第169話 新年の宴を三か所で

1587年 天正十五年 新春 古河


 「「新年明けまして、おめでとうございまする」」

 「ああ、おめでとう。去年までは畿内で色々とありました。今年も今年で色々とありましょうが、皆の力を頼りにしております」


 なんだろう。このなつかしさ。


 去年までは、こういった新年の宴には呼ばれることもなく(俺からも参加は極力避けて来たけどね!)、平和に勿来の城で阿南達とまったりと新年を祝ったり、孫家飯店で家族と飯を一緒に食べたりだったが……。

 今年からは、こうした公式行事から逃れられなくなったのか……ああ、面倒臭い……。


 年が明けて、今年で十二歳。

 前世の頃だと、元服も近い雰囲気がある年齢だけれども、ここ最近の風潮はもう少し遅い。

 そう、十五ぐらいが平均なのかな?

 やっぱり、戦の準備的な物をしなくても済むようになったのは大きいんだろうね。


 「今年の正月は伯母上も古河にお戻りで、なんとも、こう、ぴりっと締まりますな!去年までは俺が上座ということで、どうにも……」

 「何言ってるの?中丸も伊藤家の統領として立派に務めを果たしていたのでしょう?忠宗からも、あなたがきちんと務めを果たしていると報告を受けていましたよ」

 「そう言っていただけるとありがたいものですが、やはり上様と伯母上のお二人がともにいないというのは中々に厳しいものがありましたな……」

 「そうなのですか?」


 中丸のボヤキに姉上が、最も近くにいる他家の参列者、輝宗殿と義尚殿に意見を聞く。


 「左様ですな、特に他意は有りませぬが、確かに今年の方が国元から引き連れた家臣は多いですな」

 「当家も今年の方が多いことに変わりは有りませぬが、……今年は息子の祝言もありますからな、輝宗殿と同様に他意は御座いませぬ」


 他意はないって……どういうことやねん!ってツッコミを入れたい。


 まぁ、確かに去年は姉上も仁王丸も飯盛山に残ってたし、瑠璃たちを畿内に送ったりで、こっちは一門の数が減ってたもんな。

 ただ……当初予定としては、年明け翌月には二人も古河に来て、それなりの祝いの席でも開くつもりだったらしいのだが、大地震でそのあたりの予定が全部吹き飛ばされちゃったし。


 その分も、ということなんだろうか、今年はそれなりの規模の宴を古河では開くこととなった。

 ただ、今年の新年の宴は古河だけではなく、伏見と名古屋でも開いていたりする。


 それぞれの場所での主催者というか、最上位ホストというか、伊藤家の序列的な物で言うと、古河が姉上、伏見が仁王丸、そして名古屋が一丸だ。

 名古屋については、景貞叔父上で、とも考えていたようだが、叔父上本人の強い希望によって一丸が呼ばれた。

 本人曰く「俺は一門の長老格ではあるが筆頭ではないからな、こういう形式の時には一丸に出向いてもらう必要があろう」とのことだ。

 理解出来るところはあるんだけど、深くは考えずに、うちの一族と酒を飲みに来ただけの諸将が集まっていた棚倉の新年の宴が懐かしいよ、俺は。


 「しかし、今年からは東国も色々と変わりそうですな。私の息子も鈴音殿を妻に迎えますし……なんといっても……」

 「まぁ、当家もそれこそ色々とあったのだ、許されよ、義尚殿」

 「許すも何も!政宗殿と景基殿の間に男子が産まれたのですからな!これは慶事でございましょう!」

 「……そう言ってもらえると嬉しい」


 そう、年末に政子は男子を産んだ。

 梵天丸と名付けられ、伊達家惣領としての教育を受けて行くことが内外に示されたが……流石に、各国の諜報部隊の皆様は優秀だったのか、政宗が政子だったのは薄々とはご存知だった模様。

 特に混乱は無かったが、警戒は感じていたようだ。


 伊達家の当主が女性。ここまで正式に表沙汰にするとは予想していなかったんだろうな……しかも、政子の身体が戻り次第、一丸との祝言を行うと発表するし、伊達家の家督もそのまま政子で、伊達家中騒動の種と見られていた弟の竺丸は、この正月に中丸を烏帽子親に元服を行う。

 しかも、竺丸は元服そのままに中丸の部下として横浜の造船所で働くことも決まっている。

 竺丸本人は中丸の養子……というか、阿南の養子になることを希望したそうだが、そこは伊達の家名を名乗ったままにしろ、と阿南に説得されたらしい。


 この一連のことは、去年に利府城へ乗り込んだ際に、阿南と喜多殿が本人面談をした上で決めた。

 この件、俺も輝宗殿も事後承諾であり、気が付いたら「竺丸は帰りの船に乗せて行きます!」とか阿南が言い切ったのを宥めるのが大変だったんだよ。

 最終的には年が明けてから、輝宗殿が古河に連れてくることで決着したが……。


 「兄上……いや、姉上!此度はご出産おめでとうございます!」

 「ああ、ありがとう、竺丸。……しかし、何だな、お前に「姉上」などと呼ばれるのは妙に気恥ずかしいな」

 「何をおっしゃいますか、姉上!今後の姉上には大御所様とご同様に、女丈夫として伊達家を導いて頂かねば困ります!気を強くお持ち下され!」

 「あ、ああ、わかった。……しかし……なんというか、お前に「姉上」と呼ばれるのもそうだが、こういった女物の着物を着て人前に出るのは慣れないな。しかも、医師の命令できちっとした着付けが禁じられ、緩めの着方というのが更に輪を掛けて……」


 姉上たちのいる最上位卓の脇の卓では、伊達家の兄弟の会話が行われている。

 この姉弟、周りが面倒なことになっていたが、本人たちはすこぶる仲良しだったんだね、うん、竺丸君、姉にいじめられでもしたら直ぐに俺に言いなさい、弟仲間として全力で君を応援してやるぞ?


 ぽかっ。


 「あいた!」

 「太郎丸!あんたなんか良からぬことを考えたでしょう!?」

 「い、いえいえ、滅相も御座いませぬ、大御所様」


 相変わらず姉上の第六感は恐ろしい。

 どのような状態であれ、弟謀反の気配は許さない姉権力の行使。

 俺も弟生活はや百年、反抗する気など欠片も御座いませんってば。


 「はっはっは!惣領殿と大御所様は仲が宜しいのですな。これは上様がいつ家督を譲られても、伊藤家は安泰ですな!はっはっは!」

 「「……」」


 闊達な義尚殿の発言に微妙に反応しそこなう我々。

 そうだったね、俺が俺ってことを知らないのは義尚殿だけか。


 「……まぁ!その通りだな!義尚殿!そ、それよりも、貴殿は如何に思う?この銀貨という物」


 やや……というか、かなり強引な手法で話を逸らす輝宗殿。


 いや、まぁ、大丈夫よ?

 信じたくない人には信じて貰わなくても、なんの問題もない問題だしね。


 「……左様、当家としては有難い話かと思います。ですが、やはり予算の大部分は人足達への手当てとなりますので、配分として回して頂くものは銅貨を多めにしてもらえると助かります」

 「ふむ……やはり佐竹家ではそうなるのか」

 「ええ、輝宗殿の所は違うので?」

 「いや、当家も人足達への支払いが大部分であることに変わりはない。ただ、当家では代官が各所に居るのでな?彼らへの支払いを銀貨中心にすることで、銅貨にかなりの余裕が出来、この先数年は銅貨不足の問題は無くなろうというのが家中の者達の計算だ」

 「なるほど……伊達家では代官領が多いのでしたな?」


 そうだよな。

 物価とかを考えたら、細かい取り回しが出来る銅貨の需要の方が、そりゃ高いだろ。

 それに銀貨はまだ流通前だし、今後どうなるかの見通しはつきにくい。

 ただ、一貫文って金額は一般兵士でも、ただの人足でも、溜めるのはそんなに難しくはない金額だから、銀貨が流通し始めれば問題ないとは思うんだけどね。


 「伊藤家ほどではないが、当家も役職者へは領地ではなく給金を与えている場合も多いのでな。……これまでは現物での支給も多かったが、今後は銭での支給に切り替えることが出来るので、各地での市の発展ということも踏まえて、事務方たちは銀貨導入を心待ちにしておるのが実情だ」

 「なるほど……銀貨の導入で売買が盛んになると、伊達家家中ではお考えか……なるほど」


 輝宗殿の意見を聞いて深く頷く義尚殿。

 こうして見ると、統治方法や領地の地理的状況の違いはあるのだろうけれど、どうにも伊達家の皆さんの方が考え方が柔軟のようだね。


 ふむぅ、柔軟というか、もしかしたら領内での商人の活動具合の差が出ているのかも知れない。

 言うても水戸も鹿島も大きな湊とはいえ、遠方からの商人の出入りは塩釜の方が圧倒的に多い。

 水戸、鹿島を利用するのは関船を中心とした日ノ本の商人達が大部分だからな。

 ある程度の外洋を走れる大船を交易に使うような商人にとって、佐竹領の湊は魅力が低い。

 一方、塩釜は北の産物の集積地点としての機能を保持しているので、遠方の商人、特に明系の商人からの支持が厚い。


 「では、当家も今一度、銀貨の扱いについて深く研究するよう家臣に申し伝えます」

 「ええ、頼みましたよ。義尚殿。伊藤家としては、銀貨の鋳造比率を高め、何とか一年で鋳造できる三國通宝の額を上げて行きたいと思っていますので」

 「承知致しまた。大御所様」


 義尚殿は深く一礼をした。


 いやぁ、やっぱりこういう政治的な話は今の年齢の俺じゃ無理だもんね。

 大御所様としての姉上の威厳が無ければ、中々に厳しいものってやつだよ。


天正十五年 初春 名古屋 伊藤景基


 「「新年明けまして、おめでとうございまする」」

 「ああ、おめでとう。去年までは畿内で色々とありました。今年も今年で色々とありましょうが、皆の力を頼りにしております」


 参列者の挨拶を受けて、新年の宴が始まる。

 名古屋には、陳さんも、孫さんも、ロサさんもいないので、どうしても古来からの料理で、酒が中心の膳が供されている。

 ……名古屋での宴が終わって、祝言が行われる古河に着いてからは何とか旨い物を食べれるように算段を付けておこう。うむ。


 「ふむ……一丸にはやはり名古屋の膳は不満と映るか……これはどこぞから腕利きの料理人を引き抜いてこなければいけないな!」

 「大叔父上!……どうかお揶揄いなきよう……」

 「はっはっは!すまん、すまん。ただ、東海、特に伊勢湾の諸国は去年の地震から立ち直り切ってはおらぬでな、どうしても近場で獲れる魚を焼いたもの、蒸したもの、炊いたものが中心となる。ただ、その代わりと言っては何だが、酒の種類は多いので皆も満足をしているようだな!」

 「……そうですね」


 下戸の私にはわかりづらいところではあるのだが、確かに酒の魅力という物には大したものが有るらしい。

 先ほど新年のあいさつをしたばかりだと思ったのだが、既に家臣たちの席では大声で歌いだす者、踊り出す者達が増えており、城の女中達も酒の代わりを持ってくるのに忙しそうだ。


 「彼らも様々な悲しみを抱えていますからね、正月の席くらいは多めに見ましょう」

 「伊織大叔父上……」

 「ああ、そんな顔はしないで下さい。樹丸は残念なことになってしまいましたが、息子の意思は父親の私が受け継いでいます。……年齢的には逆のような気もしますが、まぁ、良いでしょう」


 そう言って、杯を呷る伊織大叔父上。

 眼には寂しげな光が宿るが、決して自暴自棄になった雰囲気はない。

 前を向いて生きておられるのは間違いがないのであろう。


 「まったく……お前は元に輪を掛けて優しいやつだな。……ふむ、そう考えると、やっぱり家督は仁王丸が継いで良かったのかも知れんな」

 「……そういう物でしょうか?」

 「ああ、優しさは必要だ。だが、当主というものは、一家のすべての責任がその両肩に乗るわけだからな。優しい人間には辛い地位だ。強い人間でなければ、潰れたり、行き過ぎた優しさで自分の身を犠牲にしてしまう……」


 なるほど……私が、優しいというのは良く分かりませんが、確かにある程度の開き直りといいましょうか、ある種のいい加減さが無いと当主というのはきつい地位だということは理解できます。


 「そうですね。そこまで深く考えて太郎丸が仁王丸を当主に推したわけではないでしょうが、結果として最良の選択だったのかも知れません。その前の代も兄上でなければ、間違いなく伊藤家の全軍を持って京の町を焼き討ちにしていたでしょうし、その後はずるずると戦は続き、今頃は九州で大友家と泥沼の戦を行なっていたかも知れません……」

 「そうだな……何かの拍子で、俺かお前が当主だったとしたら、安中と柴田の兵を集めて西を焼き尽くしていた事だけは確かだな」

 「そういうことですね……」


 なんとも物騒な会話を続ける大叔父上達だが……そう考えると、お爺様が当主で良かったということだったのでしょうか?

 家族としては非常に悲しい出来事でしたが……。


 ぐしゃっ。


 「これ、正月の席でそのような顔をするでない!兄上もご納得の上での最後だったのだ。その意思を無駄にせぬためにも、生き残った我らは太平の世を実現、維持していかなくてはな!」

 「そういうことです……さ、先ほどから明智殿が挨拶をしに来たがっていますよ?」


 景貞大叔父上は、まるで童の時の私をあやすかのように、大きく私の頭を撫で、伊織大叔父上は優しい瞳を向けてそうおっしゃった。


 ふむ、そうです。

 今は他家の者達もいる祝いの席でした。

 感傷は後にするとしましょう。


 「……統領様、景貞様、伊織様。新年あけましておめでとうございます。病床におり、お三方にご挨拶できない斎藤家当主龍興に代わって皆様にご挨拶申し上げます」

 「明智殿、ご丁寧にありがとう。龍興殿が御快癒されるよう祈っております」

 「ありがとうございます。当主龍興の病気はただの風邪でありましょう。遠からず、問題なく回復することかと思います。……また、こちらは私事ながら、娘が鎌倉の教会にて働けるようご配慮いただき、誠に有難うございます」

 「気にしないで下さい、明智殿。そちらの手筈は弟が行ったことです。玉殿は息災なのですか?」

 「ええ、毎月のように妻の下には文が届き、毎日が充実していると書かれております」

 「それは良かった」


 本当に。

 玉殿を父上の妻にと願われた時にはどうしたものかと思ってしまいましたが……とりあえずは丸く収まって、良かったというものです。


 「で、本日は娘の感謝とともに、当家の者を一名、皆様にご紹介したいと思い連れて参りました」

 「ほう、切れ者の明智殿が連れてくる者か?!」

 「いえいえ、景貞様、私などは……忠興!こちらに来い!」

 「はっ!」


 そう呼ばれて、一人の若者……二十五ぐらいであろうか?一人の若者が斎藤家の家臣が集まっている辺りからこちらに向かってきた。


 「忠興、統領様、景貞様、伊織様にご挨拶をせい!」

 「はっ!某、細川忠興と申します。一族は長年、足利将軍家にお仕えし、父の代では三好内国大夫家に仕えておりました。私自身は三好家の考えとはそりが合わず、他家に仕官を求めていたところ。数年前にご家老にお声がけを頂き、今では稲葉山にて政を学んでいる最中に御座います」

 「忠興は私の娘、玉の姉と祝言挙げておりまして、私が後継にと期待しておる人物です」

 「なるほど……」

 「ついては、この忠興、どうか伊織様の下で伊藤家の政を修業させたく、こうしてご挨拶をさせていただきました」

 「何卒よろしくお願い致します!」


 きらんっ。


 ああ、伊織大叔父上の目が光った。

 そう、忙しさが緩和することの無い伊織大叔父上は手伝いが出来る有望な若者の存在に目がないのです。

 明智殿に促されて頭を下げる忠興殿ですが、伊織大叔父上の下で働くことの辛さを知らないのでしょう。


 ……確かに、数年後には立派な内政官となって斎藤家に戻るのでしょうが、これからの何年間は寝る間も惜しんで、事務机と工事現場を行ったり来たりをする日々が待っているでしょう。

 頑張ってください。

 私としても斎藤家に優秀な家老が誕生することは歓迎すべきことですからね。


 「そうですか、そこまで明智殿に頼まれたら断れませんね。いいでしょう、喜んで私の下で鍛えましょう!」


 忠興殿……何かあったら、私か景貞大叔父上に連絡を……愚痴ぐらいは聞いてあげますからね。

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