第28話 大型新産物の気配
天文二十二年 春分 勿来
「へぇー。忠平ったら風邪が治った途端にそんなことを!」
「そうなんですよ。若殿。爺様が床に臥せた!と一族皆が大慌てで羅漢山に集まったというのに……本人はいたって平静でしたよ。確かに熱と咳で辛そうにはしていましたが……二日三日寝込んで、熱がひいたら「寝ててばかりで体がなまった!牧へ馬を見に行く!」と一言、父忠宗も置いて一人で外に出ちゃったんです。まったく、後から追いかける羽目になるこちらの身にもなって欲しいというものです」
びっくりの忠平闘病記である。
お前は老黄忠か!っていうぐらいに、老いて益々盛んである。
さて、本日はゆるりと製塩工房を視察中です。
お供は件の忠平の孫二人。
忠宗の長男の忠清と末の息子の
忠嘉は俺の五つ上だから、吉法師と同い年になるのかな?忠宗の四人の息子の中では一番、彼らにとっての祖父にあたる忠平に、外見も性格もそっくりと似ている男だ。
「なんというか、参りましたな。安中の者は年を取れば取るほど益々盛んになるとは、里の老人たちの口癖ではありますが……おのれの祖父がここまで頑健だと、少々複雑な思いですな」
苦笑いは忠清である。
この忠清と忠嘉の二人は、竜丸を含め、勿来から多くの侍大将がほかの地域に移ってしまったので、それを心配した忠平と忠宗が送ってくれた男たちだ。
忠清は幼少の頃より、安中の家長となるべく、忠平、忠宗から教育を受けてきた男で、文武ともに優れた男だ。
勿来に俺が来た時から付いてきてくれて、伊藤家の燃料問題を担当してもらっていた。
忠清の頑張りで、貝泊での植林を含む木炭工房は軌道に乗って、今では伊藤家の燃料事情は明るい……金銀精練が本格稼働していない現段階での話だけどね!
とにかく、他人に任せられるレベルの軌道に乗ったので、これからは勿来に常駐して勿来軍の指揮を取ることとなった。
一方の忠嘉が親元の三坂城から勿来に移動した理由は、そのまま竜丸の代わり、という形で使って欲しいとの忠宗と景貞叔父上からの言葉だ。
忠宗曰く、自分の息子たちの中で一番柔軟な思考の持ち主で、忠平と同様に好奇心旺盛とのことだ。
もちろん、剣の腕も大したもので護衛としても最適であるとのご推薦だ。
一度、鹿島神宮に卜伝の修行を受けに行ったときに、忠嘉の素振りを見た卜伝が一言「見事!」と言っていたので、剣の腕は相当なんだろうね。
達人にしかわからん境地で、俺程度の腕前ではさっぱりだが、忠嘉が強いことだけはわかる。
余談だが、ここで勿来軍の指揮系統を見てみよう。
総指揮、軍長は俺、勿来城城主伊藤景藤で、その下に実質的な指揮官として安中忠清。
現場指揮官が柴田業棟、棟道親子で俺の護衛・直営部隊を忠嘉が率いる形だ。
万が一出征となっても城代として亀岡斎叔父上がいるので、留守中も万全だな。うん。
ちなみに竜丸はこの正月で元服。名を景竜と改め、元気に今市へと赴任していった。
「まずは火箭暖炉の数を整えて暖かい冬を迎えるところから始めますよ」とは本人の談である。
あいつも、俺と一緒にいる間に寒さには弱くなったからなぁ。
寒さの厳しい山間部でも強く生きて行ってほしい。
奥羽山脈の那須岳以南の抑えが終わったら鉱山資源の取得に向かうんだ!
本当のところ、今の状況ではそれほど鉱山資源を必要とはしていないけれど、鉄砲伝来から始まる銃器の時代に向けて、下準備はしておかないとね。
新型鉄砲と艦載大砲は俺が生きているうちに成し遂げたい。
吉法師と「世界相手に大喧嘩」なんて夢をぶち上げちゃったからな……ガレオン船団を編成できるような実力を持たないと……うん?どうやってだろ?
「よーし!火も落ちたから、窯を開けるぞ~っ!」
っと、そろそろ蒸し焼きも終わって取り出しに入るのかな?
製塩工房の焼塩担当者が大声を上げた。
来る将来の為に開発を進めていたコークス精製炉、その実験炉である焼塩炉から焼塩の入った壺が取り出されている。
塩と壺、焼いたらもっと価値が出るんじゃね?という、吉法師との間で行われた会話から生まれた新商品の「壺焼塩」。
勿来も暖かくなってきたので、そろそろ吉法師も尾張から帰ってくるだろうから、この冬、一足先に作った実験的な壺焼塩の売れ具合を直接聞いてみよう。
藤吉郎の元には、「俺を驚かすほどの金額で売れた」とだけの報告が届いたそうだ。
うむ。是非とも驚かせてほしい。お願い。頼む。本当に頼むよ!吉法師!
ちなみに、犬千代は護衛役として尾張で吉法師に同行中だ。「太郎丸にとっての竜丸のような存在になれ!犬千代!」とかいきなり言われて連れ出されたらしい。
藤吉郎曰く、犬千代は美味い飯にありつける勿来を離れたくなかったというのが本心だったらしい……ただ、主命には逆らえません。と、旅立ちの日には半泣きであったそうな。
「で、どうよ!若殿!私たちの腕も大したものでしょ!窯から出しても割れ、ひびなんかが入った壺は一つもないわ!完璧な商品よ!これで尾張のガk……こほん。若い商人なんかに「童の試作品」呼ばわりなんかさせないわよ!」
どうにも吉法師の壺評価が悠殿の耳に届いていたらしい。
この半年、一年?
次に私と会う時には、目にもの見せてくれようぞ、小童が!な勢いで品質改善に邁進し、ここまで勿来の焼き物をレベルアップさせてくれた……まぁ、それなりの費用の請求が事務方へきているのですがね……。
「確かに、おかしなことになっている壺は一つも無いようですな……あとは冷えるのを待ってから荷車に乗せて尾張屋の倉庫に運んでおきますかな」
「済まないが手配を頼む。そしてだ。ここまでの品を作ってくれて本当にありがたいぞ、悠殿!」
エッヘン!という文字が浮かんできそうなほどのドヤ顔を決めている悠殿。
俺は褒めるところは褒める系上司。
特に褒めれば褒めるほど伸びる系部下は、大いに褒める。
褒めることに余計なコストはかからない。実に効果的な手法である。
「そうでしょうとも、そうでしょうとも!」
……胸をそり過ぎて着物が崩れておるぞ悠殿……。
目のやり場に困るではないか、ここは男手が多いのだ……。
目の保養をさせてもらったからというわけではないが、きついことを言うのは控えておこう。
……たぶんだが、吉法師の壺に対する評価はそれほど変わらんと思うぞ。
天文二十二年 春 勿来 伊藤阿南
「ほほぅ。これが勿来の……那須の……悠姫様の……まぁ、なんとも質素で武骨。まるで田畑に蔓延る雑草が如き力強さでありますな!」
「はんっ!これが伊奈殿が持ってこられた常滑の焼き物ですね……なんとも、まぁ。長年武士に愛用されてきた常滑の歴史を覆し、微塵も益荒男ぶりを感じさせぬ、なんともか弱そうではかなげな焼き物ですこと……オホホホ!」
「ハハハ……アーハハハッハ!」
先ほどから、悠殿と、吉法師が連れてきた常滑の伊奈彦三郎という二人は、お互いの壺を眺めながら、触りながら、ずぅっとこうです。
南には単なる口喧嘩にしか見えませんが、若殿と吉法師には仲の良い童のじゃれ合いに見えるそうです。
おかしなことです。二人とも三十路を過ぎておられるのだというのに……。
「で、どうであろう。彦三郎。この勿来で焼き物の指導をしてくれんか?」
「そうですな。私だけでなく、里の者も受け入れてくださるならお受けしましょう」
「「なんとっ!!」」
若殿と悠殿が声をそろえています。南は声をそろえられませんでした。
ちょっと悔しいですが、お二人の思いは真逆のようですので、まぁ、よし、です。
「里の者すべてが来てくれるというのか?」
なんて前のめりな若殿でしょうか。身体も彦三郎の方に動いてしまっています。
……おかげで胸元がはだけて、南には若殿のたくましい胸板が見えてしまいます。
南はついています。今日は良い日になりそうですね。
「はい。正直な所、数年前の桑名と同じ状況でございます。尾張、三河の領主であられる松平様は、どうにも金払いが渋いお方なので……しまいには、昨年に質素倹約令なるものをお出しになり、何の飾りもないただの焼き物以外は資源の無駄だ、と作ることを禁じられました。おかげで常滑の里では、常に安物の面白くもない焼き物ばかりを作らされております。焼き物の可能性、さらなる進化を命題とする伊奈の者たちにとって松平様は窮屈な殿様でして……」
あれ?ちらりと吉法師を見ましたね、彦三郎は恨めしそうな目で……。
「そのような目で俺を見るな、彦三郎……だから伊藤様を紹介しておる」
吉法師は余人を交えると若殿や当家に対しての言葉遣いをちょっとだけ改めるのです。
南はそのままで話してもらっても一向にかまわないのですけれど。
「……と、まぁ。此度はさぶr、いえいえ、吉法師様からせっかくのご紹介を頂きましたので、伊奈一門の百余名を伊藤様に召し抱えていただきたく参上いたしました。何卒、伊奈一門の窮状をお救い頂きたく存じます」
彦三郎は深く頭を下げています。
どうやら、本当に若殿に助けてほしいようです。ここは南も助け舟を出すべきでしょうか?
「若殿……」
お願いをしようとしたら、若殿に手で制されてしまいました。
「中々に殊勝な態度だが、本心はどうなっておる?」
若殿はお人の悪そうなお顔で彦三郎に尋ねてます。
南はそんな若殿の黒い一面も大好きです。
「……ご無礼を承知で申し上げますと……」
「若殿は構わんとおっしゃっておる。彦三郎、遠慮のう言うた方が良い結果がでると俺は思うぞ」
「では、吉法師様のご助言通りに……先代村正様から教えていただきました。「太郎丸はこの世の誰も見たことが無いような、面白いものを作る機会を与えてくれる。人も物も銭も好きなだけ使わせてくれる。職人としてこんなに楽しいことは無いぞ、だからお前らも村人総出で伊藤家に来い」と……この内容を教わって以降、嫉妬で狂い死にしそうな思いが身体中を駆け巡っております。ついては我らが伊奈一門を何卒……」
確かになんとも人を食ったようなお話しですね。
ただ、若殿はこういった言い回しを好まれる癖がございます。
今回もお茶を一口飲んで、一言こう申されました。
「よし、伊奈一門を召し抱える!早々に皆を連れてくるが良い!」
「ありがたき幸せ!」
「……それでも、私が若殿の焼き物工房責任者ですわよ」
悠殿のつぶやきは切実な響きでした。
天文二十二年 春 勿来
なんとびっくり刀工一門の数年後には陶工一門が勿来移住ですかい……。
吉法師にはヘッドハントの才能があるな。
ともあれ、常滑の名のある陶工ということだ、何とか勿来の焼き物レベルを引き上げ、新たな産物の一つとして伊藤家の財政の一助として欲しい。切実に。
欲を言えば磁器の作成までこぎつければベストだけれども……あれって流紋岩が温泉効果で云々ってやつだよね。
前世世界でサングラスを掛けたおじさんが歩き回る番組で見た記憶。
温泉効果で岩石が変成云々て話は、近場の湯本だと石炭の話しか覚えてないからなぁ。
石炭と流紋岩だとかなり違うだろ……元気で大きな火山と言えば領内だと那須岳とその周辺……隣領だと会津か。
会津は江戸期には磁器があったっけかな?
確かに、会津には火山も温泉もあるし、採掘可能な深さで見つかっても不思議はないかぁ?
うむ。ようわからん。
とりあえずは、彦三郎一門がこちらに来てから領内の良い土を探させよう。
磁器用の石・土探索は吉法師に中国から土をかっぱらってこさせて、それをサンプルに専門家に探させよう。うん、それがいい。
陶工一門なら土探し専門の山師もいるだろうしね。
「若殿、失礼します。夜も深まって来ましたし、そろそろ休みましょう。南は眠くなってきました」
障子をすっと開けて阿南が俺の寝室に入ってくる。
結婚して以来、基本的には阿南とは一緒の布団で寝ている。
だが、いわゆる……その、手は出していない。
だって、阿南は数え十三。俺にとっては小学六年生だからな。
流石に俺の身体も数え十七歳とはいえ、小六相手に子づくりは外道の仕業にしか思えんわなぁ。
せめて、阿南の成長が止まるまでは手出しを控える。そう、母上にも伝えた。
母上経由で伊達の久保姫にも伝わっているそうだ。
母上の時でもそうだったが、この時代の出産は本当に命がけだ。
石鹸だ、アルコ-ル消毒だ!といったところで、根本的な科学技術、医療技術は足りていない。
そんな時代、一人の女性に五人も十人も子を胎ませるなど、ただの外道の所業にしか思えないし、身長も伸びきっていない女性を妊娠させるなど……。
とはいえ、後継ぎ云々はどうしても武家には付いて回るので、後々の影響や阿南への周囲の感情も考えて、あらかじめ母上に伝えておいた。というわけだ。
この話をした時には丁度、忠平の奥さんも母上の傍にいて「若殿の素晴らしきご見識!この婆は感動しました!日ノ本の腐れ男ども全員に聞かせてやりたいお話です!」と興奮していたな。
……そこまで、持ち上げられても困るんだよね。
単に俺が前世世界の四十云年の記憶を引きずっているだけなんだからさ。
それに、この阿南の可愛さ?いつまで俺の理性が持つかわからんよね……まぁ、少なくとも、あと一二年は持たせたいとは思っています。頑張れ俺。
ぎゅっ。
どちらからともなく抱き合う二人……かぁ~、いい匂い!
頑張れ俺の理性。
「それじゃ、寝ようか阿南」
「はい。おやすみなさい、若殿。ちゅっ」
まぁ、接吻ぐらいは良いよね……。
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