第22話 火山灰地にはジャガイモ!
天文二十年 晩春 勿来 伊藤阿南
「ほう。その方が太郎丸の妻の阿南か、今後は良しなに頼むぞ。俺は尾張屋の吉法師という者だ」
……なんでしょうか?尾張屋というと商人さんでしょう?
なんで、若様に対して、南に対してこんな口ぶりが許されるのでしょうか?
まったくわかりません?
こてっ?
思わず首を傾げてしまいます。
「阿南、そういぶかし気な顔をするでない。吉法師と俺とはこういう間柄なのだ」
若様の言葉もようわかりませんが……南の理解が悪いのでしょうか?
「そうよ、阿南。気にしちゃだめよ。この二人は変わり者同士で馬が合うのよ!」
「「姉上(元殿)にだけは言われたくない!」」
「ね?気が合うでしょ?」
何やら面妖ですが、義姉上様がおっしゃられるなら、そういうものなのでしょう。
南は伊藤家に嫁いで日が浅いですが、義姉上様のおっしゃられることに間違いはない、ということだけは学んでおります。
ふむ。
竜丸様も「気にしてはなりません」などとため息交じりにおっしゃっています。
「ほぼほぼ一年ぶりに勿来に戻ったのだ。吉法師、なんか面白いものでも見つけたか?」
「くくく、太郎丸は相変わらずせっかちな男よ。……まぁ、聞いて驚け!この一年はな、なんと九州から南蛮船に乗り込んで
「ほぅ。スペイン船に乗り込んだか。で?如何した?」
なんでしょう、お二人の話には聞いたこともないような名前が出てきます……るそん?すぺいん?
南にはよくわからないので義姉上様に視線を向けましたが、義姉上様は吉法師の土産、かすてーら、なるものにご執心の様子。
甘い匂いのするかすてーら、どうやら美味な菓子のようです。
南もいただきましょう……。
!!!!
なんという甘さとおいしさ!
義姉上様がご執心なのも理解できます!
「イスパニア王は相当に野心的な人柄のようだな。呂宋も代官は軍人でおったし、港には沢山の軍艦が来ておった。だが、現地住民の話だとここ数年は穏やかな統治になったらしいな。そのおかげか、遠い属国の統治のはずがうまくいってる様子だったぞ」
「ふ~む、スペイン王はまだカルロス一世だよな……原住民にも優しい統治となるとラスカサスの運動が上手くいった後、最晩年か……」
「おう、それよ!同行の神父共もドミニコの軟弱がどうのと言っておったが……勿来に戻ってきたらお前に聞こうと思っておったんだ」
ああ、南のかすてーらが終わってしまいました……悲しいです。
すっ。
あら?!
若様がご自分の分のかすてーらを南にくれるではありませんか!
こういう優しさがあるのです。
南の旦那様には。うふふ。
「前にも話したと思うが、ポルトガルはヨーロッパから東回りに、スペインは西回りに世界を征服しているのだ。で、今から五十年前ぐらいからか?スペインの海賊共は火縄銃を片手にアメリカ大陸、宋を南北に三つ繋げたよりも大きい大陸だな、その大陸を征服したのだ。そして、その征服した土地の民を牛馬のように使役し、一時の暇つぶしよりも簡単に殺しまくった。その惨状を見て、スペイン国王に諫言した南蛮坊主がラスカサスだ。そして、ラスカサスはドミニコ会所属。日ノ本にきている南蛮坊主どもはイエズス会……法華宗と延暦寺の戦いみたいなもんだ」
「なるほどな。肌色と言葉が違えど坊主どものやることはどこの国でも一緒か」
かすてーらは美味しいのですが、ぱさぱさしていて、何やら南の喉が渇きますね……あ、いいのです義姉上様、お茶なら私が……って、あら?多恵が淹れて来てくれるのね、ありがとう。
「しかし……そろそろフェリペ二世の台頭か……まずいな。現スペイン王に比べ、次期国王の対外政策は積極的だぞ。日ノ本や宋に大艦隊を送ることなどは物理的に不可能であろうが、現地代官や南蛮坊主やらは無駄に征服政策を採ってくるかも知れんな……」
「ふむ……積極的か……しかし、日ノ本はそのアメリカとやらよりは兵が強いのだろ?やつらが積極的に関わりたがって来るのなら、それを利用して知識と物を獲ってくることも出来ようさ……ふむ、一つ質問だが、イスパニアの大艦隊が来るとして日ノ本で勝てる勢力はあるのか?」
「それは嫌な質問だな……同数の鉄砲を配備できれば、地上戦では勝てるだろう。だが海戦は駄目だ。船の性能差が大きすぎる。日ノ本のどこを探しても、三貫の鉛球を二里三里と飛ばせるような大筒を五十、百と備えた船など存在しないからな」
むむ??
あまり若殿達の会話は聞いていませんでしたが、若殿は尺貫法を今一つ理解されてないのでしょうか?
そんな重い球を三里もの遠方に飛ばせる道具なぞ、南は見たことも聞いたこともありません。
……あら、お茶をありがとう多恵。
「……ふん。俺も実際にその船に乗ってこの目で見たのでなければ、お前の言うことなど信じようもなかったが……船を使っての戦、海戦は現実的ではないな。海賊の流儀なら、少しはやり方があるとは思うが、まぁ無理だろうさ」
吉法師は若殿の話を信じたのですか、南は信じがたいのですが……。
あら、気が利くわね、多恵。
おかわり有難くいただきますよ。
「……やはり、話はこの数年の繰り返しだな。江戸を取って彼の地において南蛮船を作る。これ以外に手はあるまい……はてさて、いかに実現すればいいことやら……」
「まぁ、頑張れ。幸か不幸か途中で役目を終えた俺とは違い、お前は武家の若殿なのだからな!」
「ふん。三郎信長殿はなんとも他人事で困る。俺とお前は一蓮托生だぞ?……話は変わるが芋はどうだ?手に入ったか?」
芋?芋ですか。
南は味噌汁に入れた芋は好きですよ。
あの濃密な食感とのど越し、ええ、どちらかと言えば好物です。
「ああ、何種類か呂宋の商人から買ってきた。樽に詰めておるがどこに運べばいい?」
「那須だな。吉法師、那須に行くぞ。梅雨が終わったら芋の植え時だからな」
あら?那須ですか。
南は米沢と利府以外には勿来までの旅路しか知りませんからね。
若殿は南を連れて行って下さるのでしょうか?
「ん?そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。阿南は私が責任を持って連れて行くからね!」
まぁ!なんと頼りになる義姉上様でしょう。
南は一生義姉上様についていきますわ!
天文二十年 初夏 那須
「はぁー、本当に水が流れていない場所が急に川になるんですね!義姉上様」
「わたしもびっくりよ!梅雨時はジメジメするだけで嫌いだったけど、こんなに面白い物が見れるのなら……そう、一方的に嫌うのは良くないわね!」
「今でも乾いた水底を掘れば水が流れているのでしょうか?」
水無川を初めて目の当たりにしたのだろうか、阿南と姉上が興奮しっぱなしである。
さてさて、吉法師が持ってきた芋っぽいもの盛り合わせには、色々と興味深いものが入っていた。
一目でものがわかったのは、じゃがいも、さつまいも、かぼちゃ辺り。
じゃがいもは種類、産地が違うものが多く混じっているのか、ちょっと珍しい色合いのものもちょくちょく混じっている。
とりあえず、じゃがいもっぽいものをこの初夏に植え、冬前の収穫を目指したい。
かぼちゃとさつまいもは来春に植えるということで、大体の生え方、実のなり方を村人に説明したところ「はぁ、なんとなくわかりました。やってみますわ」ということなので丸投げ予定である。
彼らには、新作物の面倒を見てもらう代わりに、幾つかの作業と年貢の負担軽減、収穫物を分け与えることで話がまとまった。
ちなみに、我々の作業員は暇を持て余した黒磯、羅漢山、棚倉、羽黒山の常備兵から四交代、七日毎の派遣である。
前線の城、というわけではなくなったこの四城の常備兵は、平時、治安維持のための警邏が主な仕事ではあるのだが、街道整備がしっかり整っている伊藤家領内ではそれほどの時間を掛けずとも分担範囲の警邏が可能だ。
正直、彼らには手持無沙汰な所があるのだ。
なもので、身体を遊ばせておくのも勿体無いということで、往々にして土木奉行所の手伝いに駆り出されることとなっていた。
今回は、そういった人員の内、一日当たり計三百ほどをこちらに使わせてもらっている。
「若殿様、儂らはどうやりましょ?」
作業員の割り振りを一通り終わらせた俺に、荷物持ちとして連れてこられた藤吉郎が困惑顔で聞いてくる。
「実際の畑管理は近くの村がやってくれるそうだ。ただ、彼らは人手が足りぬということなので、代わりに開墾と道の整備で手を打った。藤吉郎は農村出身だろ?開墾の方に混じって様子を見てくれ」
「わかり申した!では、儂らの中で野良仕事に詳しそうなのを見繕って、開墾に混じってきますわ~」
流石一を聞いて十を知る男、対応が素早い。
そりゃ、いつの時代も吉法師に重用されるわけだよね。
「なら、俺は太郎丸と一緒に道の整備か!して、如何なることとなる?」
吉法師さんは興味津々ですね
「この場所、黒磯城と白河の関の中間で、奥州街道と余笹川が交わるあたりだが……余笹川は一部が先ほどの話で出てきていた水無川だ。雨が降った後の流れが読みにくいので、パッと見の川幅よりも外側にある自然堤防……小高い土の高まりだな。そこを、この石灰壁で補強して堤防の上に道を作る。南側の斜面はしっかりしているようなので、北側の自然堤防を三四里繋げて作れば、付近の住民も梅雨時の移動に苦労しなくなるだろうさ」
「ほう。尾張では水無川……か?そのような川などはとんと見かけんかったが……那須のあたりでは珍しくないのか。……ともあれ、伊藤家流の治水とやらを俺も経験させてもらうとするか!」
好奇心旺盛な吉法師は、目新しいものに関しては率先して関わってくる。
安土城の建築でも、率先して人足に混じって岩を運んだとか言われてたもんなぁ。
「ともあれ、まずは休憩所づくりからだ。俺らも開墾部隊に混じって木の伐採を手伝おうさ」
寝床に飯どころ。
これだけの人数全てが村人の軒を借りるわけにもいかん。
まずは小屋をいくつか立てなきゃな。
あ、阿南と姉上たちは黒磯城と羅漢山城に交互で寝泊まり。
特に、景貞叔父上の嫁の珠殿が阿南と姉上に会いたがっているらしい。
何やら夜通しお話ししましょうと女子会の開催を提案している模様。
南も早速当家の女性たちに受け入れられているようで旦那の俺はうれしい限りだよ。
天文二十年 秋 羅漢山城 伊藤伊織
今日は白河で行われる伊藤家の評定だ。
出席者は父上、景虎兄上、景貞兄上、太郎丸改め景藤、俺、忠平のいつもの六名だ。
「まずは秋の評定としてはこれを確かめねばな。収穫はどうじゃ?」
全員が卓に付き、茶の用意も揃ったところで父上が質問される。
最近の伊藤家では、南蛮様式の椅子と机が用意された板の間で、評定などの会議は行われるようになっている。
提案者は景藤。
さてもこの様式、どうにも使い勝手が良くて俺は自宅でもこの様式で過ごしている。
何より書類を常に傍らに置け、書き物も楽に行えるというのが素晴らしい。
「棚倉、白河、那須、勿来。全て順調でしたな。問題をまき散らすばかりの粗忽者ども、隣の那須も岩城も、この数年は内の問題、代替わりで手いっぱいの様子。当家の領民は心置きなく野良仕事と商売に精を出せたようです」
「それは結構なことだ。領民が腹いっぱいに食える。ありがたいことよの……で、景藤よ。おぬし黒磯より北の那須で、何ぞ新しい作物を植えさせたとか?それはどんな案配じゃ?」
うむ。
これは俺も詳しく知りたいところだな。
そういえば、景藤らの作業中はしょっちゅう祥子も蕪木も、元と阿南を連れて、景貞兄の妻の珠殿のところで「女子会」なるものを開いておったな。
義姉上は勿来で娘たちの教育が忙しく、参加できないのがつまらないと手紙を書いてきていたが……。
「植えたのはジャガイモと呼ばれる作物です。この作物はアメリカ大陸はアンデス高地で栽培されている芋で食べてよし、酒の原料にして良しの素晴らしい作物です。また、彼の地アンデス高地は富士山よりも高い場所でして……」
「ん!富士山よりも高い高地だと!そんな高さに高地と呼べるような広さが?!しかも栽培ということは人が住んでおるのか!」
俺は思わず大きな声を出していた。
「はい。富士山よりも高い場所、そんな過酷な環境でも、人が暮らしていけるほどの恵みを与えてくれるのが、このジャガイモなのです。黒磯から北の那須は水はけが良すぎて稲作には向きません。一部では陸稲や麦、そばなどを栽培しておりますが、そのどれも、腹が膨れるほどの量を作るのは難儀なことです……その問題を解決してくれるのが、このジャガイモです!……今のところ、生育は上手くいっているので期待してもよろしいかと思います」
「ふむ。一つ質問をいいか?景藤」
「なんでしょう?景貞叔父上」
「その新作物、税に関してはどう考える?」
ふむ。
景貞兄上は実に鋭い感性をお持ちだ。
「正直に言いまして、迷っております。勿来でやっている綿・椿のように、領主の土地で領主の作物を作るために農作業をする人間に日銭を払う形が良いのか。米のように五公五民で納めさせるが良いのか。はたまた、雑穀や野菜のように税は掛けない形で折に現物で払わせる形が良いのか……」
「ふむ。何とも言えぬが、腹を満たすことのできる食物ならば米に習う形が良いのではないか?」
確かに、一見その方法が良いとも思うが……。
「確かに、それが良きようにも思えますが、今後ジャガイモの栽培地が増えた場合、年貢で集まるジャガイモは膨大となります……問題は兵共で食いきれぬジャガイモを商人どもが銭に変えてくれるか否かになります。ジャガイモも乾かせば日持ちはしますが、米ほどではございません。しかも芋だけに場所も取ります……」
「ふむ。そう簡単には答えは出ぬか……」
うむぅ。
皆が唸りこむ。
「若殿様ご用意が出来ました。こちらにお持ちしてもよろしゅうございますか?」
「ああ、すまないが頼む」
スゥッ。
静かに戸が開く。
二十前後の良く日に焼けた若者が、子衆を連れて中に入ってくる。
この若者が、ひと昔前までは南尾張一体をその手中に収めていた織田弾正忠家の若君だとはな……。
俺も景藤に紹介された時には驚いたものよ。
「景藤よ?この蒸かし芋が、そのじゃがいもなるものか?」
父上も訝しげに運ばれた皿を覗いておられる。
ふむ、見た目はいびつな円形。赤子の拳程度の大きさか……。
「はい。ジャガイモを蒸かし、塩をかけております。ほかに油で揚げても美味いのですが、今回は最も一般的な食し方を試していただきたくお持ちしました……ささ、熱いので気を付けてどうぞ」
「おぅ。これは美味そうですな。では、ありがたく……はふっ。はふっふ」
忠平は六十を超えても好奇心旺盛だな……。
さて、俺もいただくか!
「ん?お!」「これは!」「なかなっか、あつっ!」
ふむ、質素ながらも中々の滋味に溢れ、なんとも美味いものだな。
「一個でこの満足度か……これならば収量によっては十分に腹が満たされるな!」
「はい。アンデス高地では米の代わりに主食となっているほどですから」
「なるほど……うむ。儂は気に入ったな。冬には収穫できるのだったか?収穫が出来たら領民にも広く食させ、今後の栽培方針を決めて後、年貢の問題は決めていこうぞ」
父上によって一応の方針は出たな。
後は冬の時に、また話し合えばよかろう。
「「はっ!」」
皆が軽く頭を下げ、次の議題へと移ることとなった。
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