第65話 室蘭と伊達、ついでに横浜

1562年 永禄五年 冬 古河


 お~、ついにか~。

 というのが素直な俺の感想である。


 「義里殿は流石に礼儀を弁えてはおるものの、新当主、義重殿はいかがなものかな?その本心、どうにも当家を下に見ておるのではないか?確かに、佐竹の好意によって棚倉に居を構えた俺達だが、今までの佐竹当主たちは決して当家を配下扱いしてこなかったのではないか?」

 「確かにの。義舜殿が棚倉の地を緩衝地帯とした経緯が理解できぬのであろう……あの頃の佐竹家は北常陸を治めておるだけで、東北西と三方から攻め立てられ、南からも圧力を受けていたのだが……その北の脅威を取り払うための緩衝地帯、言うてみれば捨て石の役割を当家が受けてきたのじゃが……」

 「寂しい限りですな。事と次第によっては、佐竹との付き合い方も改めねばなりませぬかな?」


 景貞叔父も爺様も伊織叔父も、佐竹の要求にはだいぶご立腹だな。

 まぁ、ただで造船技術を寄越せというのは虫が良いと俺も思うけど、少しは義重の考えも解るんだよね。


 北も西も伊藤家に囲まれて土地を広げられないし、南の里見と戦えば伊藤家に邪魔される。

 勢力伸長の為に何かを、と考えると当家が造っている南蛮船が羨ましくてしょうがないんだろう。


 ただ……うちがやっている仲介は、別に邪魔ではないと思うんだけど、義重君にとっては横やりとしか受け取れないんだろうな~。


 「……けれども、一応は正式なお願いなわけですからね。景藤はどう思ってるの?思ったことは言っちゃって構わないわよ。ここには身内しかいないのだし」

 「そうだね……正直な所、二本帆柱の武凛久については教えてもいいかなとは思ってるよ。もちろん、色々とご協力願うことがあるけどね」

 「……ご協力ですか。面白そうな言葉ですね」


 伊織叔父、やめて。そんな黒い笑顔で言われるほどのことは考えていないですよ?


 「伊織叔父上のご期待に沿えるかどうかはわからないけれど、武凛久の作り方を教える代わりの条件として私が挙げたいのは色々あります。まず、造船所は小机の先、横浜に作ること。もちろん費用・人員・資金は佐竹家持ち、材料は当家から出さざるを得ないとは思いますけれども」

 「横浜ですか……相模と武蔵の境ですね。ただ、あの辺りは只の漁村しかないのでは……。はぁ、結局は新しく築城と築港が必要になりますか」


 叔父上にはお手数かけますが、是非ともよろしくお願いいたします。


 「はい。小机に城を建てましょう。伊勢家が棄却した跡地を利用して鶴見川沿いに城を建て、造船所の管理を行いたいと思います。次いで、新しく作る横浜造船所では、五か国連合の船と、我らと交易する明、南蛮の船ならば、その全ての修理が行えることとします。もちろん修理費は船の所有者から貰う形になりますがね」


 修理ドックが欲しかったんだよね。

 アルベルト卿からも要請を受けていたんだけど、残念ながら小名浜・湯本の村上衆の造船所では受けかねていたんだよ……他人のお金で大々的な造船所を作って、南蛮船の修理もこなしたいよね。

 造船だけでなく修理も行えば、期せずして造船のノウハウも盗めるだろうから、武凛久だけじゃない南蛮船の作り方を佐竹家も取り入れられるって寸法ですよ!


 「……そうなると、ただの造船所って規模じゃなくなるわね……佐竹家にそこまでのお金が出せるのかしら?水戸と鹿島があるとはいえ、当家より銭があるというわけでもないでしょう?」

 「銭が無ければ、この話は無かったことになるだけですよ。そうなったところで伊藤家に損はありません。私が思うに、むしろ喜んで金の工面をするのでは無いでしょうか?」

 「はい。私もそう思います。それに、佐竹が造船を当家と一緒に行うことを知った場合、伊達と長尾も興味を持つのではないでしょうか?」


 おお。流石は景竜。

 俺の考えをよくわかっていらっしゃる!


 「しかし、伊達と長尾に横浜は遠かろう。技術だけをなんとしてでも欲するのではないか?」

 「ええ。そうですね。父上のおっしゃる通りだと思います。横浜は両家にとってありがたい場所ではないでしょうね」

 「じゃぁ、どうするのよ?」


 早めの回答を求める姉上。通常営業ですね。はい。


 「はい。正直、長尾についてはあまり考えが纏まりませんが、伊達については一つ考えがあります」

 「「それは?」」

 「蝦夷地です!」


 会心のドヤが決まったな。


 「……蝦夷地ですか。それはまた……」

 「先年より当家は蠣崎家の力を借りて、直接、蝦夷地での交易を開始して参りました。ただ、南部家が蠣崎家を制圧した関係から、今年は武凛久船団がシベチャリチャシ、アイヌの民の砦まで向かって交易しております。ただ、信長からの報告ですと、シベチャリチャシには南蛮船を付けられるような湊は無く、小舟を船から出し、沖合で積んでいるそうです。そこで、荷揚げもできる湊を蝦夷地に作れないかと相談を受けておりました。周辺の海岸線地図を信長に作って来てもらい確かめたところ、アイヌの民が言うモルランなる場所が最適だと思いました。ここに伊達家と一緒に造船所と物資の集積所、アイヌとの取引所を作りましょう!」


 なんといっても室蘭の隣は「伊達」だしね!

 俺はささっと北海道南部を写し取った地図を机に広げる。

 ……やっぱり、会議の席は円卓が一番扱いやすいね。


 「なんじゃ?その「あいぬ」なる者が蝦夷地の住人ということなのじゃな?で、そのあいぬから文句も出ぬ場所が「もるらん」というわけじゃな?」

 「はい!室蘭にて取引所を作ることは問題ないとの回答を貰ってきています!」


 信長は俺の思考回路をよく理解してるからな~、既に築城の根回しをアイヌの諸部族に始めている。


 「??なんだ、「もるらん」なのか「むろらん」なのか??どっちだ?」


 おっと、景貞叔父を混乱させてしまったようだな。

 どうしても北海道の地名に関しては、前世世界の知識が出てきてしまう。


 「あ、すいません。言いにくいもので、「室蘭」と勝手に当て字をして呼んでおりました」

 「ああ、いい、いい。俺も景藤が言う、その当て字の室蘭の方がわかりやすい」


 これにて、室蘭の地名が決定しました。


 「……なるほど。波除けに丁度良い形の湾、半島部分と砂州……港を作るには絶好の地形ですね。で、どうするのです?対外勢力の攻撃はどのようなものが考えられるのですか?景藤のことですから築城を視野に入れているのでしょう?」

 「ええ、アイヌは部族単位で集落を形成し、最大で数百人規模の里を作っているようです。そして、彼ら同士での抗争や同盟などもあり、百人規模の戦闘が行われることもあるそうです。その多くは野戦という形ではなく、敵方集落を襲う形でのものが多いそうなので、できたら、室蘭は伊勢家が小田原で作ろうとしていた総構えなどが……」


 はっ!しまった。

 またしても伊織叔父に負担のかかることを……チラッ。

 叔父上の表情を確認する。よし!怒ってない。

 絶対零度の視線は送られてきていない。


 「砂州の本島側に一里程度の城壁を作り、町の施設と半島部分を守る形が良いのではないかと考えております」

 「……まぁ、築城については、後で伊織の意見を聞くとしてじゃ。それだけの規模、守兵はどう考えるのじゃ?」

 「当家から、三百、伊達家から三百の合計六百でよろしいかと。これらの兵を年二回の船団交易の時に交代させる形を考えております」

 「食料は?」

 「ジャガイモなどの寒冷地に強い作物を持って行き、ある程度は育てますが、大部分は船に乗せて行かねばいけないでしょう」


 元から、アイヌとの交易の代金は雑穀や米、芋などの食料だからな……積荷は変わらないけど量は増える。一応、必要数量は信長に計算させておいた。その計算では、二千人程度までなら問題なく今までの船団で輸送ができることは確認済みだ。

 ただ、人数が増えてきたらどうしても耕作地を増やさないと駄目だろうな~。

 船の数も増やさなきゃならないだろうし。


 周辺のアイヌの里にも声を掛け、室蘭で仕事を作る予定ではある。

 みんなで仲良く築城、築城!これまでの経験で覚えた最良の統治方法の第一歩である。

 一緒に仕事をして、仲良くご飯を食べる。相互理解のために大切な儀式である。


 「そこは、伊達殿との話次第だな……佐竹家とは違い伊達家は代替わりこそしていないものの、関東方面の担当は嫡男の輝宗殿となったと、正月に告げられたばかりだからのう。輝宗殿がどのように判断されるかだな」

 「そうですね、父上。今年の正月は、佐竹家と横浜についての交渉、伊達家とは室蘭についての交渉……景藤、あなたには今年の正月は長い間、古河にいてもらうことになるからね。自分で言い出したわけだから、彼らとの交渉には必ず出席すること。いいわね?!」

 「あ、はい」


 今年は、全然勿来に帰れていないんだけど……子供が四人産まれているので帰りたかったのに……。


 あ、条件に貨幣鋳造を入れたいことを伝え忘れてるわ。


永禄五年 冬 小田原 伊藤清


 「はぁ~、南ちゃんに子供が生まれて、輝ちゃんと義ちゃんにも生まれたらしいのに顔を観に行くことも出来ないなんて……さみしいなぁ……」

 「そうですね。某も兄上とは久しく会っておりませぬし、信長様のご嫡男、奇妙丸様ともお会いしていないですからな……今度、伊織様にお願いして勿来に戻れる機会が作れぬか聞いてみますかな?」

 「お!秀長も良いこと言うね。僕もその話に一口乗るよ!」


 そうなんだよね。勿来こそが、我が故郷って感じだよ。

 阿武隈の山々と海岸線。海に突き出した埠頭と行き交う大型船。

 懐かしいよねぇ~。


 「そんなお二人に朗報ですよ。正月の交渉次第ですが、もしかしたら、二人には北に行ってもらわねばならなくなるやも知れません」


 え?ほんと?それは嬉しい!!

 けれど……素直には喜べないのが、伊織叔父上の黒い笑みなんだよね。


 「……北というのは?」


 ほら。秀長も警戒しているよ。


 「北と言えば北ですよ」


 更ににっこり笑みを浮かべる伊織叔父上。

 怪しさが突き抜けているね!


 「で?叔父上、北というのはどこのことです?」

 「……ふぅ。姪と部下に疑いをもたれるのは心外ですね。寂しいものです」

 「……いや、伊織様。某、騙されませぬぞ?どちらの北かお知らせ頂きたい」


 うんうん。僕も騙されないよ!

 叔父上の部下として、領内を北から南に歩き回っている二人だからね。


 「……聞きたいですか?本当に?勿来も含まれているのは確かなことですよ?」


 ほら!「含まれている」って言った!

 大事なのはもう一方の方なんです!


 秀長と目線を合わせ頷き合う。


 「そうですか、知りたいですか……ではお教えしましょう。蝦夷地です。しかも、南部、蠣崎両家でさえ未だ手を付けていない土地での町作り……正確には城壁港湾都市ですかね?」

 「??城壁都市というと、明とかにあるという、町を丸っと城壁で囲んだ都市ですか?それに港湾?」

 「ええ、港湾です。簡単にいいますと湯本にある造船所と勿来の湊を一緒にしたものを伊達家と共同で蝦夷地の湾内に作り、また同時に街も作ってしまおうという考えです」


 お分かりいただけましたか?と言わんばかりの笑顔で微笑まれた僕たち。

 いや、叔父上のおっしゃっている言葉は解りますが、意味が解りません。


 「ええっと。叔父上のおっしゃることは要するに、蝦夷地の未開地に湊町を一から造る……ということで?」

 「はい。合ってます」

 「……で、その築城?築街?その伊藤家側の指揮を某らに取れと?」

 「はい。その通りです。理解が早い部下を持つ俺は幸せ者ですね。ああ、それと物資・材料を全て現地調達することは不可能でしょうから、大部分は勿来から船で運ぶことになるでしょう。一人は現地で建築監督、もう一人は勿来で資材監督という形ですかね。移動・運搬の船団指揮はもちろん信長が、現地の守備兵指揮は安中から交代で出すそうです。そのあたりは忠平殿が差配するのでご安心ください」


 なるほど。僕たちは純粋に土木奉行所の人間として、築城と街づくりに精を出せば良いということですね。未踏の地で兵を指揮するとか、僕たちには難易度が高すぎるもんね。

 忠平が送ってくるのは、忠統と忠孝の一家からかな?どっちの家も兄上の無茶振りになれているから問題なさそうだもんね。


 「はぁ、そうなりますと、簡単な縄張り図は伊織様を交えて小田原で作り、それを基に某が現地で当面の指揮に当たります。清様には勿来で諸々の手配の管理をお願いいたします」

 「ん?秀長はそれでいいのかい?」

 「良いも何も、流石に蝦夷地に伊藤家の姫様を長逗留させるわけにはいかんでしょう。ある程度の基礎が出来るまでの数年は某が現地に赴任いたしまする」


 おお!秀長カッコイイ!

 思わず、キュンってなっちゃったよ?僕。


 「そうしてもらえますか?秀長。輸送計画に関しては正月に古河で俺も入って詰めてきますから……当家だけで年に四回以上の船団輸送は確約しますので、よろしくお願いしますね」

 「承知致しました」

 「ただし、結局のところは伊達家の返事が必要なことですから、早くても二年後あたりの着工になるのではないでしょうかね?」


 ああ、叔父上、そういった発言って旗って言うんでしょ。

 僕は兄上から教わったよ。二年後とかって言ってると大体来年早々に始まっちゃうんだよね。

 まぁ、相模での仕事は大体終わったし、あとの街道整備や維持は事務方の裁量で進められる範囲だし、祥子さんや蕪木さんがいれば全く問題ないしね。


 ここは素直に勿来に滞在できることを喜ぶとしますか。

 そうだ!早速、南ちゃんに手紙書かなきゃね。もうすぐ会えるんだよって!

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