第45話 五国連合

弘治三年 正月 古河 伊藤景元


 千客万来……というわけではないが、今年の正月は次から次に来客があるのう。


 臣従の申し出をしてきた宇都宮家に続き、今度は里見家から縁組の話が出てきた。

 

 昨冬の小机の戦いの結果、伊勢家と当家は相模川を新たな境とするようになった。

 伊勢は纏められる兵を全てまとめて小田原に移し、城という城、砦という砦を破却した。

 おかげで、相模川の東は豪族、領主のいない貧しい村々が残された形となったのじゃな。


 そのあたり一帯、東相模に関しては、当面は村人たちの自治に任せ、年貢も取り立てぬと伝えた。

 ただ、兵は巡回させ治安を守らせるので、その折の宿と飯だけは提供してもらう形となっておる。


 今後は土木奉行所の馴らし仕事が終わり次第、新たな拠点の設置と人員の配置、伊藤家の年貢の納め方を民に周知させることとなろう……。


 年貢の取り立てに関しては、本来うるさく口を出してくる豪族どもが軒並みいないので、比較的穏やかに伊藤家の統治方法が浸透していくであろうな。

 まぁ、伊勢家の下であれだけの苛政が敷かれておったのじゃ。

 我らがいつも通りの政さえ行い続ければ、民心が完全に落ち着くまでそう時間はかかるまいな。


 「あ、いや。これは申し訳ない。些かお待たせしてしまいましたかな。里見殿、頭を上げて下され」


 儂らが先ほどとは別の広間へ移ると、そこには既に当主の里見義堯さとみよしたか殿がおられ、供の者達と一緒に膳を摘まんでおった。


 「信濃守様にはご無礼をいたしました。折角頂戴した膳。冷める前にと言われましたので、こうしてお恥ずかしながら先に頂いておりました。改めまして、新年明けましておめでとうございます」

 「「おめでとうございます」」


 里見殿と供に三名かな。

 皆、中々の強者つわものと見える、よく鍛えられたお身体のようじゃな。


 「新年あけましておめでとうございます。どうぞ、箸を進めながら話をしましょうぞ」

 「左様。すぐに儂らの膳も持ってこさせますのでな。此度はめでたい話でござろう?当家自慢の澄酒でも傾けながらゆるりとは話そうではありませぬかな」


 こちらは景虎と儂に、護衛も兼ねての景貞を入れての三人じゃ。

 もちろん城内であるので、正月とは言え、そこらかしこに警護の者達は控えておる。


 「では、せっかくですので、伊藤家の美物を頂きながら話をさせていただきます」

 「それがよろしかろう」


 景虎が大きく頷く。


 「まずはこのような機会を頂きありがたく存じ上げます。某が、里見家当主の義堯でござる。後ろに控えておりますのが、嫡男の義弘よしひろ万喜まんぎ城城主の土岐為頼ときためより大多喜おおたき城城主の正木時茂まさきときしげでござる。信濃守様には小机の戦場にてご挨拶させていただいた両名でございます」

 「もちろん覚えておりますとも、ご両名の勇猛なる戦ぶり。鶴見川のこちら側に取り残された今川軍を撃ち破る時の素晴らしきお働きぶりが目に焼き付いておりますぞ……義堯殿は初めてですかな、今は上野をみておる父の景元と、下野をみておる弟の景貞でござる」

 「景元でござる」「景貞にござる」


 うむ。これで一通りの挨拶は終わったの。

 しかし、里見家も当主に嫡男、軍を支える双璧を連れてきおったか。

 当方に含むところは一切ないということかの。


 「早速で申し訳ないのですが、此度のお話というのは、義堯殿の……?」

 「はい。娘、この義弘の母違いの姉となります……以前は、この土岐の息子に嫁いでおりましたが六年前に死に別れておりました。年は今年で三十となりますれど、非常に気立ての良い娘です。出来ましたら、伊藤家と良い縁を結ばせていただきたく、このようにお願いをしに参りました」


 そのようにへりくだらんでも良いというに……里見家は源義重公に連なる源氏の名門、佐竹家に比べれば二代半程新しいが、関東にその名を轟かす新田源氏の血を引くのじゃ。


 「いやいや、そのようにかしこまらんでくれ里見殿。新田源氏と平氏、その昔は仲良うしたものじゃ。こうして互いに話し合うことが出来るようになったのも何かの縁。今後ともよろしゅう頼みますぞ」

 「ははは。ご隠居様に斯様に言っていただけるとは有り難いことですな」

 「うむ。うむ……して、その姫と年頃が似合う当家の者となると……今は僧籍に身を置いておる儂の弟の息子二人になるかのぉ?信濃守よ」


 次郎丸の息子の亀岡斎と鶴樹の二人が四十。

 どちらかを還俗させて義堯殿の娘を娶らせるしかないかの……お互いの年齢が年齢じゃし、子を云々とかでなく、どうか健やかに暮らして欲しいの。


 「左様ですな、父上。亀岡斎と鶴樹は共に四十、僧籍に身を置いておるので妻子はおりませぬ。亀岡斎は勿来で息子景藤の城代として領内を見ており、鶴樹は……」

 「おお!お言葉を遮るようで申し訳ございませぬが、出来ましたら亀岡斎殿と縁を結ばせていただけないでしょうか。里見家は房総に根を張り、船の扱いにはいささか心得があるものが多くおります。また、勿来には上総、安房の商人の出入りも多く娘……文と申すのですが、文も寂しがらずに済むと思いまする」


 そうかそうか!里見殿は勿来の産物に興味津々で少しでも情報を取りたくて堪らぬということか!

 ここまであからさまだと、いっそすがすがしいな!


弘治三年 春 宇都宮 二荒山神宮寺


 今日は日差しも暖かく、心地よい天気です。


 うん。なんか、秀郷伝説の再現がみたいなぁと、軽い気持ちで言ってみたら、こうまで大々的に行われることになってしまって少し焦ってます!


 宇都宮家との会談が終わった後に、伊織叔父から「やはり、景藤はこういったことが好きなのですね……ただ、そうですね。土木奉行所と内政を担当する私からすれば、後々やり易くなることは間違いないので、全力でお手伝いしますよ!」と全力スマイルを受けたので、はて?と。


 後日、勿来に帰ってからゆっくりと、四十で結婚と還俗が確定した亀岡斎叔父上と話をした。

 流石は僧籍に身を置く叔父上!この手の問題に答えを出すのが非常に早かった!


 「そりゃ、景藤よ。そのような日ノ本の歴史にも載るような儀式の再現じゃ。周辺の諸将はもちろん参加するであろうし、宇都宮近郊の民は一目でもいいから神話の再現を見ようと殺到するじゃろう。出店やら何やらも出るであろうし、大した人出になると思うぞ」

 「まぁ、そうなるだろうね。俺も「みてみたい」から出た言葉なんだし」

 「で、そのような大観衆を前に宇都宮殿は武家、領主としてではなく、神官、社家として参加するのだぞ?」

 「うん。当時の宇都宮家当主で二荒山神宮の別当が剣を与えたんだからね。そりゃそうだよ」

 「……そのような神事を司る人物を皆が武家と見るか?儀式後は社家、一別当としてしか宇都宮家を扱おうとはしまい。御成敗式目以降、社家に政をこなす権限などどこにもないのだぞ?せいぜいが社領の管理だけだ」

 「あ!」


 以上、勿来城でのやり取りである。


 知らない間に、武家としての宇都宮家に終止符をうっちゃったらしい。

 ……戦の果てに血筋が絶えたとかではないので、後世の宇都宮家の方々よ、どうか俺を恨まないで欲しい。

 下野の領地運営は誠心誠意、景貞叔父上・・・・・が行うので!


 ぴよ~ん、ぴよーん。ぴよーー~!


 前世世界でも聴いたことのある楽器の音色、曲は聞いたことないけど……。


 太刀を渡す役は神職衣装に身をまとった宇都宮広綱。

 広綱に太刀を渡す役が、一応の現職関東管領、上杉憲政うえすぎのりまさだ。


 山内上杉家は宇都宮家が当家に臣従した翌月、当主自ら古河に来て、当家への臣従を願い出た。

 曰く、古河公方足利晴氏の相手をするのはもう勘弁してくれ!ということらしい。


 晴氏は現状を全く理解せず、未だに打倒宇都宮の書状を諸将に送りつけ捲っているらしい。


 だが、周辺と言えど、伊藤家は宇都宮家の親となることが決まり、佐竹家はその伊藤家の縁戚。伊達家、長尾家も同じく縁戚。

 伊勢家・武田家は足利家の支配を否定する今川家を盟主と仰ぎ、そもそも下野には兵を送り付ける手段がない家……結果、唐沢山に拠る佐野家と壬生で逼塞している山内上杉家に連日のように書状が送り付けられる。


 そりゃ、なけなしの忠誠も吹き飛ぶか。


 今回の儀式に先立って憲政殿に挨拶したが、遠回しに古河公方を関東から追い出してくれと依頼されたよ……憲政殿は下野の片隅で、伊藤家の技術を使って数少ない領民たちと静かに暮らしたいのだそうだ。

 前世世界でもそろそろ越後に行っている頃なのかな?どうにも無力感に苛まれているのだろうね。

 色々と同情すべき点はあるが、奥羽山脈の最南端、南斜面も良い感じの鉱物が取れるはずなので、そのあたりは諸々ご協力いただきたいと思っている。


 安心安全な鉱物採取のためには、どうしても一仕事、しなきゃいけないことがある。


 山内上杉が伊藤家に臣従することをよしとしない佐野家が、どうやら兵を挙げ壬生城に攻撃を仕掛けるようだ……もちろん我々としては、臣従してきた相手を見捨てるわけもなし。

 今頃はがら空きとなった唐沢山城に景竜率いる上野軍が殺到している頃だろう。


 ……なんで、背後を取られる心配をしないんだろうか?この世界の武将達って。


 ちなみに、この段階で軍を動かしているのは景竜の上野軍だけではない。


 岩付城城主の大道寺政繁が父上の陣代として武蔵・下総軍の一万を率いて武田方の八王子城を攻略中だ。

 政繁はこの正月に霞姉上と祝言を上げ、伊藤家一門衆として軍を率いている。

 一門に取り立てられて初めての合戦指揮ということで、「信濃守様が宇都宮より戻ってくる前に決着をつけてまいります!」と鼻息荒く出立したとかしないとか。

 時間を掛けても構わないので、無理せず、ゆっくりと八王子城を攻略していただきたい。

 霞姉上を悲しませるのは許さないからな。


 で、政繁の結婚に関連して面白い話が転がってきた。伊織叔父上の嫁二人から!


 霞姉上には妹がいたらしく、名を瞳、当年十六。霞姉上について岩付城に付いて来ていたのだが、そこで、三枝昌貞(二十二歳)を見初めてしまったようだ。

 蕪木の情報によれば、相当に強烈な押しを見せているので、当からず昌貞の方が折れるだろうとの予想だ。


 杏姉上譲りの猛烈な恋のアタック……山の民は恐ろしい。


 さて、彼女は杏姉上、霞姉上と同じく、もちろん俺の母違いの妹である……。

 この情報、母上は父上の庶子発覚にもまったく、動じず。「既に御褥は辞退して久しいですから、ご勝手になさればよろしいのでは?」と冷めたものである。

 そんな母上は、今日も元気に、勿来で孤児となった娘たちに武家女中教育を施しているのだろう。


 今ではこの母上の武家女中教育はかなり大規模なものになっている。

 領内の戦災孤児が大勢集められ、ちょっとした前世世界のマンモス校並みの教育現場となっており、理事長は姉上、校長は母上といった案配で運営されている……。

 在学中に、徹底して母上・・姉上・・への忠誠を植え付けられた孤児たちは、領内各城の女中として派遣され、母上の手となり足となり、目となり耳となっているそうで……。

 関東の半分以上を勢力下においたともいえる当家一の情報通、それは爺様でも、父上でもなく、実は母上なのかも知れない……。


 と、そろそろ儀式も終わりか。

 それなりに楽しかったけど、やっぱり儀式儀式し過ぎると退屈だよね。

 正直、途中で飽きちゃったよ。


弘治三年 晩春 勿来 伊藤阿南


 「ただいま~。南ちゃん元気にしてた?」

 「おかえりなさい。清ちゃん。南は寂しかったですし、この子たちも寂しかったって言ってますよ」


 今日は、半年ほど本宮で築城の指揮を執っていた清ちゃんが帰ってくる日なのです。

 まだ言葉はしゃべれない一丸も中丸も、きっと久しぶりに清ちゃんと会えるのですから思いっきり嬉しいはずなのです。


 「うわ~。会いたかったよ。一丸、中丸!」


 清ちゃんはうちの子たちに頬ずりをしていきます。

 ……ちゃんと、手と顔は石鹸で洗いましたよね?!


 「おお、仁王丸も元気かい?ん?相変わらずお澄ましちゃんだね、君は」


 ここは勿来城の奥の丸の一番奥。若殿が「赤子部屋」と呼ばれる一室です。

 ここには、若殿と南の愛の結晶の一丸、中丸と一緒に、杏義姉上の仁王丸も一緒にいます。


 私たちが赤子の世話がしやすいよう、一段高く作られた赤子専用の寝床に三人それぞれが寝ています。

 南は初めての子ですのでよくわからないのですが、義母上様やお女中の方々は、この赤子専用寝床を考えた若殿に惜しみない賞賛を浴びせているのです。

 子育ての苦労が半減されたなどと言ってますが、本当なのでしょうか?


 「ようっし!これで赤子成分が補充出来たぞ!明日からも頑張ろう!おう!」

 「え?清ちゃんまた行っちゃうの?」


 南が伊藤家に来てから、ずっと一緒だった清ちゃんです。

 この半年は寂しかったので、これからは当分一緒に入れると思って喜んでいたのに……。


 「うん。ごめんね南ちゃん。こっちに戻ってきたのは、高幹師匠のお力で鹿島から呼んでいただいた新たな神官様を本宮にお連れするためだったんだ。なんか本宮の安達太良神宮寺の人たちが伊藤家に恐れおののいちゃって、二本松の熊野権現社寺に逃げちゃってさ……まぁ、そんなこんなで三日ぐらいかな?棚倉の鹿島大社に寄ってから本宮にトンボ返りだよ」

 「忙しいんだね、清ちゃん。そうだね。若殿も本宮から戻られた折に、「清には今後阿武隈の土木奉行となって働いてもらわねばならない」とかおっしゃっていたもの。お仕事頑張ってね!」

 「ありがとう!私が頑張って働くのは伊藤家の、南ちゃんたちの笑顔を守るためだからね、頑張って最高のお城を造ってくるよ!」


 ぎゅっ。


 うん。頑張ってね。清ちゃん。


 「がんばえ~きよおばしゃん」


 ……え??

 今、赤子がしゃべった?!

 だ、だ、誰が喋ったのでしょうか?!

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