第74話 佐竹動乱 ~後編~

1567年 永禄十年 秋 勿来


 今日は奥州海岸地方の将たちの会議である。

 参加者は俺を筆頭に、土木奉行補の伊藤清、奥州軍指揮の安中忠清、勿来水軍指揮の織田信長、水軍指揮補のレオン改め十文字獅子丸、権現堂城代の浪江秀吉、小川城城代の前田利家の七名だ。


 羽黒山での会議には技術畑というか、技術部門の鶴岡斎大叔父とかも参加するのだが、ここ勿来での会議はどうしても武張った面子となってしまう。

 ゆえに当然のこと、議題もそっち方面が多い。


 「では、儂から報告を……夏も終わり近くの盛夏に行われた生実での佐竹家と里見家の戦ですが、どうやら佐竹家が大きな敗北をしたようですな。この結果、佐竹家は上総から完全に撤退をし、上総を国境とする和解を古河の信濃守様に仲介依頼したようです」


 俺がこの正月に気味の悪い思いを太田でしたことを受け、安中の者達は諜報活動に力を入れたようだ。

 これまでも山の民という特性を生かして、奥州と北関東の情報を集めていたが、今ではさらに積極的な諜報活動に力を入れているらしい。


 「忠清殿、大敗というとどの程度で?俺のところに上がっている商人達からの情報では、佐竹家三万、里見家一万八千といったところが動員された戦であったと聞いたが?」

 「ええ。その程度だと儂も聞いておりますな。結果としては、佐竹家が五千近い死者・行方不明者を出し、北家当主の義廉殿と小田衆の菅谷勝貞殿が討死なさいました」

 「??ユクエフメイシャ??それはウチジニとはどう違うノですか?」


 そこは俺も気になるが、行方不明となると計略に嵌ったということなのだろう。

 ……しかし、レオンも、いや獅子丸か、こうして改めて聞くと獅子丸も日本語が上達したなぁ。

 まぁ、娘の沙良などは逆にスペイン語が話せないのだがな。


 「獅子丸殿、行方不明者とは生きてるのか死んでいるのかを確認できない者を意味する言葉ですぞ。まぁ、陸の戦いではあまり使わぬ言葉であることは確かですな」

 「しかし、行方不明者か……そうなると、火か水であろうが、大火ならば噂話が駆け巡るであろう……さすれば水か。けど……生実のあたりで水計に使えそうな川などあったか?」

 「一応は、城の裏手を流れる村田川と呼ばれる川はあるのですが、里見家が仕掛けたのは生実から二里ほど南の勇露川ですな」


 確かに小弓城のすぐわきを流れる村田川では水量も足りぬし、堰を造る場所も佐竹家から簡単に見つかってしまうであろうからな。自領の奥、しかも本拠地にほど近い山に源流がある勇露川でなければ、策は成功しなかっただろうな。

 ……たぶん、俺でも同じ手を使うだろう。


 「ふむ。しかし、戦闘は生実で行われ、しかも小弓城での攻防があったのであろう?なにゆえ、そこまで南に深追いを……」

 「……深追いもそうだが、二里もの追撃戦。里見側にもかなりの損害が出たと思われる」

 「確かにのぉ。儂もそんな撤退戦の殿など御免被るというものですな」


 いやいや、秀吉君。

 君はそこにいる信長君の為に歴史に残る壮絶な撤退戦の殿を務めたことがあるのだよ?別世界で。


 「しかし、佐竹家も油断が過ぎるんじゃないかな?だって、今回の目標は領地の奪い合いでしょ?小弓城を落とせたのなら、半分以上は目的達成じゃない。無理に全軍で追い立てることもないと思うけど?」

 「清様、そこは里見が中々の役者だったようですな」

 「役者?」

 「はい。まず両軍は城の北、萩台というところでぶつかったようですな。そこでは軽くということで、両軍にそれほどの被害が出なかったようなのですが、里見家はあっさりと軍を小弓城まで引いたようです。佐竹家は訝しみながらも城を包囲する構えを持って、相対しました。そこで、小弓城中の弓殿、足利の姫で義弘殿と夫婦となった……」


 なるほど。それは中々に悪辣だな。

 義重殿もお可哀想に……。


 「うわぁ。城主の足利弓殿が偽の投降ですかの。それは中々にえぐいですな……」

 「アア。偽のコウフク、兵を失くさないで勝てたカラ調子に乗りましたネ」

 「そういうことですな。佐竹家も宿将を揃えてはいたのですが、それを上回る弓殿の演技であったのでしょうな……弓殿は元々佐竹家を頼って過ごしていたのです。そこには何かしらの知己もいたでしょうし、もしかしたら何かしらの出来事があったのやも知れませぬ……どちらにしろ、弓殿の偽の投降は成功し、義重殿は全軍を率いて城から撤退する里見軍を追撃。最後は勇露川まで追い詰めた、ということです」


 追えるだけ追って、敵兵も大きく討ち破って、と……確かに、義重殿は若くして武勇の誉は高いお人だが、実際の戦闘での活躍話は聞かないからな。どうにも興奮して追撃の指示を出したのであろう。

 光景が目に浮かぶようだな……ついでに義堯殿と義弘殿の笑みも。


 「それで中軍が渡った辺りで堰を切って、水計に掛けたと……しかし、忠清殿、それだけ成功した水計であったのならば、たったの四五千で被害が済むのか?勇露川の正確な水量は知らぬが、それなりの大河であるのだろう?もっと大量の損害を与えられても不思議ではないが……」


 信長の疑問はごもっともだな。

 あの規模の川なら最低でも軍の半分ぐらいは流せてしまいそうな気もする……。


 「どうですかな。配下の者に調べさせましたが、里見家は万全を期して相当上流部に堰を造ったようでしてな。純粋に堰を切る頃合いがずれたのであろうと、儂は考えております」

 「なるほどな。里見としても佐竹家を殲滅するのが目的では無いのだしな。上総の支配権を確立できれば上出来、と言うことで安全策を取ったか」

 「結果から言えば、その程度の敗戦であったから佐竹家が滅びないですんだ、ともいえるな。これが義重殿含め二万とかの犠牲を出していたら、今頃常陸は郷士共が割拠する時代に逆戻りだ。当家が事態の収拾に当たらねばならない形になって、相当に面倒なことになりそうだな……」

 「つまり、今回の結果は当家にとっては上々だったということだね?!」


 清の言う通り、そうなるな。つまりはツイていたということだ!


 「しかし太郎丸よ。これで、お主がヒヤリとした正月の一件以来の佐竹家との関係性も落ち着くのではないか?さすがに義重殿が若輩、思慮足らずと言えど、この流れで当家に何かを仕掛けてくるほど阿呆ではあるまい……むしろ、何かしらですり寄ってくるのではないか?」

 「そうだよな……一番最初に考えられるのは、義重殿の妻に清を貰えないかと……」

 「絶対に嫌!何が何でも断ってよね、兄様!」


 食い気味に返事をされてしまった。


 「心配するな。俺も可愛い妹を任せるには義重殿はいかにも心もとない。これが、秀吉や利家、秀長のような器量の者であったのならば喜んで勧めるのだが……」

 「!!……」


 おや?清よ、顔を赤くしてどうした?


 「ははは。何はともあれ、これで太郎丸が以前から考えておった里見水軍を大々的に引き込む策が前に進むということではないか!我ら勿来水軍を預かる者としては心強いものよのぉ?獅子丸よ」

 「確かにそうだな、アドミラル信長。横浜までの航海の最中に何度か見かけたが、彼らは中々のコウカイギジュツをもっていた。彼らを仲間に引き入られれば大いにワレラの力となるだろう」


 ふむ。獅子丸をしてそこまで言わせるのか、これは是が非でも里見の水軍衆を引き入れねばな!


永禄十一年 正月 太田 伊藤元景


 去年は太郎丸が、今年はわたしが、佐竹家の本拠、ここ太田に来ている。

 去年は弔事、今年は慶事。まぁ、悲しいことよりも嬉しいことの方がいいってもんよ。


 でも、あれはもう何年前になるのかしらね?

 景貞叔父上と太郎丸に付いて行って太田まで来たのは……いやね、やめましょう。あまり年数は考えたくないしね。


 「ここだけの話ではありますが、少々残念ですな。某は是非とも義重様の正室には信濃守様の妹御をお迎えしたかったのですが……」

 「義尚殿。そう言っていただけるのは有難いのですが、清はどうにも私に似てお転婆娘。どうしても佐竹家のような大身の奥方には向いておりませぬ」

 「何をおっしゃいますか……当家よりも大身の当主を立派に努めておられる信濃守様と、その下で奥州の内政を勿来で執っておられる清様の話は某にもよう聞こえてきますぞ」

 「ははは。それは、なんともお耳汚しを……」


 しかし、良いのかしらね。こうまで私に付きっ切りの接待をしてくれて。


 今回は義重殿の婚礼祝いであるので、南家の当主である義尚殿は脇役ではあるけれど、佐竹一門衆筆頭の南家を継ぎ、実際の血筋も先代義昭殿の次子で当主義重殿の弟。

 本来であればもっと上座で招待客を接待しなければいけない立場のはずなのに……。


 まぁ、席次で言えば伊藤家の当主である私があからさまに下げられた場所にいることが不思議よね……ああ、不思議ではないか。

 思いっきりに義重殿の思いが込められているわよね。


 おかげで、さっきから上座で義重殿から直接に接待を受けている輝宗殿が、しきりに気まずそうな視線をわたしの方に向けて来るわ。

 良いのよ気にしないで。わたしの方も義重殿は嫌いだから、慶事の席であっても腹立たしいことを言われたら、そのにやけた顔面をぶん殴ってしまうかも知れないものね。

 お互いの精神的平和のためにも、この席はある意味正解よ……義重殿に常識がないことを示してはいるけれど。


 そのせいかどうかはわからないけれど、直江殿は私の席がここだとわかった途端、露骨に義重殿を冷めた目で見てるわね。

 ある意味、歴戦の外交官である直江殿にあんな表情をさせるなんて、義重殿って大物なのかも知れない……呆れ果てて困るという方向で。


 「おっとっと……ちと、失礼いたしまするぞ?義尚殿、こちらの女性・・を麻呂に紹介していただけますかな?今日は我が妹と佐竹家当主義重殿の婚礼の祝い。流石の麻呂でも見知らぬお方にも挨拶をしなければいけませぬからの。おほほほ」

 「おや?関白殿下はご存じではありませんでしたか。こちらのお方こそ、伊藤家当主の伊藤信濃守元景様です」

 「元景です。以後よろしくお願いいたします」


 なんか気持ち悪い匂いをまとっている公家ね。

 あんまり健康的な食事をとっていないのではないかしら?

 医食同源、健康の秘訣は日ごろの食事からよ?


 「ふむ。其方が伊藤家の?……おお、そういえば女ながらに大身の当主を名乗っておる変わったお方が東国にはおられる、と京でも噂になっておりましたな?おほほほ。そうでおじゃるか。其方がの?おーほほほ」


 なにかしら?

 わたしを目指して一直線でこちらに向かってきたくせに素知らぬ振りをするとか……これが公家流の嫌味なのかしら?ただの低知能な行動にしか見えないけど……?


 「……ふん!」


 おや?相手にしないから機嫌を悪くしたのかしら?

 いやね、馬鹿の相手って疲れるから私は極力避けたいのに。


 「……!しかし!信濃守とはこれ如何に!当代の信濃守の職は甲斐武田の当主晴信殿でおじゃる。そこもとらの伊藤家には朝廷は何の官位も授けておらぬが、これ如何に!」

 「はぁ、当家の祖である悪七兵衛景清の官位をそのままに当主の仮称として使っているだけでございます。関白殿下もご自分の記憶力を不安がらずとも結構かと。当家でも朝廷から官位を授かった覚えはありませんので……あとは、老婆心ながら……実際に信濃を治めておられる長尾家の方々を前にして、甲斐武田の当主を声高々に信濃守呼びするのはいかがなものかと思いますが……」


 赤子と馬鹿は噛んで含めるように物事を教えないと理解できないものね。


 「国司は形骸化して久しいので、関白殿下は特にお気になされていないようですが、それでも国司の身分を大義名分として起こされた戦は数多くあります。特に、武家の我らにとっては、前九年、後三年の役は非常に大きなものです。その時の頼義公が陸奥守。それを想起されるような、武田殿が信濃を治めるに相応しい、とも受け取れるような言をこの場で行うのは、如何なものでしょうか?」


 わたしはゆっくりと関白殿下に、武家の仕来りを教えて差し上げたわ。

 だって、信濃を抜きにしても甲斐武田は四国連合に敵対する三国連合の内、唯一現存する国よ?毎年のように長尾家とは戦をしているというのに……。


 「……!麻呂は不愉快でおじゃる!この場は失礼する!」


 凄いわね。一方的に捲し立てて、一方的に不愉快宣言して出て行っちゃったわ。

 今は慶事の最中で、しかも主役の片方は貴方の妹でしょうに……。


 「早く出ていけ!公家風情が」


 どこからともなく声が聞こえてきたわね。

 声の方向からして、長尾家の家来衆のどなたかかしらね。


 パンッパン!


 「いや、これは失礼をいたしました!どうにも某が至らぬせいで、せっかくの宴に水を差してしまいましたな!では、ここは一つ某が得意の踊りでも余興の一つとしてやらせて頂きましょうかな!」


 あら?義尚殿ったら自らこの雰囲気を変えるために道化を演じるのね。

 上座で顔を真っ赤にして震えているだけの義重殿よりもよっぽど優秀じゃない。


 「おお、ならば。某も余興を見せませぬとな。義尚殿、申し訳ないが笛と鼓を持ってきてもらうよう、御家来に伝えてはくれまいか?某は多少なりとも笛の心得がございましてな……鼓に関しては信濃守・・・様のご母堂、当家お屋形様の姉姫様から、信濃守・・・様がお得意とされていると聞きます。いかがですかな?信濃守・・・様、某と一緒に少々……」

 「もちろん構いませぬ。拙い腕ではございますが、直江殿から母の名を出されては……私も喜んで打たせていただきましょう」


 ……母上は鼓の名手と呼び声高かったらしく、私も小さい時に手ほどきを受けたことがあるけれど……正直あんまり覚えていないわよ?

 だって、母上が途中から「元に教えるのは面白くないわね。だって、すぐに私よりも上達しちゃったのだから!」とかスネ出して教えてくれなくなっちゃったものね。


 その後はほとんどが独学だから、どうなるかしら……まぁ、何とかなるわよね。

 だって、ここにいる人たちの手元にはお酒があるのだから。


 ……

 …………


 「「あはは!あはは!!」」「いよぉっ!あ!それ!」


 どうにも凄い状況ね。

 もう誰もが新婚夫婦のことなど忘れて大騒ぎしちゃってる。


 直江殿の初めの選曲からして、明るい田植え歌だったもの……さらにその節に合わせて義尚殿も必要以上に滑稽な踊り方をして……間を置かずに、下座の間に控えていたそれぞれの家、伊達、佐竹、長尾、伊藤の家来衆も踊り出して、今やこの状況よ。


 私も久しぶりに汗をかくほどに鼓を打てて楽しいわね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る