第217話 約束の地へ
1593年 xxxx xxxx
「オイ……聞いたか?」
「ああ、ルソンがジパングの船に襲われてアメリカの傘下に加わったというのだろ?」
「馬鹿!そっちじゃねぇよ」
「うん?……そっちじゃねぇってのはどういうこった?」
「……本国の話さ」
「急に声を小さくするんじゃねぇよ……思わずちびっちまうじゃねぇかよ」
「お前の下の緩さこそ、知らねぇよ……って、そうじゃねぇ。……こりゃ不確定情報なんだがな?……どうやら、国からの支援が無くなったみたいなんだが……」
「うん?支援が無くなる??……そりゃいったいどういう了見だ?」
「……どうにも、スペインの新王様がポルトガルの予算にいちゃもんを付けたらしくてな。航海王子殿下の基金を没収しちまったらしい……」
「「なんだと?!」」「「嘘じゃねぇよな!!」」
「おい!それは本当のことか?!イヤッホーイ!んじゃ、これで金を返さなくて済むのか?!」
「そいつはやったな!それが本当なら、こんなしみったれた国からはとっとと足を洗うに限る!」
「……だからお前らは馬鹿者なんじゃよ」
「お?爺さん?今までどこ行ってた?」
「どこでも良かろう……それよりも、この話が本当なら大事じゃぞ?」
「そりゃ、大事だぜ!俺は国を出る時に金貨一万枚の融資を受けたんだ。基金が無くなったってことは、それを返さなくて済むんだろ?こちとら、年の利子だけで、ひぃこら言ってたんだ。これからの俺はバラ色商人人生だぜ!」
「馬鹿者が……とは一概には言えぬの……よし、一つ俺が商売のイロハを教えてやろう」
「なんでぇ、爺が偉そうに……」
「まぁ、黙って聞け……時にお前の扱い荷はなんじゃ?」
「俺の??……俺は爺さんみたいな大商人じゃなぇからな、利ザヤがでかい奴隷なんかは扱えねぇ。精々が茶と絹と磁器を
「……かっかっか、そう自分を卑下するでないわ。この場の殆どの者達がお主と同様の商売をしているのじゃろうからな。……で、その仕入れた物品、何処で誰に売っておるんだ?」
「うん??誰にって……そりゃ、ここに集まる仲間達から買い入れようと、本国からのこのこやって来る可愛い
「かっかっか!気が付いたか?」
「気が付いたかって……大事じゃねぇか!爺!!新人の甘々商人がこっちに来れ無いようじゃ、俺達が甘い汁を吸えねぇじゃねぇか!!」
「「ぬぁぅっ!!」」「「や、やべぇ!!!」」「「ど、どうすんだよ?女郎屋の支払いが……」」
「かっかっか!ようやくお主らでも、この話の深刻さに気付いたか」
「何を悠長な!!……な、なぁ、爺さん。あんたはでっけぇ船を何艘も持ってる大商人様だ。俺達が首を括らなくて済むなんかすっげぇ話を知ってるんだろ??な、なぁ……頼むよ、教えてくれよ!そ、そうだ……お、俺のかかぁを一晩貸しても良いからよ!」
「お前は独り身じゃろうが……それに、俺は爺じゃから女を今更一晩貸して貰おうとも思わんわい!」
「じゃ、じゃ、何でも言うこと聞くからよぉ、教えてくれよぉ!」
「まったく情けない姿じゃのぉ……まぁ、良い。……話は簡単なことじゃ……で、……で、……な、……というところじゃな」
「「すっげぇ!!」」「「そ、そうかぁ!!!そいつは思いつかなかったぜ!!」」「「流石は爺さんだ!!」
「かっかっか!そういうわけでな、新しい商売相手は大っぴらに奴隷は扱えんお国じゃが、抜け道は色々と準備されておる。……で、お主ら?俺の話に乗るか??」
「「乗った!!!」」
「そうか、そうか。かぁ~、かっかっか!」
1593年 天正二十一年 夏 江戸
ひんやぁ~。
ああ、涼し。
江戸の暑い夏は、こうやって氷室視察に出掛けるに限るよね。
「異常は無し……だが、報告通りに今年は氷の減りが早いな」
「へ、へぃ!江戸の人も増え続ける一方なんで、使い方は変えてねぇんですが、どうにも融け方が早くて……また、昨年の雪もそれほど多かったわけではないので、八王子からの氷もこんな塩梅です……」
「ああ、よいよい。お主らを責めているわけではない。……こうして、帳面通りの様子だからな。お主らを疑っているわけではない。安心せぃ」
「「へ、へぃ!」」
今日の氷室視察。
無論、これが俺の常の仕事というわけではない。
どちらかと言うと、俺のいつもの仕事ってのは姉上や忠宗・忠清親子から持ち込まれる厄介毎の相談とか、羽黒山や勿来での工房の進捗具合の把握とか、水軍の装備の更新とか、そういう……なんだ?物事の方向性の判断ってやつ?前々世で言うところの経営判断助手?そんな感じだよね。
実際の決断者、責任者は東国においては姉上だし、家領全体で言えば仁王丸だし、分野によっては一丸や中丸の統領職だし、信長達評定衆だったりする。
……そう考えると俺の立場って何なんだろうね?
前世での立ち位置もなぁ……なんか微妙だったかな?
まぁ、いっか!
「……よしっと!太郎丸、案内ご苦労様。氷室の確認は終わり、次は四谷の水道奉行所だから、今までのように涼んではいられぬが、ついてくるのか?」
「いやぁ……そうですね。四谷の水道奉行所ならば江戸城とも橋を渡った先、案内も要らぬでしょう。では、私はこれにて……」
「……では、また夕餉時にでも城で会おう」
「はっ、姉上もお気をつけて……」
そそくさっ。
夏の涼を求めて同行した江戸市中の氷室への案内業務が終わりを見せたので、ささっと城へ帰る算段を始める俺。
うん、折角、城の外に出たのだから、帰りは本願寺の辺りにまで足を延ばして鰻丼や寿司を堪能するのも悪くない……。
くっくっく、伊達米や能登醤油がふんだんに江戸城下に運ばれているために、昨今の城下の屋台料理の発展ぶりは素晴らしい。
良くは知らんが、前々世の江戸中期ぐらいの飯屋の発展具合なんじゃなかろうか。
その当時の物価は知らんが、今の江戸市中では、銅貨を三十枚も握れば、結構立派な屋台飯がたらふく食える。
お陰様で、武士、商人、町人、人足諸々、皆が幸せ腹いっぱいである。
「私は景清様の護衛に就く!お前たちは引き続き麻里の護衛に就け!良いなっ!」
「「はっ!!」」
部下への命令時には、俺を「景清様」呼びする美月さん……。
キリリとした娘さんは、母親の輝に良く似た彫深系の美人さんである……黙っていたり、刀を握っていればね。
で、お前さん……絶対俺について行った方が上手い昼飯にありつけると思っているだろ?
麻里姉上は仕事熱心だから、昼飯抜きとか平気でやっちゃうからな……。
そう、面倒なことに、天正二十一年の俺には「姉」が三名いたりする。
一人は、伊藤家大御所、伊藤信濃守元景……姉弟歴は五十四年である。
んで、今まで一緒だった男言葉のお姉様は伊藤麻里。
仁王丸こと、伊藤元清の長女、麻里……姉弟歴は十七年というところだ。
ちなみに、姉上も仁王丸も、俺が死んだ時に送られた贈位?を受けたのみで、それ以後は如何なる官位・役職を受け付けていない。
姉上は、公家の所業にブチ切れて以降の献金を長い間断っていたらしいから、話の分かる二条晴良殿はこちらを慮って、それ以外の公家は儲け話にならないからと、諸々の叙任話は無かったのだそうだ。
そんな姉上は仮名、通称として悪七兵衛景清の後裔を示す「信濃守」を称しているが、こと仁王丸に至っては、俺が産まれて以降は「元清」一本槍で、如何なる通称、仮称も使ってないそうだ。この間のアメリカとの調印式でもそう書いていたもんね。
で、もう一人の姉上、伊藤元清の次女、鈴音は佐竹家当主である
……そういや、結構な期間会ってないな……今度、勿来に帰る途中で寄り道してみるか。
「で、父上!?今日の昼餉は何にしましょうかっ!私は新川屋で鰻を楽しみつつ、寿司岩辺りから出前を取るのも一興かと思いますがっ!!」
赤坂の氷室で麻里姉上と別れ、江戸城内への最短路である西大橋に向かうのではなく、南大橋を過ぎ、掘沿いに東の下町へと向かう。
「むぅ……なんとも魅力的な提案だが、今日は銀貨を持ってきてないからな。そういう豪勢な食事は、また日を改めよう……」
「な、なんと!……ぞれは残念ですが仕方ありませんねっ!ならば、父上!田介殿が居られる銀座の側に出来たというバイエルン料理店何ぞはどうですか?」
「お!麦酒か!!……焼いた腸詰めに芋と鳥の焼物……たまらんな……」
アルコールは薄めのを三日に一杯まで。
十七を迎えた俺が自分に許した酒量である。
「私は千代姉上が甲州で開発したという葡萄酒が飲みたいですねっ!それに、なんとも素晴らしいことに、昼時は銅貨二十枚で豪華な定食がいただけるとか!」
うむうむ。
適当な俺と田介の会話から発想を得た千代が旦那の直政をせっつかせて作ったワイン工房。
以前から、甲斐では航海者向けのジュース作りが盛んだったんだが、こいつをアルコール発酵させることに成功し、近年ではワインを主とする様々な果実酒が造られている。
なんでも、江戸の開発が本格化した辺りから顔を出してきたヨーロッパ人(国籍問わず)の呑み助共が品質改善の技師として甲斐に多く移り住み、現地はちょっとした果実酒工房の都として発展しとるらしい。
うん、結構、結構。
「では急ぎ足で銀座へ向かうぞ?!」
「はいっ!父上!」
仲良きことは美しき哉……腹ペコ父娘は足早に一路、銀座を目指すのであった。
……
…………
こんっ、こんっ。
「お食事中失礼いたします、景清様」
旨い飯の噂に誘われ、のこのこと顔を出した俺と美月の父娘は、銀座から二町と離れてはいない、瀟洒な造りの飯屋の奥個室に通されていた。
頭の中が旨い飯で一杯だったんで思い至らなかったんだが、そりゃ、田介のいる銀座にあるバイエルン料理店、俺の顔を店の人間が見たらこうなるよねっていう……。
店の支配人と思しき口髭ダンディなドイツ人(?)が恭しくドアをノックして入室してくる。
「失礼いたしします……冨賀様がお見えですがお通ししても?」
「無論構わん……では、食後に珈琲でも人数分貰えるか?」
「……承知致しました」
俺は懐より銀貨を二枚ほど取り出し、卓の脇に置く。
「あっ!」と言わんばかりに目を見開いて銀貨を見つめる愛娘。
そりゃ、多少の銀貨ぐらいは忍ばせておるさ……って、お前もご同様であろうが!
「……申し訳ございません、景清様。……本来でしたら登城し、城中の皆様も居られる場所で報告するのが筋なのですが……どうしても一足先に景清様にご報告せねばならぬ事態と考えましたので……」
支配人が給仕の者を伴い、綺麗に銀貨と一緒に食器類の片づけ、珈琲の支度を終えて退出したのを見計らい、田介はそう口を開いた。
「田介がそのように判断したのならば俺は構わん。気にせずに話してくれ」
「はっ……実は……」
そう切り出し、田介は中々に面倒なヨーロッパ情勢を話だし、彼が考える今後のヨーロッパ情勢を話した。
「と、いうことでして……私が考えるに、近々ヨーロッパは大戦の波に呑まれることになるかと……」
「イギリス、オランダ、スウェーデンの北部連合対スペイン王国の戦争か……で、スペインに組みする国は無しか……」
「はい……アメリカ大陸の副王領は全てが背きましたし、戦費の掻き集めに端を発し、ポルトガル領は大陸外領を含め独立を模索しております。また、レパント海戦の折に結成された神聖同盟の各国もスペインを盟主に置くことには反対し、この戦争からは距離を置き、むしろ絶好の銭稼ぎだと動いております」
「……イスラム諸国は言わずもがな……か」
「はい、彼らはこの機に地中海の覇権を取り戻すべく、アドリア海にまで動きを広げているとのこと……」
そこまでイスラム勢力が伸長するのならば、オーストリア・ハプスブルグ家も自分たちの足元が忙しくて、親戚への援軍は送れないだろうな。
折角のハプスブルグ宗家の威信回復の機会だとしてもだ……。
「……で、その戦争だか、やり取りってのは海上だけなのか?陸地もとなると、イベリア半島の隣国、フランス辺りはどうなる?」
今のところはガチガチの旧教側で親スペインのヴァロワ朝が続いているはずだが、隣国のスペインが大きく揺れるとなると、またぞろフランスでも新教側の台頭が始まって、ユグノー戦争再びとなる恐れがあるのではないか?
「フランスは上手い事立ち回りそうです。ヴァロワ家は表立ってハプスブルグ家や旧教側を敵に回さずに距離だけを取る方針に見えます」
「……その根拠は?」
「以前に景清様にもお話ししたポルトガルのキリスト騎士団ですが、どうやらその活動の本部をポルトガルからフランスに移すことにしたようです」
「ぬ??」
「このキリスト騎士団ですが、どうにもこの数十年の中で、その存在目的が大きく変化し……と申しますか、原点回帰と申しますか……聖地奪回を夢見る商人たちで組織が掌握されたようでして……」
うん???
なるほど、わからん!
「つまり?」
「イエルサレムの奪還とカナンへの帰還とを謳っております」
おおぅ……ここにきて、まさかのシオニズム……。
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