第129話 古河での聞き込み

天正十一年 春 古河 伊藤景基


 「上様、大御所様、コンスル様。本日は、私の知るポルトガル情勢をお話すればよろしいので?」

 「ああ、フアン殿。済まぬがお願いする。どうにも、博多を初めとする西の情勢がポルトガルとエスパーニャの動きに関連しているらしくてな。当家の海外方策にも重要な情報となるかも知れぬのだ」

 「では……私の知る範囲のことでよろしければ……」


 信長殿が勿来に速足で戻られた翌日、早々に我らはフアン殿を古河の城へと招いた。

 鎌倉の教会におられたとしたら、少々手間ではあったのだが、幸いにもフアン殿は古河の教会におられたので、このようにお呼びしている次第である。


 「そうですね。まず、ポルトガルは非常に独立商人達、特に自分のことを「冒険者」と名乗る独立商人達が力を持っている国です。大規模な発見をすれば、国からかなりの額の報奨金が出ますし、己で船を用意して航海から戻ってきた者を英雄として称える文化が有ります。ですので、中流より下の貴族、成り上がりを夢見る若者たちはまずもって、インドやブラジルでの兵役に志願して現地に無料で赴き、戦地で金を溜め、その資金を以て交易を開始することを企図いたします」

 「む?現地で商売……それではただの地方商人としかなれぬのでは?」


 私は思った疑問をフアン殿にぶつける。

 交易を行ないたい!と旅立ったとしても、今の話では本国に戻るための手段、交易品を携える手段がないではないか。


 「はい。それが第一の関門といいますか、このような無謀な行動に出る若者の思慮の浅さを物語っている出来事です。コンスル様ほどに聡明でなくとも、多少は頭を働かせることを知っているのならば、交易が出来ない外国の商人等、何処の国に行ったとて、小さな商いや、犯罪や神の教えに反するような商いしか出来ないということが理解できるはずなのですが……」

 「まぁ、普通に考えれば、そうなるはずなのでしょうね。……船も持っていない外国人が商品を売ってくれ、と頼んだとして、その話を聞く人間がどれほど現地にいるかは疑問よね」

 「左様です。そして、そのような無謀な若者は、その無謀さ故、結局は本国に近い外国にまでしか足を延ばせません。ポルトガルの場合ですと、彼らの多くはアフリカスの西岸、その一番エウロパに近い地域となります。そこで彼らは自分たちと似たような境遇の者達と徒党を組み、手軽な商売に身をやつすこととなります」


 身を窶すとは穏やかではない表現ですね。


 「その手軽な商売とは?」

 「……その海岸の呼び名が示しております。人呼んで「奴隷海岸」」

 「「奴隷海岸!!」」


 思わず大御所様と一緒に大声を出してしまった!


 ……しかし、上様はご存知だったのだろうか。目を瞑り痛ましそうにはしているが、あまり驚いた表情はしていないな。


 「彼らの多くは、海外派遣軍の一員として現地へ赴きます。そこで兵役を終え、自由な身分となっている者もいますが、その多くはある程度の軍事物資を片手に脱走した脱走兵です。……そういった者達を金で集め、現地の人間を狩り、自分の船に詰め込み海外に売り飛ばす。残念ながらその手の商人が大手を振って生きている国がポルトガルという国なのです。……もちろん、かの国の大多数の民はそのような外道な行為を良しとするような品性の持ち主ではありませんが、このような海外での行為は、現地へ赴くような商人か我々、宣教師しか知り得ないことでもあります」

 「……」


 言葉も出ないとはこのことだな。


 「ポルトガル商人の中でも最も財産を築いている者達の手法とは、リズボア・奴隷海岸・ブラジルの三地点を結んだ三角貿易となっております。まずはリズボアで安物の武器弾薬を購入し、奴隷海岸に運び込む。現地アフリカスの武装集団に武器を売りつけ、対価として奴隷を買い入れる。そしてブラジルでその奴隷を売り、代金としてカフェ・砂糖や金銀を受け取り、リズボアでそれらを売り飛ばす。……リズボアの商人達の間では、「リズボアで船を鉄くず満載にさえ出来れば、一年後には金銀で満ち満ちた積荷で帰ってこられる」……そのように語られているようです……」

 「……外道めが……」


 日ノ本の戦国も地獄のようなものだと言われますが、フアン殿の話を聞く限りはまだましなのかも知れません……。


 いや、今でこその日ノ本、東国の安定ですが、数十年ほど前までの日ノ本とはそう変わらぬ状況ですか。

 武器を商人が売り、心無い武装集団が購入し、無辜の民を襲う。

 売られた民は、運が良ければある程度の自由を手にすることが出来ますが、多くの者達は命が尽きるまで鉱山で働かされたり、女郎屋や顔も知らぬ男どもの性の捌け口として使われる。


 「……博多でもそのように「奴隷海岸」のようなことが?」


 私よりも腹に据えかねているのだろう。

 大御所様が底冷えのする……いや、殺気すら込められた声で質問をされた。


 「……い、いえ、大御所様。日ノ本ではそのような噂は聞いておりませぬ。……何より、日ノ本からでは奴隷の買い取りを行う場所が遠すぎます。ほんの数名程度がマカオあたりに売られるぐらいと聞いております……あ?!」

 「「あ?」」


 何ぞ思いついたのか?フアン殿。


 「あ……いえ、その……」

 「何ぞ言い難いことでもあるのか?フアン殿?この場には私たち四人しかいないのだ、遠慮為されず、話してはくれないか?」

 「は、はぁ。上様がそうおっしゃられるのならば……いえ、それが最近はイスラス・フィリピーナスでも大規模農園開発が行われる予定で、そのための人手、奴隷購入もルソンでは検討されているとの話がありまして……」

 「ルソンで農園開発……そういえば中丸が何ぞ農作物を……」

 「はい。私も伊藤家の強い希望でフィリピーナスの農園開発が必要だと報告書を上げた覚えがあります……」

 「「……」」


 そういう形で話はめぐるのか……。


 「フアン殿。貴殿は誤解していないとは思うが、当家が、景広が申したことは産物を欲しているということであって、奴隷を使って開発をしろということではないぞ?」

 「え、ええ。私は重々……されど、農園整備を急がされた者、奴隷使用に抵抗が無い者は……」

 「……何ぞ手を打たねばならんか」


 上様の言葉ではありませんが、何か手を打たなければいけないでしょう。

 奴隷を使っての開発など、我らの頭の中には欠片もありませんでしたが、処変われば考え方も変わるという物です。

 奴隷を狩る者、売る者、買う者、使う者。悪いのはこ奴らですが、そこに方向性を与えてしまった一因、少しは当家にも責任がありましょう。


 「これは対策を練らねばいけませんね……」


 果たして、どのような対策を練るのが良いのか……。

 東国の安寧を目指してきた伊藤家ですが、ここに至ってはより広い考えを持って安寧を目指さねばならないのでしょうか……。


天正十一年 春 古河 伊藤元景


 「奴隷問題は出てきましたが、今はポルトガルの問題が博多でどう起きているのか、その情報集めでしょう。フアン殿、次は博多での、大友領でのポルトガルを初めとするエウロパの商人達の動静はどうなっているのですか?次はそれを教えてください」


 そうね。

 奴隷問題については、これからの議題ね。といっても棚上げなどには決してしないけれど!

 まぁ、まずはエストレージャ卿が来訪した件の方が先。


 「はい。大友のドン・フランシスコの命令により、全ての商人達は博多に集められ、博多以外での商売が禁じられております。これは、ポルトガルを初めとするエウロパの国々だけでなく、明の商人達も同様です。彼らは博多の商人街で商館を購入することが義務付けられており、その商館内でのみ、商いが許されています」

 「……と、待って。そのドン・フランシスコというのは誰?大友家ではそんな権限を持つエウロパ人がいるというの?!」


 流石に、エウロパ人が令を出せるとかは初耳だし、理解の埒外よ?


 「ああ、そうではありません。大御所様。ドン・フランシスコは大友の殿様の洗礼名です。義鎮よししげ様はカトリコに改宗し、ザビエル様にあやかってフランシスコを洗礼名とされました……鎌倉の、……小田原の忠嘉様の御長女で、コンスル景広の奥方のマリア様のような形です」

 「「……なるほど」」


 納得する私と一丸。


 「つまり、大友家では博多のみでの商いしか許されておらず、しかも商館を購入するという莫大な税を納めなければ商売が出来ないということなのだな?……しかし、それでは、小規模の独立商人達は商売が出来なくて困ってしまうだろう……」

 「はい。上様の仰る通りです。……で、そこには抜け道が二種類ほどございます」

 「二種類?」

 「はい。まず、一つ目は我ら宣教師など、ローマ教会の者達には己の身の回りを整えるための通商特権がございます」

 「通商特権とな?」


 聞いたこともない仕組みが出て来るわね。

 ……まぁ、言葉の響きでなんとなくは意味が理解できるけど……。


 「我らカトリコの者達は、博多以外でも、その土地の領主に目録を提出さえすれば、自由にエウロパと通商をしても構わないようになっております。……もちろん、ある程度の税を納めることは要求されているようですが、そこのところは領主の裁量権の内ということのようです」

 「……それは、なんとも賄賂が横行しそうな状況だな」


 私も一丸と同意見ね。

 大友家では、当家のような領主、城主の扱いではないでしょうから、彼らの中に、己の懐を温めるに際して自制が効かない人物がいた場合には、だいぶ汚いことが行われていたとしてもおかしくはないか。


 「五島の教会、平戸の教会、大村の教会、熊本の教会では、ポルトガルの大船からの荷が途切れることは無いと聞いております」

 「して、もう一つの方法とは?」

 「薩摩と琉球の特権でございます」

 「……琉球か」


 なんだか、仁王丸には思い当たる節があるようね。


 「はい。薩摩の南の島々の先、琉球国では国王の認状の下、自由な商売が出来ることになっております。ただ、琉球は小さな島国で、人も少なく、また土地も作物が良く育つというような場所ではありませんので、もっぱら船乗りたちへの飲食、娯楽の提供と、商人同士の交易所としての機能が主となっている国です」

 「その琉球が薩摩の影響下に?」

 「はい。琉球へのカトリコ布教を名目に、薩摩の領主達はドン・フランシスコから琉球差配の権限を受けております。彼らは琉球の島々で砂糖を作らせている一方、島の湊を使って、大いにエウロパの国々と交易を行なっております」

 「……エウロパの国々だけなのか?明とは交易しておらぬのか?」

 「はい。明との交易は博多以外では一切認められてはおりませぬ。……ただ、中にはマカオでエウロパ人を雇って、かりそめの船長として用立て、ポルトガル商人やパイセスバホスの商人に偽装して商いをしている明人も多いようではあります」


 なるほどね。

 流石は明の商人達だわ。逞しいことこの上ないわね。


 しかし、それほど大友領で明の商人達の活動領域が狭かったとはね。

 そりゃ勿来や安房、鎌倉で商売をしたがる明人たちが多いはずよ。

 当家では国に拘らず、決められた税を支払い、取り扱い目録を揃えれば、禁製品以外は自由に交易できるものね。


 ん?禁制品?


 「そう、今、思いついたけれど、大友家ではなんか禁制品とかってあるのかしら?当家の湊では、人間、精神に作用する薬、当家で使用されている武器弾薬の輸出等は禁じているけれど」

 「博多での交易は厳しいようですが、先に言った例外地域では相当に緩いようでございます」

 「なるほどね……これはだいぶ大友領の闇は深いとみるべきかも知れないわね」


 現状は見えてきたわね……。

 大友殿と話をしなければいけないでしょうけれど、これで、国内の情報さえ集められれば物事の筋はわかる形にはなったかしら。


 「後は、大友領での布教の話をいくつか聞きたいところなのだが、よろしいかな?」

 「はい。もちろんでございます」


 そうね、ここまで聞く限りでも、だいぶ東国のカトリコとはやり方が違うように感じるものね。


 「まずもって、フアン殿と博多の宣教師たちは所属が違うということでよろしいのか?」

 「そうですね……ローマ教会に所属する宣教師であり、イエズス会の者達であるということであれば、我らは同じ所属と言えますが、西国は博多管区、東国は鎌倉管区となりますので、責任者は違うと言えます」

 「なるほど……では、鎌倉管区の責任者はフアン殿であるとして、博多管区は?どなたなのかな?」

 「……少々、難しい質問です。現時点での責任者はフランシスコ・カブラルですが、彼には職能不十分ということで解任の流れが出来ております」

 「ほう……」


 責任者が解任される流れ……後任者や、これまでにカブラル?その男と色々と誼を通じていた者達や、その男を嫌っていた者達など、色々と問題をはらんでいるかも知れないわね。


 「一昨年の初めに、イエズス会総長名代としてアレサンドロ・ヴァリニャーノ殿が日ノ本の巡察に参りました。ヴァリニャーノ殿はまず勿来の湊に到着しまして、そこで勿来の教会を視察、次いで鎌倉に赴き、鎌倉の教会を視察され、「このままの方針に基づき、誠心誠意、デウスの教えを広めることに専念せよ」との言葉を残して博多へ向かいました」


 あら?そんな方が東国に来ていたのね?

 ……そういえば、中丸が鎌倉で夕食会を開いたとか言っていたかしら?


 「して、問題は博多に着いてからでした。詳しい報告書等は私の手元には来ませんが、どうにもカブラルの布教方針とヴァリニャーノ殿の考えが合わず、鎌倉管区に比べ、博多管区の結果が悪いのはカブラルの方針に原因があるとして、カブラル解任と後任の要請をローマへ送りました。……カブラルはポルトガル貴族の出とはいえ、一管区責任者、総長代理のヴァリニャーノ殿とは立場が違います。……それに、教会内部には貴族の子弟などは珍しくもありません。それこそマリア・ルイーサ様のようなお血筋の者でなければ……すみません。話が逸れました……」

 「……にも関わらず、カブラルの解任手続きは進んでおらず、後任も到着していない」

 「左様です。……ここで、教会内でまことしやかに話されていることは……他言無用に願いますが……どうやら、カブラルはポルトガル王室の一部に伝手があり、また、ポルトガルだけでなくヘノヴァやヴェネスィアの商人達からも工作資金が集まっているからでは……と噂されております」


 ここで話が繋がったわね。

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