第168話 三好家滅亡

天正十四年 冬 飯盛山 伊藤元景


 天正十四年の冬、私たちが畿内征伐軍を編成するきっかけを作った人達の最後の一つ、三好家が名実ともに滅亡した。


 最後は紀伊の手取城に立て籠もって抗戦の構えを見せていたが、徳川家の軍勢に包囲された中、内から盛大に崩壊した。


 当主義興は、降伏の条件首の一つとされた本願寺法主顕如の逆上により胸を刺され死亡。

 次いで、その顕如自身も現場に居合わせた将により討ち取られた。


 当主を失くした三好軍は、即日城を明け渡して徳川家に降伏。

 三好家手取城城代の蒲生氏郷がもううじさとの手によって三好軍の武装解除が執り行われた。


 「……で、家康殿が城に入った時には既に男児のほとんどが自害をしていたと?」

 「はい。実に痛ましいことでございます。義興殿は当年とって四十五、男子も嫡男の義資よしすけ殿初め五名おりましたが、皆悉く……実に見事な身の処し方であったと拝見しました」

 「ほぅ。家康殿は男児の切腹を確認したと……それはなんとも妙なことだ。当主の義興殿は本願寺法主の凶刃に倒れたと聞くが……その流れで男子が皆腹を切る?私には理解しかねる次第だな」

 「いやいやいや、統領様はかようにおっしゃいますが、某は彼らの武士としての見事な最後は大いに称えたいところですぞ?当主の義興殿は倒れ、一城のみ残された城は敵軍……この場合は某の軍ですがな、その敵軍に囲まれ敗北必至。城兵の助命嘆願に己の腹を切る。中々に出来ることではありません。腐っても畿内を数十年治めて来た内国大夫三好家の嫡流。素晴らしいことではありませんか!そもそも……」


 相変わらずに、家康の独演会は続く……。

 そういえば初めて家康のこういった独演会を聞く羽目になったのって何年前かしらね?

 本当に、相変わらず舌が乾かずに良く回ること。


 ふぅ……。

 私は一つ大きなため息をして仁王丸を見て頷く。


 仁王丸も渋い顔をしながらも私に頷きを返したわ。


 「徳川殿。貴方の説明は理解した。幼子に至るまで、男子が皆、自害したのは痛ましいことではあるが、その事実によって、その他の者達には温情を持って対処すること。……良いですな?」

 「はっははぁ!もちろんでございます!」


 どうにも裏が透けて見える決着だけれど、だからといってこれ以上に無駄な血を流す必要はどこにもない。


 私たちの目的、それは、第一に近衛の流れに長年の当家に対する仕打ちの責任を取らせること、第二にその蠢動を見逃し続けてきた王家と公家に責任を取らせること、そして、第三にその手足となって動いた三好家に武家として相応の責任を取らせることの三つだった。


 第一の目標、近衛家への復仇。これは第二の目標である王家、公家への報復共に九条の流れの方々が処分内容の立案から実施までの全てを執り行った。


 近衛家への処分は断絶。

 当主に返り咲いていた前久は斬首。

 近衛の血縁支配を受ける形で権力基盤を築こうとしていた東宮の和仁かずひと親王は体調を理由に出家。新たに、反近衛の後押しを受けて弟皇子の智仁としひと親王が東宮宣下を受けた。

 更には、年が明けての吉日を選び、智仁親王への譲位が行われるという。


 正直なところ、この辺りはどうでも良いことなので、近衛前久に復仇出来れば私たちの恨みも消えるという物よ。

 結局、彼らは身内で権力闘争を行ってるだけでしょ。

 父系だ、母系だと騒いではいるけれど、結局はその血のほとんどが藤原の人達が互いに血なまぐさいことに興じているだけ。

 どうぞご勝手に気が済むまでにお励みなさってくださいな……ただし、私の家族に手を出した者には、それ相応の報いを受けてもらう。

 うん。非常に簡単なことよね。


 そして、手足となっていた……手足というか利害関係が一致していたという方が正確かしら。

 三好家の処分だが、嫡流男子の断絶も無常なものだと思うところもある一方で、感情的には非常に納得できる、胸のつかえがとれたような部分が有ることは否定しない。

 仇相手が握っていた刀に罪は有るのか?という問いもあるでしょうけれど、そりゃ、実際の凶行に使われた凶器は叩き折ってやりたい。

 戦場でも、敵の武器は処分しながら進めるのが定石よ。


 それに……まぁ、そうよね。

 武家として当主一族が責任を取るというのもそうだし、何より太郎丸を殺されるまでの一連の公家の動きに対し、徹底して己の家の利の為に動いていた事実は許せるものではない。

 自分の利を得るために動くのは構わないけれど、そのことによって家族を失う羽目になった私たちの怒りは当然受け止めてもらう。

 人の命を狙う企みに関与するならば、自分が命を取られる覚悟は持っていて欲しい。


 ……ただ、そうなると、どうにも武家というのは因果な物よね。

 殺される覚悟を持って殺すか……私も戦場では数多の命を奪ってきた。

 自分の信念に従っての行動だし、神仏に対しても何らやましいことはないと断言できるけれど、それでも多くの命を奪ってきた事実は変わらない。

 ……そうね、今の立場を考えるのならば、これからも、私が死ぬまで、まだまだ多くの命を奪う決断をしていくことになるのでしょうね。


 「……と、かようなことと相成りまして、つきましては……」

 「ご心配召さるな。徳川殿。我ら伊藤家、戦場では尋常の駆け引きを行うが、一度約束をしたものを反故にするようなことはない。徳川殿の旧領は召し上げるが、南伊勢、志摩、大和、河内、紀伊、和泉、南摂津は安堵いたす。だが、堺やこの飯盛山などの重要拠点はその限りではない。よろしいか?」

 「ははぁ!約定通りの上様のお言葉、感謝の念に堪えませぬ。この家康、今まで以上の忠節を持って上様へ無二の忠誠を誓わせていただきます」

 「私への忠誠は有難いが、……何よりもまずは民の暮らしを守ること。そのことに努めて頂きたい」

 「ははぁ!」


 家康は今日で何度目になるかもわからないぐらいの深いお辞儀をした。


天正十四年 冬 伏見 浪江秀吉


 「お~さぶっ!」


 どうにも、思わず声が出てしまうわい。

 なんじゃろうなぁ。

 こと「寒さ」というのならば、奥州の山中の方が厳しいのであろうが、どうにもこの伏見の冬というのはそれとは種類の違う寒さを感じるのぉ。

 なんちゅうか、ねっちょりというか、身に纏わりつくというか……。

 かといって湿っぽい感じではない、不思議なもんじゃな。


 ぱちっ、ぱちっ。


 暖を取るために焚いた落ち葉や枯れ木が音を出す。


 寒さの種類は違っても、焚火のこういった風情っちゅうもんは同じなのかのぉ。

 これも昔のことなら、なんだな……犬千代ならどこぞで獲ってきた栗やら銀杏やらを無造作にくべて儂が怒鳴るところであろうし、信長様なら魚を買うてきて焼き出してそうだし、太郎丸様なら懐から干し肉でも取り出して炙り出しそうだのぉ……。


 こうして不規則に揺れる炎を見ていると、何処までも懐かしい光景が目に浮かぶ……。

 ふっふっふ。

 儂も五十を越えて、今では京の伏見のでっかい城の城主か。

 家出しちまってそのままではあったが、今度折を見て尾張の実家でも尋ねてみるかのぉ。

 実の親父はとうにくだばっちまってるし、義父の小一郎の親父は気に食わんからどうでも良いが、かかぁには美味いもんでも届けてやりてぇなぁ。


 「お~!焚火なのだ!これで暖が取れるのだ!寒さともおさらばなのだ!」


 む?

 どこぞの村娘……ではないか。

 見ればきちんとした身なりをしておる。

 見た目も口調も幼いが、懐には小刀も見えとるし、どこぞの姫さんが迷い込んだのか?

 山城は伏見のこの辺りは儂らの目が光っているから大丈夫であろうが、ここより北は危険じゃぞ?


 「お~!嬢ちゃんも寒いか!ほれ、こっちに来て火に当たるが良い!」

 「良いのか!ではありがたく小父さんの焚火にお邪魔するのだ!」

 「はっはっは、そうせい、そうせい!」


 小父さんか……儂は五十も過ぎとるからお爺ちゃんと呼ばれても不思議ではないのだが……阿武隈の山中では猿の爺さんとかも呼ばれておったしな。

 ……流石に、そこまで小生意気な口をきいた糞餓鬼どもは、とっ捕まえて尻を叩いてやったりもしたがな。


 「そのように手と頬を真っ赤にしおって……どこぞで道にでも迷ってご家来とはぐれたのか?」

 「……うむ。この付近の工事を見に来た父上の家臣とはぐれてしもうた……水鳥が魚をついばむのが面白うて追いかけていた内に、皆とはぐれてしもうたのじゃ……」

 「おお、それは大変じゃったな!そうかそうか、そうだな、ここにおれば儂の部下たちも来るであろうし、お主を親元にきちんと送り届けてやろうぞ?……ささ、それまでは火にあたりながら、この干し柿でも食っておるが良い。な?」


 年の頃は十三四かの?

 年齢の割には幼い娘さんじゃ。

 迷子になったことを思い出して涙ぐんでしもうたじゃないか……。


 「ありがとう小父さん!」

 「ああ、良い、良い。大人が童に世話を焼くのは当たり前の事じゃからな」

 「む!私は童じゃないぞ!歳も明ければ十九になる!」

 「おお!それは済まなんだな。儂はてっきり……」

 「まぁ、良いのだ。私は幼く見られるのに慣れておるのだ。……干し柿をくれた小父さんは悪い人じゃないから、無礼は気にしないのだ!」

 「はっはっは!それは有難いのぉ」


 ふむ。

 言葉の感じからすると、予想以上に大身の姫なのかも知れぬな。

 そういえば工事を見に来たとか言うておったな。


 ……すると、大友か長尾か徳川か……そういえば、勿来でお見かけした誾千代様もそのぐらいの年齢ではあったが……まぁ、別人じゃな。

 すると長尾家か?……ふぅむ、顕景様のご息女は見知っておらぬのでわからぬなぁ。

 同様に家康様のご息女でもわからぬ……。

 どちらにせよ、部下が戻ってきたら城まで連れて行けば良かろう、流石に城まで戻れば何処の家中の姫かはわかるであろうし。


 「おや?藤吉郎が女児をかどわかしてる。これは危険だ」


 お?

 てっきり部下が戻ってきたと思ったら、主家の姫様だったとは。


 「はっはっは。滅相も御座いませぬぞ。彩芽様、こちらの姫君は御家中の方とはぐれてしまったようでしてな?寒空に一人では心寂しかろうと、火の近くまでお誘いした次第」

 「そう、ならば安心」


 ……そういえば、この姫も年が明けて十九というのならば、彩芽様と同年か一つ違い辺りということか?

 ふむぅ。やはり女児は育ちに差が出るんじゃなぁ。

 彩芽様は背丈も大きゅうて、誰が見てもこちらの姫とは同年代と見えぬもんじゃが……。


 「で、藤吉郎はここで何を待っているの?」


 相変わらず彩芽様は言葉少なに、端的に話を進めてくるのぉ。


 「今日は城手前に造る船着き場の水深を測っておりましてな。そろそろ部下がその結果を持ってくるというのでこうして待っているのでございます」

 「……待っているだけなら城で待っていれば良いのに」

 「はっはっは!城には彩芽様初め、姫様方も清様もいらっしゃるのに儂が「城主でござい」と、一の丸で只の連絡待ちなど気色悪うて……散歩がてら周囲を見回っておったのです」

 「実際に指月城の城主は藤吉郎。気にすることなどない」

 「そうは申されましてもなぁ……と、いかがした?」


 儂と彩芽様の会話を横で聞いていた童……いや、姫君が興味深そうに儂を見上げておる。

 なんぞ面白い会話でもしておったのかの?


 「小父さんは、そこの立派なお城の城主様なんだ!」

 「……まぁ、確かに儂は城主であり、そこの城が立派であることに違いはないが……」


 なんでしょうな?とばかりに儂は彩芽様に視線を送る。


 「そう。藤吉郎は凄い人。父上から直々に指月城の城主に任命された伏見の責任者」

 「伏見の殿様!!凄~い!!」

 「そう、凄いの。えっへん!」


 なんじゃろう、近頃の娘さんはこんなもんなのかいのぉ?

 ようわからん会話が成立しとる。

 しかも、彩芽様は太郎丸様を褒められたと思って胸を張っているのじゃろうが……。


 ざっざざざっ!


 む?

 ようやっと見つけてくれたか。

 煙多めに火を強くして正解じゃったわい。


 「ひ、姫様!お茶々様!こちらにおられましたか!」

 「まったく探しましたぞ!このまま見つからぬでは、お父君に顔向けできぬと焦りまし……と、これは彩芽様と秀吉殿。貴殿らがお茶々様を保護してくださいましたか、なんとも有難い」

 「うん。藤吉郎がこの子を見つけた」

 「おお、これは大谷殿。やはり、長尾家に連なる姫君でしたか。いや、こうして無事に合流できたのならば幸いですな」


 おお、やはり長尾家の姫君であったか。

 無事に見つかって良かった、良かった。

 儂としても、自分の城の目の前で長尾家の姫君が失せでもしたら、どう責任を取ったら良いものか困ってしまう所じゃからな。


 「……まぁ、ある意味はそうですな。お茶々様は私の旧主、浅井輝政あさいてるまさ様の御長女です」


 実名を知らせるのもなんだが、誤解したままでは面倒とでも思ったのか、大谷殿はそう言って姫君を儂らに紹介した。


 「長尾家家臣、有岡城城主浅井輝政が娘、茶々と申します。以後よろしくお見知りおきの程を……」

 「おお、これはご丁寧に。儂は伊藤家家臣、指月城城主の浪江秀吉と申します」

 「……伊藤彩芽です」

 「……ぬ?なんと!立派な城の城主だけでなく、伊藤家の姫様もいらっしゃったとは!これは凄いのぉ……えっ、えっ、えくちっ!」


 茶々様は挨拶だけは鍛えられておるのか、挨拶とそれ以外では会話の向きが大きく変わるのぉ。

 っと、いかんいかん。くしゃみなどをしているではないか!

 身体を冷やして風邪でも引いては大変じゃ。風邪は万病の元じゃからな!


 「彩芽様、茶々様は身体が冷えてしまったご様子……ここは……」

 「そうだね、うん。茶々、私について来て!城に行こう!城には温泉を引いてきた立派なお風呂がある!」

 「え?!温泉?!……えくちっ!」


 いや……儂は風呂に誘えなどは言うておらぬのですがな、彩芽様……。


 「……」


 ほれ、大谷殿も言葉を失うておるではありませぬか。


 「……左様ですな、では茶々様どうぞこちらに……」


 されど、伊藤家の姫様の発言に逆らえる者はこの場にはおらぬ。

 儂に出来ることと言えば、茶々様がこれ以上寒さを感じることが無いように、儂の打掛を肩に掛けてやり、城へと案内をする事だけじゃった。


 「……あったかいのじゃ」


 そりゃ、太郎丸様考案の羽毛入りの打ち掛けじゃからのぉ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る