第24話 新たな築城の気配
天文二十年 師走 羅漢山 伊藤景貞
「……と言うわけでありまして、下野・下総で大火の兆しがあり、皆様に急遽、ご報告させていただいた次第であります」
忠平が評定の冒頭から大問題を投げ込んできた。
特に、那須方面を預かる俺にとっては言葉通り、正に「直面する」問題だ。
ここは担当者から口を開くのが良かろう。
「俺には細かい駆け引きはわからんから、途中の経緯は全てすっ飛ばし、実際に奴らと戦う第一陣を率いる者として想定させてもらう。まずは野戦時の場合だ。万の軍がぶつかり得る場所としては、
「大軍で小を圧する戦いを北条方が選ぶならばそうなりましょうね」
伊織も冷静に頷く。
伊織は戦を俺よりも大きな盤面で覗くことができる大したやつだ。
もっと、自分の戦面での能力を評価しても良いと思うがな。
「北条方が血迷って、分散、小分けに軍を進めてくれるのならば、地の利がある我らに有利だ。伏兵も逆落としも掛け放題で、楽に勝てる戦となろう。だからこそ、ここは厳しい状況、大軍での戦いを想定しようと思う……それで、氏家周辺だが……この辺りは湿地、田園地帯で馬は使いづらい。伊藤家の精兵は騎馬が多いからな。得意が生かされぬ戦いはまずい」
気になる点は先に言わせてもらおう。
後から、あそこが気になった、ここは駄目だ、などとなってしまっては時間の無駄だからな。
「そうなると、氏家、鬼怒川よりも更に北、喜連川に戦場を設定したいところかと」
「賛成だ」
伊織のまとめに賛成をする。
鬼怒川を渡った丘陵地帯なら、どの地点でぶつかっても我らが高さを取れる。
高ささえ取れれば、多少の兵数差などは跳ねのけることが可能だ。
こちらの矢はより遠くに飛ぶし、敵方の矢は届かない。
騎馬でも、馬防柵を巡らせた堅陣でも築かれぬ限り崩せぬものはなくなる。
敵兵の誘導も楽だしな。
孤立した山の陣を包囲されるのでなければ、高さを取るのは戦準備の王道だ。
「う~ん」
うなる景藤、なにかを言いたそうだな。
「なんじゃ、景藤。思うたことがあったら遠慮のぅ、言うてみよ!」
父上も促す。
俺も景藤の考えは聞きたい。
あいつの思い付きは、俺の考えでは到底浮かばぬ見方だからな。参考になる。
「喜連川を戦場と仮定するならば、今市と烏山に当家の拠点があれば三方から包囲できますな……」
……あいつは築城魔王か!
……だが、三方向からの包囲で川上と高地を取る……あやつ、いつぞや大宮でやりおった水責めを狙っておるな。
ふむ、面白い。
「烏山は那須を追い払うということであろうが……今市か……あそこは氏家に負けず劣らずの寺社領ではなかったか?忠平?」
「はっ。その通りで、信濃守様……ただ、氏家とはいささか事情が違いますな」
兄上の質問に答える忠平……だが、事情が違うだと?
俺も矢板に詰めておる北畠顕貞殿から、二荒山社寺の坊主どもがうるさくて敵わんと聞いておる。
別当職から武家になった宇都宮家とは奇妙な連携をして、厄介事ばかりと嘆いておったが……。
「事情が違うとはいかなる仕儀じゃ?」
「は。まず今市は奥羽山脈の南端、つまり山の民が勢力を持っている土地なのです。武家の感覚では奈良以降、
ふむ。神官家から武家を名乗っておる宇都宮氏の純粋な影響下であるところの氏家や宇都宮周辺とは何かがまた一つ違うのか?
「また、山の寺社と平野の寺社では性格も違いますので、当家が今市に拠点を築くことは、……交渉次第では十分に可能でありましょうな。また、近年では彼の地の同族から、儂が養子をとっております。あやつらに説得をさせれば、まず問題なくことは進みましょう……ただ……」
「ただ?」
なんだ忠平め、気まずそうに伊織と景藤を見ておるな。
伊織も景藤も互いに目配せしとるな……また、銭か?!
「銭が足りぬのか?!」
思わず声に出てしまったではないか!
「いや、景貞叔父上、銭ではありませぬ。幸いにして常陸が落ち着き、遠方の商人も、近場の商人も活発に商いをしておりますので、今の当家の懐にはだいぶ余裕があります……ただ、最近ですな。少々、耐火粘土や石灰壁を使い過ぎまして……資材が枯渇しております!」
「「またお前のやりすぎか~!」」
平謝りの景藤に対して思わず声が大きくなってしまったわ!
天文二十年 師走 羅漢山
だって、だってさ、大事よ?冬の暖房。
ただ、土木奉行所が設計から施工までを担当するのと違い、領民や里の者が自分たちの裁量で使う場合では資材の消費量の桁が違ったのは内緒。
景藤君の計算間違い……テヘッ。ウッカリ太郎ちゃん!
平謝りを続けながらも心の中だけで言い訳をする俺。
「まぁ、信濃守様、景貞様、そう若殿をお睨みなさいますな。今回の若殿の新たな発明は、新型暖炉でして……寒さに震える山の者を代表しまして、発明した若殿、資材の放出をお決めになられた伊織様には深く感謝しておる次第です。おかげで、今年は冬に体調を崩しても命の心配まではしなくて済む、と里の者達は安心しておるのです」
そそそ。今回のやりすぎは俺個人のやりすぎじゃないよ!皆で力を合わせたやりすぎだよ!
……試算ミスはしたけどね!
「……ないものは仕方ないが、して資材の準備にはどれほど時間がかかると思う?」
「そうですね。忠清からは貝泊で行っている大規模な炭作りが軌道に乗ったと報告を受けていますので、早ければ、夏ごろには今市の築城分は揃います」
「そうか!それならば!……と待て?景藤、お主、築城と言うたか?」
……?
ええ、はっきりと……。
「はい。今市に城を建てるための資材の話だったのでは?」
「儂は拠点を作る話をしておったのだ。兵と武具・食料が運び込めればそれで良い!」
いやいや、それではそれでは……。
「信濃守様。それでは勿体ない。どうせならば、忠平の養子を城主に据え、二荒山社寺と連携して奥羽山脈の最南端、那須から赤城山に至るまでの山々を抑えるべきです!少ない出兵、少ない動員で最大の結果を求めることこそが、結果、最も被害の少ないこととなりましょう」
赤城山までを抑えれば足尾銅山やらなんやら、めちゃくちゃ優秀な地下資源を抑えることができる。
きっと、俺の知らない資源もザックザクだろう。
伊藤家領内の採掘技術がどこまでか?とも思うけれども、最終的には鉱物資源が埋まっている場所を抑えていなければ意味はない。
逆に言えば、技術は他所から学んで向上することを目標にすればいいしね。
「まぁ、景虎よ。景藤の言にも一理ある。山々を無理なく抑えることが叶うのならば、それに越したことはあるまい。それに、八溝山地には金銀があった。那須から赤城山までの間で何が出てくるかわからんぞ?」
「……それは、そうですな」
父上も俺の提案に驚いただけで、否定をしたいわけじゃなさそうだ。
「申し訳ございません父上。私も少々先走りました」
「……気にするな。儂も驚いただけじゃ……」
ふぅ。
微妙な空気が流れる。
「では、今市に関しては資材の蓄えを見ながらと諸将の反応を確かめながら方針を見極めるということですな」
伊織叔父のまとめに皆が頷く。
いつもながら、伊織叔父の司会能力は神がかっているね。
微妙な空気を出しちゃった本人としては本当に有難いよ。
「では、今市の反対側、那須についての話しをしませぬか?」
いいよ!忠平、ナイス話題変更!
そのお茶目な視線に釘づけだ!……で、こっちをあまり見ないでほしい。
父上がまた、微妙な顔で俺を見てくる。
「そうじゃな。烏山は黒磯、矢板、袋田の三方から押し込められ、那珂川も満足に使えてはおらぬじゃろう。周辺の状況は如何じゃ?景貞」
「そうですな。俺が感じるに、そろそろ限界のように見えます。当家は、土地持ちの村人と直での五公五民、南の佐竹家は領主、村長などが入りますが、その者らと五公五民。年貢率などあってないようなものの那須家の支配を受けている烏山周辺では村人の離散が後を絶たないとか……実際に矢板周辺の村々は人の数が急激に増えておりますし、黒磯での兵の志願、土木奉行所への志願は増加の一途です。黒羽の小栗殿からも水運・黒羽衆の規模増加が止まらないと笑って報告が上がっておりますな」
那珂川の黒羽衆。
対外的に、彼らは伊藤家の配下というわけではない。
黒羽周辺の土地に対する権利は有していないし、年貢取り立ての義務も権利もない。その分、伊藤家から支給される銭で、配下の者達を維持、活用している。
前世世界風に言うのならば、伊藤家の資本が49.99%入った水運会社といったところかな。
そんな怪しい独立会社(?)の社長さんである小栗殿は、ある程度の関税を那須家に払いつつも、那珂川を使っての黒磯-水戸間商流を一手に担っている。
最近では情勢の落ち着いた鹿島勢も小栗氏の縁を頼りに、物の流れに噛んで来ているらしい。
取引先相手の拡充、結構なことです。
「ふむ。忠平、その方は息子たちから袋田方面の話などは聞いておらぬか?」
「そうですな、忠統、忠孝の二人からの話ですと、どうやら袋田衆ともいうべき規模で、人が彼の地に集まりつつあるとの話ですな。築城当初、彼の地には平野部が少なく、田畑、集落も小さなものしかありませんでしたので城下町としての発展は期待しておりませんでしたが……」
……忠平も袋田が城だって認めちゃった。
そう、あの規模はもう「砦」じゃないよね。
「確かに、その通りだ。儂が、太田城で佐竹殿から袋田の件の了承を得た時も、「袋田の立地ならば」との流れで、義里殿以外の重臣の方々を説得できた」
「……そのような認識であった袋田ですが、城が出来たことで儂ら安中の者達が従前の集落を大きくしました。どうしても、兵たちの住居や物資の納入、保管等で場所と人が必要ですからな……で、どうやら那須の苛政下に嫌気を差した武茂川流域の者達が集落周辺に住み着き、米以外の作物を植えて生活をしだしております……このままですと、あまり時を置かずに袋田は集落から村々、町へと規模が大きくなりそうだ、との報告です」
金山開く前に人が集まり出しちゃったか……伊藤家の隠し金山、とはいかなくなっちゃうね。
「ここにおる者達は皆知っているであろうから、口にするが……そうなると金は掘れるのか?」
「ご隠居様。残念ながら儂が見た限り厳しいかと。実際、現段階では鶴岡斎様による袋田方面の試掘は止まっております」
「では如何する?」
父上に尋ねられた忠平は俺を見る。
はい。そもそもの発案者が発言いたします。
「私の案で良ければ……」
恐る恐る声を出す。
また、怒られてもたまらないもんね。
「かまわん。おぬしの思うところを忌憚なく申せ」
父上のお許しが出る。
「では……結局のところ、二者択一が二つあるのかと」
「ん?ようわからん。俺にもわかるように説明してくれ!」
景貞叔父上からすがすがしい宣言がなされる。
「まずは、袋田の金山を今から全面的に掘り始めるのか、諦めるのかの二択。次いで、ことが漏れる可能性が出てくる人間を減らすのか、金の存在を忘れてしまうかの二択になるかと……」
「人を減らすとは!殺すということではあるまいな!」
おうぅ。父上ごめんね。言葉足らずでした。
「いえ、これは私が言葉足らずでございました。袋田に集まった人々は元は武茂川流域の者達、ならば彼らを元いた場所に戻せば、自然と袋田の人は減りましょう」
「ん?若。彼らは苛政から逃げた人々、戻れと言って戻るはずはないでしょう」
伊織叔父上、やめて。
その美ボイスで「若」とか照れるから!
「はい。ですので、彼らが戻れない理由を我々で取り除くのです。烏山から那須家を追いやる。つまり、苛政の元を取り除くのです。さすれば、大多数の者達は自分が住んでいた土地へと帰ることを選びましょう。伊藤家は那須家とは違い村人に土地の所有を認めているのですから、なおさらです」
「……そして、そのような状況下でも袋田に残るようなものであれば、袋田で取り込んでしまえと言うことですな?」
流石は忠平、俺の思考が良くお分かりで!
「そう。さすれば、袋田の人口増加を気味悪がっている佐竹家の方々も枕を高く出来ましょうし、那珂川が一本で繋がれば、余分な関税がなくなり物の流れも更に円滑になるというものです」
「……ふむ。それならば佐竹殿を説得できそうじゃな?どうだ信濃守?」
「……確かに、その内容でしたら説得は可能かと……」
「佐竹家」は説得可能かもしれないけど義里殿はあまり良い思いはしなさそうだよね。
だって、大宮の地理的好条件が下がっちゃうわけだもん。
だけど、長い目で見れば、物流、商流の幅が広がり量も増えれば、結果として常陸はより栄えると思うよ。
父上!説得頑張れ!
俺は全力で応援をしています!
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