第44話 神話再現

弘治二年 冬 本宮


 「景能爺……やりすぎちゃったのかな。やっぱり」

 「そんなことは無ぇだろ?だってほとんど損兵は無かったんだろ?」

 「まぁ、こっちはね。敵方にはそれなりの焼死者が出たみたい。ただ、戦以外で死ぬのは……的な文句を少々」

 「それこそ知ったこっちゃないだろうが。助かった命が大きければ職人としては大成功よ。敵味方とか、死に様がどうのなんぞはお武家様に任せればいい」

 「いや、あの。一応は俺もそのお武家様なんだけどね……」


 ここは本宮の安達太良神宮寺の一角。

 景能爺と俺は正座をさせられ、反省を促されている……小声の会話に愚痴の風味がこもってしまうのはご愛嬌というものだ。


 「……で?なにか私に言いたいことは?」

 「「すいませんでしたー!」」


 伊織叔父上の絶対零度攻撃に平謝りする俺達二人。


 「……私も関東で武蔵の新領地の整備や、伊勢家によって棄却された玉縄城や三崎城の廃城作業などで手が一杯だったのですがね」


 安房侵攻作戦を諦めない伊勢家に業を煮やした佐竹家、里見家、伊藤家は三方から合同で三浦半島を目指し、この秋に相模へ兵を送り出した。

 まずは、小机周辺の鶴見川で佐竹・里見・伊藤連合軍三万と伊勢・今川連合軍二万五千はぶつかった。


 安房からの里見家別動隊が三崎に上陸する構えを見せているとの報告を受けた伊勢・今川軍は籠城策を取らずに野戦へと打って出た。

 一戦して敵を退け、三浦半島方面へ軍を向けようとしたのだろうな……だが、その心理を佐竹・里見・伊藤連合軍は読みきった。

 父上たちは、鶴見川を渡った相模側で初戦を迎えた。


 初めの数戦は強く当たりはせずにすぐに後退し、頃合いを見て鶴見川を武蔵方面に退却したらしい。


 この動きを敗走と見て取った今川軍が追撃、父上らの殿軍を大きく撃つことには一応成功したらしいのだが、もちろんこの敗走・退却は手筈通り。

 追撃した今川軍は鶴見川を間延びした形で渡河中、河川の渡河にトラウマのある伊勢軍も今川軍を追いかけて恐る恐る川に分け入ったその瞬間、上流からの鉄砲水が伊勢・今川軍に襲い掛かった。


 秋の関東は雨の季節なんだから……鶴見川程の河川の水量が少ないわけがないよ。

 彼らも退却する軍が楽に渡れるほどの水量な段階で怪しいと思わないと危険だよね。


 もちろんのこと、この堰を築き、水責めのタイミングを見計らったのが目の前にいる伊織叔父上ということになる。

 ……ええ、伊織叔父上の率いる当家の土木奉行所は日ノ本一の土木玄人でございます。


 結果、今川家の前軍を武蔵側に、伊勢家の後軍を相模側に残し、残りは水に流されて行ったそうだ……ちなみに、今川軍の総大将で、病気の身体をおしてまで出陣していた太原雪斎は、この戦で行方不明になったままなのだそうだ。

 秋の長雨を堰き止めた鶴見川……伊勢・今川軍は全体の六割近くが未帰還、この場合は確実に死亡だろうな、ということでこれ以上戦線を支えることは不可能と伊勢氏康は判断を下し、相模の全兵力を小田原へと集め、他の相模の城には火をかけ棄却した。


 「そのようなわけで私は大忙しの日々を過ごしていたわけなのですが……それをどうしても必要な築城だからすぐに来いですか……あなたたちの神経というものを疑いますよね!」

 「「だからそれは誤解だと……」」

 「だまらっしゃい!」

 「「はい……」」


 ユニゾンしまくりの二人である。


 「まぁ、状況はここに来るまでの説明と現状を見たことで理解しました。阿武隈川流域を伊達家と二分支配し、田村家や安達太良神宮寺の旧領支配のためにも、新しい城が必要なのはわかります。あなたたち二人の投石器が無ければ三春城攻めが悲惨な力攻めとなるか、永遠に決着がつかない長期戦となってしまったであろうことにも賛同します……しかし、物には限度があるでしょう!あそこまで三春城とその山を燃やすことは無かったでしょうが!!」

 「「はい。ごもっともです」」


 もはや五体投地の域にまで頭を下げまくる景能爺と俺。


 確かに、初めは全然当たらなかった投石(油と薪クズを詰めた素焼きの円壺)が途中から面白いほど当たるようになって興奮したのは確かですよ……途中から中身を油じゃなく、実験とばかりに砕いた質の悪い石炭とか、医療用以上じゃね?な濃度のアルコールとかにも換えたりしていましたよ?


 そしたら、急にボンッ!ってとんでもない爆発音とともに城の一部が吹き飛んだんだよね……あれ、怖かったよね。素で隣にいた姉上に抱き着いちゃったもん……。


 その後は爆発した城から火が勝手に上がって山を丸のみにする大炎上。

 籠城していた兵士は鎧どころか、着物も満足に着ないままに逃げ出してきた。

 二日後に大雨が降ってこなかったら、アレ、どうなっちゃってたんだろう……。


 城から逃げ出せた大部分の兵士は伊達家ゆかりの者だったこともあり、鬼庭殿が一纏めにして領内へと連行。

 指揮官だった稙宗殿、隆顕殿、義顕殿は一目で助からぬであろうやけどを負っていたので、情けをもって切腹という形で苦しみから解放してあげた。

 実質的な敵味方に分かれての十年余りとは言え、稙宗殿と晴宗殿は実の親子。

 大やけどを負った父親を見る晴宗殿はつらそうなお顔だった。

 ……いや、火責めは提案したし、晴宗殿はじめ伊達家の面々も同意してくれてはいたのだけれど、まさかああまでなるとは予想していなかっというか、何というか……。


 燃え上った城と山、大やけどでうめき声を上げる兵士の群れ……近隣住民(一部の伊達家兵士を含む)の俺をはじめとする伊藤家に対する視線は、恐怖一色であった。


 さすがに、俺は第六天魔王ちゃんではないので、何とかこの恐怖の視線を回避するべく一計を案じる。

 人間忙しさと未来への希望があれば恐怖を乗り越えられる!つまりは新たな築城だ!


 ということで、三春の城は完全なる廃城とし、本宮に新たな城を建てることにした。

 築城は大規模土木事業なので人は集まり、物資の流入・消費の関係から商人も大いに集う。

 人と金が集まれば地域は活性化され、付近の住民も好景気の忙しさを体験するであろうという、景藤君のいつもの手口で問題を解決をしようとしました。


 しかし、今回の恐怖体験は並大抵の築城では誤魔化しきれない。


 「なれば、伊藤家が誇る土木築城のプロ、伊織大先生をお招きしようとした次第でございます」


 あ、口に出てた。


 「……相変わらず、景藤はなんだかよくわからない事を口走っていますが……とりあえず、ご覧の通り、基本のなわばりと土台は作っておきました。後は土木奉行所の人間を図面に基づいて、計画通りに動かせば問題なく堅城が立つでしょう。で、後の指揮は清が執る形で良いのですね?」


 清には「土木の大切さを短期集中講座で伊織先生が指導してくださる!」といって、うちの双子の面倒を見ている勿来から呼び出した。

 あと、半年はかかりそうだけど、彼女には頑張って土木奉行所の仕事を覚えてから帰ってきて欲しい。

 大丈夫!君には才能がある!


 「はい。清は政に優れた才能があるように感じます。ぜひとも伊織叔父上の下で鍛えてやっていただければと思います」

 「……だから、私は古河へ帰ると言っているのですがね」


 人の良い伊織叔父上のことだ、可愛い姪の成長の為と聞けば、もうちょっとだけ本宮滞在を伸ばしてくれるだろう。

 チラッ。


 「……ふぅ。わかりました。年が明けるまでは清を鍛えることにしましょう」

 「「ありがとうございます!!」」


 よくわかっていないだろうが、対伊織叔父上では景能爺と俺は完璧なユニゾンを見せるようになってしまったな。


弘治三年 正月 古河 伊藤景虎


 「新年、明けましておめでとうございます。こうして、旭日の勢いのごとき伊藤家の方々に新年の挨拶が出来て恐悦至極にございます」

 「新年、明けましておめでとうございます。境を接すること幾年となりながらもご挨拶が遅れましたこと。心よりお詫びいたします。今後、良しなにお願いいたしたく伏してお願いいたします」


 今年の正月は中々に変則的だな。


 元日こそ黒磯に集まり家の者達と新年を祝ったものなのだが、そこに急遽、宇都宮家から正月の挨拶をしに伺いたいと日取りを聞きに来る使者が来よった。

 今年は四国連合の集まりもないので、この挨拶自体は受けることにしたのだが、地理的要件から羽黒山で集まる四国連合は別とし、関東の諸将と会うのは古河になる。


 関八州の地理的にもそちらの方が便利だし、なんといっても、鎌倉殿が長い間、府を鎌倉から移し政務をとられた場所だしな。


 「これは痛み入る。だが、そのように堅苦しい挨拶は無用。宇都宮家の両輪ともいえるお二方がこうして挨拶に参られたのじゃ、当家自慢の澄酒でも飲みつつ御存念をお話しいただきたい」


 宇都宮家の両輪。

 ともに三十を少し過ぎたくらいか?芳賀高継はがたかつぐ益子勝定ましこかつさだ、宇都宮家の文武という形で、主家を盛り立てていると聞く。あまり悪い噂は聞かず、壬生綱雄みぶつなただが何年か前の年中行事、壬生攻めで討死した後の宇都宮家を平穏に治めているとの評判だ。


 「……お言葉に甘えまして、信濃守様はじめ、伊藤家の皆様には当家のありのままをお伝えいたしたく存じます」


 対外的な話は芳賀殿がする形のようだな。


 「皆さまもご存知の通り、ここ数年、古河公方様は何を血迷られたか、伊勢家に追われた公方様を小山城に匿った我らを目の敵にされております……秋の刈り取りが終わり冬になると、例年の如く兵を集められ宇都宮城下に迫るという……」


 うむ。もちろん知っておる。

 そのおかげ、というか、そのような公方様の乱行に対応する形で伊勢家が動き、佐竹家が動き、当家が動いた結果、上野、武蔵、東相模と一帯を当家が治める形となってしまっておる。


 ……儂らがいらぬ苦労をしたり、兵を集めさせられたりする原因は全てかの公方様に因るのだ。


 「この冬も例年の如く、公方様は宇都宮城下を目指し兵を集められ、当家当主の宇都宮尚綱うつのみやなおつなと合戦することと相成り申した……」


 それは知っておる。

 公方様が兵を動かすさまを横目に鬼怒川をのぼって黒磯に向かったわけじゃから。

 しかし、なにやら言いにくそうな話題がありそうだが……。


 「此度の合戦の折、当主尚綱は矢を受け……その傷の症状が芳しくございませぬ。尚綱様もそのことを深く理解しており、この度、宇都宮家嫡男の広綱ひろつな様に家督をお譲りになることを決心なさいました。されど、広綱様は未だ十六。家政は我ら両名が後見するとはいえ心細うございます……」


 この状況で宇都宮家の当主が危篤となればこうなるか。


 ……早くも景藤は何やら自分の思案にふけっておるな。

 もう人の話など聞いておらぬのではないか?

 伊織は面倒事が自分の所に来ないことを祈っておるようだな……景藤のしりぬぐいで本宮から戻ってきたばかりじゃ、本来の仕事、嫁二人に任せておる東相模の整理を付けたくてしょうがないのだろう。


 父上と景貞、景竜は儂に丸投げ……少々、景藤がどんな提案をしてくるのかに興味を抱いているぐらいか……。


 「ここに伏してお願いいたしまする。厚かましいお願いと心得ております。が、何卒、何卒、当家をお救い頂きたく存じます!」


 やはりな……話の流れからはこうなるか。

 しかし、そうなると気になるのは、どの程度の姿勢を当家に向けてくるかだ。


 儂は軽く伊織に視線をやり、懸念事項の確認を頼む。

 こういった話し合いの要点、その要点を整理するには伊織に話の主導権を握ってもらうのが一番だ。


 「高継殿のおっしゃりたいことは解り申した。だが、些かばかり虫の良い話かと……宇都宮家は当家が矢板城、今市城を建築した折、兵を向けて邪魔をしてきたのではなかったのですかな?私は現地におりましたので、宇都宮家の左三つ巴、よう覚えておりますが?」

 「あ、いや。それは昔のことでして、今は無き壬生綱雄が苛政を敷き、家中を専横していた頃の話、今の当家は伊藤家に対し、さような考えを抱いておる不埒な者は一人もおりませぬ!」

 「これは異な事を申される。多少は思い諮れるところもありますが、それでは、高継殿が家老から離れられたら伊藤家に兵を差し向けることもある、と言うておるようなものではござらぬか?家と家との約定を覆される将来を仄めかされて、どうして当家が宇都宮家を後援せねばならぬのか、この伊織には皆目理解が出来かねますな!」


 ……そのとおりではあるのだが、伊織はだいぶ自分の心情が入っておるな?

 まぁ、儂も築城を邪魔しに来るような連中と仲良くしたいとは思わぬがな。


 「あ、いや。そのようなことは……我ら、この関東が伊藤様、佐竹様の両家によって太平への道を歩みつつあることは重々承知しております。尚綱様、広綱様ともに、今後は伊藤家の旗の下、関東の静謐を求める戦いに加わる決心に如何なる揺らぎは御座いませぬ!是非ともその心をお信じ下さいまして、当家を助けていただきたく、伏してお願い申し上げまする」


 ほう。

 それでは、ただの後援を求める願いではなく、当家に臣従することを申し出ているというわけじゃな。

 それならば話としては悪くはないか。儂としては受けても良いと思うが……。


 父上に目線向け、軽く瞼を伏せ、この宇都宮からの申し出に対し、儂からの異存は無いことを伝える。

 ふむ。

 しかし、父上は景藤からも何かを問わせたいようだな?景藤の方に目をやり軽く顔を動かしておる。


 「景藤。その方から高継殿に尋ねたいことなどあるか?」

 「はっ。では僭越ながら……」


 やはり、なにやら思うところがあったのだな。


 「高継殿。高継殿は先ほど宇都宮家は当家の旗の下で戦うと申されたが……では、一つどうであろう。神剣を一太刀、信濃守様に献じてはくれないだろうか?」

 「神剣?……でございますか」

 「左様。宇都宮家は、今も二荒山神宮の別当職でもあられるはず、別段、神宮内の宝物殿に保管されておる刀を寄越せというているのではない。何だったら適当な刀はこちらで用意する。ようは二荒山神宮内で広綱殿から信濃守様に献じては貰えぬだろうか?と思いましてな」


 ふむ?それは如何なる……。

 何かひっかるものがあるな。


 「申し訳ございませぬ。某の不勉強でございますが、景藤様は如何なる所存で……」

 「宇都宮殿にお尋ね頂ければご理解いただけると思うが、当家、伊藤家は鎮守府将軍秀郷公の血を引いておりまして……秀郷公が将門公を討つにあたり、宇都宮二荒山神宮で当時は社家であられた宇都宮家より神剣を賜ったとの逸話がございます。その逸話をなぞらえるのはいかがかと思い、お話しさせていただきました」


 ふむぅ。確かに、そのような逸話は儂も聞いたことがある。

 ……特にはおかしなことはないと思うが何が狙いなのだ?景藤は。


 父上は……にこやかに笑われているだけだな。

 景貞と景竜は……あれはよくわかってない顔だな。

 伊織は……人の悪い顔をしておる。ならば、中々にえげつない狙いがあるということか。


 「……景藤様のお話しは解り申した。それではそのことを尚綱様と広綱様に……」


 高継殿が、念のためか、儂の顔を伺う。


 うむ。問題なかろう。

 儂は大きく頷く。


 「お伝えさせていただきまする」


 改めて、高継殿、勝定殿は頭を下げた。


 ……

 …………


 「伊織よ、ちとスマヌが、景藤のあれは如何なる企みがあるのじゃ?」


 儂は面会も終わった後、伊織を呼び止め、先ほどの会見で気になった点を聞いてみることにした。


 「ああ、神剣云々ですか。あれには狙いが二つ。小さい方では、当家が秀郷公の正式な後継で関東に乱を起こす存在を討つ立場である、と喧伝すること。大きい方では、宇都宮家は武家ではなく社家であるので政に口を出すこと敵わん、との宣言になりますかな」

 「なに!政に口を出すなとか……宇都宮は飲むか?……いや、飲まざるをえんか」

 「左様。飲まざるを得ないでしょうな……されど、先ほどの二人の様子を見るに。宇都宮家は景藤の真の狙いに気付かないのではないでしょうかな?実権を取られてから、初めて気づくのではないでしょうかな?」


 ……かもしれぬ。

 しかし、景藤よ。かような大事は事前に相談せぬか!

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