第123話 東海三国

天正十年 春 駿府 伊藤景貞


 「本来であれば、このような大規模な配置転換。こまごまとしたところまでをも予め決めてから行うものではあるのだが、その方等も知っての通り、此度は徳川への備えという意味もあり、迅速な対応が必要故、このような仕儀と相成った。皆には手数を掛けるがよろしく頼むぞ」

 「「ははっ!!」」


 駿府城の大広間。

 俺を上座に、旧伊勢家、今川家、に真田家の東海三国の面々が勢揃いしている。


 「基本的には、その方等の職分を変更することは無いのだが、駿府に入ることとなる俺の下、体系的な組織となるよう、上下の流れだけは作らねばならん。そこの所を今回は話させてもらえれば幸いだ」

 「ははっ!すべては景貞様のご下命の下、懸命の心持にて、ここに集まりし者達は仕えさせていただきます」


 昌幸を筆頭に皆が、頭を下げる。


 「なに、そこまで硬くなることは無い。お主らの働きは俺だけでなく、上様、大御所様共に十分に理解し、深く感謝しておる次第だ……さて、先ずは昌幸、お主の役割だが……今までは駿府城城主として働いてもらっていたのだが、これからは俺が城主となる。ついては、お主には東海三国の総奉行か軍統括を任せたいと思っていたのだが、どうだ?」

 「はっ、そこまで某を評価してくださるのは有難いのですが、どうかご容赦を。……今は伊織様が諏訪にお移りになられたために、城主などと呼ばれてはおりますが、私は伊藤家水軍の一員に過ぎませぬ。出来ましたならば、これ以後は駿河水軍を主に、伊豆水軍の清水殿と供に東海水軍を率いることが出来れば幸いです。鎌倉までは盛んな伊藤家の水運ですが、どうにも相模の西よりこちらは手薄な気がします。その部分の発展に寄与出来ればと思っております」


 ふむ。

 どうにも水軍の面々は、信長を初め、いくつになっても船からは離れたくないようだな。

 まぁ、俺も軍から離れるのは難しいから、言えたものではないか……。


 「よし、相分かった。真田昌幸を東海三国の水軍統括、清水康英しみずやすひでを副統括とし、東海の海の発展を任せることとする。……無論のこと、この組織は伊藤家の水軍の一方面軍であることに変わりはないのでな、そのあたりは承知しておいてもらいたい」

 「「ははっ!」」


 昌幸と康英が揃って頭を下げる。


 「では、総奉行に関しては……信尹よ、お主の兄が辞退したのだ。弟のお主が受けよ、良いな」

 「はっ!……どうにも、そのようなことになりそうだと覚悟はしておりました。これよりは東海三国の内政に身命を掛けまする」

 「頼むぞ。……その方の奥方の虎殿には引き続き茶奉行を、安藤良正あんどうよしただには土木奉行を、垪和康忠はがやすただには牧奉行を、板部岡江雪斎いたべおかこうせっさいには鉱山奉行を命じる。四名とも、信尹の下で頼むぞ」

 「「ははっ!」」


 虎殿以外は三名共に旧伊勢家臣だ。

 だが、彼らも当家に仕えて、早二十年近く、それまでの間、一心に地域の政に寄与してきてくれた。ここらで奉行として任命し、盛大に働いてもらうことにしよう。


 「で、ついでの軍務だが……忠嘉、すまぬがお主には鎌倉より小田原に移ってもらい、東海三国の軍統括として、俺を手助けしてくれぬか?」

 「林と横浜の政務は息子の忠禎たださだに譲ってきましたからな。これよりは東海三国の兵を率いることで、伊藤家にお仕えしましょう」

 「頼むぞ。……して、綱成殿、綱高殿。ご両名には苦労を掛けることとなろうが、どうか忠嘉を助け、東海三国の軍政を引き締めて欲しい」

 「……この綱成、伊藤家には武士として格別のご配慮を頂いております。喜んで忠嘉殿の与力、東海の武士たちを束ねる役目、喜んで手伝わせていただきまする」

 「某も、喜んで。……この綱高、忠嘉殿の采配、亡き景藤様の隣で執られていた雄姿は今でもはっきりと覚えております。老い先短いこの身でよければ、最善の力を振るわせていただきます」

 「……忝い」


 綱成殿は七十近く、綱高殿は八十近く……ご両名ともに高齢ではあるが、未だ矍鑠かくしゃくとして、その眼光は鋭い。

 今までも旧伊勢領の引き締めに、変えようがない重しとして他にない働きをしてくださった。

 東海三国としての形が十全に機能するまで、今しばらくそのお力をお貸し願いたいものだ。


 「新体制の発表は以下の通りである。皆にはそれぞれの職分に励むことで、東海三国の発展に寄与してもらいたい。以上だ」

 「「はっ!」」


 皆が一礼し、それぞれに席を立つ。


 さて、一通りの体制は出来たが、正直な所、俺の副官……下野での顕景や顕光のような存在が欲しいところなのだが、どうにもな……誰ぞいないものであろうか?


 「景貞様、少々よろしいでしょうか?」

 「うん?なんだ?」


 皆が大広間より粗方去った後、昌幸が俺に話掛けて来た。


 おお、そうだな。昌幸にちょいと尋ねてみるのも一興か。


 「徳川の動きが急だったこともあり、景貞様は下野の配下を連れては来ておりませぬ。……そこでといっては何ですが、身の回りの支度をするためにも某の息子、信繁をお傍に仕えさせては頂けぬものかと思います。信繁は幼少ながらも気働きに優れております。きっと景貞様のお役に立つと思いますが、如何でしょう?」

 「おお、それは有難い!そうだな、ここにはお主を初め、様々な人材がいるのだから、無理に優秀な副将を置くこともないか……いや、昌幸の申し出、ありがたく受けようぞ」

 「ははは!それは某としても嬉しいことでございます。信繁も景貞様のお近くに仕えることで、深く軍の何たるかを学ぶことも出来ましょう」


 そうだな、真田家は昌幸の兄二人は、新規に家老となったのだ。彼らの次代を育てるのも一門の俺の役目ということだな……ということはだ。


 「ふむ。お主の提言で、俺も思いついたのだが、俺の孫の清丸も駿府に呼んで信繁と共に俺の近侍をさせよう。あいつも信繁と同年の十七だ。二人で切磋琢磨すれば、伊藤家の次代も明るいというものだ」

 「おお!それはなんとも結構なことです!惣領の太郎丸様も羽黒山で研鑽を積まれているのです。ここ駿府でも、次代を担う才を育まねばいけませぬな!」

 「そういうことだな!」


 よし、それでは早速竜丸に文を書くか。


1582年 天正十年 夏 羽黒山


 夏は過ごしやすい羽黒山……今年からは、夏は羽黒山、冬は勿来で過ごそう。うん。そうしよう。


 「んで、太郎丸様。こういった形で作ってみたんだが、どうでしょうか?」

 「おお?流石は村正一族の頭!よくぞ、俺のあやふやな発案を形に出来るもんだね!」

 「なんでしょう、褒められてるのは褒められているんでしょうが、どうにも……」

 「ははは!気にしない、気にしない!流石は景能爺の息子だということさ!」

 「……いや、太郎丸様は父を知らないでしょうに……」


 ん?そうだったか。

 俺が二回目の生まれ変わりをする前に、景能爺は亡くなっていたか……いかんいかん。


 「噂には聞いているってことさ!……しかし、これで機織りと紡績の効率が上がったということだね。で、どうなんだ?使い心地とかの報告は受けてるか?秀吉殿?」


 藤吉郎相手に秀吉殿って、なんか奇妙な感じだが……しょうがないよね。

 姉上とも生まれ変わりは、あまり余人には話さない方向で進めようと決めたばっかりだもんね。


 「そうですなぁ、勿来から糸紬の者達や機織りをこなしておる数人を呼び寄せて使わせてみましたところ、いたく驚いておりましたな。儂ではようわかりませぬが、効率が何倍にもなって、これでは別の副業を探さねば時間が余ってしまいそうだと言うておりましたぞ」


 うむ。それは結構なことです!


 勿来での綿花栽培からの紡績、機織りも領民の副業でしかなかったからね。

 大々的な交易品としては作っていなかったこれらの物が、今後は交易品としての可能性を見出すまでになったよね。

 けど、これらの飛び杼の機械織と複数の紡錘を動かす機構が実用されれば、今度は綿畑が足りなくなりそうだよなぁ。


 何処に畑を作ろうか……湖沼地帯か海岸地帯。

 う~ん、勿来でやったみたいに、海岸地帯の埋め立てというか、用地拡大を兼ねて作るのが一番なんだろうけど……そうするとどこだ?

 内陸の湖では、あまりやりたくないから海岸地帯として……う~ん……そういえば、綿花の原産地って何処だっけ?インドとかだっけ?いや、新大陸でもあったような……?


 「おや?如何されましたかな?太郎丸様?」

 「ん?いやね、紡績と機織りの速度が上がれば、今度は綿の生産が追いつくか心配になって来てさ……藤吉郎はどっかに心当たりない?」

 「……!?あ、いや、そうですな……儂が今すぐに、どこそことは思い浮かびませぬが、あれではないですかな。木綿だけでなく、他の糸を使うことも考えてはどうか、というのが儂から若殿への提案でしょうかな?」


 お?

 別の糸?


 「なるほど……羊毛に絹糸なんかにも適応できるか……色々と調整は必要だろうけど……行けそうだよね?景宜かげのぶ?」

 「そうですね。詳しいところは、専門の職人が育ってこないことには何とも言えませんが、原理としては変わらないはずなので、問題は無いかと思いますよ」

 「よ~し!それじゃ、次回の評定の時にでも吉法師に古河へ持って行ってもらうとしようかね!」

 「そうですな。それが良いかと思いますぞ、若殿」


 二人の同意も得られたことで、紡績と機織りはひとまず、ここまでだな。


 次は……なんだ?


 「……次は塩ですな。……どうにも焼き塩の畿内での売れ行きが落ちてきておりまして、稼ぎが落ちてきている中、全体的に塩が余り出しております」

 「塩か……領内には十分な量が安価で流通しているんだよね?」

 「はい。奥州を中心にそれこそ飛騨の里まで、当家の塩は流通しております。一番大きな製塩工房は勿来にありますが、似た形式の工房は相模の金沢にも有りますからな。十分な量が作られておりますぞ」

 「あの……塩の話なら、俺はここで失礼しても?」


 恐る恐る伺う景宜。

 そんなに、こちらの機嫌を伺わなくても大丈夫よ?


 「おお、そうじゃな。景宜殿にはわざわざのご足労忝い。何かありましたら、また、若殿と儂が足を運びます故」

 「え?!いやいや、お呼び頂ければ俺の方が行きますから!」

 「ん?気にするな、現場に赴くのも、新たな発案が産まれるかも知れないんだからさ。……ともあれ、今日はありがとう。紡績と機織りに関しては、古河に持って行くときに改めて声掛けさせてもらうよ!」

 「あ、は、はい。……それでは」


 う~ん。

 景宜は景能爺の息子とも思えんほどに謙虚な人柄だな。

 これが景能爺だったら、焼酎片手にそこいらの椅子に座り込んで、勝手に晩酌を始めるところだぞ?


 「では、話を戻そうか、塩だったよね……う~ん、他国に売るのは?」

 「そうですな、隣国はどこも自分たちで海を領有しておりますからな。彼らも自分たちで塩を作っておりますれば、当家の塩を売った場合は、彼らの製塩工房が立ち行かなくなりましょうぞ」

 「それもそうか……当家の工房出しの値段をぶつけられたら、彼らが潰れちゃうもんね……それは本意ではないなぁ」


 近領は味方だからな。彼らの製塩業、こいつは主に主家が面倒を見てるのが大半だからな。

 専売品目が潰れるのは良くない。……うん、無駄な恨みを買いそうだから、近領に売りつけるのは止めよう。


 「そうすると、あれかな。何かしらの付加価値を付ける方針で……あ!味付き塩とか?!」

 「ん?味付き塩ですか?それはどういったもので?若殿」

 「いやさ、料理って色んな香草やスパイス……風味野菜?を使うじゃないか。それを混ぜ込んだ塩を作って売り出せば、面白いかなと思ってさ」

 「う~ん、儂は料理は専門外ですので、ぱっとは浮かびませぬが、確かに価格によっては城下に住むような領民には売れましょうな」

 「ほら、藤吉郎も当家の料理で居付いてくれたわけだしさ。料理は重要だと思うんだよね!」

 「……はぁ、そうですな。儂もあの猪汁の味で勿来に居付いたものですしな……」


 そうそう、人材を集めるには胃袋を掴むべし、だよね。

 よし!ここは調味料開発に乗り出すというのも一興だ!

 前々世でも大蒜やら色々と入った、何とかソルト、とかは必需品だったからな。

 焼塩の進化形として、香味焼き塩とか作り出せれば、結構な売れ筋商品が作れるんじゃないか?


 「善は急げだね!丁度昼飯時だし、勝手所にお邪魔して、厨房席で陳さんの料理を頂くとしようよ!」

 「左様ですな……では、儂もご相伴に預かるとしますかな?……それでは輝様にお伝えしてきますわ」

 「おう!よろしく頼んだよ!」


 くくく。

 これでまたしても新商品の開発が出来てしまったのではないか!?


 聞いたところでは、当家がそれなりに陸奥の北にまで手を付けることとなりそうなんだよね。

 この時代の青森県の開発とか、幾ら銭があっても足りないだろうから、少しでも銭に成りそうなものは作って行かないと!!


 お?!

 銭といえば、銀貨と金貨の政策もそろそろ本格的に相談しとかないとな……次の評定は俺も信長に付いて行こうかな?


天正十年 夏 xxxx xxxx


 「うむ、麻呂が考えていた以上に早く、こうして畿内に戻ることが出来た。感謝するでおじゃるぞ?」

 「いやいやいや、これも殿下の御為でございます。非力な某めを引き立ててくれる殿下に無駄な刻を過ごさせるなど、滅相も御座いませぬ」

 「……今日ばかりは、その方の美辞麗句も気にならないでおじゃるな」

 「ははっは。美辞麗句など……ただの本心でございます」

 「ふん。……さて、麻呂としてはこうして大和まで連れてきてくれたその方に、何かしらの報いをしてやりたいところではあるのだが……何ぞ希望でもあるか?まぁ、麻呂も宮中での力、それほどには取り戻していないので、そこまで大きな願いはかなえられそうには無いがの」

 「いえいえ、そのようなことはお気になされず……此度の功績により、某は右京大夫の地位を頂き、大和の領有も認めて頂きましたのでこれ以上は……」

 「右京太夫か……それでは河内に引き籠る畠山が次の標的と言うことかの?」

 「これはこれは、流石は殿下でございます。なんとも恐れ多い……お?そうでした。そうでした。その右京大夫叙任に推挙いただきました三条西家の方から、本家筋三条家の再興をお願いされておりました。どうにも九条の方々は興味が薄い話のようですので、殿下から京の方々に働きかけをしていただければ話は纏まるようであると伝え聞いております」

 「……三条を矢面に立たせれば、当面は麻呂もゆっくりはできるか……わかったでおじゃる。そのように働いて見せようぞ。……しかし、費えは掛かることであるからな、そこのところはその方も解っておろうの?」

 「当然でございます」

 「しかし、三条西家で本家を繋げるか……と?ああ、さすれば法主もそれ以後の三条とは疎遠になるという物か……策士じゃのぉ」

 「いえいえ、滅相も御座いませぬ」

 「「くくっく。あ~ははっはっは!」」

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