第31話 港湾部拡張への道

天文二十二年 晩秋 勿来


 頭が痛い……。

 人間、自分が理解できないことが我が身に降りかかると、本気で頭痛が起きるのね。


 問題発生。隣領、飯野平の岩城重隆がやらかした。

 なに?こういうのって三つ子の魂百まで、とかっていうの?


 南に全軍で向かった伊藤家を見て、今なら好きなだけ荒らせる!とでも思ったのだろうか?

 兵を集めて勿来を荒らして、今までの鬱憤を晴らしてやろうとでも思ったのだろうか?

 とにかく、手勢を城に集めて侵攻の準備をしようとした。


 仮に人を集めたとしても、飯野平だけじゃ三百も集まらないだろうが、飯野平だけじゃ……。


 伊藤家には、勿来の守兵だけでも五百、一日以内に最低でも千は勿来に向かえる完全装備の守兵が残っているというのに……。


 本当に重隆の行動原理は常軌を逸している。


 伊藤家が勿来に入ってくる前も、例え一年、二年という短い期間でも、乱取りを他領に仕掛けるのを我慢できない性分だった。


 自分の母親が佐竹の姫であろうと、気が向けば北常陸を襲い、伊達で晴宗と稙宗の仲が悪くなれば、その時その時で片方の名前を使って乱取りの名分とした。


 俺が勿来に入ってからは力で脅しつけたから静かになっていたと思ったら……。

 つける薬が無いとはこのことだな。


 そんな、少しばかり(?)おかしな重隆ちゃん、今は重隆の好き勝手に領内を動かすことは出来ない。

 今の岩城領は晴宗殿と久保姫の息子が岩城親隆として、重隆の養子嫡男として、実質の領主として、伊達家の人材を使って治められている。


 そんな伊達家からの人材は、こぞって今回の重隆の欲望を潰したようだ。

 伊達家と連合を組んでいる家が連合目標の家と戦をしている最中なのだ。それを背後から荒らすなど正気の沙汰とも思えぬ、と。


 親隆は養父の企みを阻止すると同時に、勿来にも事の次第を寄越してきた。

 親隆は阿南の実兄であり、同じ久保姫の娘だ。

 兄として妹への当然の配慮だろう。万人が理解できる行動原理だ。


 しかし、重隆には理解できない。

 「養子の癖に義父に逆らう不届き者、このような痴れ者が儂の孫であるはずもない」と大声で家臣の面前で言い放ったらしい。


 一方、親隆は妹に似て真っすぐな性格をした男だったのだろう。

 常であれば美徳とされる性格も、隣にいるのが重隆のような種類の人間では……。

 親隆は重隆が持つ、心のどす黒い闇が全く理解できていなかったのではないだろうか?


 そして、親隆は悲劇に襲われる。しかも最悪に近い形でだ。


 ある晩、何の前触れもなく、重隆は手勢(刀を手にした近隣農民だったそうだ)を引き連れ、親隆の寝込みを襲った。

 伊達家から付いてきて岩城家の取り仕切りを行ってきた重臣、および親伊達派と目される諸将を皆殺しにして、彼らの一族係累を襲いに襲った。

 更に、あの狭い領内の中、まさに身内しかいないとも思える領内で、重隆は親伊達家と目される村々(夜襲に人を出さなかった村々)に好き放題の乱取りを仕掛けた。


 ……まったくもって理解に苦しむ。


 だが、一概に頭が……とか、精神が……というわけは無いようだ。


 なぜならば、重隆は予め北の相馬家とは話をつけていたようで、岩城から北側経由での伊達への連絡経路を上手く遮断していたのだ。働く部分では人並み以上に頭が回る。

 だが、その一方で全く頭が回らない部分もあったようだ。


 相馬と連携してまで、情報の遮断に気を掛けていたというのに、重隆は伊藤家と伊達家の連絡手段を知らなかったのか、端から思いつかなかったのか……。

 結局、情報遮断の甲斐もなく、阿南の手で、事が発生した翌日には大まかな事の顛末が晴宗殿の知るところとなる。


 当然の如く激怒する晴宗殿。


 まずは、手始めにと。以前より丸森、亘理、坂元で領地争いの小競り合いをしていた相馬を潰すべく総勢一万の兵を上げる。

 この兵は隣接城からの出兵のみならず、米沢城、利府城からも兵が出た。

 そして、晴宗殿の構想では、相馬家を潰したら、その軍をそのまま南下させ岩城家を潰すところまでを描いた出兵であったことであろう。


 うん。ここまでが昨日までに把握していた状況。


 今日届いた伊達家からの書状で、また情勢が変わった……頭が痛い。

 あうち。


 その書状では、伊達家の北で、南部と斯波の同盟が決裂。

 南部の軍は雫石、高水寺を包み込み、胆沢までをも窺う勢い。

 大崎と葛西からは南部の勢いを恐れて、どうか助けてくれとの救援依頼が来たので、一軍は北に向かわせざるを得ない。

 ついては飯野平の成敗は伊藤家にお願いできないか?と。


 但し書きには、更にこう。「重隆だけは息がある状態でこちらに引き渡してほしい。生きてさえいれば構わないので、骨が何本折れてようが、手足が欠けていようが気にはしない」……。


 まぁ、気持ちはわかる。

 重隆の一連の行動には擁護のしようがない……楽には殺してもらえんだろうな。


 よし、せめて親隆と伊達家重臣の遺体だけは、なんとか見つけ出して丁重に米沢へと送ろう。


 「勿来に戻って五日も経ってはいないが、すまんな。せめて、兵たちにもうまいものを食わせてやってから出陣しよう」

 「はっ!で、出陣はいつ?」

 「明日の朝に勿来を出る……飯野平にはまともに戦える兵なぞおるまい。なるべくなら無駄な殺生をせずに終わらせたいものだ……急がず、重厚に、粛々と進軍するぞ」

 「「はっ承知致しました」」


 業棟、忠清、棟道が一礼して立ち上がり、再出兵の準備に取り掛かる。


 「で、だ、すまんな帰って早々にあわただしくて、しかも変な話まで聞かせてしまった」

 「気にするな太郎丸。俺の方こそ済まない……しかし、いいのか今の話を俺が聞いていても」

 「構うまい。むしろ吉法師にこそ奥州の情勢を知っておいてもらいたい。その方が日ノ本や海の向こうの情勢を調べる時にはやり易かろうよ」

 「……そう言ってもらえるとありがたい」


 情報を持っていないと情報を集めるのは難しい。

 世の見方など、どう見るかで同じ現象が正反対にも感じるものだ。

 ものの見方の角度を広げられる材料になるものは、多いければ多いほど、持っていた方が良いってもんさ。


 「であるならば、まずは俺の方からの報告と行こうか。とりあえず、塩は信じられんほどの高値で売れた。普通の塩の十倍二十倍では効かん。俺が想像していた以上に堺の豪商共は金を持っておったわ。あれなら、壺に焼酎や椿油を入れて売っても、十分に金を出せるであろう」

 「なるほどな。それでは伊奈一門と悠殿は休む暇が無くなるな」

 「ああ、商いの方はまったく心配しなくて良い」

 「商いの方は?」


 嫌な吉法師の言い回しだ。


 「ああ、奥州から南の情勢、こちらは少々面倒なことになりそうだぞ」

 「教えてくれ」


 伊勢家が二度と北に向かう気など起きないように、叩きに叩きのめしてやったので、当面、そちら側は安心だと思ったのだが……。


 「まずは今川家だ。十七年続いた家督争いがようやく終結した。義元派は同盟相手の北条……伊勢家か、伊勢家が狼の旗印に散々に撃ち破られて、武威が見る影もないほどに落ち込んだのが、よほどの危機と感じたのであろう。花倉に味方する勢力と平和的に手打ちとし、自身の家督相続さえ認めるのならば敵方に付いた一族に一切の処罰は下さぬと判断をした」

 「互いに先は無いとは思っていたのだな」

 「ああ、乱の発生直後には激しく争っていた形跡もあるようだが、ほとんどの期間、惰性で敵味方に分かれていただけのようだ。義元派が下手に出た瞬間に内乱は終結した。唯一の強硬派、福島一門だけは駿河を飛び出し、相模に入ったようだがな」


 福島……ここで前世世界での北条第一の猛将、綱成つなしげ一家の御登場か。

 まぁ、関宿では綱成がいなくて助かったよね。俺たち。


 「次の情報だ。関宿・利根川の戦いの結果を見た甲斐武田家は伊勢家に攻めかかった。甲斐と上野の兵だけでなく伊奈郡の豪族たちにまで声を掛け総勢三万を超える大軍で河越城を包囲したそうだが、新たに河越城の守将となった伊勢綱成が救援に来た伊勢氏康とともに夜襲を仕掛け大いに撃ち破ったようだな」


 おお。河越夜戦が甲斐武田対伊勢北条で行われたということか!


 「で、伊勢家も武田家を撃ち破ったまでは良かったんだが、その後に調子に乗った。久しぶりの勝ち戦に調子に乗ったのか、氏康が深追いして逆撃を食らった。結果として、両軍合わせて万を超える死者を出した激戦になったようで、両軍の当主、晴信は右目を潰し、氏康は左の肘から先を失ったようだ」

 「……それだけ聞くと、関宿の戦いの方がよほど楽な戦いだったように聞こえるぞ?」

 「はっはは!そうではあるまい。太郎丸は無駄な殺生、追い打ちを掛けなかった。戦場で兵と兵の尋常なるぶつかり合いをしただけよ。比べるのもおかしな話だが、晴信と氏康は無駄な殺生、無駄な追い打ちを掛け合ったたのだ。その浅慮の代償が己自身の右目と左腕よ。俺から言わせてもらえれば、闇夜で勝敗が決した後の追い打ちなどは愚の骨頂、命があっただけでもましというものだな」


 蓋し名言だ。


 「で、その後の結末に俺が太郎丸に伝えたい事がある」

 「というのは?」

 「甲斐武田家と伊勢家の窮状を見て取った今川家が三国連合を持ちかけたのよ。佐竹家・伊藤家・長尾家・伊達家の四国連合に対抗すべく、自分を盟主に据えて三国連合を組もうとな」

 「それは、泥沼の戦からは一刻も早く手を引きたい武田家と伊勢家にとっては有難い話であろうな」

 「如何にも。一にも二もなく飛びついたわ」


 しかし、それでは……。


 「しかし、それでは、武田家も兵の出し損ではないか?」

 「確かに出し損ではあるが、万の軍勢を出しての敗戦よ。領地を削られることなく南を同盟で固められたのだ。これはこれで良しとして北と西に目を向けることにしたのであろう……後、これは既に羅漢山や棚倉には話がいっていると思うが……長尾家が沼田を抑えて関東方面を、小県を攻めて信濃方面に侵攻してきているぞ」


 信濃はまだしも、関東はうちに任して欲しいんだけどなぁ、謙信君。


天文二十二年 晩秋 勿来 伊藤阿南


 若殿は戦から帰ってきた当日こそ、南をぎゅぅっっとしてくれましたが、岩城家でのことをお話しして以降、連日連夜、報告書を読むことと皆様との話し合いでお忙しい毎日です。

 せめて、少しでもお力になれればと、話し合いの場でのお茶とつまみの用意、報告書の読み書きの為に炭と紙を欠かさないなどの細々としたお手伝いをしています。


 義姉上様のようなお力があれば、南も若殿と一緒に戦場へお供できるのでしょうが……。

 南の剣の腕では足を引っ張るばかりですね、はい。

 けど、南はめげることなく、頑張って朝晩の素振りは欠かしませんよ。


 「周辺諸国の情勢はよくわかった。ありがとう。で、ちと気になったんで話を戻すが……堺の豪商共は何を使ってそれだけの銭、儲けを作っているのだ?」

 「ふむ。多種様々なもので儲けを作っておるぞ、奴等は……だが太郎丸の聞きたいことはそういうことではあるまい?……たぶん太郎丸の想像通りのやり口だ。鉄砲・弾・火薬に南蛮人との貿易だな。特に目端の利いた者達は南蛮人と一緒になって明との貿易で荒稼ぎをしておる。明は建前上、商人に好き勝手をさせてはおらぬが、大砲を積んだ南蛮船で商売をけしかければ、二つ返事で商いに応じるわ」

 「吉法師、お前が南蛮船を動かしていたと仮定しても奴らは商いをすると思うか?」

 「する!」


 あ、二人の会話内容はわかりませんが、若殿と吉法師が悪い顔をしたのはわかりました。


 「よし!湯本の港に造船所を建てよう!目標は南蛮人が遠洋航海に使うようなガレオン船の建造だが、まずはキールを備えた帆船の建造からだな。うん!吉法師に頼みがある!」

 「人か?鉄砲の村と造船の村を持って来ればよいのか?」


 なんでしょう?南の聞き間違いでしょうか?

 吉法師は「村を持ってくる」などとわけのわからないことを言ってるように聞こえましたが……。


 「鉄砲の里と造船の里、あとは明から陶石を持ってきてくれ?」

 「陶石とな?」

 「ああ、吉法師も見知っていよう。大陸で作られる白磁や青磁。それらの原料になる石からできた土、もしくは石そのものだ。伊奈の者に簡単には話をしてあるので、本物を片手に領内で原料を探してもらおう」


 せいじ?はくじ?

 なんでしょうか?伊奈の者と言っているので何かしらの壺なのでしょうか?


 ……そうなれば、悠殿もその計画に参加して忙しくなるでしょうから好都合ですね。

 最近の悠殿は若殿との距離を近く保ち過ぎで、南はあまりいい気分がしませんから。

 お仕事で忙しくなってくれればちょうどいいです!


 「村二つと大陸から石、あとは?」

 「スペインでは「こるちょ」ポルトガルでは「こるしょ」と呼ばれておる木の皮だな。日ノ本では「あべまき」と呼ばれる木が瀬戸内の方であったはず、安房でもありそうな気はするが……この木の皮を量産したい」

 「ははは!村二つに石と木の皮か!わかった、どんなに長くとも一二年で手に入れてきてやろう!」

 「助かるぞ!友よ!」

 「気にするな!友よ!」


 なんでしょう。

 若殿と吉法師はうつけみたいなことを言いあっている時が一番楽しそうですね。


 「村を持ってくる」とか「大陸から石を持ってくる」とか「南蛮から木の皮を持ってくるとか」……どこをどう聞いてもただのうつけの会話にしか聞こえません。


 けど、南は知っているのです。

 若殿がおっしゃられることに間違いはないのです!

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