第32話 関東はどう治めようか

天文二十三年 正月 羅漢山 伊藤景元


 流石に、今年の正月は近隣諸将、各家が集まって宴を開く……というような状況ではない。

 昨年の戦乱は関東・奥羽の全域に広がった。


 北では浪岡北畠家・斯波家が南部に攻められ、城、領地を全て奪われた。

 南部も南部で同族争いが酷かったとは聞くが、北畠顕家公の末裔の浪岡家を攻めるというのは、どうにもよろしくないのぉ。

 そのような所業、風林火山の旗の下に等しく集った同志のものだとは思いとうないな。


 まぁ、斯波はしょうがないの。斯波だからの。


 羽州は北の安東家が秋田を中心に勢力を伸ばし、南の最上と羽州を折半する流れとなっているそうじゃな。

 ただ、どうにも両家が南部、伊達ほどに伸長する気配は感じないとは忠平を通じた安中の者達の話じゃ。まぁ、確かに北の方では作物の成りが厳しい故、致し方ない所か……。


 北上川中流域では胆沢を境に大崎・葛西が付いた伊達勢と南部勢が睨みおうておる。

 晴宗殿の愚痴を聞く限りでは、大崎・葛西が足を引っ張り、平泉から一関、伊治これはりまでは南部勢力が下りてきそうじゃな。

 南部も領土が広がっておるのじゃ、食わせて行かねばならぬ人も増えれば、南の米が育てられる平野が欲しかろうともな。


 して、阿武隈では旧相馬領を伊達家が制圧した。

 当面は小高城に鬼庭殿が入り一帯の管理をしていくそうで、改めて標葉しめは郡と楢葉ならは郡を境に、北を伊達家、南を伊藤家に分けることで合意した。

 晴宗殿にとって岩城の地は穢れを感じるらしいでな、近寄りたくないので、「申し訳ないが伊藤家で万事よろしく頼む」とのことじゃった。

 ……想像などしたくもないが、太郎丸や竜丸が謀略の贄などになったとしたら、儂も晴宗殿と同様に、そんな地なんぞには近寄りたくもないと思うじゃろうな。


 岩城、飯野平城に関しては戦闘は何も起こらず、景藤が軍を率いて近づいただけで開城したそうな。

 城に詰めていた守兵が勿来軍に恐れをなして、重隆を縛り上げ景藤に慈悲を請うたそうじゃ。

 景藤は降伏を認め伊藤家に敵対したことは許したが、領内乱行の責は被害を受けた村々の自治に任せるとし、城内の守兵すべてを武装解除の上、手足を縛り上げ、略奪にあった村々に処置を委ねたそうじゃ……。

 結果はおして知るべしじゃな、翌日には一兵たりとも戻っては来なんだわ。因果応報じゃ。


 付け加えるなら、飯野平城を壊したいと景藤が言ってきおった。

 飯野平の城は重隆の悪行の印象が強く、どうにも民の憎悪が消えぬらしい。

 できれば今の城の北、小川の南端の高台に城を築きたいと言ってきたが……銭と資材は足りるのかの?


 ふむ。続いて、阿武隈川流域では、上流を伊藤家、矢吹八幡の寺社領を挟んで二階堂家、安達太良神宮寺の寺社領を挟んで東が田村家、北からが伊達家となっておる。

 今のところは問題なしの地域じゃな。

 特に嫌われ者の岩城家が無くなったことで、ここいら一帯の者達は心から安堵しておる。

 無駄な勢力争いもしたくないので、村長らにはそれぞれに縁のある家を頼ることが独自に許されておるしな。

 加えて、大き目の寺社領も残されておるので、比較的ゆっくりとした時間が流れておる地域じゃろうて。


 会津、猪苗代。こちらは相変わらず蘆名家が抑えておる。

 伊達家、上杉家と争った蘆名盛舜あしなもりきよ殿は先年に亡くなり、その跡を庶長子の氏方うじかた殿が継いだ。

 しかしながら、家督を継いだはずの氏方殿は那須岳の北側、塩生しおのう城に入ったままで、会津盆地を抑える黒川城には盛氏もりうじ殿が城主として入られており、全会津を差配しておる。

 盛氏殿は正室が稙宗殿の娘で、今までは、どちらかと言えば稙宗派と見られてきたお人じゃ。

 ふむ。伊達家と小競り合い以上の争いを嫌って、形式上の家督相続を図ったようにも見えるの。


 そして、問題の関東、関東じゃ。


 今までは、足利、鎌倉公方に関わるゴタゴタには関わるまいとしてきた儂らじゃったが、伊勢との戦を経て、古河周辺を抑える次第となった。

 常陸、東下総を抑える佐竹家との連携強化のためには、関東に拠点があると何かと都合が良いのは事実。

 そして、関東の拠点と考えるならば古河は中央に位置し、先ごろまでは公方が根拠地としていたため領民の数も多く、商いをする者も多い。また、霞ケ浦の西端にも近く、鬼怒川・渡良瀬川を抑えるにも都合がまた良い、新たに伊勢家との勢力境とした利根川を抑えるにも良い立地じゃ。

 ここは、景藤が力説しておるが抑えるには最適……ではあるが……。


 「ですから、鬼怒川、渡良瀬川、利根川の水利を抑え、霞ケ浦への入り口も使える。このような土地を古河公方にとはいえ、他家にくれてやる必要などはありませぬ。それでは、我らは足利家の為に戦ったようなものではありませぬか!景藤は到底納得できませぬ!」

 「ええい!このわからずやが!足利家の為に戦ったわけでないことは、其方の父!この儂もようわかっておる!ただ、棚倉から古河は遠い!支配ままならぬ土地をいかに治めるつもりなのかと聞いておるのだ!」

 「ですから、先ほどから申しておる通り、古河と関宿の二城があれば十分に那須・奥州の本軍が来るまで保ち申す!今川家・武田家・伊勢家の全軍が一堂に会するような大軍でなければ、何年でも保ちましょう!恐れながら、被災の私に預らせていただけたとしても、楽に何年であろうと守って見せまする!」

 「お前はまた自分のことしか考えておらぬのか!!」

 「なに故にそうなりますか!!」


 ……


 景虎と景藤の言い合いがずうっと収まっておらぬ。

 いい加減喉が渇かぬのか?この親子は。


 「「ずずぅっ」」


 同じ瞬間に飲みおったわ。


 何とかならんか?とばかりに、景貞、伊織を見る。


 ……二人とも静かに首を振るばかりだ。

 忠平……は寝たふりか……。


 後は、評定初参加の景竜か……ん?頷きおったな?


 「まぁまぁ、二人ともそれ以上声を荒げるな。聞いていて耳が痛くなるわ……それより、何やら景竜に案があるのかの?」

 「「ああん?」」


 なんだかんだと似たもの親子じゃの。


 「あ、はい。恐れながら、今まで信濃守様と若殿の話を聞いてまして、一つ気になった点がございます……よろしいですか?」

 「おお。構わん構わん。今日は身内での評定じゃ、かような遠慮はいらん」


 そんなことより、はよ、この親子喧嘩を止めてくれ。


 「では……一つお伺いいたします。若殿。若殿は古河の地をどなたが治めるのが適任と考えておられますか?」

 「ん?異なことを聞くな?先ほどから申している通り、古河は関東を見るに最も重要な地。伊藤家当主の信濃守、父上しかおらぬではないか?何を言っておる??」

 「「「ん???」」」


 そうだったのか?

 景藤と景竜を除く評定参加者全員が今声を出したぞ。


 「いや、あ~、なんだ。俺には景藤、お前が自分で万事都合をつけるから黙っていろ……と言っているように聞こえていたのだが……?」

 「え?なにゆえそのような!?……竜丸、俺はそう言ってたのか?」


 恐る恐る景竜に確認しておるの。

 景藤め、思わず竜丸呼びしとるではないか。


 「いえ、若殿。私には一切聞こえませんでしたが、若殿の考えよう、話しように慣れていない方には少々誤解を招きやすい話し方ではあったかと……」

 「いや、だって俺には勿来があるし、飯野平の仕置きもある。重隆が散々に荒らしまわった付近一帯の巡撫じゅんぶがある。どうして古河城城主などというめんどk……私の手に余るような大仕事ができるなどと思うものなのか?!」


 ……そうじゃったの。

 太郎丸は生粋の面倒くさがり屋じゃったわい。忘れとった。


 「そうでしたね。景藤は面倒がりでしたね。土木奉行所の仕事を全部私に押し付けたように……」


 おぉ。景藤の「面倒臭い」発言が、伊織の静かな怒りに火をつけたな。


 「いえいえ、伊織叔父上!適材適所でございます!私が得意とするところは発想と開発。持続と継続に関しては到底のこと、伊織叔父上には敵いませぬ!」

 「持続と継続、面倒なことは丸投げということですかな?」

 「いえいえ!決してそのような仕儀では!」

 「くくく。その辺でやめてやれ伊織。景藤の奴も口は災いの元だと身に染みて覚えたであろうよ……な?」


 景貞の助け舟に無言でこくこくと頷く景藤。

 相当に心胆寒からしめたようじゃな。


 「まあ、良いでしょう。話を戻してあげましょう……そうなりますと、信濃守様を古河に置く利点等々を景藤には聞きたいところですね」


 ふむ。

 そうよのう。

 儂も誰を充てるか、充てようがなければ放棄もやむを得ぬか、と思っていたところじゃ。


 「はい。まず一点。棚倉は今の伊藤家の支配領地を考えますと北に寄り過ぎております。これが、伊達領、佐竹領を丸飲みするのならば、その中央に位置し利点は大きいのですが、全奥羽を抑えるのでなく、先に関八州を抑えるのならば古河は最適です。さすがは、鎌倉公方が逃げ出し先にと真っ先に選んだ土地……む?如何なされました?」

 「いや、あの……景藤?いつから当家が関八州の長になると??」

 「ん?勿論の事、大田原城を攻め獲った時からでは無いのですか?」


 あー、うむ。

 たしか、金山の話を最初にした時に、かような話を聞いた覚えがあった……かのぉ……。


 皆も声を失うておる。


 「ふむ。若殿、では参考までにこの忠平に若殿の描かれる伊藤家を教えていただけますかな?」

 「おお!忠平喜んで話そう!」


 景藤め、目を輝かせおってからに……しかし、微妙に話を聞くのが怖いのぉ。


天文二十三年 正月 羅漢山


 あんれ?


 (そういえば俺って吉法師としかこの辺の話をしてなかった?)

 (はい。傍にいた私は聞いていましたが、この場の参加者では他には……)

 (……そう考えると、俺の過去の発案って結構理解不能じゃないか?)

 (……ええ、ですから信濃守様は声を荒げるのだと思いますよ)


 以上、太郎丸と竜丸の思念波での会話である。


 俺達程長い間ずっと一緒にいると、こんなに便利なことが出来ちゃうのね。


 で、なんだっけ?ああ、忠平への答えだな!


 「描いているということは最終的な形だな!?」

 「ええ、左様で!」


 それなら簡単だ。


 「簡単なことだ!坂東の民の、坂東の民による、坂東の民の為の国だ!京だ、王家だ、幕府だ、公家だ、なんだというのは知らん!そして、大陸や南蛮と自由に交易し民を豊かにする。以上だ!」


 うむ。ゲティスバーグアドレスの丸パクリである。


 「……言いたいことがわかるようでわからんな!俺にもわかるように教えてくれ!」


 おおぅ。

 景貞叔父上よ、そう来たか……どうすれば良い……。

 周りをキョロキョロ見回しながら聞いてみる。


 「正直、わからないところがわからないので、どのあたりがわからないかを教えていただければ……」

 「では、某から。若殿がおっしゃられる「坂東の民」とは?」


 うん。そっからか、忠平。

 って言っても、今さっきノリで口から出てきた言葉だから、こう、という定義は無いんだが……。


 「俺が言いたいのは、昔から関東、奥羽の地に住んでいる民ということだな。もちろん移住してきた者。東国に住みたいと移ってきた者達を排除する気などは毛頭もないぞ?東国はもとより、日本武尊やまとたけるのみこと坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろの両名によって西の人間に征服された土地。今では血も混ざりあって、そこまでの過去を気にする者は何処にもいないであろうが、……ただ、それとは別に、自分達の土地で自分たちが生きようと思うことは道理である。と俺は考えるが?」

 「なるほど。忠平にとってはそのお答えで十分です。若殿」

 「おお、そうか!」


 ご理解頂けてありがとう。


 「それでは、畿内や西国、南国などはどう考えているのですか?」

 「彼の地は彼の地に住まう人々が、自分にあった生き方をすれば良いのではないか?ともに日ノ本に住まう民だ。無駄に喧嘩をすることなどは無い。ただ、こちらのやり方には必要以上の口を出すな!というだけだな」


 新幹線も高速道路もないこの時代。意外と日本は大きいよ?


 「それでは、過去の将門公のようになりはすまいか?」

 「それはどうでしょうか?父上。将門公が討たれた理由はわかりませぬが……あ、将門公は当家のご先祖様が討ち取っていましたね……ですが、他の権威を否定しなければ共存はできるのではありませぬか?他を否定することにより自己を肯定するのではなく、他も己も共に肯定していけば良いのかと。そう考えると室町殿と鎌倉殿の関係に近いかも知れませぬな」


 けど、足利はないよな、足利だもんな。


 「それでは伊勢、北条家はどうなる。一応表向きには、鎌倉公方による東国の安寧をうたっておるぞ?」


 父上に続いて景貞叔父上まで質問タイム。


 「その言は所詮表向きの大義名分。もとより鎌倉公方を支える気ならば、どうして真っ先に三浦を族滅し、両上杉を追いやり、古河から公方を追い払うのですか?また、伊勢家はもとより足利の重臣の名で、関東にも一族はおるはずです。なのになぜ北条家などと己の家の名を偽るのですか?己を偽るものは、他をも偽ります。家名を偽り、衆を操る考えを持つ者達に大義はございませぬ」

 「権威を無視し、大義なき伊勢家を排除する。私は景藤の考えに賛同します……今後、私に面倒な仕事を丸投げしなければですがね!」


 ……最後に凄い勢いで睨まれたけど、伊織叔父上は賛成してくれたようだね。

 けど、ごめんなさい伊織叔父上。

 けど……たぶん……今後も丸投げは続けさせて頂きます!


 「俺も賛成だ。己の足で立つがために己の足で戦う。これは良いと思う」

 「某も賛成ですな。坂上田村麻呂公まで遡らずとも、安倍氏を征服した源頼義公、平泉を征服した源頼朝公、……「いい加減、静かに暮らさせてくれ」と言いたいところですな」


 景貞叔父上も忠平もシンプルに賛成のようだ。


 「父上。どうやら景藤は中々に過激な考えを持っておったようですな」

 「そうだな。で、どうだ?景虎よ。古河に赴いて東国の民に因る東国の足場づくり、難儀ではあろうが、一つ大仕事をしてはくれぬか?」

 「……当家は時の権力者に、何回も何回も、あれやこれやと無理難題を背負わされ、泣きを見ておりますからな。儂らの代で「いい加減にしろ!」と奴らに怒鳴り返しても罰は当たらぬでしょうな」

 「そうしてくれるか……では、白河・棚倉は儂が羅漢山で面倒を見よう。信濃守、お主は伊藤家当主として古河で関東の要を抑えよ。景藤は海、景貞・景竜は山を抑えるのじゃ。そうなると、そろそろ金を掘り出すかの?」


 う~ん。そうですな。そろそろ金を掘っても大丈夫かな。

 周囲の緒勢力とは敵味方が別れたし、大っぴらにやらなきゃ問題は無いか……。


 「はい、それがよろしいかと。しかし、山の方はゆっくりと、それよりも川の砂金に力を入れましょうぞ」


 砂金なら久慈川下流、特に大宮あたりで結構取れるはずだからね。

 佐竹も仲間にしとかないと、万が一、周辺情勢が不安定になっちゃったりしたら怖いもんね。

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