第66話 伊達の次代と佐竹の次代
1563年 永禄六年 正月 古河
「お初にお目に掛かる。儂が佐竹の当主、佐竹次郎義重でござる」
「私が伊藤信濃守元景です。隣にいるのが、弟で船から交易に至るまでのすべてを差配している景藤です」
「伊藤景藤です。義重殿にはどうかよろしくお願いします」
姉上の紹介を受けて軽く挨拶をして頭を下げる。
鬼義重と言えば、前世世界では武勇で有名な武将だけれど、こうして見るとだいぶ線が細いね。
まだ十代だし、これから太くなっていくのかな?
ただ、目つきはキツイ感じだし、年を重ねればこわもての大名にでもなれるのかねぇ?
「この度は、当家からの急なお願いではありましたが、その後、伊藤家ではどのような話し合いがなされたでしょうか?こうして、話し合いの席を年明け直ぐに持たせていただいたということは、期待しても良いのでしょうかな?」
やはり、実務に関しては義里殿が話を引っ張る形なんだね。
ならば、対応するのは姉上でなく、俺でなくてはいけないだろうね。
「そうですね。当家としては佐竹家に当家で開発した南蛮船。勿来武凛久の基本設計と造船をお教えしましょう。ただ、幾つかの条件はどうしても出てきます」
「……お伺いしましょう」
「まず、場所は横浜にしていただきたい。建築資材は当家で用意しますが、人員、資金は佐竹家でお願いします」
「!横浜だと!当家の領内ではないではないか?!」
いや、そりゃそうだろ。
なんで、当家で苦労して作り上げた船の作り方を他家の湊で教えなきゃならんのよ。
「はぁ。それが?当家としてはこの船を作り上げるにあたって、人を集めるところから始まり、南蛮人とも交渉し、言葉通り一から作り上げたのですが……?」
「な、なんだと!当主でもないそな……」
「義重様!それ以上はお止めなさい。景藤殿は伊藤家の後見殿であり、交易から湊、造船、築城のすべてを差配するお方ですよ!……失礼しました、信濃守様、景藤殿。先をお話しください」
う~ん。ここまで短気だと話をする気が無くなるよね。
「はい。あとは……そうですね。その造船所では五国連合とそこと交易をしている明、南蛮の船は修理代を請求したうえで修理を受け付ける……」
「さ、里見の船も受け入れろというのか!景藤殿は当家と里見家が椎津城を巡って争っていることを存知ないのかっ!」
「……義重殿は当家と里見家が縁を組んでいることをご存知ないのですかな?」
「な、なんだとっ!その口の利き方はっ!」
本当に短気だな。
別に煽っているわけでもないのに、そこまで声を荒げるとは……将来はどうだが解らんが、これでは外交は出来ないぞ?義重ちゃん。
ほら。義里殿もため息ついちゃってるよ。
「義重殿、そこまで熱くなられてしまっては話し合いもなにもありますまい。条件は景藤の方から義里殿に伝えておきますので、後日ご返事を頂ければよろしいかと思います」
姉上も伊織叔父ばりの絶対零度の視線を向けているな。
美人のそういう視線とか、まぁ怖い怖い。
「……ふん。義里!話を聞いておけ!後で太田に戻ってから詮議する!」
義重殿は感情のまま席から立ち上がり部屋から出て行った。
いや、詮議って何なの?
「……詮議とか……義里殿もなんともご苦労なことです」
「……はぁ、義重様も普段はそれほど狭量な方ではないのですが……どうしても今日のこの造船に関しては……義重様自らが発案され、当主を継いでから初めての対外交渉ですので……どうか、寛大なるお心でお許しいただければと思います……」
「構いませんよ。では続きを景藤からお話しさせてもよろしいですか?」
「ええ、よろしくお願いいたします」
流石は二十年にも渡って佐竹家の一門衆筆頭をしてないね。
義里殿、流石の人物である。
「では……といっても残りは殆ど無いのですがね。あとは、資材を集積し管理するために小机に城を築こうと思っています」
「くくく。義重様がお聞きになられたらまた顔を赤くして大声を出したところでしょうが、築港、造船の技術と資材を持っていない我らの領地に築くより、伊藤家の領内で築く方が便利なのは自明のことです。また、多摩川の南は伊藤家の領地であると、我らで書面の確認をしてから数年たっているわけですから……ご心配なく。こういう言い方もあまり良くないのでしょうが、私も義昭様もそのあたりは重々承知していることです。どうぞ、ご心配なく」
「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。横浜が認められないとなると、資材、特に鉄に関わる部分がどうしようも無くなるので、困ってしまうところでした」
本当にね。
武凛久の作り方は教えられても、高炉や転炉は教えたくないからなぁ。
正直な所、武凛久の数も揃ったので、次はガレオンとクリッパーに取り掛かろうと思っていたから、武凛久は教えてもいいんだよね。
とは言っても、この時代にクリッパーを造って何をどこへ運ぶのかは疑問だけれども……。
まぁ、とりあえずは三本マストの船を作って行こう!おう!
話を佐竹家に戻すと、帆船を作ったとて、武装をどうするのかというね。
大砲の装備が目前の当家と、火縄銃の作成もまだの佐竹家では、そのあたりの様子がだいぶ違うと思うんだけどなぁ。
「物は参考までにと申しますか、こちらの条件をどうしても聞いて来いというのが義重様のご意見でしたので、お聞きしますが、もし、鹿島に造船所を作ってほしいと言われた場合の条件は如何なりますでしょうか?」
「鹿島ですか?……正直な所、そのようなことは家中で話し合ってないので、私個人の意見となってしまいますが……」
「構わないわ。造船、交易に関しては景藤に一任しています。景藤の意見が伊藤家の意見です。遠慮なく義里殿にお伝えなさい」
おおぅ。姉上が男前。
そして、信頼が非常に重い。
「それでは信濃守様のお許しも出たことで……そうですね、小机で城を築くのと同じ理由で、内海の入り口、森山城とは反対側の鹿島側に城を建てさせていただきたい。そして、鹿島の湊から内海に至る地域では当家の船は一切の入港、出港の税を免除いただきたいです」
「まぁ、そうなるでしょうな……これはここだけの話とさせていただきたいのですが、事前に太田城で話をしたところ、義昭様と私は最低でも鹿島に城を建てさせることになるのではないか?と義重様にはお伝えしておるのですがね……」
どうやら、佐竹の新当主が実権を握るのは当分先の話となりそうだな。
たしか、前世世界の義重も義昭の死去までは実権が握れなかったんだっけか?
「後は造船所とは直接の関係は無いのですが……」
「聞きましょう」
「正月にお話しした銅銭の鋳造をしたいと思いますので、是非にもご賛同いただきたいです」
交換条件みたいで申し訳ないが、多少は強引に進めないと話が進まないんだよね。
貨幣鋳造は。
「なるほど。わかりもうした。造船所に関して、伊藤家のご意見は確かにこの義里お伺いいたしました。一度太田に戻り、家中の者と話し合ったうえでご返事させて頂きまする」
「承知致しました。ではそのように……ああ、そうです。義里殿、義昭殿ともども、どうかお身体を大事になさってください」
「?……はい。信濃守様のお言葉有難く頂戴いたします」
義里殿は、最後の姉上の言葉にはてなを頭上に浮かべながら帰って行った。
……やだなぁ。なんか姉上の直感が働いたみたいで怖いんですけど!
永禄六年 雨水 勿来 伊藤阿南
「ほほぅ。なんじゃなんじゃ、儂の孫には娘が多いのぉ。かわいいのぉ。流石は笑窪の血を引いておるな、美人揃いじゃないか。そう思わんか?輝宗よ」
「ええ。本当に。加えて姉上も産後の肥立ちが良いようで何よりです。お体にはお気を付け下さいね?姉上は当家と伊藤家を繋ぐ架け橋なのですから」
「あらあら、彦太郎がなんとも大人びたことを……」
「あ、姉上!わたしも二十を越え、妻も迎えた身です!そのように揶揄わないで頂きたいです!」
南もびっくりですね。
あんなに小さかった彦太郎が「当家と伊藤家」とか「架け橋」とか……もう、びっくりを通して笑ってしまいそうですね。
あんぎゃ。あんぎゃ。
お~よしよし。
昨年は私以外にも、輝と義が娘を産みました。義に至っては双子の姉妹です。
なので、ここ赤子部屋では娘が七人。みんな元気に育ってます!
「おお、いかんいかん。儂らのような男くさい連中がいつまでも居付いては、姫たちの機嫌も悪くなろうというもの。ここは一旦部屋から退出せねばならぬかな?笑窪よ孫の世話は頼むぞ?」
「はいはい、わかりましたよ。殿さま……南は旦那様と一緒について行きなさい。硬い話をしていようとも、たまには夫婦で一緒に居たいでしょうからね。子供たちのことは、私と文様にお任せなさいな」
「母上!ありがとうございます!」
流石は南の母上様なのです!
南の心をばっちりわかっていらっしゃいます。
難しい話は難しいので、解らないところは聞き流す南ですが、そのようなことは些末なことです。
大事なのは旦那様と一緒にいることなのです。
「……では、すまないが阿南、茶の用意を書斎にしてくれるか?」
「はい!お任せください、旦那様」
旦那様は赤子部屋を出て、父上と彦太郎を書斎へと案内し、南は奥の丸の勝手所へお茶の用意をしに行きます。
今日は、那須から届いた砂糖で作った「ぱうんどけーき」と狭山で作られたお茶を持って行きます。勿来では色々なお茶が煮出されているので、真夜中でもなければ、いつでも勝手所にさえ行けばお茶は手に入ります。
そしてお茶菓子。今日はお客様仕様の「ぱうんどけーき」なので、これまた那須で作られている蜂蜜をたっぷりと添えています。
美味しそうです。
書斎まで我慢するのが難しいですね。
「……なるほどな。そういった経緯で蝦夷地に我らと共に街を作ろうというのか……」
「景藤殿のお話しは解りました。確かに当家でも東海から西の商人に良く売れる北の産物の入荷が厳しいことは報告を受けております。特に、昆布を買いたいという明との交易商からは相当に強く……」
「ええ。伊藤家も同じです。幸いなことに、今はまだ南部家による港の整備が整っていないため、多くの商人が直接南部と商いを開始はしていませんが、この状況が続くのならば、いずれは塩釜や勿来を通さずに商いが行われることになるでしょう」
むむむ。北の産物の話ですね。
南は昆布でだしを取ったお鍋が大好きです。
勿来の漁港から届けられる海の幸と昆布だしに椎茸で作った鍋、何年食べていても飽きが来るということがありません。加えて、子供たちの栄養食としても万全ですものね!
父上と彦太郎、旦那様の前にお茶とお菓子を置いて、急須を中央に置いたら準備完了です。
ぽふっ。
旦那様の隣に座って、ゆっくりとお茶を楽しみます。
……狭山のお茶。今はまだ出荷量が少ないということですが、非常に美味しいです。
南は駿河のお茶よりも大好きですよ?
「塩釜を素通りされるのは癪だな……磁器という名産を持つ勿来が素通りされることは無かろうが……当家にとってはまさに大問題よ」
「そう当家の産物を評価していただけるのは有難いのですが、湊の商人街からは北の産物を求める声が日増しに高くなっています。彼らがいなくなる……もしくは、商いの額が急落しないまでも、商人の数が減ってしまっては先々の発展がありません……せっかく……あ、いまお飲みの茶はいかがですか?」
「?お茶ですか?……美味しくいただいておりますよ。立てた茶というものも経験しておりますが、やはり茶は勿来で頂くように気軽に飲むのが美味しいと思います」
お。彦太郎は中々にわかっている発言をしますね。
勿来では気軽に飲めるお茶が一番とされているのです!
「この茶ですが、実は武蔵で作っております」
「ほう!武蔵で作られているか!それはなんとも羨ましい!」
「そうですね、父上。……茶の栽培に関しては、やはり伊達家では北に寄り過ぎておるでしょうし……南蛮人がこぞって買い求めるという茶を産物として持たれる景藤殿が心底羨ましい」
「まぁ、当家でも以前は駿河の茶を買っていたのです。ですが、近年になって武蔵に茶を栽培している地域があるとの報告が上がりまして、ここ数年で人を入れ大きく栽培している最中なのですよ」
そうですね。今までもお茶は満足に飲めていましたが、狭山で栽培と製造をすることで、今まで以上に飲めるようになりました。
うん!やはり、甘いけーきとお茶の組み合わせは最強なのです。
「……姉上、なんともおいしそうに南蛮菓子を食べられますね……では、私も一口」
「うむ。儂にとって伊藤家に来た時の楽しみは澄酒であったが、南蛮菓子も非常に美味いな。あ、景藤殿。あとで土産に澄酒を貰えるか?伊藤家で作られる正月過ぎ、春前の澄酒が儂は一番好きでな。頼む」
「ははは。もちろんです。棚倉より運んでおりますので、帰りの船にしかと積ませていただきます……それとですね、その南蛮菓子で使われているもの、砂糖ですが、これも当家で作ったものになっております」
「「なんと!!」」
最大級の驚きですね。
信長やあるべると卿が持ってきてくれる本場の南蛮菓子に比べれば甘さが少ないですが、南は那須の砂糖を使ったお菓子も好きですよ?
お菓子に貴賤はありませんからね!
「で、蝦夷地の件に戻るのですが、うまく開発が出来ればこの砂糖を蝦夷地で栽培できるかもしれません……また、南蛮に売れそうな薬草茶ももしかしたら……」
「……輝宗よ!なんとしても家中の者達を説得して、その……室蘭か?そこに伊藤家と共同で街を作ることを承知させるぞ!」
「はい!父上!なんとしても蝦夷地に伊達の町を作るようにせねばなりませぬな!」
やはり、父上も彦太郎も菓子が好きなのですね。
南蛮人に売れるとは言っても、まずは自分たちで食べることが先ですものね。
……?
あれ、よろしいのですか?旦那様。
それでは、遠慮なく旦那様のぱうんどけーきを南が頂きますね。
「後は、銅銭の鋳造です。これも是非にも行いたいと思っております」
「ふむ。その件な……輝宗」
おや、彦太郎がそのように小難しい話をするのですか。
「はい。先達て景藤殿からご提案された銅銭の鋳造ですが……実は当家では独自に明銭の鋳造をしております。数量は微々たるものでは有りますが、これをもって領内に流通しておりますので、新しい銅銭を作ることにあまり意義を見出だせないのが実情です」
「なるほど。明銭ですか……それも悪くはないと思いますが、それでは結局のところ日ノ本内の他国や明に引っ張り回されることに変わりは有りませぬぞ?」
「「??」」
旦那様の美声に合わせて頂くお茶とお菓子は最高ですね。
「つまり、明銭は明銭の価値しか持たず、伊達家がどれ程素晴らしい国作りをしようとも、明銭を使う他の国々と同じか、それ以下の存在になってしまうということです。更に、伊達家が発展すればするほどに、明銭の悪貨は伊達家に集まることになりましょう。集まりすぎた悪貨を駆逐するのは生半可なことでは有りません。しかも、最終的な悪貨駆逐の対応策は新造貨幣の鋳造ですから……」
「なるほどな。どうせ治療をするのならば、健康な身体のうちに対策をしておけということか」
「しかも、当家が今以上に発展すると考えておられる……父上、この件は今一度真剣に検討せねばならぬではないでしょうか?」
「そのようだな。腐った慣習を絶ち切るために、儂は父上と意見を異にしたのだったな……その儂が慣習に囚われては、あの世で父上に笑われてしまうというものだ」
そうですね。
南が物心ついたときから、父上と爺様はいつも喧嘩ばかりでした。
「よし!景藤殿、伊達家も新造貨幣にひとつ乗るとしようぞ!」
「おお!有り難うございます!」
まぁ、旦那様が本当に嬉しそうに……良かったですね。
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