ない様な事態ですか……まずは順に事実だけを述べてください」

 「ああ、そうだな……そう、略奪というのとは違う。奴らはポルトガルの大商人たちが使っている屋敷と倉庫を襲撃し、そこの人間を捕縛したんだ」

 「捕縛??殺すわけでもなく?」

 「……そうだな、抵抗した連中は容赦なく殺していたが、基本的には捕縛して一ヶ所に集めていた」

 「……何よそれ。都市治安維持軍でも派遣したっていうの?」

 「ある意味そうかも知れん。……次いで、奴らはそれら大商人の商品を徴集し始めた」

 「うん?それでは結局は略奪行為なのでは?」

 「普通の商品が相手ならな……ほれ、お前も知ってるだろう?ポルトガルの大商人たちの積荷は何が一番だ?」

 「……奴隷……人を連れて行った??人攫いですか?」

 「……奴らの思惑が何なんだかは知らんが、奴らは集められた奴隷たちを連れて行き……どうやら解放しているらしい」

 「「解放ですって(だって)?!」」

 「確かに、解放の筈だ。……俺も気になったんで、実際に解放されたという男に接触してみたんだが……そいつが言うには、ジパングの連中の目的は奴隷として運び込まれたジパングの民の奪還らしい。そのついでとして、捕らえられていた他の奴隷も軒並み解放しているらしいな」

 「なんと……」

 「ハッ!そいつはクレイジーだ!」

 「彼らは何を考えているの?……そんなことをして……それに大商人たちが集めた奴隷は相当な数に上るはずよ?それだけの人数を一体どう処理するのよ?そもそも奴隷として集められていた人間には、それなりの「理由」がある。縄をほどいて、サヨウナラとはいかないのに……」

 「流石に、そこまではわからん……わからんが、ジパングの人間は国元に連れ帰り、行く宛てがある者には当座の水と食料を与えて放り出し、拠る術の無い者達は一ヶ所に集めているようだった」

 「一ヶ所に集めている……焼くのでしょうか?」

 「流石にそれは無いでしょう?焼いてしまうのなら、初めから倉庫に火でも付ければよかった話でしょうから……しかし、一ヶ所に集める……ということは……」

 「どう考える?」

 「わからない、わからないけれど……これは考えようによっては、計画していた以上のチャンスかも知れない……そう、そうよね……「移民」の行き先は別にどこでも構わない、むしろ私たちがこのアジアに食い込むチャンスが来たのかも……」

 「マイレディ?」

 「そう!そうよ!!ねぇ、誰かジパングの地位ある人物で変わり者って評判の人物は知らない?」

 「うん?急に……って、まぁ噂なら……」

 「それは誰?!」

 「北の天津衛だか金州衛だかに居るという男で……確か名は……」

 「名は?!」

 「う~ん、う~ん……おお、そうだ!オダとか言ったはずだ!そう!ノブナガ・オダだ!」

 「ノブナガね……じゃぁ、すぐに北へ向かうわ!用意を!!」

 「なっ!いきなりかよ!!」

 「仕方ありませんよ」

 「そう、マイレディの思い付きはいつも唐突だからね」

 「ちょっ、まっ……お前ら……その思い付きの手配に走る俺のこともたまには労われよ……ああ、わかった!わかったよ!また無茶してきてやるよ!」

 「頼んだわよ!……ふふっ、さぁ、待ってなさい!ノブナガ・オダ!」

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