第46話 築城には北も南もない
弘治三年 夏 勿来
「……ということで、何とかならんか?太郎丸よ」
「何とかと言われてもな……さすがに下北や宮古、気仙沼には力が及ばんぞ?」
勿来の夏恒例、避暑に訪れた吉法師と語らう会である。
本日は勿来城城主夫妻の夕餉に吉法師夫婦を招待し、吉法師、蝶、阿南に俺の四人で卓を囲んでいる。
ちなみに料理の腕を振るうのは、博多経由でやってきた本場中国の味を受け継ぐ漢、炎の料理人の陳さん(四川出身)である。
陳さん、勿来に到着して十日余り、勿来城の勝手所を片言の日本語とボディランゲージであっさり掌握してしまった。勝手所は実力社会のようで、陳さんの腕前を前にしては勿来の料理番では太刀打ちできず、ボスの座が譲渡されたとのことである。
料理長の座の交代は事後報告で城主の元に上がってきた……まぁ、美味しい料理が食べられればそれでいいんですけどね。
ただ、毒とか云々の安全を考慮して、勿来に来てまだ日が浅い陳さんには食材仕入れの権限はない。純粋に腕を振るう形の料理長である。
本人もそのあたりは重々理解しているようで、「殿さまキニシナイ!私の料理、材料次第の最高をお届けですカラ!」と、前世世界のTVショー真っ青の片言っぷりで納得してくれた。
どうやら陳さんは国元では、中々の立場の料理人だったようだ。権力者(?)の事情には明るいようである。
「だって、昆布は重要であろうが、昆布は!干しアワビも必要だろう!勿来に届けば、陳さんが最高の食材で料理してくれるんだぞ?太郎丸も食いたいであろう?」
「うん。それは否定しない……というか、大いに期待したい。しかし、そのあたりは伊達家の領地のさらに北、南部家の領地だからなぁ。当家は南部家とは没交渉だし、伊達と南部は北上高地の最南端の鉱山を巡って激しく戦っている仲、正直難しいな……」
「難しいということは、「できない」わけではないのであろう?ならば、励め!何とかせい!今のところは、塩釜の商人達のところにも北の産物は入ってきてはいるが、如何せん量が少ない。仕入れ値が上がり続ければ、尾張屋の利が吹き飛んでしまうわ!」
確かに「できない」ことは無い。
絶賛阿武隈高地の中部地域の街道整備をしている忠清の養子で、勿来周辺の土木工事を亀岡斎叔父の下で頑張っている
彼は阿武隈高地の出身ではなく、北上高地の出身であるとのことだ。
一度、忠平に「安中一族って、一体全体、奥州のどこからどこまでに里があるんだい?」と聞いてみたことがある。
答えはびっくり、「奥羽の山中全て」だった。
忠平曰く、奥羽の山中の山々には少なからず山の民がいて、すべからく何かしらの縁が奥州安倍氏に繋がっているのだそうだ。そうした一族を総称して安中氏と呼んでいるらしい。
ちなみに柴田は越後山脈の山の民なので、安中とは別の一族。
「親しいお隣さん」ということらしい。
この辺りは「まつろわぬ人々」、つまり政治権力の埒外に住まう人々の世界なので、伊勢平氏を名乗る伊藤家には理解し難いところでもある。
伊藤家が阿武隈に避難していた時には、山の民からすれば伊藤家は「気のいいお客さん」との認識だったらしい。
棚倉伊藤家で忠平を祖とする安中が家老職を務めているのは、忠平が個人的に受けた爺様の母、俺の曾婆様だな、への恩返しの奉公ということのようだ。
爺様が棚倉伊藤家の初代とするならば、忠平が棚倉安中家の初代ということらしい。
で、武家的な感覚でとらえるならば、棚倉安中家の初代が人手を求め、親戚一同に声を掛けて人材を集めている、ということになるようだ。
話を戻そう。
北上高地だよね。
んで、忠惟曰く、北上高地は阿武隈高地とは違い、完全に武家社会と縁が遠く、南部家が北上川流域を抑えていようが、その治政には全く関わりがないということらしい。
木も切らせなければ、石もタダでは拾わせない。
「物なり、銭なりを置いて行かねば、代わりに首を置いていく羽目になりますな!あははは!」って、素で言ってた……どこの首狩り族だっちゅうねん……。
そういったわけで、実は南部家だろうと伊達家であろうと、北上高地のいわゆる太平洋沿岸部には一切手の付けようがないのだ。
やりようによっては、安中家を通じて伊藤家が差配することも可能と言えば可能である。
ある程度の武力展開と拠点防衛さえ可能であるならば。
「で、どうなのだ?」
吉法師は俺が軽くトリップしていたことがわかっているのだろう。
何かしらの考えが浮かんだのではないかと期待していた。
「考えていたんだが、北上高地の沿岸部に拠点を築くというのは、今のままではちと無理だな。それよりも、南蛮船を造って武装商船団を結成するのが現実的かな……」
「ほうぅ!武装商船団とな!これはなんともそそる響きではないか!結成のあかつきには俺が率いる形でかまわぬのであろうな!太郎丸!」
「俺としては、逆に吉法師以外の誰にその任ができるの?って気持ちだよ」
武装商船団団長、織田信長。
あまり無茶はして欲しくないな……だって、その責任は全部、俺のところに回って来るんでしょ?
弘治三年 秋 伊勢原 伊藤伊織
「
「構いません。当家は寺社へ特定の宗派を強制するような事は一切しません。当家が目指すのは領民全ての静謐なる暮らし。当家が寺社に求めるのは、権勢や利害による一切の争いを行わないこと。民の救済のために力を尽くすことだけです。あなた方が本来の務めを行っていただけるのならば出来る限りの援助をしましょう」
「……有難いお言葉です。我々が求めるのはただただ、弘法大師の教えを追及することのみでございます。伊勢家に強いられた様々な苦役の楔から解いていただきましたこと、真に感謝いたします」
「そうですか。それは良かった。今後は善き方向にその知恵を使われることを期待しますよ」
ここ、伊勢原は八王子の南、鎌倉の西に位置し山を二つほど越えると小田原の町に至る場所。
本来だったら、相模川沿いの厚木あたりに城を築きたかったのですが、その辺りは相模川を使った水運を担う者達が合議制で治めている土地だった。
伊勢の無謀な徴兵と、敗戦によって、土地を纏める力のある者が軒並み死んでいたので、ある意味制圧はしやすかったのですが……、地縁が無い者では少々支配に障りがあります。
父上や私が棚倉で行っていたように、拠点を周囲に作り、伊藤家の直轄と彼らの支配地での年貢の差を見せつけることで、徐々に民をはがし取ることとしましょう。
焦って、いいことはありませんからね。
大山寺の方々は帰られたので、祥子と蕪木を呼んで今後の相模での建設計画を相談することにします。
「まずはここ、伊勢原に小ぶりではありますが城を築くことが出来ました。ついで、平塚のあたりに城を築けば、小田原を除くほぼ関東全域が伊藤家、佐竹家、里見家の差配するところとなります」
「城を築いて支配の要とする。素晴らしく、若殿のお考えそのままの方針ですわね」
「良いではないですか。姉上。若殿のその方針があるからこそ、旦那様が伊藤家の支柱たる活躍をされることになるのですから……ただ」
「ただ?」「ただ、「忙しすぎるのがね~」」
見事な二人の同調だな。
確かに、忙しすぎて夫婦の時間が取れないというのもあるが……ここ最近の二人は、太郎丸に子が生まれたことに触発されたのか、子宝に恵まれたいという思いが強くなりすぎている気がする。
俺自身も子は欲しいが、こればっかりは天からの授かり物。卑小なる人の身でどうこうできるものではあるまい。
「まぁ、今更忙しさを嘆いても仕方あるまい。今は、伊勢家により棄却された地域拠点の立て直しだ。玉縄城と三崎城の替わりには、鎌倉に城を建てることで決着が着いた。幸い鶴岡斎叔父上の仲立ちで、鶴岡八幡宮寺が元八幡の地に戻ることを了承してくれたので、鎌倉城の建設地は八幡宮寺の跡地で問題は無い。決まっていないのは平塚城の位置だ。これについて二人には何かしら考えはないであろうか?」
「そうですね、平塚は高台に陣屋跡がちらほらとはあるのですが、最前線の城として水の確保もままならない平城では話になりません。やはりある程度の山を抱える城にしなくてはならないと思います」
「私も姉上に賛成。ですので、選択肢は二つ。西よりの
蕪木が相模の地図を広げ、平塚は金目川の西にある二つの山を指さす。
「高さもあり山地の広さもある高取山、けれども数多くの谷戸が複雑に入り込み、急な傾斜で水の利と土台部分の造成に疑問が残る。一方高麗山は高さも山地の広がりも高取山には劣るが、傾斜は緩やかで造成は問題なく出来そうだね……個人的には高麗山を推すよ」
「そうね。蕪木の意見に賛成はするけど、高取山の方が頂上に城を建てた時には攻め辛い城になるわよ?」
「姉上の言うこともわかるんだけど、結局は小田原が落ちたら、その近くにそこまでの堅城はいらないんじゃない?建てるのに人も物も時間もかかるし、ここは高麗山の麓の台地部分に建てる方が利便性が高いと思う」
二人ともに高麗山の麓に建てる方が良いと考えているようだな……。
俺もそちらの方が良いと考えている。
築城が比較的楽だというのと、伊勢原城の脇を流れる渋田川は高麗山の麓近くの金目川に繋がる。水運を考えるとこちらが有利か。
「よし!高麗山の麓に平塚城を建てるぞ!」
「「わかりました(わ)!」」
まずは資材をここ伊勢原に集め、川を下って運び込み、平塚城の土台を作ってしまおう。
土台つくりは土木奉行所の者達を使わずとも、兵達である程度は出来るからな。兄上と相談して詳しい日取りを決めるか。
「しかし、これでは景藤のことを築城魔王などと呼んで揶揄うことが出来なくなりそうだな……」
「「ほんとうに」」
弘治三年 秋 権現堂
「へー、くっしょい!」
「若殿、大丈夫ですか。秋になって冷えてきましたから、風邪などを引かないでくださいね。南はとても心配ですよ?」
「大丈夫、大丈夫。念のため毛皮を着てきているからね!」
秋の奥州は標葉郡、念のための防寒対策はばっちりです!
綿の一大産地となった勿来周辺では、綿入り羽織が大流行ですが、勿来城主の俺は一歩先行く、羽毛入りの狼革ジャケットを着こなしております。
去年の冬に袋田の里に降りてきた大柄な狼を、里の手練れたちが仕留め、しっかりとその革をなめした逸品です。
また、鴨の羽毛を贅沢に入れ込んだ裏地は、真冬の奥州でも安心の防寒機能を備えたものとなっております。
サイズも六尺を超える景藤さんでも楽々着れるというこのジャケット。お値段は……つけようがありません!
「いや、太郎丸よ。さすがに冬前の今時分でその羽織は暑くはないのか?」
「全然!それよりも、羽織も着こまないで、そっちこそ大丈夫なのか?浜風は体を冷やすぞ?」
「ふん。俺は城主様とは根本となる鍛え方が違うのでな」
権現堂に城を建てる!といったら、見学を希望した吉法師さんである。
どうやら、石灰壁と鉄材を併用する伊藤家の城づくりを前々から見たかったようだ。
本人は武家時分のことなど忘れた!とか言っているが、どうにも城づくりと聞くといてもたってもいられないようだ。
「殿も若殿も、軽口を叩き合う時間があるのなら、ちっとは儂らを手伝っていただいても構わんのですぞ?」
「……土木奉行所への注文書を書くのだけでも手伝って欲しい……」
請戸川と高瀬川によって作られた河岸段丘の上にある権現堂城建設予定地。
その一段低くなった一角にある作業員用長屋兼事務所。
そこに、何故か手伝いに駆り出されている藤吉郎と犬千代である。
まぁ、なぜと言っても数年後に吉法師が当家に仕えることとなった際には、藤吉郎が権現堂城城主、犬千代が小川城城主になるからなんだけどね。
ん?吉法師?
吉法師さんは武装商船団の団長として、蝦夷地から明、呂栄と大砲をちらつかせながら商売をしたいそうなので、城主は謹んで辞退なされました。
この間、そのあたりを話したんだが、松平清康殿への義理を果たし終え、織田信長に戻るときには藤吉郎と犬千代も武士として伊藤家で使って欲しいとお願いをされた。
二人には銭こそたっぷりと払ってはいるが、本来は武士としての立身を夢見ていた二人、それを長い間商人としてこき使ってしまって申し訳ない、そう思っているらしい。
こちらとしては秀吉と利家が配下になるんだったら喜んで!といった思いだ。
ついでに、蝶の小間使いをしている小一郎も同時に、正式に藤吉郎の下に付けようと思っている。
秀吉、秀長兄弟と利家で飯野平周辺の農地開発と湯本の炭鉱、造船所とやること盛りだくさんの状況を馬車馬の如く働いて、是非ともに成功させて欲しい。
ちなみに、犬千代には前田家を名乗らせるが、藤吉郎と小一郎の家名をどうしようか?というのが吉法師と俺の当面の課題だったりする。
地名からすると岩城とかになってしまいそうなんだけど、岩城は暗黒面のイメージが強すぎるのでなぁ。
うむ。わからん。
「忠清。戻りましたぞ、若殿!……と、何やらいい匂いですな。阿南様、それは?」
「はい。お城の陳さんから魚肉饅頭をお弁当に頂いたので、今蒸かしていたのです。忠清殿もお一つどうぞ」
「おお、それはそれは。ではありがたく……」
おお!権現堂から船曳、三春の街道整備を終えた忠清が戻って来たようだ。
忠清には、戦時は勿来軍の指揮、平時には阿武隈における土木奉行として獅子奮迅の働きをお願いしちゃっている……せめて、土木奉行の立場だけでも清に肩代わりできれば楽ができるのかな?
ただ、清も土木奉行に就任するその前に、初めての築城責任者となったこの権現堂城を見事に建てきって欲しい。
「清ちゃんも図面とにらめっこばかりしてないで、一息入れたら?美味しそうに蒸かせましたから」
「ありがと南ちゃん。それじゃ……ちょっと休もうかな」
それがいい、それがいい……俺と吉法師は色々と言うが、実は弁えている男たちでもあるので、こういう時に第一陣の饅頭を受け取るという選択肢はない。
黙って、第二陣で頂こう……第三陣だけはご勘弁願いたいがな!
「ほっほっ。これは旨いですな!陳さんの腕は確かですな……と食べながらで恐縮ですが、若殿にご報告を。本宮までの街道ですが、大きく分けて二本作りました」
「二本か……」
やはり、阿武隈高地を東西に横断する街道建設は楽にはいかないか。
「はい。ここからは
「?もう一本というのは」
「はい、どうにも諸戸川に沿いますと、だいぶ大回りとなってしまいます。ですので、途中の
なる程、山道を早く抜けられるに越したことは無いからね。
「ふむ。忠清は棚倉から勿来、飯野平から三坂、権現堂から船曳。大きく分けてこの三本で東西の動きが足りると思うかい?」
「正直厳しいでしょうな。山の民としては大々的に街道が山を走るのは複雑な気持ちもありますが、海岸地帯は若殿が治めておるのです。そのようなことを言っておる場合ではありませんからな。さて……伊藤家の本拠ともいえる阿武隈川流域に繋がるには、これではまだまだ足りぬでしょうな。夜ノ
「では、雪解けを待って次はその道を整備していくか」
「はっ。しかと承り申した」
阿武隈川流域と海岸地方……中通りと浜通りの有機的な結合はもっと強めないとね。
折角の領地が分断されていてはもったいないよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます