第18話 乱取りの業

天文十七年 晩夏 勿来


 断層と河川の浸食ってやつは本当に素晴らしい……。


 つくづく、そう思ったね。

 だって、道が簡単に作れるんだもの!

 そういった意味で棚倉構造線は偉大だよ。

 大きな道が楽に引けるし、川沿いに平野部が有るので、田んぼだって気軽に作れちゃう!

 わっふー!


 ……


 その点、勿来……いや、海は素晴らしいよ?

 山にはない海産物に、果てしなき冒険を約束してくれる水平線。

 海から臨む朝日には一日の希望が満ち溢れ、思わず涙ぐんで手を合わせちゃう何かがある!


 けどさ……田んぼが作れそうな土地はほとんど無いし、川の水は汚いんだよ……。

 この時代の生活用水垂れ流し文化を甘く見てたよなぁ。

 上流の土地は良いんだよ。川の水が綺麗だから。

 けど、下流はな~。

 匂いはそこまでじゃないけど、絶対に生活用水、上水として使えるレベルじゃない何かが流れて来ているよ……。


 今のところは、人口がすん……ごく、少ないから、生活水の確保は難しくない。

 井戸掘れば水は出るし、山や丘からは清水も豊富に流れてくる。


 けど、町が発展して来たら一発アウトだろ。

 疫病でも流行って全滅する未来しか浮かばない……。


 まぁ、いい。

 今年は赴任一年目の初年度だ。

 まずは基本計画に沿って進めよう……。


 ということで、以前からの案に沿って皆には働いてもらっている。


 僕は城の館でせっせと書類作成。

 事務方、鶴岡斎大叔父上が何人か鎌倉から引っ張ってきた神職、僧侶の方々、が書いた書類に署名、ひたすら、さながら機械のように花押を書いて行く。

 僕の花押、元服前の幼名の僕でも何か良いのない?と亀岡斎叔父に相談したら、「太郎丸」を崩したなんかかっちょいいのを作ってくれた。

 あまりの格好良さに厨二心を刺激され昼夜問わず書きまくってたら、結構いい感じに書けるようになったんだよね!

 ただ、事務方の皆さんに言わせると、「太郎丸さん独特の味があっていいっすね!自分らには真似できない味なので押印としてバッチリっすわ!」らしい。


 なんか悔しい。達筆じゃなくてごめんよ……。


 とりあえず僕の仕事はそんな感じだ。


 竜丸は、そんな僕と事務方執務室、あと外で働いてる皆との連絡役をこなしてくれていて、昼夜問わずに勿来を駆けまわってくれている。

 そんな竜丸も十歳。

 父親の景貞叔父上譲りの甘いマスク、健康的に日焼けをした少年は、多方面からの熱い視線を集めているらしい。うほっ。にはならないでくれよ?うほっ。には……。


 そして、亀岡斎叔父上は多忙だ。

 というか、最大の目的の綿花栽培をするための前準備の前準備的なものに苦戦している。

 綿花栽培は水を大量に必要とするが、綿自身が塩分に強いので沿岸部での栽培には最適!ではあるのだが、その畑用の土地の確保に四苦八苦している。


 勿来の山手の谷戸では、小川沿いに田が広がる。

 この地域の村人のほとんどはこういった集落を作って生活している。

 海岸に近づいて形成される平野部でも、川の周辺に田を作って生活しているが……さすがに海が近い平野部では米の発育はよろしくない。

 この時代の技術と僕の知識では量りようがないんだけど、相当に塩分濃度がその辺りでは高いはずだ。

 そういった田の取水口辺りは、既に汽水域になっていると思われる……だって、ボラ跳ねているもん……。

 本当なら、そのあたりの田んぼは全部潰して、すべてを綿畑に変えていきたい。

 僕と亀岡斎叔父上、共通の希望だ。


 ……が、その田を耕している村人は盛大に反対をしている。


 まぁ、そりゃそうだよね。


 見たことも聞いたこともない作物、しかも食用でない作物を作るとか納得するわけがない。

 実は実から油が取れたりはするんだけどね!

 正直彼らの本心は「何言ってるんだ?城主だからといって舐めた真似してんじゃねーぞ?ぶっ殺すぞ?ああぁ?」といったことだろう。

 僕が彼らの立場でもそう思うよね。


 種もまだ到着してないので、とりあえず田が無いような海岸線に近い方に綿畑を作るべく亀岡叔父には働いてもらっている。


 具体的には砂丘に防砂林を作る作業だね。


 現段階で出来上がっている砂丘には、挿し木から育ててきた椿を植えてもらってる。

 更に、海岸付近の土地を拡張すべく、砂丘自体をより海岸線側に新しく作ってももらっている。

 出来上がった砂丘には順次下草となる植物を植えてもらい、砂丘を固定させ、固定できた砂丘には椿を植えていく。


 椿林を次から次に作っていき、どんどん海側に綿畑を広げていく作戦だ。


 そのためには、植林できる大きさの椿を増やしていかなきゃね!


 書類作業も一段落したので、休憩がてら椿の鉢に水をやる。

 ……暇を見ては山から挿し木用の枝を持ってきて、持ってきては鉢植えをしていたおかげで、目の前には百を超える鉢がある!

 が……まだまだ足りんな!


 「わ、若様!大変です!急ぎ砂丘まで来てください!!」


 竜丸が走りこんできた。

 何やらトラブルの予感……かねぇ?


天文十七年 晩夏 勿来 伊藤竜丸


 「……で、この子らが下手人共か?」

 「はい。偶然近くを通ったので見つけることが出来ましたので、こうして捕まえたのですが……申し訳ありません。植林の椿は荒らされてしまった後でして、また何人かは走って逃がしてしまいました……」


 棟清さんは申し訳なさそうに、若へ報告している。

 棟清さんは長年父上の下で働いていた柴田の者で、僕にとっても顔見知りのお兄さんだ。

 その棟清さんが申し訳なさそうに肩を落としている。


 ……珍しいことに、若がお怒り、いや激怒なさっているから……。


 「お前たち?どうしてこのような罪を犯したのだ?」

 「罪だ?ふざけんじゃねぇ!よそもんがえらっ、ぐぼぅぉ!」


 この子たちの中で一番身体が大きい子は最後まで強がりを言うことが出来なかった。


 尋問をしていた若が全力で、その子の顔っ面を殴り飛ばした。

 その子は両肩を兵に掴まれていたのに、若の拳を受けると吹っ飛んでしまった。

 鼻が折れ、血を鼻から流しながら白目をむいている。

 たぶん歯も折れているんじゃないかな……。

 若はああ見えて、徒手の戦いが得意だ。

 ご自身は「僕はじーくんどーの達人」とか、わけのわからないことをおっしゃているけど。


 「では、次、お前だ。どうしてこんなことをやった?誰かにやれと言われたのか?」

 「ふ、ふん。俺は、こ、怖くねぇぞ!だって、おっとぉが言ってたんだ!俺たちの米が出来ねぇのはこの木を植えてるからだっ……えぐぉぅあ!」


 二人目も吹き飛んだ……若の拳からも血が出ている。

 歯でもあたったかな。


 「ふん。棟清、すまないがその子たちがどこの村の者かわかるか?この近くの村だとは思うのだが……」

 「はい。親を呼びに行かせております。まもなくこちらに来るでしょう……」

 「……いや、こちらから行こう……お前たち、自分の村へと案内しろ!」


 目の前で最も大柄な子、その二人が殴り飛ばされたのだ。

 残りの子たちは大人しく自分たちの村へと我々を案内した。


 ……

 …………


 やはり、この子たちは海岸近くの村の子供だった。


 「で……お前たちが下手人の親か?」


 若の怒りは収まっていない。


 「さ、さようで……こ、こいつらが……なにか?」

 「何か?ではないな。お前たちに命令されて、砂丘の椿を荒らしに荒らしておったぞ?俺が勿来に到着してすぐに立札を建てたよな?「砂丘での椿林を荒らすべからず、背きしものには死罪もあり得る」と……村人に一人も字が読める者がいないとは言わんよな」


 字が読める人間が一人もいないなんてありえない。

 何処の村でも半数以上の者は字が読めるのが普通だ。

 ここが如何に貧しい村だとしても二割以上の村人は読めたはずだ。


 「へ、へぇ。うちのかかぁが読めるので、かかぁに読ませて……」

 「ふむ。おぬしのかかぁというのは?そして、おぬしの名は?」


 ここまで激怒状態が長く続く若というのは初めて見た。

 まだ怒っているよ……。


 「そ、そこで、赤子を抱いているのがそうでして……で、あっしは権兵衛ともうしやす。へぃ」

 「ふむ。権兵衛よ……四十がらみのお前の妻にしてはえらく若いな?見た感じ、お前の妻は俺ともそうは年が変わらんように見えるぞ?どこで知りおうた?」


 確かに、若の言う通り、赤子を抱いている彼女はどう見ても十五には達してない。

 精々が十二三にしか見えない……。


 「へ、へぃ。先年に山を越えた先の城で戦があったおりに、とっつかまえてきやした。前のかかぁが風邪をこじらせて死んじまったもんで、代わりをさがしておりやした……」


 ま、まずい。

 権兵衛の話を聞いて、若の怒りが再度限界寸前だ。


 「……ふぅ。娘よ。名は?」

 「……多恵と……」

 「お父上のお名前は?」

 「うぅ、うっ……田村は船引で土地を拝領しておりました永谷顕忠と申します……」

 「お辛かろうな……顕の字を頂くとは田村殿の縁者か……」

 「父は先先代の義顕様より直々に頂戴したと……それは誇らしく……」


 多恵さんは堪えきれなくなったのか、赤子を抱いていない反対の袖で顔を覆った。


 しかし、噂には聞いていた岩城家の乱取り。

 こうまで、岩城家の下での乱取りが横行していたとは……。

 見回してみると、女性の多くが非常に若い。

 ほとんどが十代の前半だろう……。


 「ふぅ。話を戻すか。では権兵衛よ、その方は立札の内容を知っておった。もちろんおまえの息子共、この下手人共も内容を知っておった。これに相違ないな?」

 「へ、へぇ。立札の内容は伝えております……が?それがなにか?……」

 「で、小僧、お前の父親は米の出来が悪いのは砂丘の椿のせいだと言うておったのだな?」

 「あ、ああ。新しい城主は鬼のような、ひ、ひと……だと……」


 最後の方の語尾は聞き取れないほどに小声だな。


 「ば、馬鹿こくでねぇ!そんっなこと言うわけなぇだろが!こんのっ馬鹿息子が!」

 「ばかじゃねぇ!おらだけでねぇぞ!ここにいるやつらは皆、それぞれおとんから言われてやったんだ!浜に行く前には飯だってたらふく食わせてくれたでねぇかっ!」

 「……んっ、なっ!」


 若の睨んだ通り、子供達だけでの所業ではなかったのだな……。


 「……話は分かった。下手人の父親共は笞罪ちざい、笞打ち十回とする。下手人は五歳以上は縛り首、それより幼いものは己の意思で行ったとは認めず、此度は許す。以上だ!……棟清、手間をかけるがよろしく頼む!」

 「……わかりました。そのように……」


 棟清殿は半数の部下たちに五歳以上の下手人を連れて行かせた。

 合計で、五、六……八名が五歳以上で、残り三名が幼かったようだ。


 残った棟清殿は、下手人の父親十一名をとらえ、動けぬよう肩を抑え尻を犬の姿のように上げさせる。


 「な、なんだよ!笞罪って、わけわからねぇこと言ってるんじゃねぇ。おれの子をどうするつもりだって……ぐぅぉ!」


 伊藤家の笞罪、笞刑は竹製の鞭で尻を叩くことだ。

 服の上から叩くので皮膚が裂けることは少ないが、その痛みはかなりのものだと聞く。

 若が言うには、大和の頃より行われている日ノ本では伝統的な刑罰だということだ。


 刑が終わっても立ち上がることができる者はいなかった。

 大の大人が十一名、全員が情けない呻き声を上げながらながら、自分の尻を押さえている。


 ……でも、彼らの妻たちは特段、騒ぎもしていなかった。

 子らの助命もしてこない。

 むしろ、非常に冷めた視線、侮蔑のこもった視線を夫たちに向けている。


 「下手人はこちらで用意した僧に念仏を唱えてもらった後に首をはねる。遺体は家族の者がそれぞれ取りに来るが良かろう」


 男の村人たちは青ざめた顔をして何やら騒いでいるが、女たちは静かに頭を若に下げただけだった。


 僕にはその光景と、去り際に、多恵と言った娘に若が何やら耳打ちしたのが気になった。


天文十七年 晩夏 勿来


 「若!多恵と申す娘がこちらに来てお目通りをと願っております」

 「相分かった通せ」


 夜も更けてきた頃、宿直の者がそう声をかけてきた。


 自分なりには覚悟をして幼児の首を刎ねさせたが、どうにも後味の悪さは残っていた。

 こんな気分のままでは、どうせ眠れないだろうとの思いと、早ければ今晩中にでも多恵が知らせに来るのでは、とも思っていたので布団に横になりながらもずっと起きてはいた。


 すっ。


 障子が開く。


 「太郎丸様。このような夜更けに失礼いたします」

 「構わない、こちらから頼んだことだ。で、如何した?」


 明かりに火を灯し先の話を促す。


 「太郎丸様のご推察通り、村の男どもは女子供を残して全て、岩城領へと事の次第を訴えに行くと出ていきました」


 よし。かかった。

 しかし、全てか……何人かは残るかとも思ったんだがな。

 これはだいぶ笞刑が屈辱であったのだろうか?


 「その方を含め、女どもは如何か?」

 「はい……村の女たちはほぼすべてが、亡き父の領民だった者達です。私から言い含めておきましたのでつつがなく……ただ、男たちは去り際に、男手が無ければ刈入れもできず、最後には城主も泣きを入れるだろう……と」

 「ふんっ。舐められたものだな」


 一年を通しての農作業ならともかく、一つの村程度の刈入れなど、勿来城の規模の城を建てるような勢力においてはどうとでもなることがなぜわからんのか……前世でも「貧しさの原因は無知に起因する」と言ったものだが、これは本当だな。


 「所詮は農民、彼らに武家の心は理解のしようもありません」


 毅然とした表情で言い切る多恵。


 「……で、あるか」


 あ、自然に信長しちゃった。


 「事前に申した通り、その方らの事は心配するな。田畑の管理は我々が行うし、食料も届けさせる。また、村に居たくない者達はこの城に勤めるが良い。城の大きさに比べ人手が足りぬのでな、掃除炊事にと人手が足らん。読み書きそろばんができる者は事務方として召し抱えることも出来るので、希望する者にはそう伝えておいてくれ」

 「はい。何から何まで忝のうございます……私を含め、数名は武家の娘としての教育を受けております。このまま戦の戦利品として朽ちて死ぬるのみかと思ってまいりましたが……太郎丸様のおかげをもちまして、これで……これで武家の娘として死ねまする……」

 「それは違うぞ多恵。武家の娘として死ぬのではない。これからは武家の娘として生きるのだ!」

 「……はい……」


 よほどの無念だったのだろうな……十かそこらで、乱取りの挙句に、山を越えた勿来まで連れてこられては……。

 

 止まることなく涙を流す多恵の肩をぽんと叩き俺は部屋を離れた。


 今日の明日で直接の動きは無かろうが、兵を峠の関に送る手はずだけは今すぐにでも進めておかねばな。

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