第25話 少年少女よ、大志を抱け!

天文二十一年 正月 羅漢山 伊藤景元


 今年の正月の宴は、ここ羅漢山城で行うこととした。


 先年は羽黒山城で行ったのじゃが、後で景藤が景能ら村正の者らに大層絞られたようでな。

 曰く、内密に鉄や貴金属の精練、伊藤家の特殊産物やらを秘密裏に作れと言っとるのに、どうして他家の人が集まるようなことをしたのか、とな。


 まぁ、なんじゃ。お説ごもっともじゃな。

 この件に関しては許可を出した儂にも責任がある。

 済まんかった!と景能の元へと詫びにいったわ。

 儂個人の割り当て分の焼酎とぱたたちふれを片手にな。

 結果、村正一族の大宴会となってしもうたわ。


 ……こう言っては何じゃが、あの一族はちとおかしいぞ?

 男も女もガハガハ笑って浴びるように酒を飲む、飯を食う量も半端ではない。

 それで、一たび仕事となると完成まで寝食を忘れて没頭する……まったくもって敵には回しとうないな……。


 「ご隠居様、いやさ義叔父上と呼ぶべきか!義叔父上、この城は実に大きな山城ですなぁ、我らが佐竹の太田城も大きな堅城と思っておったのですが、羅漢山はそれ以上ですな」

 「いやいや、義昭殿。それはいかにも褒め過ぎというものじゃ。太田城は川に挟まれた広い台地に作られた見事な城。一方、我らが羅漢山城は山を使っておるので中々に広さが足りませぬわ!のぅ?景虎よ」


 なんじゃな。義昭殿も佐竹家の当主とは言え、ようやく二十の半ばに差し掛かった頃じゃ。

 儂などの爺に対する物言いがあまり慣れておらぬな。

 血縁関係を結んだ友好的な隣領なのじゃから、肩の力を抜けと教えてやりたいの。


 実際、昨冬には小田氏治おだうじはるが太田城で義昭殿に頭を下げ、それを許したことで唯一基盤の薄かった小田周辺の南常陸を抑え、名実ともに常陸一国の主となった。

 氏治殿自身は石塚城で義廉殿預かりの立場なそうな。

 これで、関東以北では北条、武田、長尾、伊達に匹敵する大身となったのだから、もっと悠々自適になっても構わないと思うがの。

 まぁ、そこも含めての若さということか。


 「まさに、父の申す通りですぞ。あれほどの名城を数百年と維持されてる佐竹家。まこと、感服いたします」


 景虎もわかっておるの。

 きちんとした、「おべっか」じゃな、多からず、かといって少なすぎもしない。

 伊藤家も先の五家に次ぐ規模の領地を持ってはおるが、未だ発展途上だからの。

 侮られぬ程度で油断しておいて欲しいものじゃ。


 「何を、何を!謙遜なさるな!伊藤のご隠居様に信濃守殿。これほどの堅城、奥羽中を見回しても中々に匹敵するものは無かろう!のぅ?長尾殿もそう思わんか!」

 「……然り。これほどの堅城、どれほどの兵を率いてこようとも攻め切れるものでもございますまい」

 「おお!やはり、お二人が言うほどですか!」


 うむ。伊達晴宗殿うるさいよっぱらい長尾景虎殿しずかなよっぱらいはどうにかならんものかのぉ。

 せっかく話の向きを変えたというに……。


 伊達晴宗殿うるさいよっぱらいは三十代の半ば。最も脂が乗ってくるころ合いじゃ。

 対外的には、最上の庄内攻めには一切の参加をせず、逆に南部の後援を得た斯波しば稗貫ひえぬきを大崎、葛西の要請に応え、胆沢で打ち破っておる。

 このことで、一時は緊張していた北上川下流域一帯、おしなべて伊達家の差配するところとなった。


 長尾景虎殿しずかなよっぱらいは義昭殿と同年であったかな?そのぐらいの年齢でありながらも、なんとも落ち着いて大きな雰囲気を出す御仁よ。

 庄内の大宝寺家からの援軍要請を受け、最上軍を鎧袖一触の下に破り去ったようじゃな。

 景虎殿の戦いぶりを間近に見た大宝寺家は、その鬼神のごとき様に恐れ慄き庄内のすべてを差し出し兼ねんほどの勢いで平伏しとるという。


 当家を含めるこの四家、日ノ本の東では他の追随を許さぬ連合体となっておるな。

 ついては、末永くこの関係を維持していきたいところじゃ……。


 「して、話は変わるのですが、皆様にお聞きしたいことが一つ……」


 そのような神妙な表情と口調は止めてくれぬか義昭殿。

 嫌な予感しかせぬわ……。


 「古河から小山に逃れている鎌倉殿から書状が参ったのですが……」


 ……予想通り嫌な話題じゃな。

 宴席では勘弁して欲しいと皆の顔に書いておる……ただ、素通りに出来ぬ話題であることも事実。


 「酔いが覚めるのでその手の話は遠慮したいところだが……まぁ、良い。此度は我ら四家の者しか参加しておらん。お互い随行の者たちにおかしなのはおらんだろう、酒の肴に我らの行く末を語るのも一興か」

 「某に異存は無い……伊達殿と違い某は元から酔っておらぬぞ」

 「ふん。儂も酔ってはおらん。宴席の雰囲気づくりというものよ!」


 ……酔っぱらいほど、自分のことを酔ってないと言うのを知らんのか?この二人は。


天文二十一年 正月 羅漢山 伊藤景虎


 ……酔っぱらいほど、自分のことを酔っていないなどと言うものだが……。


 「まずは宇都宮家の所領に隣接する伊藤家の見立てを聞きたい。信濃守殿、いかに考えておるのだ?」


 いや。伊達殿は実に素直に躱し難い形で物事の本質を突いてくる。


 「左様。当家は今回の古河公方様と宇都宮家殿との諍いには一切の関与もしませぬ。ただ、この両者の諍いのその後……はっきりと申しますと、公方様退去後の古河にて兵を集めている北条家の動きが気になり申す。関東の西は上野に武田がおり、武蔵、相模、伊豆と下総の西側を北条が抑えております。そこで、公方様からの大義名分を得た北条が関東の制圧に向かうのだけは避けたいと思っております。」


 関東の制圧。その言葉で皆が嫌な顔をする。


 「関東の制圧か……かような事態となれば、まずは佐竹殿と伊藤殿が矢面に立ち、万に一つがあればその後は長尾殿と儂に北条家は襲い掛かってくるというわけか……」

 「何万の軍で来ようとも国境の峠を抑えていれば跳ね返して見せようが、そうなれば兵に人をとられ、商流は乱れ、田は荒れる。民が苦しむ」

 「常陸は新羅三郎義光しんらさぶろうよしみつ公より我らの土地。伊勢家のものに好きにはさせぬ……それ以上に、三浦のご一族に対する鬼畜なる仕打ちを見るに、何と言おうとも奴らに「仁」の心などない。我らは引かぬ。一族でも確認済みのことでござる」


 やはり、佐竹家でも対応は家中で話し合い済みじゃな。

 けど、簡単にそのことを口に出すのは……まぁ、義昭殿はお若いか。

 四十の半ばとなった儂も二十年前はああだったかもしれぬ。


 「北条、伊勢への備えというのであれば、近年、当家は武田とは戦っていない。甲斐、上野に兵を置く武田は伊勢への良い牽制となろう……佐竹殿、伊藤殿ほどではないが当家も古くからの武家。伊勢如きに大きな顔をされるのは気に食わん」

 「……家格のことを言われると、当家が一番新しいのか……新鮮な驚きだな。ともあれ、伊達も坂東平氏の流れを組む一族。足利の家来である伊勢如きに東国を差配されるのは腹に据えかねるわ!」


 ふむ。対北条で話は纏まったな。

 下座で騒ぎながら酒を酌み交わしている、それぞれの随行の者達もしかと聞いていよう。

 対北条、対伊勢の連合は成った。


 「ついては、差し当たりの対応協議だな。佐竹殿、伊藤殿。なにかあるか?」

 「当家は特に……ただ、水戸・鹿島を使った商流をこれまで以上に太くすることを伊達殿にはお願いしたい」

 「承知した」


 佐竹家はそうであろうな、南に対する要所は既に抑えてある。

 後は内をしっかり固めること、そのためにはどうしても銭の力が必要となろう。


 「当家は伊勢軍が北上してきたときに備え、烏山、今市に拠点を築きとうございます」

 「……戦場は氏家、もしくは鬼怒川沿いか……」


 さすがは鬼神、軍神と呼ばれる長尾殿。

 他国の地形にも精通しておられるか……。


 「伊藤殿は我が姉の夫。某の義兄でござる……義兄上が心行くまで戦えるための舞台づくりには手助けをしていきたい所存なれど……」

 「いや、長尾殿そこは構うまい。伊藤殿は独力でことを成される。我らは、ただ、その行いを認める旨の確認を行えばよい。そうであろう?信濃守殿」

 「お手数をおかけしますが、よろしくお願い申し上げる」


 儂はただ一礼を持って答えた。


 「お気になさるな。伊藤家が那須全域を抑えてくれれば奥州街道に阿武隈川、那珂川を使っても伊達領と佐竹領が繋がることになるからな。海路だけでなく陸路も使えれば人の流れはより活発なものとなろうよ」

 「なるほど!それは我が佐竹にとってもありがたい!」


 ふむ。やはり晴宗殿は役者じゃな。


天文二十一年 春 勿来


 烏山攻めは簡単に終わった。


 抵抗らしい抵抗もなく、北、東、西から囲まれた烏山城は中から落ちた。大田原資清と大関高増おおぜきたかますの親子は、伊藤家に降伏すべく主君一族、高資、資胤の首を並べた。

 軍を指揮した景貞叔父は、そんな資清のやり方に我慢がならなかったようだ。

 城の降伏を認める代わりにと、資清親子に腹を切らせた。


 この仕置きに大層喜んだのは、女子であるということで命を取られることのなかった、那須家先代の政清の娘二人だった。

 白河から烏山に逃げ帰ってからの資清は、主家を主家とも思わぬ振る舞いようであったと同時に、最後は兄弟の敵となった。

 そんな男とその息子が死んだのだ。

 姉妹二人、姉の悠と妹の妙は涙を流しながら抱きあって喜んだらしい。 


 なんでそんなに詳しいのかって?

 だって、当の悠が目の前にいるんだもん……。


 「聞いておられますか?!若殿!かような仕儀にて我ら姉妹はようやく自由を手に入れたのでございます!まさに、語るも涙!聴くも涙の姉妹の人生です……」


 独演会はまだまだ続くらしい。


 ちなみに、姉の悠は「山暮らしの人生にいい思い出は無いので、今後は海を眺めながら暮らしたいのです!」と宣言して勿来に来たらしい。

 景貞叔父から手紙で、いきさつと「万事頼む!」との悲痛なお願いが伝えられてきた。

 大丈夫です。叔父上。

 叔父上の心配事は竜丸・・がきっとやり遂げてみせますから。


 一方、妹の妙は烏山に残り、那須家に忠実に仕えてくれた者、那須家晩年にはつらい目に合わせてしまった領民の為に、身を粉にして働きたいと申し出ている。

 烏山に入る当家の者達と仲良くしてもらい、彼の地を円満に治めてもらいたいものだ。


 ここまでが良い話。

 悪い話……といっても僕個人にとってだけだけれども……。

 勿来から業棟の息子三名が兵の指揮官として烏山に移された。

 業平、業清、去年に業棟が養子に迎えた棟虎の三名。


 俺としては業清が抜けたのが痛い。

 彼は業棟の息子たちの中でも抜群に頭が柔らかく機転が利いた。

 最近の数年は俺の護衛隊長として百人隊を器用に使ってくれていたのに……残念である。


 ああ、業清で変わった話と言えば、彼は俺の護衛隊長であるがゆえに羽黒山城にもしょっちゅう俺と一緒に行っていた。

 そこで、なんと杏の姉上に見初められたのだった。


 業清の奴も、はじめの頃は「身分が」とか「某程度の男とでは」などと逃げ回っていたようだが、最終的にはとっつかまった。

 決まり手は、杏の姉上が作り上げた強引な既成事実成立だったらしい……山の民の底力は恐ろしい。

 結果、伊藤寅清として、現在烏山城代として赴任中である……がんばれ、寅清義兄上。


 「……っと、景藤。少々済まぬが聞きたいことがあってな?今良いか?」

 「ええ。構いませんよ。亀岡斎の叔父上」


 悠殿の独演会と俺の空想タイムは亀岡斎叔父上の登場で打ち切られた。


 「それで、どのようなご用件です?」

 「いやな、海岸側の田畑になっていない湿地やら中州を新たに綿畑にしたいといってたであろ?その時の埋め立て方法と排水方法で相談した時に、素焼きの土管について話してくれたであろう。その件でな……」

 「素焼き!!!焼き物ですか??!!」


 う~わぉ!

 なんという食いつき方!


 「えと、悠殿は焼き物について……?」

 「大大大好きでございますわ!」


 ずいっと全力で寄ってきて俺の両手を握る悠殿……やめてそんなに急な動きをされたら乱れた着物に目が行っちゃう!


 じぃぃーーーっ。


 はっ!亀岡斎叔父を案内してきたと思われる阿南の視線が痛い!


 ダイジョウブ!オレ十四!カノジョ三十!


 けど、俺の精神年齢は四十を越えているんだけどね……。


 ぴとっ。

 阿南が俺の真横に座って肩をくっつけてくる。


 「悠殿。若殿は南の大切な旦那様です。そのようにくっつかないでください。はしたないですよ!」


 ぷんぷん、と当て字を入れたくなるような阿南の怒りっぷりである。

 ……もうっ!可愛いなっ!


 「ああ、阿南様。気にせずとも大丈夫です。私はガk……子供に興味はありませんから。それよりも焼き物の話なら私も混ぜてくださいなっ!」


 悠殿……いま、確かに「ガキ」って言ったよね!


 俺は微妙な心境であるのだが、隣の阿南は「興味ない」発言に安心したのか、見るからにほっとしている。


 俺は仕方ない、とばかりに肩をすくめ亀岡斎叔父上に話の続きを促した。


 「……この勿来周辺では、焼き物を売り物にし、更に生業とするような者はおらんかったのだ。なもので、焼き物をしたことがあるという者を兵や土木奉行所の人員から探し出し、村から手の空いている人間を引き取って、諸々作ってみたのだが、どうにも出来が悪い。まともに使えそうな物が二割もない……」

 「なんと!まともな技師もいないのですか!!それでは土も燃料となる炭も可哀想ですわ!!私を案内してくださいませ、お坊様。多少の手ほどきなら私自身が、それ以外は……そうですわね、烏山からこちらに何名か呼び寄せましょう。かの地は残念ながら人も減り、技師たちの腕を生かす機会も減っているでしょうから、喜んで勿来に来るはずですわ!」


 口ぶりから大層焼き物に詳しそうで……。


 「悠殿は焼き物に詳しいので?」

 「ええ!それなりのものだと自負していますわよ!何を隠そう、那須の陶芸姫とは私のことですから!」


 ……いや。

 そんなの知りませんって……。

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