第119話 独眼竜政宗

天正九年 秋 盛岡 伊藤景基


 「統領様、そろそろ輝宗様の陣にて最後の軍議の頃合いかと……」

 「そうだな、では行くか。忠統よ」

 「はっ!」


 昨年から開始した当家による閉伊郡沿岸部での拠点造り、街道造りの影響により、南部家は目に見えて、北上盆地、奥六郡に向ける兵を集めにくくなってきていた。


 だからといって輝宗殿は焦らず、じっくりと前線を押し進め、奥州斯波家の本拠であった高水寺城……南部家では郡山城と呼んでいるのだったな、その郡山城を包囲するところまで成功した。


 現時点でも、九戸殿が率いる軍が包囲を続けている。


 援軍に入っている当家も合わせれば、それほどの高所に建てられたわけではない城、力攻めにて落とせるとは思うが、付け城もあることだし、兵の損耗を考えて無理はせず、というのが我らの方針だ。


 まずは、羽州からの援軍と糠部ぬかのぶ・津軽の南部本軍を高水寺城に近づけさせない為、ここ盛岡に陣を築き、これらを迎撃する算段とした。

 この戦場は高水寺城からも望めるであろうから、まず間違いなく参加するであろう、南部家当主の晴政さえ破れば、高水寺も開城するであろうとの考えだ。

 城の包囲も半年近く、ここで城内の士気さえ砕けば、無駄な血を流すことなく城を落とせるであろう。


 「おお、来られたか!景基殿!」

 「……お待たせしてしまいましたか?」


 余り出しゃばるのも、と思いゆっくり来たのだが、少々遅れてしまったのだろうか。


 「なに。それほどのこともないさ。ただ、南部の陣立てが判明したのでな。急ぎ景基殿にもお伝えしたかったのだ」

 「おお、判明いたしましたか!」


 基本方針はここ盛岡の南、雫石しずくいし川が北上川に合流する手前で柵を構築し、南部本軍の渡河を牽制すること。上手く行けば雫石方面から来る羽州軍を先に叩きたいところではあるのだが……。


 「政宗!お前の手勢が調べた件、今一度この軍議の席で報告せよ!」

 「はっ!父上!……某の配下に探らせたところですと、九戸城を出立した南部本軍は総勢一万、嫡男信直に率いられ南下しております。また、角館城を出立した羽州軍は総勢五千、当主晴政はこちらを率いております」

 「総勢一万五千ですか……」


 こちらは伊達軍二万に私が率いている伊藤家奥州軍一万を合わせて三万。今も高水寺城を包囲している九戸殿がそのうちの五千を使っているので、盛岡に布陣している軍は二万五千。

 戦場とするここ盛岡は十分な広さがある平地だ。

 大軍を展開するに問題のない土地。数通りの働きが見込める地形だ。


 「勝敗は時の運。油断することはなりませぬが、ここまでの所は我らが優勢に戦を進めておりますな」


 鬼庭殿の言われる通り、油断はならないが、冷静に状況を分析することも大事だ。

 二万五千対一万五千。しかもこちらは柵を建て、相手の渡河を阻止する方針で行けば良いだけなのだ。


 「そうだな。では、当初の通りに南部軍をこの柵で迎え撃つということで良いな?弓と鉄砲で南部の渡河を阻止し、相手の焦りを誘う。……南部が無理攻めをしてきた時か撤退を始めた時に逆襲をし、敵を打ち払う」


 うむ。

 軍議に参加した者が皆頷く……ん?


 「父上!私に考えが!」

 「……聞こう」

 「はっ!では僭越ながら……敵は一万五千とは言え、未だ一万と五千。しかも南部は何を思ったか、少数の五千の軍に大将の晴政がおります。これは好機です!一万ほどを西に向かわせれば、敵に倍する兵を使って大将を討ち取る好機があります。確かに、この場で戦えば地の利は得られましょうが、その兵は二万五千と一万五千。倍には決して成りませぬ。しかも、二万五千の大軍は同時には戦えませぬ。ならば、兵差を利用できるこの策を採ってはどうでしょうか?!」


 ……なるほどな。政宗殿の意見にも一理はあるが、どうであろうな。


 「左月斎、その方はこの政宗の策をどう思う?」

 「はっ!一考に値する策かと思いまする……ただ、盛岡より西、雫石に至る道は狭くなります。北より迫る南部本軍に背後を取られぬようにするには、それなりに西に進まねばなりますまい。……ここ程の地の利を捨てることになるのは少々……」

 「なるほどな……景基殿はどう思う?」


 ……あまり、伊達家の若殿に意見するのも気が進まぬのだが……。


 「そうですね。私も鬼庭殿が言われるよう、この地の利を捨てた場所での戦は気が進みませぬな」

 「な、なんと!しかし大将首が向こうからやってくるのですぞ?!」

 「その大将首です。……確かに南部家当主は晴政殿。養子とした嫡男の信直殿は家督を継いではおりませぬが、晴政殿が戦場で倒れた場合は、速やかに家督を継ぐでしょう。……そこには少なからぬ混乱が南部家中で起きるではありましょうが、それは高水寺城が落城したとしても同じこと。私も敵に倍する兵力で大将首を狙えるのは魅力的だとは思いますが、それを言うのなら、ここ盛岡の陣では地の利を得た上で、当主と嫡男の二つの大将首が狙えるとも言えますから」

 「ははっは!流石は甥御殿だな!ここで二つの大将首を狙うと申すか!?」

 「いえ、狙うとまでは申しませぬが、可能性としてその二人を斃す機会があるということ……」


 それに、地の利は大事だ。

 地の利というのはえてして、簡単に兵力の差を覆してしまう。

 父上と大御所様がその昔に関宿で見せた戦でも、柵の構築と利根川という地の利を生かして、伊勢の大軍を打ち負かしたという。


 「それに羽州の軍は、あまりにも当方に有利な条件が整い過ぎているように思えます」

 「……景基様は罠と申されるか?」

 「はい。左月斎殿。わたしはその可能性が強いと感じます。伏兵程度なら分断されなければどうということもないでしょうが、川を使った水責めなどを食らってしまっては危険です」


 なにより、雫石に向かっては、高水寺城の守兵達に戦場を見せることが出来なくなってしまう。


 此度の戦の第一は、奥六郡を抑えること。


 ……確かに南部の大将首が獲れれば、一気に南部家を併呑することも叶うかも知れぬが、それは今回の立案時には第一義とされてはいない。

 目的を見誤るのは危険なこと……私は父上から、そう口を酸っぱく言われてきた……はずだ。


 「うむ。儂も左月斎と景基殿の意見に賛成だな。……残念だが、政宗の案は却下する。我らはこのまま盛岡の陣に籠り、当初の通りに渡河を阻止しながら敵兵を削いでいくこととする!」

 「「ははっ!」」


 輝宗殿の決で作戦は決まった。


 「……しかし……それでは、この情報を集めてくれた……命を賭けて集めてくれたあの者達に……」


 ん?

 政宗殿は何やら心の底からの納得はしていないようだな。

 頭は下げたようだが、何やら呟いていたような……?


天正九年 晩秋 久慈 安中忠豪


 儂が北上の海岸地帯の拠点造りを任されたのは昨年の春ごろであったか?

 当初の目標であった久慈にもようやくたどり着けたというものだわ。


 今回の作戦は釜石城を中心に、南は猪川、北は宮古と田老に砦を築き、また街道沿いの砦として、葛西家の城であった千厩城と鳥海城を改修するというもの。

 おかげを以て、陸路は利府城から石巻、寺池を通って千厩・鳥海・猪川・釜石と繋がり、海路は利府城・塩釜から気仙沼・猪川・釜石と繋がった。


 これで、後はここ、久慈に城を建てることが叶えば、儂の任務も終わるというものだ。

 伊藤家の道を繋げると同時に、北上の海岸側に南部の注意を引き付けるというな。


 ……しかし、ここまでは上手く、儂も働いたと思ってはいるのだが……。


 「で、結局の所。何とかはなったということか?」


 儂は、地元、北上安中の情報を持って来た忠峰に確認をした。


 「はっ!……どうやら景基様のお力により、伊達の政宗殿は九死に一生を得られたようです」

 「ふむぅ。伊達の若殿はどうにも血気に逸るところがおありのようだな。しかし、流石は統領様よ!景藤様のお血は確実に継がれているようだな!」

 「はいっ!そのようですね!」


 うむ。忠峰も嬉しそうだな。

 安中にとって、景藤様の血は絶対であるからな。


 「しかし、政宗殿も無謀だな……五千の兵に守られた大将相手に千未満の手勢で奇襲を仕掛けるとは……」


 政宗殿は雫石方面から進撃してきた晴政を討ち取るべく、手勢の一千に満たぬ者達だけで夜襲を仕掛けたようだ。

 軍議の席では、その晴政の動きは罠であるとして無視を決め込んだそうなのだが、お若い政宗殿には手柄の好機としか映らなかったということなのか?


 「……まぁ、夜襲のおかげで晴政の仕掛けていた罠。伏兵と水計は機能しなかったということですが……景基様が政宗殿の不在に気付いて兵を率いらねば、所詮は多勢に無勢、政宗殿は首を獲られていたでしょうな」

 「さもありなん。……夜襲などというのは所詮が嫌がらせよ。そこに火や水、土砂や岩などが交わらぬ限りは大将首などは獲れんであろう……。なにより、暗闇の下では、逃げに徹した敵将を狙って討つのは難しい」

 「まったくもって……で、損害ですが、やはりそれなりには出たようです」

 「!!まさか、景基様にも?」


 そ、そのようなことになったら、儂はいかようにして景藤様にお詫びせねばならぬのだ……!


 「大叔父上、その点はご安心を。……流石に多少の刀傷は受けたようですが、景基様自身に大した怪我は無かったとの報告です。ただ、兵達はそれなりに失ったとのことですが……」

 「そうか……しかし、これも戦場の倣いよな。儂の方からも父上に遺族の者達に厚く報いるようお願いしておこう」

 「はい。……当家の損害はそういったところでしたが、政宗殿の配下は軒並み……守役や近侍の者達は無事ではあったようですが、政宗殿自身は矢を目に受け……」

 「死んだのか?!」


 いや、そんなことはあるまい。

 それほど大事なら、今少し別の経緯での報告も入るであろうしな。


 「いえ、命に別状は無いようなのですが、片目が潰れてしまったとのことです」

 「そうか、片目がな……まぁ、命があって良かったことではあるが、確か政宗殿は十五六であったろう?その年で独眼では、以後の戦働きは望めんか……」

 「いえ……流石に当主自ら前線には……っと、今回は立っておりますな。ただ、話を聞く限りはそこまでの剛の者というわけではないようですので、それほどの不便はありますまい」


 そうであると良いがな。


 「ともあれ、盛岡では南部の軍を追い払えたのであろう?それで良しとする他ないな」

 「ええ。その後は柵からの矢弾で渡河を牽制し、引いた南部軍に追い打ちを掛ける形で追い払えたとのことです。その戦の趨勢を以て、高水寺城も降伏した由」

 「ならば良し。当初の目標通りではないか……ただ、そうなると、だ」


 そう、そうなると、今度はこちら方面に……。


 ざざっざざ!


 「ご報告します!」

 「なんだ!?」


 うむ。こちらに来るのであろうな。


 「八戸を進発した南部軍が、久慈に向かって南下中とのこと!第一報で総数は確とはわかりませぬが、数千の軍を南部信直が率いてきている模様!」

 「良かろう!忠峰!当初の予定通り、各砦、付け城に対応するよう伝えよ!また、早船にて水軍に連絡を取れ!」

 「ははっ!直ちに!!」


 景基様もお見事な活躍をなさったということだ。

 ここいらで儂も安中の力を見せねばなるまいな。

 信直殿よ、儂の軍歴四十年は伊達ではないぞ?


天正九年 晩秋 xxxx xxxx


 「お呼びということですかな?関白殿下?」

 「……そのような嫌味は不愉快でおじゃる。今の麻呂はただの一公家でおじゃる……」

 「ははっは。嫌味など滅相も御座いませぬ。某は殿下の忠実なる部下でございますれば、そのようなことは恐れ多く、いやはや、なんとも」

 「ふん。相変わらず油を塗りたくったように回る口じゃな。……しかし、今日はそのようなことなど良いでおじゃる。……して首尾は?」

 「はは~っ!殿下の英知を持ちまして、無事に某が大和の興福寺平定に向かうことと相成りました」

 「……なんじゃ、麻呂で考えておいて何ではあるが、京に残っておる藤原は阿呆ばかりじゃのう。遠国の其方に大和の騒乱を鎮めるよう命じるとは……」

 「いえいえ、これは何を以ても殿下のお力、御威光の賜物でございます。藤原の意向に沿わぬ興福寺、僧兵勢力が力を持ち過ぎた興福寺、大和で力を持ち過ぎた興福寺、朝廷の臣である内国大夫に歯向かう興福寺。かようなまでに名分が揃えば、筒井を討てとの命を受けることも容易き仕儀かと……」

 「……ともあれ、ここ吉備の国は駄目でおじゃる。宇喜多も今少し使えるかと思ったのでおじゃるが、結局は義昭には逃げられ、顕如からも見放されおったわ。当人も国を獲るなどと言うておったが、いくら待っても絵に書いた餅でおじゃる」

 「そうですなぁ、しかもご自分で蒔いた種で、必要以上に尼子を初め山陰、山陽の勢力を弱体化してしまい、今では大友に迫られどうにもならないご様子ですからな」

 「相変わらずの地獄耳……話が早いのは何よりでおじゃる。義昭は丹波から播磨へ移り、顕如は安芸の寺へと移った。麻呂もお主が抑える大和に移ろうと思っているのでおじゃる」

 「はっはは!それは有難いことです。それでは某が大和を平定した暁には……」

 「今の宮中で力を失ったとはいえ、腐っても近衛でおじゃる。お主の畿内での後ろ盾を担うには十分でおじゃろう」

 「ありがたきお言葉」

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