第60/β話 阿武隈の竜

享禄四年 秋 古殿


 意念を込めるのは当たる瞬間。

 虚と実を使い分け、妙の実を生み出す。


 あれから、棚倉で忠平から散々に打ちのめされて気付いたことを天狗爺にぶつける。


 「かかっか。良いぞ。このひと月ふた月で格段に上達したの。左様、武器を使っての戦いでは如何に相手の虚に合わせた一撃を急所に叩き込めるかが全てじゃ……だが」


 ばしぃっ!


 上手く天狗爺の間を取れたと思った突きの一撃。

 胸に当たったと思った瞬間にずらされ、態勢を崩される。

 ま、まずいっ!


 じゃりっ。


 足元の小石を踏んでしまい大きく態勢を崩してしまった。


 「ほれ。終わりじゃ。よいしょっと、の」


 木刀を握っていた右手を掴まれ思いっきり転ばされる。


 うぉ!あ、頭だけは守らねば!


 何とか首を丸め、来るべき衝撃に備える。


 ずっどぉーん!


 「いたたた……なんだよ天狗爺!武器は急所に入れば殺傷できるからいいんじゃないのかよ?!今のは胸の急所に入っただろ?急所に入ってるのに動くなんて酷いぞ!」

 「かかっか。あのような威力も何もない、赤子に触れたような突きでは、しっかりとした防具を着込んだ相手に効くものか?!武器を急所に叩き込まねば人は死なん。急所に触れただけでは攻撃を当てたとは言わんのじゃぞ?まぁ、この辺りの修行が始められる程度には小童も上達したということじゃな。褒めて遣わそうかの?」

 「く、くそぉ!なんだか納得できん!」

 「かかっか。では納得させてやるかの?……ほれ、そこに立って突きの形をとってみるが良いぞ」


 む?

 どうせ、また転ばされたりして痛い目を見るのか?

 ……しかし、これも修行の一環だと天狗爺が言うのなら仕方ないか。


 俺は言われた通りに、構えから腰だめ、踏み出しと胸への突きを見せる。


 びゅっ!


 木刀の風切り音も良い感じだ。

 きちんと威力ある突きが出せているだろう。


 「ふむふむ。確かに身体に芯が通りだしておるな。では、二三のコツを教えてしんぜようかの。……では次はゆっくりと、今の突きを出してみるが良い。……そうじゃ、そうじゃ。……それでは行くぞ?」


 天狗爺に言われた通りに胸元への突き、形をしっかりと意識してゆっくりとだが繰り返す。


 「では……ここで、敵に当たったとする。どうじゃ?」


 確りと伸びた突きの切っ先を天狗爺が押す。

 もちろん俺はびくともしない、これなら相手の急所にきっちりと刃が突き刺さっていることだろう。


 「問題ないだろ?問題なく相手を殺傷できていると思う」

 「そうじゃな。ここまでの突きならば、相手が鎧を着込んでいようとも、切っ先は心の臓かその周りの血の管を切り裂いておろう。……だがこの段階ではどうじゃ?ほれ?」


 今度は俺の突きが伸びる前。

 踏み出しがついた瞬間あたりの切っ先を押された……と、とっととっと。

 つつっつ。尻もちを付いてしまった……。


 「そう言うことじゃな。力が切っ先に乗る前ではこのように弱い。今回は、相手が一角の侍で出来の良い甲冑を着込んでいたとしたら、突き飛ばされ、転ばされたお主が首を取られる番だったというわけじゃな。この突きの形、きちんと当たり所が良ければ問題ないのじゃが、こうして当て方が悪いと、防具をきちんと着込んだ相手には、逆に首を取られることにもなる」

 「……んじゃ、どうしたらいいんだよ!」


 攻撃を仕掛ければ多少の隙が出来るのは当たり前だろ?

 だから、こちらがやられる前に相手をやっつけるしかないんだ。


 「かかっか。要するに強い形での突きが出来る時間、間合い、姿勢を長くすればよいのじゃよ。今のお主の強い形は、如何せん短いということじゃな。やり方自体は、自分で思い付き、研鑽していかねばならぬが。指針だけは与えてやろうかの……ほれっ」


 天狗爺はもう一度突いて見せろと、手招きをする。

 ふん。良かろう。

 何度だって突いてやるさ。


 「まずは、構えて……腰に溜める……よし!そこじゃ!止まれ!」


 言われた通りに、腰溜めの形で止まる。


 「では、切っ先を儂が持つぞ……ほれ、ゆっくりで良いので再開せぇ」


 天狗爺は木刀の切っ先に手のひらを当ててそう言う。


 ふん。では天狗爺の言う通りに始めるか。

 ……む?

 天狗爺は力を入れておるのか?動かんな。


 「ほれ、いいから動きを再開せんか」


 なんとなく納得いかんな。

 ……しかし、舐めるなよ。

 俺だってこのぐらいなど……!


 ぬぬぬ。

 腕だけでは無理だ。足から力を……入れても無理だな。

 では腰を先に入れてからか……よし、これで少しは動いたか。


 む?

 しかし、先に腰を入れて動き出せば木刀も動くが……ここからどうすれば進めるのかわからんぞ!


 「天狗爺!ここからがわからんぞ!身体が動かん!」

 「かかっか。筋で動かそうとするからよ。ホレ、身体の重さを利用するのじゃ。前足を少し浮かせてみせるが良い」


 ようわからんが、言われた通りにしてみる。

 右足を軽く浮かす……ふむ、そりゃ、刀に体重が掛かるわな……。


 「かかっか。それで良い。そして突きじゃ!」


 ふんっ!


 そこからはいつも通り突いて、踏み込む。

 ん?いつも通り?


 「かかっか。ちと掴んだか?その動き方が基本のところじゃな。これで、お主の剣術は一の基礎から二の基礎へとなったところかの?……ふむ。今日はここまで!ではいつも通りに身体を清めて、下で飯でも貰ってくるが良い」

 「……ありがとうございました」

 「うむ。うむ」


 今日も今日とて、天狗爺の修行を終え、山の中腹にある沢、鎌倉岳の湧き水で身体を清める……。

 今思ったが、この川ってなにがしかの用水の源流ではないのか?

 ……まぁ、良い。

 飲んで旨いし、身体を清めるには冷たくて気持ちが良いからな。


 いつも通りに身体を清め、社を目指して下山していく。


 「文!今日の修行が終わったぞ!」

 「あらあら、いらっしゃいませ。景貞様……で、今日は父上から何か言付かっておりますか?」

 「む?そうだな、特に天狗爺からの伝言は無かったな……珍しい」

 「左様ですか……まぁ、そういう日もたまにはありますね。ささ、景貞様はこちらをお食べくださいな」


 おお!

 これはなんとも旨そうな獣肉の炒め物……何ぞ味噌にでも漬けておるのかの?


 もっしゅもっしゅもっきゅ。


 ふむ、噛み応えも良い肉だな、しかも味噌が……大蒜入りか?米がすすむ品だな。


 「お口に合いますか?」

 「おお!いつも通りに文の飯は俺の口によく合う。……しかし、この肉は何だ?猪にしては脂が少ないし、鹿にしては噛み応えが柔らかい。……癖は多少あるが、この大蒜で良い塩梅の味付けになされておるな。好き嫌いは出そうじゃが、俺は好きな味だぞ?」

 「それは良う御座いました。山の近辺で群れていたので狩ってきた、と父上が大量に持ってきましたので……こうして景貞様に食べて頂くと駄目になる前に食べ尽くせそうですね」


 群れ?

 う~む、まさか狼などではあるまいな。

 ……しかし、狼ではこうにはなるまいな。


 もっきゅもっきゅ。すぅっ~っ。


 汁物も美味い。


 「お代わりをくれ!」

 「はいはい、喜んで。……やはり男の子は沢山食べるのが良いですわね~」


 相変わらずの童扱いか……まぁ、良い。

 今はこの旨い飯をたらふく貰って体を大きくせねばな。


 がらららっ。


 「文姉!景貞様来てる??」


 相変わらず忙しないやつだな。


 「俺なら、ここにおるぞ。文から飯を貰って食うておる」

 「あ!文姉の料理!量があるのなら私もいただきま~す!」

 「はいはい。藍ちゃんの分も沢山ありますから、遠慮せずにね」

 「は~い!ありがとう!」


 文の了解が出るや否や、藍は部屋に上がって来てちょこんと、俺の近くに座った。


 「おい、藍よ。足はしっかり洗ったか?玄関で声がしてから、すぐにここにおるように感じるぞ?」

 「え~、しっかり洗ったよ?そのあたりはしっかりしてからでないと、ここまで上がらせてくれないんだもん、文姉」

 「そんなの当たり前でしょ?ここは、神社。一応、そのお社の中なのだから神域ですよ。入り口では、しっかりと身体を清めなさい!景貞様も父の修行を受けた後は、湧き水で身体を清めてから来ているのですから……」

 「は~い!」


 なんじゃ、藍は不満そうだな。

 しかし、こういうことはしっかりせねば、将来、自分の子供への教育に差しさわりが出て来るぞ?


 「おお!なんとも美味しいご飯だね!今日のお肉!」

 「ふふふ。藍も気に入った?景貞様も気に入られたようだし、二人は本当にいい子ね」

 「「童扱いするでないっ!」」

 「ふふふ」


 文の童扱いはいつものことではあるが、藍と二人纏めて童扱いされるのは……なんともな。


 「で、今日はどういう風の吹き回しだ?俺が里に行く前にお前の方からここまで来るのなぞ?」

 「ああ、そうそう。なんかね、父上たちが言うには、この近くを岩城の軍勢が登って来るみたいで、急に女子供はもしもの時に備えて山に隠れておけってさ……うちの里とは別に問題があるわけじゃないらしいけれど、相手は無法者の岩城だから念のためにだって……」


 ……ふむ。岩城か。

 確かに、あやつのところの雑兵共は手癖の悪いものしか揃っておらんからな。


 自分たちは豪族だ、やら、国衆だ、やらと適当な言葉を並べて、土地の名前を無理やり己の家名にしては、武家のまねごとをしておる無法者が殆どだ。

 今の当主は岩城由隆いわきよしたかと言ったかな?結構な高齢で、後継ぎをどうするかとかで、家中と、件の不逞配下共が騒いでいると聞いておったな。


 ふむ。あやつらはそんな中で阿武隈を登って来るか……白河結城とは争わぬのであろうが、田村、二階堂、二本松のどれかとでも争って、後継者としての地位を云々とかなのであろうな。

 父上も、忠平もなにも言っていなかったので、目的地は少なくとも棚倉ではないのであろうな。


 「では、竜丸を連れてきてくれたのか?」

 「うん。そうだよ。村のみんなはこの社に来るのは苦手みたいでさ。だからわたしが竜丸を連れて来たの!それで、今日は社にそのまま泊めて貰えってさ!」

 「む?社に泊まるのか?……天狗爺が戻って来れば問題ないであろうが……男手が足りんのではないか?俺も泊まった方が良いか?」

 「その心配は無用じゃ。小童よ」


 なんだ。天狗爺がいつの間にか戻って来てたのか。

 ……なら、俺が社に残る意味は無いか……つまらん!


 「かかっか。それよりも、小童は早めに砦に戻るが良い。岩城は三坂あたりから須賀川を目指しそうでな。大方、小峰の者達と集まって須賀川に喧嘩を吹っ掛けたいのであろう……ただ、伊達が須賀川に付きそうな気配でな。結局は睨み合いで終始して、近隣の村々を襲って帰るのであろう」


 天狗爺はことも無げに言うてはおるが、その話を聞くに、合わせて数千の軍は繰り出しているのであろう……乱取りの対象となる村々は溜ったものではないな。

 阿武隈川流域は恵まれた土地なのにな……こうも頻繁に戦と言う名のイナゴ共が襲ってくるのでは、村人たちも安心して暮らせるものではないわ。


 「では、俺は一足先に帰るか……。藍よ、またな。文に迷惑をかけるではないぞ?」

 「はいは~い。大丈夫だよ!……今日は景貞様の代わりに文姉に抱き着いてぐっすりと眠るから!なんかごめんね~!」

 「やかましいわ!……ではな、文。……天狗爺がおれば万に一つもないであろうが、何かあれば藍ともども関口に来い。義姉上と共に越後から来た猛者共も当家には増えたし、佐竹の後援もある伊藤家を、幾ら岩城勢がおかしな奴らとだとて、行き帰りの駄賃代わりに襲うような者はおるまいからな」

 「あらあら、それは有難うございます。もしもの時には景貞様のご厚意に縋らせていただきますとも」

 「うむ。それが良い……ではな!今日も美味い飯だったぞ。ありがとう。文よ」


 感謝の言葉は常に忘れない。

 天狗爺との約束だな、もはやこれは。


 俺は境内のさくらの木に繋がれた竜丸を受け取り、いつもよりは速足で関口へと戻る。


 天狗爺は棚倉とは大分離れた三坂を通って、岩城は須賀川を目指すと申してはおったが……。

 ふむ。しかし、此度の岩城は小峰……白河結城との合力合戦なのであろう?東と南……そこまでバラバラに進軍してしまっては、合力する意味が薄れると思うがな……。

 相手よりも圧倒的な大軍を用意できるのならば話は別であろうが、向こうは大身の伊達が付いておるのだから……。


 結局は結城と岩城の負け戦か。

 血迷った退き兵が、家に帰れず、棚倉……古殿もか、こちらに来ることは止めて欲しいところだな。

 念のために北側……白石と石川のあたりまでは警戒しておくか。

 騎馬隊の訓練とでもいえば形は付くであろうし、本体に合流できぬ退き兵なら、騎馬隊に絡んでくる阿呆もおるまい。


 よし、砦に戻り次第、……いや、今日はこのまま棚倉の館まで言って、父上と忠平に会いに行くとするか。


 うむ、それが良かろうというものだな。

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