第16話 祝!海岸地帯!
天文十六年 秋分 古殿
準備は終えている。資材の確認は何回もしたし、地形の確認も安中の者達が複数回に渡って検討し終えている。
どれもこれも、まったく心配ないとの結果だった。
後は棚倉からの最終号令待ち。
この時代、兵を動かすのはやはり収穫が終わった辺りの時期に集中するようだ。
武家は領内の収穫を確認して初めて、出兵計画を具体的に考えることができる。
領民兵のほとんどは農民だ。
彼らのほとんどが米を作っているこの時代、やはり米の収穫を待たなければいけない。
「刈取りをするな」と命令して不平を言わない農民などはいない。
もし、そんなことを命令したら、不平不満の大合唱だろうし、最悪大騒動からの一揆とかまでいって仕舞うかもしれない……そうなったら、全くもって目もあてられない。
うん。
そう考えると米だけを、一種類の農作物だけをこうまで集中して栽培するのは、経済的に非常に歪だよな。
戦国期よりもより米に特化した経済方針を採る大名が多かった江戸時代、そりゃ歪な経済だっただろうね。
さて、出兵時期が秋に集中する次の理由は略奪物の有無。
この時代、小規模戦闘の目的は、そのほとんどが略奪だ。
食い物を奪う、銭を奪う、武器防具になりそうなものを奪う、人を奪う。
たま~に、貧乏な村人の三男四男などは戦場に出ることを婚活と間違えてるんじゃないか?とも思うよ。
なんとも、暴力的な婚活があったもんだよ。
当家の領内の場合、こういったやつらは軒並み土木奉行所に所属しているか、常備兵として雇われている身だ。
仕事があり、日銭を稼げる身なので、金回りは良い。
遊ぶやつは遊ぶのに困らないし、所帯を持ちたい奴は早々と所帯を持つ。
うん。うれしい副作用だった。
治安が悪い場所というのが長期的に栄えた試しなんかはないものな。
ともあれ、乱取り愛好家の方々にとっては、略奪物が集まる、収穫を終えてちょろっとしてからのこの季節が吉ということなのだろう。
岩城氏は平安後期からの土着国人衆としての名だ。
土地の名前を苗字にして名乗る氏族。
基本的に、その関係性は血のつながりよりも、土地とのつながりが多い者達ということになる。
そして、この国人領主というのが往々にして厄介なことを引き起こす。
世界史的にも封建領主の「やらかし」というのは……万国共通で言葉にするのが嫌になる程に酷い。
この点、現岩城家当主の重隆は本当に酷い。
北に南に、果ては田村、本宮、二階堂と山を越えてまで小規模戦闘という名の乱取りを繰り広げに遠征する。
ここまでの略奪好きだとか……どうにも、その思考を疑うよ。
で、御多分に漏れず、今回も岩城重隆はこちらの予想以上に我慢が効かなかったようだ。
初めに動きがあったのは、水戸だった。
収穫を終えると水戸に帰還していた江戸忠通が佐竹家に反旗を翻した。
曰く、これだけ主家に仕えたのに、父祖の地の水戸を召し上げられ、人心定まらぬ小田に送り込まれた。
佐竹の一族は忠道をどのように評価されているのか!と……。
……反旗を翻すのはご勝手ですが、君の身代で佐竹家とまともな喧嘩できるのかよ?と正直、僕は思う。
北条もそこまで進出してきてない以上、周りの国人勢力と手を結んで抵抗するしかないのだろうが、鹿島一帯は同族で内紛中、小田は放浪の旅からの帰還中……頼りになる仲間にはならんで、しかし。
だから、どう見ても、主家に対するただの条件闘争にしか見えないんだよなぁ。
……条件闘争で自分だけじゃなくて一族の命を掛けるってのは、どうにも分が悪すぎないかな?
う~ん。対外的な格好つけ的なものが強いのかもね。
でも、その格好つけで影響を受ける人もいるわけで……多賀郡の人たち可哀想だよ……北から略奪部隊に襲われているんだもんな。
「若。棚倉から緑の狼煙ですぞ!」
とりとめもないことを考えて時間つぶしをしていた僕に忠清が声をかける。
忠清は忠平の長男の長男。普段は三坂砦に詰めているのだけれど、今回はここ、古殿の里から鮫川を使って、一気に勿来まで城の建材を運ぶ実働部隊の指揮官だ。
……形の上では僕が責任者だけど、実際の仕事は忠清に丸投げです。
現場の仕事を邪魔しない、部下に理解ある系上司が僕の理想の仕事スタイル。
念のために断っておくと、決して、細々としたことが面倒なわけではない。
「では、予め決めた通り、この川を下って行こう!」
優秀な指揮官は突撃と退却の二種類の命令しか出さない……って、昔なんかの本で読んだよ?
天文十六年 立冬 勿来 伊藤伊織
正直、社山の砦で、書類の準備が間に合わない、紙が足りない、などと騒いでいた頃が懐かしい。
小峰城救援から伊達家の内紛の煽りを食らった戦、そこからの街道整備に河川改修……極めつけは築城、築城にまた築城ですか……。
身体がいくつあっても足りません。
父上が、土木奉行などという太郎丸の思い付きの役職を作ってくれたおかげでこうなってしまった。
敬愛する父上と愛する可愛い甥には、後日何かしらのお返しを心を込めてするとしましょう。
ただ、冷静に考えてみれば、確かに土木奉行という組織の重要性はよくわかる。
これだけの人を集め、人を使う、確かにやりがいもあるし、出来上がった物を作業に携わった皆と眺めるのは、これまた何事にも代えがたい達成感がある。
また、他領と違い当家では、食い詰めた村人が非常に少なく、治安も良い。
このことにも土木奉行が深く関わっていることも理解できる。
……しかし、忙しすぎる。
部下も忠平の末の息子の
しかも、忠教は小峰城に常駐し白河、那須を担当しているから、現実として俺の手助けは出来ないのだ。
「伊織殿、岩城重隆様がお越しです。こちらに案内しても?」
「ええ。よろしくお願いします……ああ、祥子殿、申し訳ないが茶の用意を、重隆殿と私の分のふたつ、こちらに持ってきてくれないか?」
「はい、承知いたしました」
あまりの激務が家中にも広まったのか、太田から帰ってきた景貞兄上は大田原で内政の助手として使っていた二人のおなご、北畠祥子殿と蕪木殿を土木奉行付けにしてくれた。
この二人は算術に明るく、地頭も非常に良く、すぐに私の仕事内容を理解して、立派な補佐をしてくれるようになった。
さらに、細々とした庶務までやってくれる。
誠、非常にありがたいことです。
ともあれ、……まずは件の重隆殿を迎えるとしよう。
ここは鮫川脇に建てられた作業員たちの簡易長屋、俺も簡易奉行所ということにして、広めの小屋を作り、そこに詰めている。
「……儂が岩城左京太夫重隆じゃ!その方がかような仕儀の責任者か!名を名乗れ!詫びろ!即、去ね!」
はぁ……馬鹿の相手は疲れますね。
「私は伊藤信濃守景虎が弟の伊藤伊織と申します。以後お見知りおきを……と言いたいところですが、重隆殿はだいぶ興奮されているご様子。話し合いは無理でしょうな。今日のところは今すぐにでもお引き取りを」
「ななな、なんじゃと~!そ、それから儂は左京太夫じゃ!かように呼べ!」
「京になんの縁もゆかりもない岩城郡の方が、左京太夫とは笑止でしょう。京職を名乗られたいなら細川氏宗家のように管領職になってからお名乗りなされればよろしかろう……重隆殿はお帰りだ。皆、丁重にお送りしろ!」
重隆は強気に出ればこちらが引き下がる……とまではいかずとも交渉を有利に進められるとでも思ったのだろうが……残念ながら、供の者も十名ほど、皆防具もつけておらず平服状態だ。
一方こちらは防具もつけた兵士が百名、形として怒りはしてみたようだが、実力行使などされてはどうしようもないと考えるでしょうね。
二三大声で不平を述べていたようですが、最後には「今日のところは勘弁してやる!」などとよくわからないことを喚いて重隆殿は帰って行った。
飯野平の居城からこちらまでは街道沿いで八里ほど、そんなに何回も来る気があるとは、よほど岩城郡の生活というのは暇なのでしょうね。
追い出した初めての邂逅から……三度ほどですかね、重隆殿は文句と不平を言いに俺のところまで来た。
三度とも居丈高に、ただただ、まくしたててきたので、適当にあしらって帰した。
四度目の昨日は、ほぼ出来上がった勿来城を見て、何も言わずに帰って行った。
「よほど、度肝を抜かれたのでしょうか。昨日の岩城殿は?」
昼餉の握り飯と沢庵を傍らに、絵図面を覗き込む俺に、祥子殿は笑いながら話しかけて来る。
「左様ですな。せっかく袋田と三坂から、兵の調練にとこちらに来てもらったばかりだったのですが……」
こちらも嫌がらせの類いではあるが、重隆殿が来る頃合いを見計らい、鮫川を使っての渡河調練と、川を挟んだ対陣の調練を行うつもりであったのに……。
それにしても、当家の築城は重隆の想像できぬ速度と規模でのものなのでしょう。
しかし、これからが曲輪や天守、門に掘、塀など見どころが盛り沢山となるのだが……。
ま、天守にある館と柵、なわばりを見て引き返すあたり、それほどの馬鹿でもないのでしょうね。
袋田と三坂の兵たち、調練後はせめて海を満喫してもらって帰ってもらいましょうか……。
天文十六年 師走 小峰城
評定参加者全員で車座となり、安中印の詳細な周辺地図を一緒に覗き込む。
「ふむ、勿来の城は堅城となりそうじゃな」
「左様ですな、父上。伊織はずいぶんと張り切った様子で……俺も部下から美人を二人も出した甲斐があったというものです」
「堅城も出来、唯一嫁のおらんかった息子に嫁が出来れば万々歳といったところじゃわい」
……伊織叔父うえ、なんとも可哀想に、欠席裁判というやつはこういうことなのか……いいように揶揄われているぞ。
勿来で懸命に、美女二名と一緒に築城と街道整備に精を出しているだけだというのに……。
「父上も景貞もあまり伊織をいじめなさるな。あやつは今年一番の激務をこなした男ですからな。正月に戻ってきたときは労ってやりませんと……あと、人をもっと土木奉行所に入れて欲しいと言っておりましたが、この件、誰を当てますか?」
「白河は小峰城に忠教がおって、白河一体の土木を一人で取り仕切っておる。伊織の元には回せんな」
「那須は北畠の者達と柴田の棟道でぎりぎり回っている状況ではあるが……そうだな、やはりここは祥子殿と蕪木殿を正式に伊織の下へと送ろう。本人たちも伊織のことが満更でもない様子だったからな。公私ともに上手いこと行くのかも知れんしな」
伊織叔父上にも人生の春が来るかも知れないんだね。
伯父上ももう三十なんだし、家に遠慮せず、自分の幸せを掴んで欲しい……だけど、祥子と蕪木の二人って結構、いや相当に気が強い女性だからなぁ、伊織叔父には諸々頑張っていただきたい。三人の幸せを僕は祈っておりますよ?
「そうだ、築城の話ならば丁度良い、先に俺から父上と兄上に那須での相談なのだが……正直、大田原城が手狭で那須の支配に滞りが出そうだ。しかも、脇を流れる蛇川は雨が降らねば水流が出てこない不思議な川で、水運の道としては使いようがない。河川の改修や街道の整備のための資材を置いて置いておく場所も手狭で、運び出すにも苦労するのだ……出来れば那珂川の上流、白河に向かって勾配が出てくる奥州街道沿いにでも城を建てられないものだろうか?」
「なるほどのぉ、景虎どうじゃ?」
「景貞の懸念はよくわかる。儂も今の大田原はあまり良い土地とは思えませんな……景貞が言う那珂川の上流に、本流と支流とに囲まれた土地があったかと思います。奥州街道が那珂川を越えるあたりに位置し、川から見れば崖ですな……そこに城を建てれば容易に兵を寄せ付けぬ堅城となるでしょう。良い場所です。なんと呼ばれておったか?その場所……」
「黒磯。そう土地の者は呼んでおります。兄上」
黒磯……たしか新幹線の駅があったあたりだよね?
東北新幹線の駅名であったように記憶してるなぁ。
「良し。二人の意見が合うならばそのように取り図るが吉じゃな」
「いや、しばしお待ちを」
忠平が待ったをかける。
……よくわかるぞ、その待ったをかける気持ち!
だが、その原因を作ったのは僕だったりもするので……ごめんね皆!
「如何した忠平?」
「……ご隠居様。お伝えしにくいことなれど……いささか、銭が心配でございます」
「「!!なんと!!」」
うん、なんと!だよね。
今まで伊藤家は産物を四方八方に売って、地域経済を牛耳ることで生まれる、その潤沢な資金でここまでに勢力を広げてきたんだ……。
しかも、最近は築城ラッシュで、一年ちょっとの内に羽黒山城、袋田城(規模は城だから砦とか繕わないよ!)、三坂城、勿来城と、四つも建てちゃった。
しかも周辺諸将の居城規模以上のものを……。
更にはそれらをつなぐ街道と水運の道、羽黒山城なんかでは高炉やら牧場やらを大々的に……すいません!
途中から面白くなって、ほんの欠片ほどにも遠慮というものをしませんでした!
「「太郎丸?」」
皆の視線がこっちを向く。
そうだよね、皆、犯人はわかってるよね!
「すみません。調子に乗りましたっ!」
平謝りした。事情は全部話した。
「……というわけでして、現状は今の規模の常備兵、および土木奉行を維持していくのに丁度よい程度の収入と支出の関係かと……」
建てた城も完成と言えるまでの整備を行わねば意味はない。
「ただ、ありがたいことに焼酎と石鹸の作成が棚倉では軌道に乗っています。これらがしっかりとした値段で売れてくれれば、大田原城だけでなく小峰城の移転も可能になるだけの銭は稼げましょう。ただ……時間がかかります」
包み隠さず話す、僕、太郎丸十歳、来年十一歳。
「ふぅ……太郎丸よ、時間とは産物を作る時間か?」
ため息とともに訪ねてくる父上。
「いえ、作る方はそれほど……既に棚倉の館、社山の砦、羽黒山城に保管してある分量だけでも相当のものになりましょう……問題は、それだけの量を買ってくれる商人がおらぬのです」
そう。
堺の商人や南蛮商人襲来イベントが欲しいんだよ……切実に!
「なんとなくは、わかってきたが……具体的にはどういうことだ?」
「現状、伊藤家は大きく分けて四つの拠点を持っております。つまり、棚倉、白河、大田原、勿来です。このうち勿来は城の基礎が建て終わったばかりで、まだまだ人も商人も集まってきておりません。周囲の村々の人々が寄ってきているだけです」
「「うむ」」
みんなが頷いている。
「白河、大田原は農地の改修や、河川の改修を行い、村々には産物づくりを指導している状態でして、商人が集まってきて鹿島神宮の市のような商いが行われている段階には未だ来ておりませぬ」
「つまり、太郎丸は棚倉のみでしか商いをおこなえる状況にないと……そういうわけじゃな」
「はい。大規模な商売は棚倉でしか行えませぬ。そして、棚倉にやってくる大きな身代の商人は常陸の太田、菅谷、水戸、そして鹿島です」
どうやら、俺の懸念を皆が理解してくれたようだ。
隣国の乱れは軍事上の緊張だけでなく、物流、商流をも不安定にさせるんだよ。
逆に言うと、その点が心配になった佐竹家は、無条件の許可の如く、勿来に伊藤家が城を建てることを書面付きでまで認めたんだ。
墓参りをしに里帰りした景貞叔父上夫妻と同行の父上に、勿来での築城許可証と岩崎郡の安堵状をすぐに出したのは、佐竹家としても一刻も早く北海路を安定させたかったのが大きかったと思う。
蝦夷地、南部、伊達と繋がった海の道を常陸で止めたくはないよね。うん。
個人的には、早いところ勿来を発展させてその航路にいっちょ噛みしたいぐらいなんだよ。
「皆も太郎丸の言は理解できたと思う。ならばだ。太郎丸よ、いつになれば大田原城を改修できる?」
「そうですね……」
ここは真面目に父上からの質問にお答えしましょう。
あらかじめ、忠平とはお互いに予測を話し合って、すり合わせは終わらせてある。
「まず、大田原城の黒磯移築には三通りの方法があると考えます」
「ん?三通りだと?」
首を傾げる景貞叔父。
「はい。ひとつ、今の大田原城をそのままに新しく黒磯に城を建てる。ふたつ、大田原城を廃して建材諸々を黒磯城に使って建てる」
「おう。俺が考えているのはその二つ目だ」
「ええ。最も一般的な手法だと思います……そして、みっつ、先に代理の城を矢板に建て、その後に大田原城を壊して黒磯に城を建て直す方法です」
初めて、矢板城建築案を聞く爺様、父上、景貞叔父は黙っている。
忠平と僕はしてやったりで、軽くにやついている。
「一つ目が半年後、二つ目が一年後、三つ目が一年と半年後になろうかと考えます」
「……確かに、矢板の村々からは伊藤家の庇護下に入りたいとの繋ぎは受けている。これまで彼らが税を納めてきた相手である那須家や宇都宮家は、河川の改修をどれだけ村々から陳情しても行ってくれなかったらしい……一方で、丘ひとつ越えた大田原では伊藤家が大々的に治水を行い、結果も出している。しかも税が安く領主とは名ばかりの村長による中抜きもないときている……三つ目の案を選んだとしても矢板の統治は問題なかろう」
「しかし、矢板か……」
予想通り外政を担当する父上が渋い顔をしてしまったよ……。
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