第87話 終わりなき謀

元亀元年 秋 xxxx xxxx


 「関白殿下が自信満々に残したという関東の策の結末、聞きましたでおじゃるか?」

 「やはりというか、結局というか、失敗したのでおじゃろう?」

 「おほほほ。まぁ、当然の結果でおじゃるな」

 「しかり、しかり。日ノ本のすべてが京から動かせれば、麻呂たちが困窮にあえぐこともないでしょうからの」

 「貴殿の言う通りでおじゃるのぉ」

 「前関白殿下も捕らぬ狸の皮算用などをしている暇があれば、御料所や麻呂たちの荘園を取り戻すことに精を出していただければ良かったというもの……」

 「しかり、しかり。年貢の運搬も出来ぬような土地を欲しがるよりも、畿内の荘園を取り戻すことに力を振るっていただければ、麻呂たちも力を貸すに吝かでなかったのでおじゃるがのぉ」

 「関東、鎌倉などという東国から如何に持ち込む気だったのやら……」

 「ほおっほほ。貴殿らも近衛に期待しすぎだったということでおじゃるな」

 「おお。これはこれは。いつお戻りで?」

 「先ほどの。越前で取り戻した荘園からの産物を運んで参ったところでおじゃる」

 「「なんと!!!」」「「流石!近衛とは一味も二味も違いまするの!」」

 「おほほっほ。麻呂の方が武家とは付き合いが長いですからの。使い方はようわかっておじゃる」

 「それは、それはなんとも結構なことでおじゃりますな」

 「して、後学の為に、麻呂達にも教えて頂けますかな?その武家の操作法を……」

 「なんということは無いでおじゃるよ。白河院の治天とかわり無いことでおじゃる。十ほど困っていたら、二か三だけ助けてやり残りの七八を助けることを渋れば良いだけのこと……。あとは、向こうの方から麻呂たちに尻尾を振ってくるという寸法でおじゃるな」

 「ほほほ!流石の手腕」

 「麻呂たちも是非ともにあやかりたいところでおじゃりますのぉ」

 「……しか、そういうことですと、此度の関東の武士は貴殿が……?」

 「ほっほほ。そのような高い評価を頂いても恥ずかしいだけでおじゃる。麻呂は近衛の策の後始末をしただけ……多少は見て見ぬふりなども交えましたがの?お~ほほほほ!」

 「「お~ほほほほほ!」」

 「ともあれ、そのおかげで朝倉を良いように転がせることが出来たのでのぉ。麻呂たちに関わる荘園は上手く取り戻すことが出来たということで……」

 「「殿下は悪でおじゃる!!お~ほほっほ!」」

 「では、麻呂はこれから関東に行って、正月用に集りにいってくるかのぉ」

 「「行ってらっしゃいませ!」」


元亀元年 冬 古河 伊藤元景


 「して、姉上。関白殿下はどのような用件で?」

 「太郎丸の解毒薬の追加と新元号の知らせ、それに正月用寄進の要求ね」

 「はぁ、今までは当家には縁が無かった公家の集りでございますか……」


 公家の求めに従うというのは癪ではあるけど、関白二条晴良には太郎丸の件ではお世話になったし……今回も新たに薬を分けてくれたことだしね、改元で集金もしたいでしょうから、それなりの金子は渡したわ。

 ただ、これに味を占められて、毎年年末に尋ねて来られても困るけどね……。


 「……まぁ、その件はもういいわ。それよりも竜丸が連れて来た僧侶の方は?あなたが誰かを誘うなんて、とても珍しいことだけれど……」

 「上野にて再建しました放光寺の新住職の随風ずいふう殿です。これまでも城下の各地で塾の運営を手伝っていただいておりましたが、今回は渡良瀬川の一件で力を貸して頂きました」

 「おお、それは忝いことだ、ご和尚かしょう。先代当主として、儂からも礼を言わせていただきたい。ありがとう、随風殿」

 「いやいや、頭をお上げ下さい。私はただただ、天下万民の為に良かれと思って行動したまでのこと。それに、鉱毒のことはそれなりに知っておりましたので……それに、佐野では茂呂久重もろひさしげ殿と大貫武重おおぬきたけしげ殿のお二人が鉱山奉行から参られ、根気よく村人らを説得していただいておりましたので……私はただ、おのれが見知ったこと、書物にて知ったことを話しただけでございます」


 随風殿は三十半ばぐらいかしら……いやね、私よりも若いじゃない……。


 ともあれ、中々に知識が深いお坊様のようね。解決の糸口が見えなかった佐野の件をよく纏めてくれたようね。そうでなければ、竜丸がこうして古河まで連れてくるようなことは無いでしょう。


 「随風殿は鉱山にお詳しいのか?」


 父上も警戒をしているというわけではないけれど、随風殿の素性が気になるようね。


 「はい。多少は……私は会津の山中の産まれ。育った里は軽井沢に近く、鉱山で働く大人たちにはよく遊んでもらったものです……その後は会津で出家し、下野で天台宗を学び、先年までは叡山にて……二十年ほどでございましょうか、修行しておりました。その叡山にて修行していた折、放光寺の先代住職様より声を掛けられまして、こうして関東の地にて仏の教えを伝えるべく活動しているという次第でございます」

 「なるほど……会津であるか……」

 「で、此度はどのようなことで古河にいらっしゃいました?」


 二十年も比叡山で修行していたお坊さんが、関東に来ただけでなく、こうして竜丸に頼んでまで古河に来た……何かしらの意図があることは確実よね。

 善きにつけ、悪しきにつけ……。


 「はっ。身の上話でお恥ずかしいことながら、私は会津は蘆名家の末席に連なる者でして……その縁で、黒川城城主蘆名盛氏よりかような書状を貰いました。私自身は出家をした身なれど、生家からの願いを無下には出来ず、こうして景竜様のお力に縋って信濃守様にお時間を頂いた次第……」


 そういって、随風殿は懐より書状を取り出した。


 竜丸がその書状を預かり私のところに持ってくる。


 さっ。ばさっ。


 「……なるほど。奥州では関東ほどには嵐の被害は出ていないと聞いていたのですが、会津でもそれなりに被害が出ていたということですか……」

 「はっ。信濃守様の御明察通りに……盛氏殿は被害のあった全会津の領民に兵糧米の供出を決めたのですが、それに対伊達、長尾の最前線である北と西の会津を守るため耶麻やま郡に入っております穴沢俊光あなざわとしみつ殿が反発をし、盛氏殿の差配では会津を守ること能わずと、塩生の氏方殿に身を寄せることと相成りました。氏方殿は庶長子なれど蘆名家当主ですが、実権は盛氏殿が握っておりますれば、お二人の間には常に緊張感がありまする……それが今回表面化しそうな気配にて……」

 「……兵力では……本来、黒川城を治めているはずの盛氏殿の方が優勢のはず。それが書状を送るということは、劣勢ということなのかな?和尚?」

 「そういうことでございましょう。なにより、会津の守りを一身に受けていた穴沢殿がいなくなったのです。黒川城から耶麻郡にも兵を送る必要がありましょうから……」


 盛大に穴沢殿と氏方殿の利己を批判している書状だけれど、結局は、盛氏がお家騒動で劣勢なので伊藤家の力を借りたい、という事よね……。


 「随風殿。申し訳ないが、当家は他家の争いには一切の加担をすることは無い。当家が兵を出すのは、一に己の身を守るため、二に力なき民を守るためだけ。此度の件はどう考えても蘆名御家中の問題です。他家が関わること、これは碌な結果にはなりますまい」

 「で、ありましょうな。私もそのように考えます。蘆名のどちらの勢力に組みしたとしても、伊藤家に益があることはありますまい……ただ、この諍いにより、会津から多くの民が阿武隈川流域へと流れて来ることには備えられた方が宜しいかと……」

 

 流民が大量に出ると?そこまで……?


 「随風殿、そこまで会津は状況が悪化するとみておられるのか?」

 「はい。会津の状況もありますが、それ以上に伊藤家の領内の安定ぶりが、周辺諸国の民からは羨望の的なのです。私も、此度の台風で実感いたしました。常の家ならば、ここまでの被害を受けた場合、民のことなど考えずに己の胃袋を満たすために、例年以上の年貢を課す家が殆どです。されど、伊藤家領内では、これまでの治水により被害が軽減し、被害が出たところには急ぎの復旧を成し、さらには領民に食料を分け与える。また、そのことで配下の者達との諍いも起きない。……民は賢いのです。このような領民への対応というのは、他国のことであれ、皆が見ております。……されど先程も申した通り、仁君というものは凡愚の君には恐れ、嫉妬の対象になってしまうことがままあるのです。……僭越ながら、松平が此度兵を挙げるのは、伊藤家への嫉妬の他ありますまい」


 松平の動きは上野の僧侶にまで筒抜けなのね。

 そんな隣国の動きの稚拙さに喜べば良いのか、そんな稚拙な出兵を決意させられるほどにまで状況が悪いのか……まったくもってどうしたことやら、ね。


 「ご住職の忠告は有難く承るが、それが……?」

 「いえ、何ほどのことは御座いませぬ。私は、先も申しました通り、この関東にて仏の教えを広めたいだけです。……そのためには、失礼かとは思いますが、これからも伊藤家には末永く東国の安寧を守る役目をこなして頂きたいと考えております。ただただ、その願いをお伝え致したく、此度は伊藤家の皆様を景竜様にご紹介いただいただけでございます。……用件はそれのみにて、これにて失礼を……」


 そう言って、深々と頭を下げた随風殿は城から退去していったわ。


元亀元年 冬 古河 伊藤景虎


 「で、結局あの坊主は何を言いたかったのだ?」


 北陸より戻ったばかりでこの席に顔を出した景貞が、半ば苛立ちを出しながら言っておる。

 儂も同意見じゃな。

 何やら、言い足りぬこともあったようだが……。


 「竜丸!なんか、他にもあるんでしょ?早く教えなさい!」

 「ええ、まぁ……」


 ふむ。景竜のやつめ、なにやら言いにくそうにしておるの……。忠宗達を見ておるのか……。


 「忠宗、業棟。済まぬが、少々席を外してはくれぬか?」

 「「はっ!」」


 竜丸が言い難くしておるということ、先ほどの蘆名や松平の話などを考えると、何やらまたぞろ家中の話でもあるの、か……?

 家老の二人には席を外してもらい、警護の者達をも遠ざければ、この場には儂と元景、景貞と景竜の四人のみとなる。


 「これで良いか?」

 「すみません。お手数をおかけしますが、少々面倒なことといいますか、とある情報が随風殿の下に入ったようでして……先ずはこちらの手紙をお読みいただければ」


 どれどれ……?

 ふむ……どうやら、どこぞの女中が家の者に宛てた手紙のような?


 「これは越後・上野の里出身の女中で烏山城に奉公していた者の家族に対する手紙です。これによると、この女中は自分の身に危険を感じているので、里に戻りたいから何卒よろしく頼む、といった内容になっております。……そして、この家族が内容を訝しんで放光寺の住職に相談しことが発覚したというわけです」

 「……烏山??寅清の下でか?元景よ、お主は文からなんぞ聞いておるか?」

 「いえ、何も……特別、最近の女中にどうこうという話は上がってきておりません」


 ふむ。領内のすべての城の奥向きを統括しておる文ですら知らぬ話か……。


 「して、景竜。何か見つかったのか?」

 「はい。随風和尚と多恵に調べてもらった結果、烏山城で杏様のおそば近くで長年仕えていた稲というものが、暇を取っての帰省中、道中は金山の城下の飯屋で、食あたりにより命を落としております」


 城下の飯屋で食あたり……しかも命を落とすほどだと……?

 飯屋で食あたりなどは、それほど珍しい話ではないが、城下の飯屋で命を落とすほどとなると、数年に一度あるかなしかではないか?

 しかも、命を落とした女中が己の命に危険を感じていたとの手紙がある……。


 「話が繋がり過ぎているな……毒でも盛られたのか?」

 「金山城城主は棟寅が務めておりまして、私とは非常に近い男です。また、草の者としての素養もある男ですので、そのあたりのことも深く調べさせましたところ……事件自体は過去のことなので、詳しくは調べられなかったようです。ただ、いくら最新の出来事でないとはいえ、不思議なことに証拠が全く出ないあたりから、逆に非常に怪しいと……。死体を確認できないので、断言はできないが毒殺である可能性が高いとのことでございました」

 「!!寅清を呼べ!!自分の預っている城、しかも妻の女中にそのような怪しい動きがあるなどなんということだ!もし、そのような動きを把握してなかったとしたら大いなる怠慢であるし、我らにその報告が無いとしたら不届きな話だ!」

 「……落ち着け、景貞。今少しはお主の息子の話を聞かんか!景竜、続きを」


 まったく……まぁ、その気持ちは解るがな。

 事が事なれば、寅清自身の言い分も直接聞かねばならぬであろうな。


 「はい。ただ、正直な所、判明しているのはそこまでのことなのです。杏様おつきの女中が身の危険を感じた。城から暇を取った。すぐに毒殺された。……私も父と同じ意見を持っております。決して、詰問をするのではなく、何かしら知っていることは無いか、と寅清に聞く必要はありましょう」

 「……杏姉上と言えば……」

 「言えばなんじゃ?」

 「ここ数年は香に嵌って、京から度々商品と商人を取り寄せているとか……母上の情報網から聞いた覚えがあります。費えが多量、異常というわけでもないので、母上も私も気には特段していなかったのですが……、ここ数年の当家にとって、京と香の組み合わせは不吉が過ぎますので……」


 !!

 なんとも嫌な線が繋がるではないか!


 「元よ、これは早急に寅清を古河に呼ばねばならぬな。合わせて文にも調査をしてもらわねばならんようじゃな」

 「そのようですね。では、早速!」

 「寅清の方は俺が連れてこよう。俺も北陸から帰ったばかりだ。留守役の一人である寅清に会いに行くことになんの不自然さもあるまい。その席で古河に来いと言えばよいであろう。文殿の方は元景に頼むがな」

 「では、その流れで良いな。……あとは、くれぐれも内密にじゃな。父上や景藤に対しては寅清との話が終わってから伝えることとしよう。では、各々頼むぞ!」

 「「はっ」」

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