第19話 今生の生き様とは
天文十七年 冬 勿来
「多恵殿。よろしいですか、当家では……」
心ならずも勿来に連れてこられた武家の娘八名は、新たに勿来城の女中として働くこととなった。
只今、隣の部屋では母上直々に多恵を始め、八名が、武家教育を受けなおしている。
一番年が上の者で十七、中には多恵殿よりも年少の娘もいたのだ。
なんとも痛ましいことだ……。
俺は、騒動の次第をすぐに父上の元へ送った。
母上はどうやらその父上の元へと送った文を見たようで、そのような事態ならば「私が直々に武家の女としての心構えを教育することで、娘たちのご両親も多少は心安らかになろう」と、棚倉から、いやさ、羽黒山から勿来へとおつきのオバサマ方も総動員してやってきた。
忠平の奥さんとか業篤の奥さんとかが混じっているんだよ。
色んな意味でこの集団には逆らえないよね。
結局あの日の夜が明けてみれば、あの付近の集落一帯の村々、四つ角村と呼ばれていたそうだが、その村人のうちの成人男性、約八割が岩城重隆の元へと訴え出に行ったようだ。
重隆は彼らの訴えに深く共感し、武器を貸し与えて勿来へと戻してきた。
こちらとしては、彼等のような輩が勿来に戻ってこられても邪魔なだけなので、かる~く排除をさせていただいた。
と、言っても関を閉じて、関破りをしようとする男たちを、崖の上から弓で射殺すだけの簡単なお仕事ですけどね。
狭い山道の関が閉じられてるんだから、少しは考えようよ……。
ついでと言ってはなんだけれども、複合弓、景能がいう絡繰弓のテストをさせて貰った。
百名前後だったので、数が丁度良かったんだよね。
果たして、使用者の感想は上々、物陰からの撃ち込みが非常に楽だった、通常の弓に比べて待機中に邪魔にならない、等々好意的なご意見を頂きました!
指揮を執っていた棟清曰く、これならば矢盾に隠れながらでも水平射撃が出来るだろうと。
陣地をとっての戦いであるならば、騎馬は近寄ることも出来ないであろうとも。
俺には実感できていないんだが、どうやら、打ち上げでの矢の軌道に対しては、馬はあまり怯えないらしい。
それが正面からの水平射撃で矢が飛んでくると、余程の訓練をした馬以外は怯えで使い物にならないだろう、とのことだ。
何かで、馬は尖端恐怖症なので槍衾が有効だったとか聞いたな。
それに近いのかな?ようわからん。
まぁ、今は絡繰り弓が有効だとわかれば良し!
あ、元村人総勢八十と余名、みなさんは地に伏すこととなったようです。
亡骸は例の如く、近所の村々の方々がありがたく利用させていただいた模様。
棟清曰く、どうやって骸を片づけようかと悩んでいる間に、勿来側と、関の向こう側の
本当にたくましいなぁ。
いうても、その中には様子を見に来た重隆の配下の者もいたんだろうけどさ。
そんなこんなの顛末を、一応は、と多恵らに伝えた。
皆大喜びで泣き笑いをしながら手を叩いていた。
ここまで大喜びしていただけたとはね……うむ、良かった、良かった。
海岸地帯はそんなこんなで無事(?)に事が進んでいる。
一方、西の方からもちょっとした朗報が飛び込んできた。
矢板城建築、大田原城廃城、黒磯城建築の一連の土木工事に対する対外工作と資金集めが課題だったのだが、どちらも急転直下的に問題が片付いた。
一番大きな要因は、佐竹の水戸騒乱が早めに片付いたことだ。
そのことで、商人の活動再開が早まり、当初予想していた貯蓄ペースがずいぶんと上振れした。
気が付けば、矢板城建築、大田原城廃城、黒磯城建築の一連の流れは、夏から冬にかけて一斉に行われたのだった。
途中、大田原城を崩して資材を取っている最中に、烏山城から当主の死亡により代替わりした那須高資が兵を七百ほど率いてやってきた。
が……既に大田原では常備の者だけで千五百はいるのに、その数でどうにかなると本気で思ってたのかな?
実際、四半刻もかからずに景貞叔父に散々に撃ち破られ、高資本人も矢傷を負ったそうな。
何がしたかったんだろうね?本当に。
どうせ、内部引き締め、とか、重臣間の力学、とかよそからはまったくわからない理由なんだろうさ。
戦死した一般兵にとっては、とんだ災難だよ。
そうこうして、妨害らしくない妨害(?)を受けながらもめでたく、年をまたぐ前に矢板城、黒磯城は共に完成した。
竜丸も正月に父上のところへ行く楽しみが増えました。などと可愛いことを言っていた。
うん、そういうわけで、伊藤家は順調に南奥州に根を張っている。
あとは大まかに言えば、新産物の生産と流通路の拡充の二本柱を整え、鉱山開発に着手するって流れだね。
……大まかに言っちゃうとすごく簡単そうに思えるのはなぜだろう?
そういえば、村正一門を乗せた船がそろそろ勿来に着くらしい。
結局、彼らは渋ちんの松平家、頭ごなしに命令するだけの六角家と北畠家の対応に堪忍袋の緒が切れ、一族総出で夜逃げをすることに決めたらしい。
その準備のため、出港および綿の種を届けることが遅れた旨の丁寧な詫び状が、津島廻船商人の尾張屋より届いた……俺より、相当に達筆な字で……。
「若!尾張屋の船が到着しましたぞ!」
竜丸が駆けてくる!
「これ!竜丸!城内を走るでないっ!」
……隣の部屋には竜丸の母親もいるらしいね。
「……で、若!船が……」
「ああ、聞こえていたぞ!けれど関船がそう、何艘も浜の近くまで来られるのか?」
「なんでも、勿来の南の裏磯は水深も深く潮を見れば、荷卸しも可能だそうです。人も荷も降ろし終わったということで、代表の者を置いてほとんどの船は北へ向かったようですよ?」
「おお、そうか」
なるほど、北ね。
そりゃ、ここまで来れば空船で帰るよりは、最低でも塩釜までは上って北の産物を積めてから帰りたいよなぁ。
けど、冬の太平洋沿岸を行くなんて、中々に冒険心溢れた商人だな。
「それで、明日、村正一門と尾張屋の代表の方々がこちらに挨拶に参りたいと仰せですが、どうしましょう?」
「もちろん会うさ」
否応はない。
景能爺の仲間たちや、彼らを連れてきてくれた人達なんだ、喜んで会うともさ。
「では、明朝、城でと伝えてまいります」
「よろしく頼むぞ。竜丸」
天文十七年 冬 勿来 伊藤元
母上に会いに勿来まで山を下ってみれば、何やら面白い会談があるというので顔を出しに来た。
「おお、其方らが景能爺のご同輩の方々か。歓迎するぞ。よくぞ勿来へ参られた」
「いやいや、こちらこそ我が里の窮状を救っていただき誠にありがとう存じます。先代里長、
「何を堅苦しい。どうか伊藤家の領地を其方らの家と思いくつろいで下され……しかし、藤原朝臣……はっ!伊勢藤原かっ!」
??
太郎丸は何を騒いでいるのかしら?
う~ん?一方で里長とやらはしてやったりの表情ね。
「はははっ。先代様はご自身の名を名乗られませなんだか……」
「何を言ってやがる、太郎丸にはしっかりと名乗ったぜ?伊藤景能って本当の名前でな。公家や都武士が勝手につけた変な名前何ぞ、俺の名前じゃねーよ」
「いや、景能爺!藤原朝臣村正の作品って千年後まで語り継がれる逸品だからねっ!」
あら?景能爺って有名な刀工だったのね。
まぁ、あれだけの偃月刀を作ってくれるんだもの、そりゃ有名よね。納得だわ。
「なんだか今まで会ってきた中で最強のビッグネームじゃないか?景能爺……」
太郎丸が衝撃から立ち直れてないみたいね。
なんか、ぶつぶつ呟いてるわね。ここは姉の私が助け舟を出す感じかしら?
「それで、そちらの若い方々が桑名の皆さまを連れてきてくれたのかしら?」
「はいっ。津島で廻船問屋を営んでおります尾張屋と申します。以後お見知りおきを……」
なんか滅茶苦茶人好きのする笑い方をする子ね。
嫌いじゃないし、多分皆に好かれる子なんでしょうけど、ちょっと怖いところも感じるわね。
私はそんなに親しく出来そうにないかしら?
「見た感じ俺と年が変わらないようにも見えるが……?」
……あらやだ。
いつの間に太郎丸は自分のことを「俺」とか呼んでいるのかしら、一丁前に。
「ははっ。若殿は確か十一でしたか、わたくしめは年が明ければ十三、若殿の一つ上と相成ります」
「おお、本当に似たような年頃だな。名を聞いても?」
「はっ、尾張屋の藤吉郎と申します。どうぞよしなに……と?わたくしめの名前が何か?」
「……い、いや、な、なんでもない……」
なんでもないって顔してないわよ、太郎丸。
しかし珍しいわね、あの子があそこまで慌てるなんて。
ほとんど、手元の湯飲みを落としそうだったじゃないの。
「後ろの方もご同輩のようだが、そちらの方のお名前は?」
「はぁ、わたくしよりもふたつ下でございますが、わたくしめ同様、我が主の信任厚いものなれば、若殿には何卒よろしくお願いいたします。ホレ、挨拶せぬか、犬千代」
「は、犬千代と申します。若殿にお目通りかないましたこと恐悦至極に存じます」
またまた、びっくりしてるわね。
もう、せき込んでるじゃないの。
「いや、これは失礼した。景能爺も御一門と積もる話もあろう。俺に気にせず工房の方へ行ってもらって構わないぞ?」
「ん?そうかい?……まぁ、確かに俺たちには工房の方が落ち着くわな。それじゃ行くか?」
太郎丸がそういうと皆が席を立った。
「あ、藤吉郎殿と犬千代殿は……話をしたいのだが少々良いかな?」
ふ~ん。よっぽど気に入ったのね、その二人。
天文十七年 冬 勿来裏磯
景能爺が藤原朝臣村正その人だったことにも驚いたけど、こっちはもっと驚いたなぁ。
秀吉と利家ってどういうことよ?
秀吉と利家を番頭に置いてる尾張屋なんて、気になってしょうがないじゃないか!ということで、無理を言って尾張屋の主に会いたいと二人にお願いしてみた。
どうやら藤吉郎は俺が会いたいと言ったら船に連れてくるよう、あらかじめ言われていたらしく「ありゃりゃ、殿の言った通りじゃ~」とか言って、すぐにここへと案内してくれた。
俺も竜丸一人だけを供に、この裏磯へとやってきた。
「あそこで釣り糸を垂らしてるのが尾張屋の主でございます」
藤吉郎が岩に腰かけ釣り糸を垂らしている青年を指さす。
「……で、あるか」
あ、口に出ちゃった。
藤吉郎は俺のつぶやきに一瞬驚きを見せた後、ニカッと満面の笑みを浮かべた。
「すまないが竜丸もここで待っていてくれ」
竜丸は何やら不満を口にしていたが、俺にはもう聞こえない。
青年が待つ岩場へと急ぐ。
今生では山手育ちで磯には不慣れだが、前世では海に面した町で生まれ育った。
このぐらいの磯はなんということは無いんだよね。
「ほう、貴殿が伊藤太郎丸殿か」
想像していたよりだいぶ高い声だな。
年のころは十五か?細面でなかなかの美男子だ。
「左様。お初にお目にかかる。某、伊藤信濃守景虎が嫡男、伊藤太郎丸にてござる。貴殿が織田三郎信長殿で……?」
「はっはっ!その名はとうの昔に捨てたわ!今の俺はただの吉法師、尾張屋の吉法師よ!武家の嫡男殿が俺に対してそのような態度はいらんぞ。もっと砕けてもらわねば、俺の首が危うくなるわ!」
「そうか……そうしてもらえれば俺も助かるな。……では、そうさせてもらおう」
……お互いに相手の顔を眺めるだけの時間が過ぎる。
「で、俺に会いたかったということは、なんぞ話でもあるのではないか?」
「ああ、話したいことはたくさんあった。これからの伊藤家に必要な事、相談したいこと、いろいろとな……けど、そんなちっぽけなものはどうでも良くなった!」
だって、信長が目の前にいるんだぜ?
せこせこしたことが急に色あせて見えてしまった。
……いや、爺様たちと一緒に伊藤家を盛り上げて行く決心は変わらないよ!
ただ、そういうことじゃなくて……。
「吉法師殿!俺と一緒に世界相手に大喧嘩をしないか?」
うん。言葉にするとそういうことだな!
天文十七年 師走 勿来 四つ角村 藤吉郎
「で、信長様はなんとおっしゃってたんだ?藤吉郎?」
儂の隣で一緒に鍬を担いで野良仕事に精を出している犬千代が訪ねてきた。
「なんだか、よー解らんが……だいぶ上機嫌でな。えっ。ほっ……ようやく自分と同じ魂を持った男に会えたとか、何とか言うとって……ほれ、お前ももっと腰入れて鍬を使わんか!」
信長様は「もう少し勿来に滞在する」とだけ言い残して太郎丸様とどこぞに行ってしまわれた。
塩釜に向かった船団にも、「これだけの荷を津島に運べば生駒への義理は果たしたも同然だな」とか言って送り出しちょった。
また気が向いて尾張に行ったら、顔を出せばよいだろうとも……。
自由なお人じゃ、信長様は。
残された儂らが、自分らの食い扶持をどうするかで悩んどったら、竜丸殿が野良仕事を斡旋してくれた。
初耳じゃが、伊藤様の御領地では、城主自らが計画する野良作業には日当が支払われるそうだ。
野良仕事に領主が銭を払うなど、はじめのうちは全くもって理解できなかったが、今ではありがたく生活費に使わせてもらっている。
住む場所も兵舎長屋の一角をもらい、日当の半分を渡すことで日になんと三食もつけてくれる!
朝昼晩の三食にきちんと飯が食えるとか、どこのお武家様じゃ……ちらりと見たところではそんなに米が作れるような土地ではないんじゃが……伊藤家は裕福じゃのぉ。
これが信長様が常々言うておられた銭の使い道なのかの?
「む?藤吉郎!休憩じゃ、昼飯じゃ!はよ行くぞ!」
……確かに遠くから声が聞こえるの。
「おう。では飯を貰いに行くか……しかし、犬千代よ。飯も日当も貰うとるんじゃから、もうちょっと気張って仕事をせい。お前の年に似合わぬその図体は張りぼてか?」
「……やかましい。俺は腹が減ってるんだ!」
儂より高さも幅も大きいくせに……口だけは減らんな。
まぁよい。それよりも飯じゃ。
匂いからすると今日は猪味噌鍋か!こいつは儂の大好物、あたりの飯じゃな。
猪肉の味噌漬けを野菜と一緒に煮込んだ味噌汁じゃが、冬の作業には一番ありがたい。
ふぅ。信長様の気まぐれには一生ついていくと決めたもんじゃが……この味噌汁が飲めるんじゃ、もうしばらくは勿来でゆっくりしたいものじゃな。
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