-第一部- -第二章- 阿武隈の狼
第21話 元服
天文二十年 正月 羽黒山
「「新年明けまして、おめでとうございまする」」
南奥州最南端、俺の記憶で言うところの中通り岩城棚倉は旧暦正月。
ただ、最近はこの季節の寒さにもだいぶ慣れてきたかな?
年が明けて、天文二十年。
俺も今年で十四歳、数えでね……。
さて、今年の正月はいつもと色々違う。
場所も棚倉の館や元馬場社ではなく、棚倉盆地の羽黒山城、別名白鷺姫城で行われている。
この城は、伊藤家の最終防衛地とでもいうべき位置づけで、これまで他家の人々が立ち入ることは無かった。
三方を川に囲まれ、残る一方も崖で覆われた難攻不落の巨大山城!……だったんだけどね、築城当時の構想としては……。
だがこの五六年で、日本に類を見ないほどに築城技術が上がってしまった伊織叔父上率いる伊藤家の土木奉行所。
初めての経験だった大型築城の羽黒山城には満足していません!というノリで、勿来城、黒磯城と羽黒山城よりも大型の城を建て、ついには小峰城を丸々土木奉行所に改築して、白河の羅漢山に新たな城を、棚倉館を大改修して棚倉城を建てた。
この二城は丸々一つの山を使い切るという羽黒山城スタイルを継承。
塀、壁も石垣と石灰壁を併用し全漆喰対応という、時代をどれだけ先取りするんじゃ!といったお城となっております……。
伊織叔父も北畠の祥子と蕪木の二人を嫁に貰って、いろいろと吹っ切れたようで……周りから静かだと思われていた人間が吹っ切れるとさ、本当に凄いよね。まったく。
で、自重という単語をどこかにポイっとした伊織叔父上の頑張りによって、羅漢山城、棚倉城は未だ拡張工事中です。
諸将を招く正月の祝いで工事中の城に招くわけにもいかん!という仕儀にて、今年は元姉上が城主であるところの、ここ、羽黒山城で宴が開かれております。
このだだっ広い羽黒山城内が、人で埋まる日が来るなんて思いもしなかったよ。
また、今年は初めて伊達家と佐竹家と
佐竹は昨年に行方、鉾田、鹿島、香取の豪族を従え、森山城に立てこもる千葉家を打ち滅ぼした。
このことで、鹿島方面の諸豪族は完全に佐竹家に服従を誓い、霞ケ浦の出口を完全に抑えることとなったのだ。
常陸、下総の内海を完全い抑え、今年からは膨大な商いの利益が佐竹家の懐を潤すことになるのだろう。
そして、佐竹家のお隣の大身北条家は里見家も両上杉家も小弓公方も真里谷家も、ついでに古河公方も抑えていないので、せっかくの東京湾、相模湾を満足に使えていない……もったいない限りだよね……。
さてさて、そんな順風満帆な佐竹家は、何かとお付き合いはあるが「お前勢力付けすぎじゃね?」と少々警戒していた縁戚の伊藤家にも余裕を持って接することができるようになった模様で、今年は当主の佐竹義昭殿のご出座と相成った。
次いで伊達家。晴宗殿は相変わらずの澄酒好きで正月と聞けば当家にいそいそとやってくる。
本人曰く、澄酒は伊藤家の正月で出されるものが一番うまいそうだ。
時候の挨拶代わりにと、伊藤家からは晴宗殿宛てにしょっちゅう澄酒を送ってはいるのだが、どうにも輸送したものは風味が抜けるらしい。
付け加えるのならば、伊藤家領内と言えど正月以外の味はどうにも今一つらしい。
だから、正月には伊藤家へ行く。全くもってブレない漢である。
その伊達家は、この期間、外征を全く行っていない。
羽州の南のあたり?に支配を広げるべく出兵した最上家の補給をちょっとだけ手伝ったぐらいだ。
その手伝いのおかげか、最上家は真室城を落とし山形盆地の全域を抑えることとなった。
山形盆地の全域ならきっちりと開発を行えば三十万石は固いと思うのだが、最上家は未だに十万石行くか行かないか程度らしい。
彼らには土木奉行所が必要だな。うん。
と、外征は行っていない伊達家だが、塩釜を使った商いは非常に活発になってきている。
その余波というか、恩恵というか、尾張屋が大型商船での定期運航を始めたのに対抗して、伊勢湾、駿河湾の商人たちがこぞって塩釜に向かい出したおかげで、中継地としての勿来も人の出が増え、人口そのものも着実に増えている。
勿来の売れ筋は石鹸と焼酎。
こいつの売れ行きが良すぎて棚倉盆地からの焼酎輸送が追い付かないほどだ。
はっはっは!実にありがたい!
最後に長尾家。
当主はあの
長尾家は前年に当主晴景殿が隠居、弟の景虎殿が家督を継いだ。
どうやら対外政策に消極的で、家中のとりまとめも上手くいかず、産業振興も振るわない。
そんな当主を重臣連中が見限ったようだ。
後を継いだ景虎殿は、佐渡の雑太に自ら城を建て、佐渡の直接統治に踏み切った。
抵抗していた佐渡の豪族たちは、軒並み景虎殿の手の者によって消されたらしい。
そんな佐渡では金銀が新たに見つかって、ちょっとしたゴールドラッシュになっているらしい……前世世界では佐渡の大規模鉱山開発って江戸以降だった気もするが……ここでも前世世界とのずれを感じるよね。
金銀でイケイケな長尾家。
前世世界では、庄内、会津、上野、信濃、越中と全方位に出兵という、何のカクテル決めちゃった?的な対外出兵政策を行っていたのだが、今のところ村上家、椎名家への援兵以外は行っていない。
おかげで兵力は充実しているようで、上杉家領内の治安はすこぶる良いとの噂だ。
そんな三強プラス1的な集いが羽黒山城で行われている。
大広間から待合席その他の仕切りを全て取っ払い、滅茶苦茶広い空間創出。
上座には三強と伊藤家の当主、加えてその腹心クラスが円座を作っている。
例年通りの仕様だが、それまでは阿武隈周辺諸将もここに加わっていたので、彼らにとってはランクが下げられたみたいな感じで不満……でもないよね岩城家以外は!だって、そこに今まで座ったことあるのは二階堂と田村ぐらいで、岩城なんて数年前の一回だけじゃん?
逆に、数年前に一回参加しただけで、そこまでの屈辱感を醸し出せる岩城重隆さん、あなた何者よ?
次いで、城主クラスの塊、横向きに並べられた膳の列に、今度は縦の列ごとに同家の者が並ぶ……うん、隣は他家の者同士が並ぶというスタイルね。
こうすることで、いろんな家の者達と仲良くできますよ?的な。
最後は、お付きの者達ひとまとめゾーン。
ここの参加人数が、事前に全くわからなかったので、いっそブッフェスタイルにしよう!と伊織叔父上に提案した。
がっしりと、武骨な仕上がりで装飾の全くない西洋机を壁沿いと中央に並べ、そこに山盛り料理とお安めの酒、そしてほんのちょっとの澄酒を配置している。
吝嗇だと言われても、人数が読めないところに大事な産物は置いておけんのですよ。
伊藤家の建築ラッシュは続いているのでお金は大切なのです。
「はっはっは。これが噂に名高い伊藤家の正月祝いですかな?ようも、これ程の見事な膳をこれだけお出しできますな~、さすがの当家もここまでの規模では、とてもとても!まず、これだけの広間が城中にございませなんだ!はっはっはっ!」
俺の隣から陽気に話しかけてくるおっちゃんは、
小県郡の一領主の一族だったが、若き頃に甲斐武田に攻められ、越後へと一家揃って落ち延びたらしい。
大まかには俺の頭の中にある戦国時代の流れで歴史が動いてはいるんだけど……各勢力の伸長具合とかは大分ちがうんだよなぁ。
幸隆おじちゃんから聞いたところだと、武田家は甲斐と上野に武蔵の山間部、信濃は佐久、小県、安曇を信虎の時代に抑え、関東全域への進出のため、北条と勢力争いを繰り広げているようだ。
当家とは関わらない場所で頑張ってください、だね。
「しかし安田城の城主の真田殿なら、海からも山からも溢れんばかりの幸が膳に登るのでは?阿賀野川もありますし、宴席ともなればさぞ豊かな膳がご用意されておりましょうね」
「阿賀野川は確かに大きく物を運ぶには便利でござるが……少々会津からの混じり物が多くてですな、川のものに手を出そうと考える者などは越後にはおりますまい」
確かに……上流に人口集中地帯があると、川は汚れるよね。
排水処理場とかは勿論この時代にはないし……。
しかも阿賀野川上流では人の生活排水以外に、鉱山の処理水も混じるもんな……カドミウムなんかが混入していたらイタイイタイ病とかが発生しそうだ。
けど、この時代の採掘技術から排出される量なら昭和の公害病問題程大きくはならないのかな?
「なるほど、それは大変ですね……ささ、真田殿よろしければ当家自慢の焼酎など如何ですか?」
宴会時に会話が途切れたら相手に酒を注ぐ。
サラリーマン時代に養われた宴会作法その一である。
「いやいや、これは忝い。それではそれでは……ぷはっ~!たまりませぬな焼酎の酒精は。某はそれほどの酒飲みではござらぬが当家のお館様は大層気に入ったご様子。ホレ。当主の方々もおられるというに、先ほどから焼酎を飲む手が止まりませぬ。はっはっは」
確かに、上座での景虎君は焼酎の杯が止まらない。
君、まだ二十そこそこちゃううんかい?と突っ込みを入れたくなるような飲みっぷりだね。
「本日は正月の祝い、明日は太郎丸殿の元服、その翌日は阿南姫との婚儀と……いやいや、めでたい席が続き、また、このような素晴らしい膳もいただけるなど、お館様の随行を申し出た儂も伊藤家の幸のおすそ分けを頂き、誠に光栄ですな。わはっはっは」
そう、明日以降も当家の宴は続くのよね……ということでのこの人数になったらしいよ。皆様方。
天文二十年 正月 棚倉 xxxx
「で、どういう所感じゃ、申せ!」
「ハッ。伊藤家の財。はかり知れませぬな。この家には、これまでのような石高を物差しとした評価はあたりますまい。蓄えている兵力も、ちと今までは計算違いだったのでは?」
「さもあらん。ここいら一帯は米がそれほど採れるような土地ではない。なのにこれだけの豊かさ、民の平穏な暮らしぶりとは如何程のものよ?」
「然り、またこの城はなんじゃ!これほどの巨城とそれを短期間で建て得る技術。しかも、白い壁に山のすそ野に咲き誇る寒椿、まるで絵画を見ているような心持じゃったわい……」
暗闇の中頷く一同。
「ともあれ、こうして己の目で見てきたことを国の者どもとも共有せねばな」
天文二十年 春 勿来
どうも。太郎丸改め景藤です。
職業は勿来で城主やってます。
まぁ、城主って言っても思いついた新商品を部下が増産して、友達のお店で高価販売して貰うだけなんですけどね。
いや、ほんとに。
あ、嫁も貰いました。自分、数えで十四なんですけどこれでも妻帯者ってやつです。
自分のカッコ可愛い妻、阿南っていうんですけど、数えで十一、まだまだ子供なんですけど滅茶苦茶美人なんすよね。
目元パッチリにスゥッと通った高い鼻筋、ぷっくり大ぶりな唇に、笑うと出来る大き目の笑窪。
ホント、天使ってこの世にいたんですよ。オゥ、マイスィートエンジェ~ル!
ばこっ!
痛い!
「太郎丸!あんた、なに変質者な目で虚空を見つめてるのよ。阿南ちゃんがびっくりしちゃってるじゃない!」
「いえ、義姉上様。南はびっくりしてませんよ……驚いただけです。いつもは凛々しい旦那様がちょっと気色わ……いえいえ、変なお顔をされてても、南の気持ちは微塵も揺らぎません!」
ぎゅっ。
姉上の阿南を抱く両手が強まる。
「はぁ~。なんて健気。太郎丸にはもったいないお嫁さんだわ。今からでも遅くない、わたしも城主で形式上は男扱いなんだから、阿南ちゃんは私の嫁になりなさい!ね!いいでしょ?母上!」
「馬鹿なことを言わないの!阿南ちゃんも太郎丸も相思相愛なんだから。二人には可愛い私の孫を産んでもらうんですからねっ。もちろん教育は私が全面的に行います!」
うん。嫁姑小姑の仲が良いのは有難い。
けど、肝心の夫が蚊帳の外になってはいませんかね?
棚倉羽黒山城での式の後、勿来に戻る道中には伊達晴宗殿ご一行と伊達家を接待すべく伊藤家当主ご一行が付いてきた。
晴宗殿は五日ほどで海路、塩釜まで戻って行ったが、父上についてきていた母上と姉上は三月ほど、こちらに滞在継続中だ。
母上、一年の三分の二は勿来にいらっしゃいません?
姉上、一年の三分の一は勿来にいらっしゃいません?
確かに、勿来は住みやすいと思うよ?亀岡斎叔父上やみんなと全力で居住性向上委員会の活動を頑張ったから。
この時代の沿岸部の町としては信じられない規模で衛生的。
厠にちり紙が完備されてる町とか、今の日ノ本中のどこを探しても見つけられないんじゃない?
この時代、大多数の海岸沿いの町は、上流で汚染された水が流れ込む、正直、衛生的とは決していえない町がほとんど。
そんな時代に、きれいな川と整備された海岸線、防砂林には椿が咲き乱れ、改・増築中の湊には商船が行きかう勿来。
母上と姉上が入り浸るのは道理かねぇ。
さて、川の話題が出たということで。
勿来に流れ込む河川は大きく分けて
山肌が海岸線に近づいている勿来という地形上、近くの山々を水源に持つ蛭田川上流には、それほど水を汚すような要因はない。
強いて言えば、上流域の平地部分に農村があるぐらいで、生活排水はそれほどではない。
排泄物は堆肥、もしくは山肌への埋め立てとすべし、と立札を建てたら翌月には非常に綺麗な川へと相成りました。
うむ、善き哉、善き哉。
もう一つの川、鮫川は蛭田川よりも長い川で、源流は棚倉、羽黒山から峠を二つほど超えたところにある。
そこには昔から安中の集落があり、集落の名前もそのままに鮫川と呼んでいる。そして、鮫川をそのまま下って行くと古殿の集落がある。因みに古殿を北の支流沿いに登って、峠を越えれば忠宗がいる三坂城がそびえたつ。
古殿から、一路南東に鮫川を下ると、うにょうにょっと山裾を回り込んで勿来の海岸部へ至るという案配。
途中に大小の支流が合流するが、どれもが上流に大した集落を持たず、流れ込む川の水はなんとも綺麗なもの。
念のため、これらの集落にも排泄物の管理徹底はお願いしてある。
鉄砲伝来がまだ訪れていない伊吹山以東で声を大きくは出来ないのだが、実は硝石丘っぽい効果を見越して排出物の管理をしていたりもする。
排出物を捨てるのは天井面、正面を除く四面を石灰壁で覆った場所。木くずや土を混ぜて匂いをごまかしながら町はずれに捨てさせている。
何年かしたら硝石取れないかなぁ、程度の淡い期待とともに、河川美化を主題に領民の皆さんには頑張っていただいている。
「川を汚すな!」の一言はこの時代の人々の心にも響くようで……うん。結構結構!
閑話休題。
要するに、そんな鮫川の船足を使えば勿来-羽黒山は二日で行けちゃう!
途中、古殿で一泊すればそれほどの苦労もなく行き来出来ちゃうんだよね。
体力お馬鹿さんの姉上に至っては、晴れてさえいれば、羽黒山-鮫川に馬を使って、一気に一日で移動できちゃう。
ばごっ!。
おぅふ。強烈な一撃。
「太郎丸、あんた、なんかむかつくことを考えていたでしょう!」
姉上の超常能力が凄すぎる件について……。
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