第27話 阿武隈の狼

天文二十一年 秋 羅漢山


 「……信濃守様の言うことにも、景貞兄上の言うことにも理があると思います。そこで、実際の景藤に聞いてみたら如何ですかな?景藤はいかに思われのですか?」


 おおぉ?

 伊織叔父上から纏め発言の要望を頂いちゃった感じかな?


 「……そうですね。私としましては、信濃守様が決められたことでしたら、なんの異議もございません。おっしゃられる通り、西は自領、北と南は同盟領、東の海から敵対勢力が攻めてくる気配はありませぬし、海賊といった類いも見当たりませんぬ。まこと、勿来は那須に比べ非常に安全な土地と言えましょう」


 景貞叔父上が、本当にそれでいいのか?と目で語ってくる。

 うん、かまわないよ。


 「私も物心ついたときから常に一緒に、一時も離れずに育った竜丸と離れるのは寂しいのですが、竜丸も来年で十五。伊藤家一門の男として、決して早い元服ではございません。城主としての務めも私と一緒に幼き頃より、信濃守様、伊織叔父上、鶴岡斎の大叔父上や忠平らの教育を受けてきておりますし、剣の腕も鹿島神宮の塚原高幹様より認状を頂くほどの腕前です。如何なる不足もなく、城主として勤めることが叶いましょう」


 俺、竜丸をべた褒めである。

 いや、実際に竜丸って凄いと思うよ?だって、前世世界で四十年生きてきた俺と普通に会話するし、塚原卜伝から幼少期より英才教育受け続けて、認状まで貰っちゃうぐらいなんだもん。


 ……ん?俺??剣???


 卜伝先生からは「若殿は確かにお強く。儂の教えをよう守ってはいるのですが……如何せんムラっ気が大きく、認め云々の今日ではございませぬな」とのお言葉を頂いている……。


 話を戻そう。


 個人的には竜丸の今市城城主就任は大歓迎である。


 なんといっても、奥羽山脈の最南端のあの一帯は資源の宝庫なのですよ!そんな場所に、俺とツーカーな竜丸が責任者として配置されるなんて、とんでもなくラッキー!

 安中一族の力を竜丸にはフル回転してもらって、あの地域の資源開発に邁進してもらう所存だ。


 「……ふむ。景藤がこうまで言うのじゃ。竜丸は年明けをもって元服。雪解けを待って今市城に入ってもらう。それで良いな?」


 爺様が一族筆頭として決を下す。


 「「はっ!」」


 一同、礼!


 そういえば、当主は父上なんだけど、伊藤家のトップは爺様なんだよね。

 この点が正直、子供の頃は気になっていたんだけど、どうやらこの時代では当たり前らしい。

 ようは、前世世界の歴史で習った織田家の家督を信忠に譲った後の信長みたいなもんなんだね。


 ……そういえば、吉法師は子供とか嫁さんとかどうなってるんだろ?今度聞いてみるか。


 「……では他になにかあるか?」


 おっと、いつの間にかトリップしていていくつかの議題を聞きそびれたらしい。

 まぁ、ここにいるみんなは俺の癖はお見通しだから、声を掛けないってことは俺に関係ない案件だったんだろうさ……たぶん。


 「少々、よろしいでしょうか?」


 そういえば一つ気になっていたことがあったので発言を求めてみた。


 「ん?景藤……なんぞ言うてみぃ」


 最近父上のあたりが強くてウザイでござる。

 前世では経験してこなかった反抗期を迎えそうだな。


 「はっ。実は当家の旗印についてなのですが……」

 「ん?旗印とな?」


 評定の席では、俺に次いでトリップ率の高い景貞叔父上が反応を見せる。

 さすがは一族一の猛将様だ。


 「はい。当家は特別な旗印は用いず、ただ平氏を表す赤一色の旗を使用しております」

 「ふむ。その通りじゃ。赤い旗印以外は使った覚えがないのぉ」

 「はい。今まではそれで構わなかったと思うのですが、今では当家の軍も大きく分けて四軍。棚倉軍、白河軍、那須軍、勿来軍と四つ、その規模も合わせれば最大で万を越えます。思うに、これらの軍が一堂に会した場合、ちと面倒なことが起きるのではないかと思いました」


 一万人みんな赤い旗では指揮が混乱しそうだもんなぁ。


 「……思い至らなかったのは、なんとも残念じゃな」

 「しかり、ご隠居様。当家が動員できる兵を数字では見知っていても、実際には思い描いていなかったようですな」

 「……不甲斐ない。近年で一番戦場に出ている俺が思いつかなんだとは……」


 いや、景貞叔父上落ち込まないで……そして、伊織叔父上!自分の作業が増えそうだからって嫌な顔しないでよ!

 あ、睨まないでください。ごめんなさい。伊織様。


 「ふむ。で、発言したということは景藤には思いついておる、何かしらの案があるのじゃな?」

 「はい!」


 返事は大声で元気よく。


 「外せないのは当家の家紋である丸に片喰の意匠と風林火山の二つでしょう。あと、個人的には景貞叔父上率いる那須軍には竜の字を入れていただきたいと思います」

 「ほう……顕家公の旗印、風林火山か……ちと、僭越ではないか?大丈夫かの?どう思う忠平?」


 顕家公大好き武士の爺様はちょっとオドオドしながら忠平に聞いている。


 「よろしいのではありませぬかな?源氏の名門とは言え、剽窃著しい武田の旗印として使われるよりも、顕家公とともに生涯馬を並べ続けた一族である我々が使った方が顕家公も喜ばれるかと……」

 「そ、そうか?そう思うか?こ、こほん!信濃守はどう思う?」


 照れ照れが隠し切れない爺様である。


 「そうですな。風林火山を全軍に使うのではなく。風林火山を使用できるのは、当主と隠居の直営のみ、とすれば自然と数も減りましょう。また、対外的にも何ら問題は起きないかと思います」

 「……ふむ。そうか」


 おや、何やら不満そうな爺様。


 「良いのではありませぬか?ご隠居様と信濃守様で色違いの風林火山の旗。そして直営の者以外には丸に片喰の旗、地の色は赤と黒でよいのでは?」


 俺の所感を伝える。

 赤地と黒地に風林火山の文字!いいね!

 絶対に字は金糸で描いてもらおう。


 「某も若殿のご意見に賛成です。棚倉軍は赤地に風林火山と丸に片喰、白河軍は黒地に風林火山と丸に片喰、那須軍は竜の字、結構なことです。某としては是が非でも勿来軍には狼の字を、そして僭越ながら安中の者たちの内、儂の直系には鹿の字の旗を頂きとうございます」

 「ほぅ。忠平が自分から何かをこのような場で願うとはな!どうじゃ、皆の者それで依存は無いな!」

 「「はっ!」」


 再度、爺様に一礼!


 理由はわからないけれど、忠平の思い付きと爺様の鶴の一声で俺が率いる軍、勿来軍は狼の字をあしらった旗印を掲げることになった。


天文二十一年 冬 羅漢山 安中忠平


 「ごほっごほっ。ごっほっ!」

 「「親父(お爺)様!」」


 なんじゃ、一族勢ぞろいで。

 儂も年なんじゃ。冬に風邪の一つぐらいは引くじゃろうて……。


 「そのような顔をするな。儂も六十の半ばを過ぎておる。冬になれば風邪の一つぐらい引くことはあろう……うっ、ごほっ、ごほっ」


 うー。今年の風邪は喉と胸に来るのぅ。

 息が苦しいのだけはたまらんわ。


 「そうです。長老様とて人の子なのですから……風邪の一つぐらいでいい年をした山の民が何事ですか!」

 「はっ!申し訳ございませぬ母上!」


 くくく。忠宗のヤツ、母親に叱られて……まるで童のようじゃな。

 しかし、我が子を叱る母のお主が、勿来から一目散にすっ飛んでこの羅漢山まで来ておるのではないか?!


 「ただの風邪ならば良いのですよ。忠平殿。儂も六十が近づいた身。同年代の忠平殿が床に臥すなど他人事ではありませぬでな」

 「いや、わざわざ見舞いに訪れていただくとは有り難いことですぞ。業篤殿……しかし、本当にただの風邪でしてな……まぁ、多少は常日頃の風邪よりも強力なものかも知れませぬがな。ここでは若殿が考案された綿布団と羽毛布団に火箭暖炉など、暖かく過ごせる部屋があります。何日か寝ておれば病も消え去りましょうぞ!っごほごほっ」

 「ほらほら、長老様。しゃべるのはそのくらいにして良く寝てくださいな」


 まったく、こ奴は儂のことを子供時分から「長老様」などと呼んで揶揄からかってきよるわい。


 しかし、これだけ揃ったのならちょうど良い。

 少々伝えておくこともあるか……昨今の景虎様を見ていると不安なこともあるしのぅ。


 「済まぬがここにいる皆に是非とも伝えておきたいことがある。水を水差し一杯にして持ってきてくれんか?途中で喉が枯れては養生の甲斐もなかろうしな」

 「……ふぅ。わかりましたよ。あなた様」


 物分かりが良い妻を持てて儂は幸せだな。


 さて。


 「さて、忠宗。これから儂が皆に告げることはよく覚えておき、おぬし自身がその口で、ここにいない一族の者には伝えよ。良いな!」

 「……はっ!」


 忠宗も儂の本気が伝わったか、良い返事じゃ。


 ……ただ遺言でも聴かされるのかと身構えているのは、ちと、な。


 「相済まぬ事なれど、業篤殿には此度の証人となっていただけますかな?なに、遺言などではござらん。ただの爺のお願い事を伝えるだけでござる」

 「わかり申した。ご家老様のお言葉。しかとこの業篤が証人としてお受けさせていただき申す」


 いや、だから。儂は死なんぞ?


 「ふぅ。よろしくお頼み申す……では少し儂の昔語りに付き合っていただきたい……」


 …………。


 そう。あれはまだ儂がほんの童の頃じゃった。


 儂は顕家公が第二次西方遠征に赴くため、陸奥国の国府機能を移された霊山城の傍で生まれたんじゃ。


 今から六十年も前じゃから、ちょうど明応になった頃じゃったかな?


 五歳の儂はちょうど今時分の季節に大病を患っての、まぁ、疱瘡じゃ。

 母によれば、儂は十日間、高熱で生死の境をさまよったそうでな、父は儂が助からぬものと諦めておったらしい。

 だが、母は諦めなかった……ありがたいことよな、我らはすべからく母の愛によって生きていることを忘れるでないぞ?


 いかん。話がそれてしもうたな。


 うむ。儂の母は息子の病気を治すため、様々な神仏に祈りをささげたそうじゃ。

 儂が床に伏せてからずっとな。

 そして、儂が発病して八日目の夜に、儂の枕元で看病をしながらうたた寝をしてしまい、その時に一つの夢を見たらしい。


 その夢の中で、大きな丸い球に載った鳥の姿と人の姿を足して割ったような姿の神様に会ったらしい。


 で、その鳥の神様曰く、「里より北東、海に面した山の上に小さな祠がある。その祠には、私(神)の子供が住んでいて、お前たち一族を気にかけている。その子がお前の子を死なせるのは非常に惜しいので、一つ手助けをしたいと言っている。ついては、今では少なくなってしまった神力を回復するために、その山、鹿狼山に登り、そこの祠に海の生きた貝を供えてはくれぬか?」と。


 あまりにも鮮明な夢を見た母は、驚きつつも興奮したようでな。

 これで息子が助かるかもしれぬ、と。


 母は夜が明けると同時に里を抜け、海まで馬をひたすら走らせた。


 海岸に着いた母は、自分が濡れることもいとわずに冬の海に飛び込み貝を探した。

 そして、何とか見つけた貝を籠いっぱいに抱え、鹿狼山に馬を走らせた。


 寂れた登山道を馬に乗り、全力で走らせる。

 そして、頂上付近に一つのさびれた祠を見つけたという。


 見つけた祠に貝を備え、一心不乱に儂の快癒を祈った。

 あまりに真剣に祈ったのだろう、海から濡れたままだったのもあったのだろう、母は祠の前で気を失ってしまったのじゃ。

 母が言うにはほんの一瞬だったそうじゃがな、その気を失っておった時に、声が聞こえたそうじゃ。


 「ありがとう。これで私の力も戻った。恩には恩で返すのが私の流儀だ。帰りに貝を入れていた籠を見てみなさい。鹿の角と狼の牙が入れてある。私の力を受け取ったお前の息子とその一族には、私の加護を授けよう。ただし、私の力が及ぶためには条件がある。一つ、鹿の角はお前の息子が一族に伝えること。二つ、今渡した狼の牙と同じ牙を持つ子供が、これより後にお前たちの周りで生まれるだろう。その子を一族の命を懸けて守り抜き、彼の者の力となるのだ。さすれば鹿の角のかけらと狼の牙を同時に持って生まれる子が出てくるだろう。その子は私の父の力を受け持つ子だ。その子の力を礎に、この地には長き安らぎがもたらされるであろう」


 とな。

 結構な長台詞だったが、不思議と母は一言一句忘れなかったようじゃ。


 そして、祠の前で気を失ってた母が気を戻すと、確かに馬にかけていた籠には鹿の角と狼の牙が入っていたそうでな。

 ほんとうに神様が助けてくれたと信じ、もう一度深く祈ってから館に戻ったらしい。


 母が館に戻ると熱も引いて呼吸も安定し、疱瘡が一つも残ってない儂が寝ていたそうじゃ。


 「ただ、残念ながら、それだけ命がけで儂の為に祈りを捧げてくれた母は、その時から体調を崩し、二年後に亡くなってしもうた。母のいなくなった儂を不憫に思い、我が子のごとく育ててくれたのが、ご隠居様のご母堂様じゃ。それ以来、儂はご隠居様に仕えて今に至るのじゃ」


 ふむ。水を飲み飲みではあったが一通り話し終えたかの?

 皆も神妙な顔じゃの。

 ただ、証拠の品を見たことがある忠宗以外はまったく信じておらぬわ!ははは、さにあらん。


 「まぁ、荒唐無稽な話に聞こえるのも是非は無し……忠宗よ。そこの床の間に置いてある箱の中身を皆に見せよ!」

 「はっ!父上、直ちに!」


 忠宗が床の間においてある黒く大きな箱を運ぶ。

 皆も興味深々といった表情で近寄っているな。


 「箱を開けて中身を皆に見せよ……業篤殿も見て下され」


 業篤殿は一つ頷き箱に近づく。


 忠宗は皆が近づいたのを確認して箱を開ける。


 「「おおおぉ」」


 静かだが、驚きの声を皆が挙げた。


 そう、山の民にとっては鹿の角と狼の牙など見慣れたものではある。だが、この箱に納められているものは、何か儂らには理解できない力と輝きに溢れているのじゃ。


 「それが、儂に何かあったときには、忠宗の元に置かれる当家の家宝じゃ。皆わかったな!」

 「「ははっ!」」


 よし。皆の顔が変わったな。

 あのような物を見せられては、儂ら如き凡人にこの話を否定できるものはおるまいよ。


 「なるほど、わかり申した。これほどの安中の秘事。某に打ち明けてくださるとは……ご家老様よりの信頼、熱く感謝いたしまする」


 業篤殿も感動しておられる。

 だが、話はここでは終わらんのじゃ。


 「まだまだじゃ、話はここだけでは終わらん」


 皆不思議そうな顔じゃな?


 お?業篤殿には、何やら思い当たることがありそうじゃな。


 「話は今少し続くのじゃ。まぁ、最後の一言かの?……忠平から話を聞いたと文様、お方様にお伝えするのじゃ。人目には付かぬようにな。さすれば、太郎丸様、景藤様がお生まれになられた時に、その両の手に握られていた狼の牙を見せて下されよう……良いな!?我らが安中の一族、そのすべての忠誠を捧げるは太郎丸様なるぞ!」

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