第110話 東山三国
天正六年 晩秋 上原城 伊藤伊織
「「う~む」」
信濃は諏訪湖を望む上原城。
真田家が正式に伊藤家の家臣となってから何度目の話し合いであろうか。
昌幸も日ノ本に帰って来たので、数年ぶりに真田の一族も勢揃いしての会合ですね。
「甲斐・信濃・飛騨の街道の見直しと、三国を纏める城の場所ですか……何度目の会合かは忘れてしまいましたが……まことに厄介であり、重要な案件ですな」
「まさに……今回は伊織様もおられる。我ら地域の諸将も顔を合わす回数を増やし、お互いへの存念も取り払っては参りましたが……やはり、旧領への思いというものばかりは捨てきれませぬからな」
「左様でござるな。伊藤家の統治方針として、豪族、旧領主の存在は認めぬ……もちろんのこと、その方針に覚悟を以て参加したのは山々なのですが……」
「……皆さまがそれだけの覚悟を以て当家に仕えると言ってくれているのです。我らとしても、別段あなた方を急がせるようなことはしません。しっかりと考え抜いて行こうではありませんか」
「「ははっ!」」
そもそも、ここまで出席者の多い会合なのです。
俺が強権を発動しなければ、それぞれが自分の意見を言い合って結論などでないものでしょうから。
しかし、今回は……といいますか、今回も結論を導くのが目的の話し合いではありませんからね。
しいて言えば、話し合いをすることが目的の話し合いとでも言いましょうかね。
そもそも、ここに集まっている諸将は百年と遡らなくても、誰もが、誰かに親族を討ち取られているような間柄です。
今は、伊藤家の下で固まっているように見えますが、ちょっとしたものがあれば、容易く戦支度を始めるような関係性ですか……そのような未来は来ないで欲しいところではありますが。
長尾家の統治下でこの三国を差配する立場であった真田家からは、信綱、昌輝、昌幸、信尹の四名が参加。そして、その真田家への与力の立場であった諏訪家、高遠家、木曽家、三木家からはそれぞれの当主が参加している。
また、この参加者の家格的には諏訪家が一番上で、立地としても中心に近いであろうことから、会合場所として、ここ上原城を選んでいる。
「こうして、お互いが顔を合わせるばかりで、一向に答えが出ぬことが大御所様や上様のお耳に入ってしまっては、我らの名折れというもの。今日は伊織様も小田原よりおいでなのです。ある程度の結論は出さなければいけないのではありませぬかな?皆さま」
「……何を、今日になって初参加のお前が言うな、昌幸。……だが、弟の言うことにも一理がある。ここはせめて三国の中心地を決めることと、街道整備の担当を決める……その程度は結論を出しても良いのではないのでしょうかな?」
「なるほど」「いや、確かに」「……賛成でござる」
たぶん、元景も元清もそんなには気にしていないとは思いますが、流石は昌幸の言いようですね。
古河からの私に対する催促……は無いでしょうが、景竜からは予算の申請を早くしてくれと怒られていますからね。ここは、少しは議論を早めてもらうために、信綱と昌幸の言に乗るとしましょうか。
「今後の役職決めは一連の作業進捗を見て、古河より連絡が入るでしょう。……そう言った面でも、ここは信綱が言う通りに、三国の中心地をどことするのかは決めたいと私も思っています」
「そ、そうですな!では、中心地とするのならば、手前味噌ながら、某がおります高遠城。ここは地図を見ても明らかな三国の中心ですし、旧道が城下を通っており、皆様の往来にも便が良いかと思いまするが、いかがか?」
「何を仰るか、高遠殿。それでは今の東山道が通っておる木曽路が大変な大回りでは御在らぬか。深志まで北上してぐるりとするのは、些かばかり……」
「では、木曽殿はどこを勧められるのか?」
「まこと僭越ながら、木曽福島を……」
「それでは狭すぎるであろう!まともな数の武家屋敷を立てられぬではないか!」
……予想通りに言い合いが始まりましたね。
しかし、こうして見ると三木家の方々は静かなものですね。流石に飛騨では関東から遠すぎるので、中心地云々の話には我関せずと言ったことなのでしょうかね。
……真田家の面々は、私たちの考えが既に理解できているのでしょう。落ち着いたものです。
「ご両家の方々、お静かに」
自由に話をさせるつもりではあったのですが、いつまでも益体もない話を目の前で続けられるのも嫌なので、私が話を纏めてしまいましょう……。
やはり、私は伊藤家の男なのですかね、これでは太郎丸に「せっかちだ」と言われ、腹を立てていたことがどうにも……。まぁ、良いでしょう。
俺もせっかちだと、新たに認め直しましょうかね。
「皆様からの意見の吸い上げは、真田幸隆殿の頃より行われておりますので、伊藤家としての結論は出ております。……今回、自由に議論をしてもらったのは、改めて、私が皆様の考えを知りたかったためです。……皆様の懸念内容は理解できました。ですので、ある程度の話は私からさせて頂きましょう。まず、甲斐・信濃・飛騨の三国を治める中心地は諏訪とします」
「おお!で、では、我らが上原城を?!」
諏訪殿、すみませんね。ご期待通りというわけではないかと思います。
「いえ、諏訪を中心としますが、残念ながら上原城は使いません。ここは典型的な山城であり、城塞としては機能しますが、交通の要所を治める広い城、城下町を兼ねた城としては使い勝手が良くありません。……ですので、諏訪湖にほど近い丘、確か茶臼山と地元の者は呼んでいましたね?そこに城を築きます。そして諏訪湖を中心とした街道と川の道により物流の中心地として機能させます。……まぁ、冬の寒さが厳しい季節、諏訪湖は凍ってしまいますから、川の道は春から秋までとなるでしょうが、それでも街道だけの物流よりも大きなものとなるのは阿武隈で証明されていますからね」
「……上諏訪に新たな城ですか」
「はい。諏訪城の城主には私が就きます。城下には城下町と甲斐・信濃・飛騨の三国で働く者達の武家屋敷を作りますので、ここにお集まりの皆様には、基本的には諏訪の屋敷に住んでいただきます」
奥州は羅漢山、関東は古河、東海は小田原、東山は諏訪を中心として整備していくというのが、前回の評定で決まったことです。
奥州では、羅漢山、羽黒山と勿来の三か所に兵を集中させ、各城の常備兵、土木作業員は引き上げさせています。ここまでで領内の拡大は一区切りがついた地域の効率的な政の為には、このような形の方が向いていると証明されました。
新たに当家が直接差配することとなった東山三国。
これまでは、それぞれの家が自分の領地を発展させるべく内政を行なってきましたが、これよりは伊藤家の統一の方針の元で内政を行なってもらわなければいけませんからね。どうしても、中心的、集中的な人の運用をしなければいけません。そのための第一歩としての諏訪城築城であり、諸将の諏訪城下への移住となります。
「甲斐・信濃・飛騨は
「ははっ!確と街道の確保をいたしまする!」
まるで、あらかじめ決められた台本があるかのように信綱は返事をしますね。
まぁ、この方針自体は古河で練られた話ですので、昌幸や信尹経由で信綱の耳に入っていてもおかしなことではありませんからね。
「ついで、下諏訪から塩尻の旧道に繋がる峠の拡充整備は諏訪家に」
「は、ははっ!承知つかまつりました。ただ……この場を借りて伊織様に少々お願いしたき儀が……」
「……なんですか?」
俺としては、さっさと話を進めてしまいたいのですが……。
「は、はっ!……ついては、我が孫の勝頼が諏訪家を継ぐことを……」
……?
そうですね。……詳しくは知りませんが、確か娘の一人が甲斐武田に嫁いでいたとか言っていましたかね。多少はこの辺りに詳しそうな真田家の面々に、視線で説明を求めますか。
「諏訪殿はご存知のように古くから
「左様でございます。私の子は既に誰もおらず、私自身もご覧のように年老いてしまいました……弟の家には子がおりますが、出来ましたらば、娘の子である勝頼に諏訪家を継がせたく思います。何卒、このおいぼれの願いを伊織様にお聞き入れ頂きたく……」
昌輝殿の説明を受けた頼重殿は、そう言って頭を畳にこすりつけました。
いや、そこまで
「わかりました。当家の方針はこれまでと変わらず、他家の、家臣の家とはいえ、他家の相続について口を挟むことはしません。頼重殿がそのようにお思いでしたら、そのようになされるがよろしかろうと思いますが、甲斐武田家と伊藤家は、三国連合と四国連合として長年敵対関係にありました。勝頼殿自身には何か特別な思いは無いのでしょうかね?……そう、特に問題が無ければ今年の正月には古河にいらしてください。上様と大御所様に会われて存念を打ち明けて頂ければ良いかと思います」
「ははっ!ありがとうございます!」
そうですね。
東山三国の諸将には、武田家の旧臣も多いことでしょうからね。この辺りの話は今後も出て来るでしょう……。
伊勢家に関しては、晩年に雪崩を打って当家へ臣従してきたので、伊勢旧臣という形では残っていませんでした。
今川家に関しては、ほとんどを徳川に引き取らせていますので、その心配はありません。
このようなことだったので……正直、忘れていましたね。
武田旧臣とそれに縁を結んだ者達の一部は、自分たちの処遇に恐れを抱いている者もいるでしょうか……。
ふむ、そうなると、彼らを安心させるためにも、勝頼殿の諏訪家相続は良い契機となるかも知れませんね。
俺一人の決断でどうこうは出来ませんが、古河で皆と話してみる必要はありそうです。
「では、続きを話していきましょう。……続いて……」
天正六年 冬 駿府城 真田源三郎
「源三郎!源次郎!会いたかったぞ!ほれ、こっちに来い!父が抱擁してやろう!」
相変わらず調子のよい父である。
三年半も日ノ本の外に出て、帰って来てもすぐに信濃に飛び、家族の下に戻ってきたのは四年ぶり。
ぎゅっ。
まぁ、そんな自由が過ぎる父ではあるが、私個人としては嫌いではない。
「源次郎もお会いしたかったです!寂しかったですぞ!父上っ!」
……いや、源次郎よ。お主は父上の存在など忘れたかのように、叔父上に引っ付いて虎殿との恋路を面白おかしく綴った日記などを書いておったではないか……。
あの日記の存在が虎殿にばれたら大変だぞ?
……寅松にはばれておるから、虎殿の耳に入るのも時間の問題だと思うしな……。
「はっはは!おぉ、そうか、そうか。……では、土産にカリブの海賊共から奪ってきた財宝から面白いものを渡さねばならんな!」
「おお!海賊の財宝でございますか!」
いや、四年ぶりの息子への土産が血祭りにあげた海賊から奪ってきたものというのは……どうかと思いますぞ?父上。
「この箱を開けてみよ!……ほれっ!源三郎」
「は、はいっ」
この流れでいきなり私に振りますか……。
で、ではっ。
……
…………
何も起きませぬが?
こてんっ?
思わず首をひねる、私と父上。
「む?おかしいな、確かに……壊れたか?」
「あ!父上、兄上!もしかしたら、その横にあるねじのようなものを巻き上げるのでは?」
「おお!そうであった、そうであった。まずはそのねじを巻いてから箱を開けるのであったわ!」
……結構、大事な所だと思うのですが……。
くりっ、くりっ。
このぐらいで良いのかな?
適当に巻き上げたところで箱を開ける。
ぴろん……ぽろん……ぱろろん……。
「音が鳴った?!?!」
「しかし……なんというか……」
「うむ。こうまで大層なもののように言って息子に渡しては見たが、儂自身もけったいなものだという思いしか持っていなかったりする」
「いや、父上。これは面白いですぞ。もう少し、音が鳴る部分をいじくれば、多少は曲のようなものが作れるかも知れませぬからな!」
なんだか、源次郎には少々変わった趣味があるものよな。
儂には壊れた鎧を叩いて遊ぶ童が出す音と何ら違いがみつからんぞ?
「はっはは!まぁ、なんだ。源次郎が喜んでくれるのなら、良かった。良かった」
「ありがとうございます!父上!」
微妙な代物ではあったが、弟が喜んだというのなら良いのだろうな。
「では、この土産は源次郎へということだな……そうなると、次は源三郎への土産を渡すことになるのだが……」
「なんです?私の土産は言葉にしにくいのですか?」
……貰う前から、遠慮したくなるというのも不思議なものだが……。
「ふむ。……とりあえず、正月は二人とも古河に行くぞ。ついて参れ、そして、そのまま吉日に元服をすることとなる。烏帽子親は上様がしてくださる」
「おお!」
「やりましたぞ!兄上!」
なんだ、心配して損をしたな。これは良い土産ではないか!
源次郎も一緒というのはなんだが、我らは年子だしな。まぁ、一緒でも構わんか。
「……でだな。土産というのは……」
「「というのは……?」」
「というのはな……源三郎。お主に許婚を決めて来たというか、決まったというかな」
「……??」
箱の片割れの土産が許婚というわけでもないでしょう?
「父上、兄上のお相手は?」
「ああ、徳川家臣の本多忠勝殿の娘の稲殿で、年が明ければ八つだな」
「「徳川!本多殿の娘!!」」
なんと!
当家にとっては微妙な関係の娘ではありませぬか!
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