第17話 勿来城主爆誕!

天文十六年 師走 小峰城 伊藤景元


 「正直、矢板の村々を抑えることに関しては、「矢板は那須郡である」と言ってしまえば問題はほぼ無かろうと思います……ですが、伊達晴宗殿、佐竹義篤殿連名の安堵状には「箒川以北の那須」とあります。さすがに安堵状の外に城を建てるのはまずかろうと思います」

 「確かに、矢板は箒川の南、丘を超え喜連川きつれがわ・那珂川支流の内川うちかわに面しております。「村々がこちらに助けを求めたので、手を出した」なら都合も付きましょうが、城を建てるのはいかにも筋が通りませぬな」


 ふむ。景虎も忠平も否定的な意見じゃな。

 太郎丸は……もとより、実現は難しいが、刺激的でうまみが最も大きい案を出しただけといったところか……涼しい顔をしておる。


 「景貞はどうじゃ?いかに思い、いかに考える?」


 景貞は目を閉じて唸っておるな。


 「俺は……実現できるかは別として、矢板城築城が一番魅力的な案だと思う。黒磯は良い土地で城を建てるには最適だが、正直那須の北に拠り過ぎる。大田原城は手狭で水運も使えない城ではあるのだが、黒羽の真西に位置し、彼らを抑えるには最適だ。……また烏山の那須が何かをしようものなら、箒川と那珂川の合流地点の佐良土さらどを一足先に抑えることもできる……」

 「景貞様のご意見だと地の利は大田原の方にありそうに思えますな」


 ふむ。

 改めて景貞の申すこと、兵を動かす点で考えると大田原は良い場所じゃな。


 ごくり。茶を一口。


 「兵を動かすという点ではそうだ。だが、物流や商流と考えると、大田原は使えぬ。先々の発展を、と考えるにはあまり良い土地とは思えぬのだ……だから、父上、兄上、俺は迷っていた。だが、矢板に城があるならば、これらの問題がすべて解決する!」


 ほぅ。

 皆も景貞の意見を最後まで聞くと決めているようじゃな。


 「物流、商流は黒磯で行い、領地の経営も黒磯で行う。そして、烏山が動きを見せようものなら、内川を使って一気に烏山の面前まで川を下っていけるのが矢板だ。ここに兵を置けば那須は動きようがないであろうし、黒羽の者どもも無駄な動揺もせずに済むだろう。いざという時は、伊藤家が即座に動ける盤面が既に出来上がっているのだからな……」

 「景貞の考えはわかった。では、矢板の案を今すぐに廃案とせずに、多少は話し合っていこうではないか?」


 儂の提案に景虎も忠平も頷く。

 変わらず太郎丸は涼しい顔じゃ……もしかして、寝ているのではあるまいな?


 「そこでじゃ、銭も充分に溜ったと仮定する。さて、如何にして周辺諸将の理解や黙認を得るか?」

 「まずは……隣接、もしくは関係してくる諸将の洗い直しですな。まず、先般の安堵状を作成した佐竹家と伊達家。隣接するのは那須家と宇都宮家ですかな?」

 「その四つに続いてと申すか、宇都宮家と話をすると、小山に逃げ込んでる古河公方様が出てきそうですな。公方様が出てくると両上杉家、両上杉家が出てくると小田原の北条家までもが口を出してきそうなのがなんとも厄介で……」


 景虎は心底嫌そうな顔をしておるな。

 儂も苦虫を噛み砕いたような顔をしているのを自覚しておる。

 何百年経っても足利は我らに祟るわ!


 「関東の混乱に巻き込まれるのは勘弁じゃな。足利家と北条家に武田家と三勢力が入り混じっておる関東に立ち入るのは泥沼に向かっていくようなものじゃ。儂らは那須以北で足利家とは無関係を決め込みたい!」


 心の底からの儂の願いじゃな。

 皆も大きく頷いて賛同しておる。


 「そうなればじゃ。「箒川以北」と書かれておる安堵状を「喜連川以北」に直したものを書いてもらうほかあるまい?さすれば景虎の懸念も解消できるのではないか?」

 「左様ですな。矢板という場所だけで語るならば、彼の地は那須。しかもどの勢力が治めているとも言い難い土地です。前回の大田原攻めとは違い、援軍を求める勢力はおりませぬからな、宇都宮も鬼怒川きぬがわを超え、丘を幾つも越えてまで兵を出すとは思えませぬ。壬生みぶの横瀬などに城の留守を狙われでもされては溜らぬでしょうしな」


 方針は決まったかの。


 「では、佐竹家、伊達家の両家に喜連川より北と書かれた安堵状を貰うことを針とする。それで、よいか?」

 「「はっ!」」


 うむ。ゆっくりとだが拡大の方向で話が進むのぉ。


 む?

 ……太郎丸め、やっぱり寝ておったな。よだれじゃ、よだれ!


天文十七年 雨水 棚倉 伊藤景虎


 今年の正月も昨年と同様、家中の者のみで宴は行われた。


 伊達家、佐竹家の両家は正月の宴の席で、名実ともに内紛を収めたことを外に示すことになったそうじゃ。

 伊達家と佐竹家が来ぬのなら、と二階堂家、田村家、岩城家などもこぞって欠席した次第。

 父上も儂も、家族でゆっくり過ごすのが好きな性質じゃからな。

 一族で城内の温泉に浸かりながら一年の疲れを十分に取ったというわけだ。


 伊藤家内では家族の団らんが楽しまれていた一方、伊達家では正月の席で、再度、最上家、大崎家が伊達家に臣従することを誓ったようだし、佐竹家では江戸が主家と和睦し、再度小田方面に赴くことを了承した。


 最上家は年末に、尾花沢、新庄方面へ勢力を伸ばすべく小野寺家と一戦交えたらしい。

 戦況は終始、最上勢が優勢で小野寺方の真室まむろ城を取り囲むところまで行ったが、小野寺家に与力した庄内の兵共に包囲中の背後をつかれ、ほうほうの体で最上軍は山形城まで逃げ帰ったようじゃ。

 米沢から鬼庭殿の援軍が来なければ、天童、山形のあたりは町を焼かれていたかも知れぬ有様だったようじゃな。

 かような顛末で、最上家は再度、伊達家に頭を垂れたということだ。


 大崎家の方は、稙宗殿の次男が養子入りし、大崎家嫡男となっておった義宜よしのぶ殿、この御仁が何やら騒動を起こした模様じゃな。

 なんとも、その義宜殿が昨年の晴宗殿による稙宗殿蟄居処分に腹を立て、大崎家の支城の一つに兵とともに籠ってしまったらしい。

 伊達家からは大崎家のことは大崎家で処分しろと言われたようだが、当主の義直よしなお殿はいつになってもこの問題を自力では解決できなかった。

 最終的には伊達に泣きつき、利府城の兵を率いた晴宗殿自らが義宜派の兵を解散させた。

 家中の混乱も治められぬ当主ということで、領内を治めるためには伊達家に臣従し直さざる得なかった、という顛末じゃ。


 なぜに詳しいのか?

 それは目の前におられるお二方から、直に聞いたからじゃな。


 「と、まぁ。身内の恥を晒すようで申し訳なかったのだが、そういったわけで何とか家中をまとめ切ることが出来た」

 「某もようやく先代様と同じ体制にて、ことに当たれるようになり申した」


 それは何より。

 正直、もっと長引くと思っておったからの。


 「それは何よりでございますな。当家は那須、白河、勿来とそれぞれの領地経営に力を入れている段階でして、それぞれに結果は上々となっております……ただ、一件。どうにも岩城殿がやかましくてたまらないと勿来から報告を受けており困っております」

 「岩城か……景虎殿。そのこと、今しばらく待ってはくれまいか?俺の息子の鶴千代丸が雪解けを待って岩城家の嫡男として飯野平に入る。鶴千代丸には話の分かる人間をつけるので、これまでのように周辺に迷惑をかけるようなことはさせぬと誓おう……舅殿に困ってる者は奥州には多くてな。俺に力を貸す、と言ってくれている領主のところにも小競り合いを仕掛けてきておって……岩城の抑えは俺に任せてもらおう!」

 「そうしていただけるとありがたい。岩城郡、岩崎郡が落ち着けば、勿来に湊を築く計画に着手できまする。ここに湊が出来れば、塩釜と水戸、鹿島の間の中継地としてどうぞご活用して下され」


 義里殿の目つきが変わったな。

 大宮を抑えることで力をつけた義里殿だ。商いの道を確保することの大切さは、身に染みておられるのであろう。


 「塩釜と水戸の海路が、今以上に安全に繋がるというのは有難い。水戸から北の海岸線には良港がなく、水戸や鹿島の商人たちも北に行きづらかったのだ。その不安を払拭することができるのならば当家の商人たちも元気に活動できるというものだろう」

 「確かに。塩釜から鹿島までの海路はどうしても距離があって、大船をそろえられる商人達しか使えなかったのだが……勿来に湊が出来るのならば、海路で商いを考える者どもも増えてくれよう。うむ、ありがたい仕儀じゃ」

 「これより、勿来の城主が築港しますので多少時間はかかるとは思いますが、何卒よしなに……また、勿来を使うご両家の認書を持つ船に関しては湊の入税をとるつもりはございませぬ……もちろん、購入していただく水や食料、産物のお代は勿来の者にお支払いいただきますが……」


 鹿島大社の市で行っておる楽市の限定仕様といったところじゃな。


 「おおそれは有難い!さらに海路を利用する商人が増えよう!」

 「なるほど……景虎殿には、岩城殿の他にお困りごとがあるご様子ですかな」


 義里殿は鋭いの。

 晴宗殿は、「無粋なことを申すな」といった表情じゃが。


 「些か西で……当家が大田原で行ってる治水をこちらでもやって欲しい、と矢板の領民達より訴えが来ております。つきましては先年にいただいた書状、「箒川以北」を「喜連川以北」にて頂戴したいと思いますが、よろしいでしょうか……」

 「くくく。ははは!面白い!次に「烏が飛び立てば、矢に撃たれる」というわけか!面白い、当家は何の問題もない、何ならここで書いていっても構わんぞ」

 「……当家も問題は無かろう。久慈川に続き那珂川も、当家と伊藤家の間で荷が自由に動くという仕儀になるのならば、反対する者は当家にはおらぬ……ただ、書状は義昭様のお名前でなければまずかろう。翌月には某が持参いたす」

 「……ご配慮、かたじけのうございます」


 儂は素直に頭を下げた。

 家格や現状の領地の石高差などもあろうが、彼らの決断が当家にとってありがたいものだから、ここは素直に頭を下げるのだ。


 「おお。ついでと言っては何だが、勿来の城は誰が城主となるのだ?」


 義里殿もその件は気になってはいたのか、わずかばかり目を細めた。


 「元服前ではありますが、某の嫡男、太郎丸が城主となり申す」


 二人とも、この答えは予想通りだったのであろう。一つ頷くだけだった。

 ん……いや、晴宗殿は何やらニヤついておるな。


 「ならば、勿来城は俺の娘の婚約者の城になるのだな。それは是非ともに、この目で見に行かねばならんな。今年は鶴千代丸が岩城に行くので……来年は儂が阿南を連れて将来の婿殿の城を拝見しに参ろうか!」


 ふむ。何かしらのいたずらを仕掛けんと気が済まぬか、素面でもこのお人は!


天文十七年 春 羽黒山城


 「良し!報告を聞こう」


 戸を締め切った薄暗い室内。

 大ぶりの西洋机(現段階の領内では鉄砲伝来もキリスト教布教も行われていない)で両手を組み、その上に顎を乗せるポーズで会議を切り出す僕、伊藤太郎丸十一歳。

 気分は箱根の地下の某組織、そこのイカレタ親父(司令官)である。

 ちなみに先生役は竜丸。俺の左後方で後ろ手を組みながら立っている。

 良いぞ。抜群の仕上がりだ。


 「……若様。喉乾きません?薄暗いし疲れるので、窓開けて座っていいですか?」


 竜丸め、全然仕上がってないではないかっ!


 ……けど、喉が乾いたら仕方がないか。


 「そうだね。薄暗いから全開にしようか?」


 暖かくなった春に戸を閉め切る意味はまったくなかった。

 日差しが入った方が暖かいぐらいだ。


 今日は、勿来城主として赴任(?)する僕たちが、羽黒山城で最終確認の会議を行っている。


 勿来に赴任するのは、城主の僕、供回りとして竜丸、守役兼城代として亀岡斎叔父上と忠清。

 そして、兵を率いる将校として、柴田業棟しばたなりむねと息子三人の業平なりひら棟道むねみち棟清むねきよ

 ただ、棟道は土木奉行所の所属でもあるので、将校というよりは伊藤建設の勿来所長としての活躍を期待しています!


 会議の参加者は赴任する八名の他、姉上、景能爺、鶴岡斎大叔父上、鶴樹叔父上……そして、スーパーオブザーバーとして母上と清……。


 母上と清は湯治で羽黒山城に来ていたらしい……棚倉の館の浴室にも天然温泉をかけ流しで引いているんだけどね!


 父上と微妙な距離感になった母上は、羽黒山城に僕が挿し木で育てた椿の何本かを自分で庭に植え、その椿の庭に面した部屋を自分と清の部屋にしているらしい。

 母上のことを人は「白鷺姫城の椿の方様」と呼ぶ、……このお方は伊藤家当主の正妻ですけどね!

 で、この会議に顔を出したのは、越後時分に実の兄妹同様に育った業棟に会いに来たらしい。


 母上は業棟と越後時分の話に興じ、姉上は素振りをする清の姿勢をチェックしている……ええ、僕はとても自由な母と姉妹を持っていますね。


 「……まぁ、確認だけだからね」


 自分を勇気づける僕。


 「伊織叔父上からの報告では、城は簡単な柵と天守館が完成している状態。今後は塀と門、曲輪を徐々に拡張していく流れだということだけど……棟道、完成まではどれぐらいかかる?」

 「そうですね。土木奉行所での完成図では御殿、三の丸に石灰壁と……最短で二年でしょうか。他の城や大田原、小峰との兼ね合いもありますので……」


 そうだよな、資金カツカツになるまで築城してるもんね。うち。


 「城は完成を急がなくていいよ。僕らの生活ができるだけの建物があれば、贅沢は言わないさ。それよりも、棟道には全力で湊づくりに精を出してほしい」

 「湊……ですか?」

 「そそ。湊を勿来に作ることが塩釜、勿来、水戸・鹿島を結ぶ海路の安定に直結するから、ここが最重要だね。街道は伊織叔父上が領内を整備してくれているから問題ないしね。まずは湊!どうかよろしくね」

 「はっ。わかりました!」


 土木奉行所の人たちには、僕の顔が知れ渡っているので話の通りが早い。


 「忠清には三坂、羽黒山城と共同で、貝泊の人間に木炭作りをさせて欲しい」

 「承知。三城共同ということは大量に必要なのですな?」

 「うん。領内の製鉄そのに大量に必要だからね。急に必要な分だけ木を切り倒しても山が禿げるだけ。そうなると持続生産が無理だから、いまから植林を進めながら炭を生産できる仕組みを作り上げていってほしい」

 「わかりました」


 口の端を上げる忠清。


 そうなんだよね。製鉄だけでなく金、銀の生成にも大量の炭が必要なんだよ……木炭は。

 湯本で石炭採掘が可能になったら、徐々にコークスへと変換して行くかもだけどね!


 因みに、貝泊の山伏たちは、先立って勿来に城が出来始めた段階で棚倉に恭順の意を示しに来た。

 当家に完全なる臣従を申し出ており、伊藤家の命令に従うことと、安中の里へ如何なる悪さもしないと誓ってきた。

 手土産に都都古和氣神社、馬場社、八槻社の別当の首を持参してきたのには、ちょっぴり引いた。

 彼ら曰く、両別当が一部の山伏を扇動して過激な行動を取っていたということらしい。


 まぁ、どうであれ、領内が平和になるのは良いことだよね!


 「次いで、産物づくりの話だ。勿来で行うのは製塩、椿栽培、そして綿花栽培だ。これは亀岡斎叔父上にお願いします」

 「拙僧も全力で挑ませて貰うぞ。中々に骨のある仕事だからの……で、綿花の種だが?これはどこで手に入れられるので?」

 「それは俺から説明しよう。ひっく」


 景能爺……もう酔ってるのかよ。

 さても今日は焼酎の梅干し割りを楽しんでいるらしい……やるな、この上級者め。


 「綿花と言えば歴史的に三河だというんで、桑名の里の者に話をしてみたのさ。そうしたら一人の津島だか熱田の商人が用意出来るってんで、直接勿来に届けてもらうよう手配したらしい。あ、そういや、その商人の船を使って里の者の大半がこっちに逃げてくるらしい……鍛冶職人はこっちで引き受けるが、鍛冶職じゃないやつは、太郎丸のほうで面倒見てくれねぇか?」

 「ん?初耳だけど……何人ぐらい来るんだ?」

 「関船で二三隻って言ってたからな、百は超えるんじゃねぇか、全員で」


 わぉ!丸々村正一門が移動してきちゃうんじゃないかい?その規模は。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る