第218話 御用改め

1593年 xxxx xxxx


 「で、首尾はどうなの?」

 「かっかっか!俺に任せておけば問題なしと言ったであろう?万事問題無しじゃな」

 「あら、そう?それは結構なことね」

 「左様、結構なことじゃ……で、俺は約束を果たしたのじゃから、次は姫さんが約束を果たす番ではないかの?」

 「と言われても……ここにいる私は王女でもなんでもないのだしねぇ」

 「おい!そりゃねぇぞ!!俺は姫さんの話に乗って祖国を裏切ったんだ!」

 「へぇ……賄賂のやり取りと物資横流しの相手先とはいえ、貴方にそんな心情が残っていたとはね」

 「……ちっ!」

 「まぁ、私もそこまで恩知らずな女ではないつもりよ?」

 「……ふんっ!」

 「貴方が祖国に見切りをつけ、新たに私の国に未来を感じてくれたのなら、それは喜ばしいことだものね。いいでしょう、貴方の商売の特例を女王陛下より賜って来ましょう」

 「……ありがてぇ……」

 「ただ、我が国は「奴隷」という呼び方と制度は美しくないと考えているのですよ……そう、これからは「移民」と謳ってくださいな」

 「ちっ!……まぁ、いいさ。仕事が無に帰すんじゃなかったら、多少利ざやが減るぐらいは受け入れてやる」

 「まぁ、まぁ……先ほどから舌打ちばかりよ?今の御身分はどうであれ、貴方にも青い血が流れているのでしょう?」

 「ちっ!勝手にしてくれ!……話はこれで終わりだな!……あばよ!」


 ……

 …………


 「ふぅ……嫌味で高慢ちきな王女役ってことで、叔母様を真似してみたんだけど……どうだったかしらね?」

 「似合ってたかは別にして、上手く行ってたんじゃねぇか?」

 「ええ、私もそう思いますよ。百戦錬磨のはずの老商人もタジタジでしたからね」

 「レディはどんな役をこなそうともレディさ!私の美しい一等星がその輝きを濁らせることなど……!」

 「ああ、ハイハイ。しかし、こうも簡単に人は「国」を裏切るのか……」

 「そりゃそうだろ。そもそも「国」なんてものに実は無いからな」

 「ええ、ここに集う私たちが、それぞれの「国」などは忘れて貴方の下に居るように……」

 「大事なのは家族であり、仲間であり、「我が主君」さ……マイレディ」

 「ハイハイと……ただ、まぁこれで澳門の乗っ取りは上手く行ったかしらね?」

 「上々でしょうね。後は我らが「国」の商会でも作れば宜しいのかと」

 「そうねぇ……金州衛やら天津衛のジパングの町作りを見習って、私たちもこの近くに新しく湊町でも作りましょうか?」

 「それはいいな!……名前はなんて付ける?」

 「そうね……澳門はどうにも匂いが好きじゃないから、新しい湊には庭園の一つか二つでも造りたいところだし……ああ、花香る湊で「香港」とかでいいんじゃない?」

 「ほぉ「香港」か……いいんじゃないか?」


天正二十一年 秋 伏見 伊藤元清


 飯盛山城も手直しに補修を繰り返し、今では中々に使い心地の良い城なんだが、やはり一から当家の技術で土地の造成から行った、ここ伏見の指月城には敵わぬな。

 特に、このように巨椋池に浮かぶ月を眺める時などには格別の風情までもがある。


 「上様はこの巨椋池からの眺めが気に入られたご様子。どうでしょう、やはり今後は儂が飯盛山に移り、上様は伏見城に居を移されては?」

 「はっはっは。それは止めておこう。私は飯盛山城が気に入っているからな。引き続き、この伏見城は秀吉殿にお任せしたい」

 「左様でございますか……儂とお茶々と拾丸には伏見城は広すぎてしまうんで……なんとか姫様達に居て貰って城の奥が回っている次第ですもので……」


 天下の大老筆頭、浪江秀吉殿でも愚痴を言うものなのか。


 「そこはそれとして……秀吉殿、この一丸兄上からの書状、如何に思う?」


 今少し、巨椋池を眺めていたいものだが、残念ながら時間は有限だ。

 私は懐より文を取り出し、秀吉殿に相談をする。


 「ふむ……壱岐の島民たちがポルトガル商人たちに売り飛ばされていた件ですな……本来でしたら、当家との約定、大老家としての矜持に掛けて大友家が自らの手で片を付けるのが筋ではありますが……」

 「ええ……大友殿は急死してしまった……」


 義父上の提案された御三家・六大老制度。

 東国支配の礎である御三家制度は、伊達家と佐竹家が当家と濃い姻戚関係を結んでくれ、代々の当主の理解も深いので今のところ問題は無い。

 だが、六大老制度は西国・九州の雄、大友宗麟が我らに乗ってくれたために成立した制度だ。


 大友家は西国・九州の各国を戦で下しはしたが、その殆どの家々を潰して回ったわけではない。

 大友家の支配、法と経済、外交方針を飲むことを条件に各家の所領を安堵してもいる。

 当家とは違い、領主の存在を多く認めているのだ。


 この一見不安定な支配体制は、その全てが一人の傑物によって支えられていた。

 大友義鎮おおともよししげ、法号を宗麟。

 その人物だ。


 「大友殿の嫡男で形式上の家督を継いでおった義統よしみつ殿も悪くはないのですが、父親程の器では無さそうなのが気になりますなぁ……」

 「領内統治の手腕は有るようですが、その気性、どうにも猜疑心が強く、臆病であるとの噂ですね」

 「はい……噂っちゅうのは噂の出所を見定めて、何割かは差し引いて受け取るのが重要ではありますが……どうにも、儂の手の者達からの報告とも合わせて考えると、実際にその器には疑問符が付き添うのは確かですな」


 大友家は九州二島、西国四国に琉球を治める、今の日本において、当家に次ぐ大身である。


 「大友家、割れますか?」


 私は率直に、秀吉殿に尋ねる。


 「いや、それはありますまい」


 ふむ……。


 「理由を伺っても?」

 「はい……なんといっても以前の島津仕置き、琉球仕置きが効いております。西国の領主たちは、到底、己の身で、当家を初めとするこの日ノ本の体制を変更できぬこと、骨身にしみておりますれば」

 「勝ち目のない戦はしないと?」

 「はい……儂の見るところ、西国で才ある物は数多くおりますが、己の支配を夢見るような野心溢れる存在は居らぬかと……」

 「一人もですか?」


 先の世の知識を掘り起こしてみれば数人の名前は上がって来てはいるのだが……。


 「強いてあげれば、少弐、竜造寺の陪臣で鍋島なる者辺りが出ては来ますが……されど、こやつは強き者には巻かれる性根。何度か大老家の使者として伏見にも来ておりますが、表立って主家や我らに歯向かうことは選びますまいな」

 「表立って……ならば裏に回ってはあり得ると……?」

 「ええ、それこそ有馬や大村といった家々を使うことは十分に……」


 なる程……。

 確かに、琉球を使った奴隷貿易の騒ぎの時にも、有明湾周辺の領主たちにも黒い噂が流れていた筈だな……。


 「これは今一度、奴隷禁止令の念押しをせねばいけませんね」

 「はい、それが宜しいかと……また、それに付随して西国を中心に国内の湊町を点検し直す素振りだけでも行わねばなりませぬな」

 「それはそれは……一大事業となりそうですね」


 異国の商船が寄港する湊の数は限られて……いた、十年程前までは……だが、今では多くの湊が外に開かれ、当家の領内のみならず、多くの湊で日本人、明人、ヨーロッパ人が商いを行なっている。


 「しかし、日ノ本の大きな湊と言えば百には届きますまい。調べて調べられぬことも無い数かと思いますぞ。本命の西とは違い、東は素振りだけで良いのですからな」


 流石は全国の検地を命じたお方だ。


 「そうですね。それにこの事業は必要なことです。やらざるを得ないでしょうね……では、誰をその任に充てるかですが……」

 「それはお一人しかおりますまい。……湊の御用改め、生半可な立場では現地の者達の反抗を受けましょう」

 「それもそうですね……ここは鎌倉に戻ったばかりではありますが、中丸兄上に頑張っていただきましょうか」


天正二十一年 冬 長崎 伊藤景広


 「ほれ、きりきり歩けぃ!」


 九州のきな臭い動きとなれば、大村家の長崎が第一であろうと、真っ先に長崎で御用改めを行なったものだが……。

 まさか、こうまで本丸にぶち当たるとはな……。


 「しかし、まさか大村殿がこのような暴挙に及んでいたとは……このようなことに気が付かずにいたこと、隣領を預かる家の家老として、この鍋島直茂、統領様に合わす顔も御座いませぬ」


 いや、あなた思いっきり顔合わしてたじゃない……。


 「「……」」


 冷ややかな視線を送る、俺と家久いえひさ殿。


 此度の湊御用改め、俺は話を聞いた端から、第一に九州の湊から回ることを決めた。


 一応、最終的な報告書には東国の湊も書き加えねばならんのだろうが、俺自身がそのあたりは監督しているので、現状は理解しているつもりだ。

 奴隷貿易を含めた怪しい商い、昏い目的を持った異国商人の出入りはほぼないと言い切れるだろう。

 だが、西国、九州、四国……この辺りは当家の掌握が及ばぬ地であるので、俺としては疑いを持たざるを得ぬこれらの湊から始めることを決めた。


 「鍋島殿の認識はどうであれ、大村家にはこと細かに話を伺わねばなるまい。先ほど連行したポルトガル人たちは「長崎は自分たちの土地だ。ポルトガルの法で治められる町だ!」などと言うておりましたからな。……島津殿、確か大友領の各領主は大友家の定めた法を守ることを誓われ、ひいては六大老の仕組みに従うことを約束していたのではないのか?」

 「統領様の仰る通りです。私の生家である島津家も、大友家の法に従うことを以て、薩摩・大隅の領有を認められております」

 「ええ!その通りです。我が主家の竜造寺家も全くもってその通りでございます」


 俺の問いに、家久殿は静かに、直茂殿は声高に、賛意を示す。


 さて、確認が取れたところで長崎の責任者である大村殿のご出馬を願うとしよう。


 ……

 …………


 「そ、某、大村家家臣、桜馬場さくらばば城城主の長崎純景ながさきすみかげと申します。統領様、島津殿、鍋島殿に置かれましてはお初にお目に掛かります」


 ふんっ。

 初めてという割には、鍋島殿には何やら目配せをしておったな。


 「伊藤景広である。……さて、俺はこの度、六大老家の起請文に認められた奴隷撤廃、人身売買を禁ずる項目に違反をしている湊の噂を聞きつけ、上様初め六大老の方々のご指示の下に、こうして御用改めに参ったわけだが……ん?どういうことだ?長崎殿……長崎の湊では、ポルトガルの生臭坊主共が平然と商人どもに人を売りつけておったぞ?しかも、その行為を取り締まるとだ、「長崎はポルトガルの土地。異人は出て行け」と叫んで抵抗してきたので、数人を斬りつけたが……これは如何なる仕儀なのだ?いつから大村家はポルトガルに征服されたのだ?ん?」


 予想通りに、当の大村は来なかったが、代わりに当家の雅礼音にまでやって来た長崎に事情を聞く。

 腹を括って船に乗り込んだところまでは評価してやるが、返答次第ではただでは済まんぞ?……お主の主君がな……って、何処の誰を主としておるのかは知らんが。


 「そ、某はこの長崎の湊より最寄りの桜馬場城……この湊よりも見えるあの山城の城主ではありますが、この湊を領地としてはおらず、そのように申されましても……」

 「ふむ……お主は家名を「長崎」と名乗っておきながら、長崎のことは知らぬと申すか」

 「お恥ずかしながら……昔は我が家の治めるところではありましたが、先年亡くなった大村家前当主の純忠すみただにより、長崎の湊とその一帯は寺社領として寄進しておりますれば……」

 「お主は関与してないと申すか……」

 「……恐れながら……寄進、寺社領の取り扱いは御成敗式目にも記された内容ゆえに……」


 なる程な。

 カトリコへの寄進を名目に使い、知らぬ存ぜぬを決め込む腹か……ふむ、浅いな。


 すっ……。


 俺は船尾楼、応接室の卓から立ち上がり奥の壁に備え付けられた音声菅を手に取る。


 「……と、統領様?」


 長崎は不審そうに声を掛けるが……。


 俺は先に言った筈だぞ?

 上様と大老家の総意で来ているのだと。


 「撃て」


 俺が口に出したのはたった一言だけだ。


 どうぅん!

 どうっぅぅんっ!


 指示通りに船首砲が放たれる。

 目標は桜馬場城の後方の窪地……突き出た台地に築かれた城だ、あの辺りが水場であろうな。


 どうぅん!

 ど、どうっぅぅんっ!


 観測修正を行なった第二射も行われた。


 「な、ななな、な……!」


 ばたんっ!


 俺の指示から放たれた大砲。

 音の方角からして嫌な予感がしたのであろうな、大急ぎで部屋から外に出る長崎。


 「……」


 ふんっ!

 眼は口ほどに……まったく……語るに落ちたというやつだな、鍋島殿は青い顔をしておるわ。


 「あ、ああ……城の水場が……」


 俺も長崎の後を追い応接室から外に出る。


 おお、項垂れた長崎の表情を見るに、上手い事、桜馬場城の水場を破壊出来たようだな。


 「な、何と言う横暴!!伊藤家は御成敗式目にも記された内容を破棄されると言われるのかっ!」


 長崎は己の城が事実上の廃城をされたことを悟り、俺に食って掛かる。


 しかし、お前のその言い方は、予めに色々と考え抜いた悪事に手を染めているといったも同然だぞ?


 「長崎よ、俺は先に言ったな?俺がここに来たのは上様と六大老の命でだと……お主も知らぬわけではあるまいな。確かに、我ら武家は御成敗式目に連なる法にて国を治めるが礎だが、こと係争の類い、これを裁くは先ず領主、次いで大老、そして最後に当家であると」

 「な、なれど法は!!」

 「そう、そしてその法よ。我らはこの日ノ本で奴隷の禁止、人身の売買を禁じた。この法を知らぬわけではあるまい?」

 「しかし、長崎は寄進の……」

 「黙れ!!寺社領がどうの、寄進がどうのなど、悪事に染めた人間を守る言い訳になどはならんわ!!日ノ本の総意で禁じられた人身の売買が行われた段階で、長崎が寺社領だ、何だなど、何も関係ないわ!」

 「……」


 素直に主家やら、背後の力関係を吐けば命までは取らぬつもりであったが……。


 「長崎よ、お主が此度の悪行に手を染めていることは、ポルトガル人たちの証文から明らかだ。金銭を受け取って領民を売り渡すとは正に外道の所業!……その方の処遇は、追って上様直々に沙汰が下されるであろう!」

 「……」


 力なく突っ伏す長崎。

 それを冷ややかな眼で眺める鍋島殿。

 島津殿は汚らわしいものを見るような眼を向けておられるな。


 さて……一報は既に壱岐の一丸兄上の下に届いていることだろう。

 さすれば、明日には援兵がこちらに到着する。


 今日の所は湊の封鎖を済ませ、これ以上の御用改めは援兵を待ってから行うのが吉だろうな。

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