第15話 白鷺姫城
天文十六年 晩夏 羽黒山城
「良し!報告を聞こう」
戸を締め切った薄暗い室内。
大ぶりの西洋机(現段階の領内では鉄砲伝来もキリスト教布教も行われていない)で両手を組み、その上に顎を乗せるポーズで会議を切り出す僕、伊藤太郎丸十歳。
気分は箱根の地下の某組織、そこのイカレタ親父(司令官)である。
ちなみに先生役は竜丸。
俺の左後方で後ろ手を組みながら立っている。
良いぞ。抜群の仕上がりだ。
「……若様。暑いし疲れるので、窓開けて座っていいですか?」
竜丸め、全然仕上がってないではないかっ!
……けど、暑いから仕方がないか。
「そうだね。暑いから全開にしようか?」
暑いから無理だった。
「では、はじめは私から。父からの報告ですと大田原では全力で石灰壁による堤作りに精を出しているそうです」
「それは結構なことですな。竜丸様」
今は袋田の砦に忠孝と一緒に入っている忠統が、戸を開けながら相槌を打つ。
「本当に結構なことですな。本当に石灰壁は便利ですからな。外壁だけに使うような漆喰とは違い、建物の柱や基礎にも使えますからな。おかげで、忠統叔父が入っている袋田の砦、儂が父と入っている
「城の外壁にまで使ったこの羽黒山城なんか、おかげ様で「白鷺姫城」なんて呼ばれてるみたいよ?」
はい。
白鷺姫城のご城主、伊藤元様も参加して、お届けしております。この会議。
ちなみに会議の参加者は、僕、姉上、竜丸、鶴樹叔父上、忠統、忠清、景能爺の計七名。
「羽黒山城は外壁にも石灰壁を使ったおかげで、なんと延焼も防げるんですよ!姉上。材料の石灰石、砂利、砂は阿武隈で嫌というほど取れますからね。安価で便利。最高の建材です!」
石灰石は砕いて焼いて、とひと手間ふた手間かかるが、高炉を何基も保有するうちにとっては、まぁ大した手間ではない。
ちょいと、燃料の木炭を揃えるのが手間では有るけれど……。
「そうね!火事の心配が減るというのは良いわよね!」
姉上もご満悦の機能性だ!
「ただ、石灰壁の堤がたくさんできた関係で、それまで川から楽に引いてきていた水が入手できなくなり、田の維持が出来なくなって困る、といった訴えも少数ではありますが出てきています」
「う~ん。そればっかりはなぁ。……先年の台風の時のような被害を減らすためだと言って理解してもらうしかないなぁ。なんとか、少ない水で栽培できる作物を紹介できればいいんだが、現状では厳しいしな……そういった村人には城の土木奉行の下で働いてもらうか、酒造り、もしくは兵となってもらう道を提示するしかないのかな……」
「父上も若様のおっしゃるやり方をしてはいるのですが、中には自分の土地からどうしても離れたくない、親と同じ農民としてしか働きたくない、といった者達もいるようで、父も頭が痛いと言っております」
「ふむぅ、そのあたりは今後の課題だな」
ジャガイモさえ手に入れば、そういった土地で栽培させるのになぁ。
ザビエル!カモン!ハリアップ!
ちなみに、土木奉行というもの。その奉行自体は伊織叔父上がなさってるわけだが、土木奉行所自体は棚倉の北東、関口砦近くの白石にある。
河川に直接は面していないが、ちょっと移動すれば社川から阿武隈川、南に丘をひとつ越えれば久慈川に繋がっている。
また、奉行所の周りには長屋が立ち並び、先ほど言ったような田畑を手放した村人や他領から移動してきた人々が住んでおり、奉行所の指示で領内のあちこちで土木作業に従事する。
前世風に言うと国営土建会社の社員的な扱いだ。
確りと宣言しておきたいのは、彼らは決して日雇いの辛い肉体労働者ではないということ。
肉体労働だとは言え、国営企業の社員扱いだ。
もちろん労災もおりる!
当家としましては、この時代の領民として、かなりホワイトな部類としての労使関係を目指しております!
「続いては兵ですな。伊藤家の領地からの兵を総動員すれば一万近くにはなりますが、常備の者は棚倉二千、大田原千、小峰七百、羽黒山、袋田、三坂がそれぞれ五百ずつ。合わせて五千と二百といったところです。各城の街道および河川はよく整備しておりますので東西南北、どこでことが起きようとも、五千は即座に集められる形になっております」
「それだけあれば近隣諸国のどこから攻められたとしても、初動の対処は可能だよね。四方のすべてから同時に攻められぬ限りは問題ないと言えるだろうね」
「父上もそうおっしゃっていました!」
うん。竜丸君は良いお返事です。
景貞叔父上とも意識の共有は出来ているってことだな。
「数は問題ないということで、装備の方はどうだろうか?そこで燻製肉をつまみに一杯やっている景能爺?……それ焼酎?」
「おう。焼酎の山いちごわりだな。はじめは甘い酒なんぞ!って思っていたが、こいつが意外と塩辛い燻製肉と合うんだわ。あと、五年もしたら太郎丸もやるといい」
「あ、うん。ソウデスネ。……で、兵の装備の方はどう?」
「ああ、そっちか?」
うん、そっちです。
「常備兵分の傘、鉢金、頬当、胴当、小手に脛当は揃っている。武器の方は二間槍と脇差が人数分。三間槍千、偃月刀二千、買い求めた弓が人数分……複合弓か?あの絡繰り弓は勘弁してくれ、百が今のところの限界だ」
「いや、景能爺、助かる。特に防具が人数分あるのは有難い」
「まぁ、この数も戦の無い今だからこその数ではある。一度戦が始まれば武具は損耗するからなぁ、替えや修理はどうしても必要になるからな。なもんで、勝手にで悪いんだが、元の桑名の仲間に声をかけて呼び込んでいる。こいつがどうにも好感触でな。うまくいけば桑名の里の大部分の奴らを呼び込める。そうすると、羽黒山城にでかい敷地を貰っているが……最悪、場所が足りなくなりそうな勢いだ」
おおぅ。村正一門を囲い込みできるの?
そりゃ凄いわ!
「そんな一辺に来られるの?桑名での商いもあるだろうし、里から人が消えるなんて、桑名の近隣諸将が許さないんじゃないか?」
「確かに一気にというのは無理だろうさ。太郎丸が言うように、桑名の周りのお殿様が黙っちゃいねぇだろうよ。なもんで少しずつだ。向こうからの文では五年から十年を目途に里を移したいと言ってきている。あと、義理云々だが、最近は今まで支払いの良かった織田様が松平に滅ぼされちまったんで、商売があがったりらしい」
……織田が松平に???
「桑名の隣、三河と尾張を抑えた
「……ああ。わかった。それは問題ないさ」
織田家滅亡かよ……清康って……家康の爺ちゃんで家臣に討たれる当主その一だよな。
んで、家康パパの広忠が討たれる当主その二。
いきなり、戦国の一大イベント、桶狭間の合戦が消えたなぁ。
ってか、時代の寵児の信長はどうすんだ?
信長が活躍しないと僕の知ってる日本史が役に立たなくなっちゃうよ?
う~ん、う~ん、う~ん。
ま、今考えてもしょうがないか。
ここは気にせずに行こう。
当家は奥州、その影響は少ないだろうしね。
よし、次の課題だ。
「次は……鶴樹叔父上、景能爺。金の精練は上手くいった?」
「……ある意味、蒸留の概念と転換炉は同じだからな。温度は桁違いに高くはあるが、何をやればどうなるかってのがあらかじめ理解できていたからな。何とか金塊と銀塊を精練してみたぜ。ホレ」
「若様。こちらになりますご確認を……」
ごくり。思わず唾が出る。
目の前に差し出されたのは武骨な塊が二つ、どちらもこぶし大。
「すごいな……」
ずしりとした重さ。
言葉にならない。
「なんとか、その程度の品質は維持できそうだな。あとは売れるかどうかだが……実際どうなんだろうな?そっちはよくわからん」
「そうですね。これほどの金塊、銀塊の売り買いはよほどの大店でないと難しいかと……拙僧もそのあたりの情報は……」
「まぁいいよ。時が来れば解るだろうし、水戸あたりの商人で分からないなら、いつか堺にでも渡りをつければよいだろう。それよりも、これだけのものをありがとう!鶴樹叔父上、景能爺!」
そう、すぐに売り払わなければいけないような事態ではない。
伊藤家の資金は潤沢だ。
鹿島神宮の市を通して付近一帯の商売、特に酒を握っているのがでかい。
金銀の売り先はゆっくりと探せばいいさ。
「けっ。照れるようなことを言うんじゃねーよ」
爺の照れ隠しである。
「あのさ、この塊って、あれよね?前に私が製紙工房の調査に言って時に見つけたやつよね?」
「左様です。姉上……」
うん?姉上が何を言い出すのかビクビクである。
「それなら、この城の東側でも見たことあるわよ?古殿の方にもあったんじゃないかなぁ?」
……今すぐ調査隊を送れぇぇl
天文十六年 秋 棚倉 伊藤景虎
太郎丸から驚きの知らせが来た。
なんと、八溝山地だけでなく棚倉の東側、阿武隈の南側一帯でも金銀が採れる可能性がある……。
元が金銀の鉱石のようなものを見た気がするというのだ。
あやつの記憶力と勘は一族随一だからな、この話は捨て置くわけにはいかん。
鶴岡斎叔父上に相談して、領内西側だけでなく、東側も含めた全域の調査をお願いした。
早速、今頃は元を連れて領内を見て回っていることだろう。
期待とともに、知らずとはいえ、これまでとてつもない土地の上に生きておったのだなと再認識したわい。
これが他家の知るところとなって、四方から攻められるようなことにだけはなって欲しくないがな。
有難いことに、現段階で隣接してる家々には戦の気配を感じておらぬが……。
兵を送って来られるところだと、伊達家、蘆名家、佐竹家の三つか?万を越える大規模の兵を興こすことが出来そうな家は……。
蘆名家は伊達家、長尾家と小競り合いが収まらず、こちらに戦を仕掛ける余裕はないだろう。
阿武隈川流域に兵を出そうものならば、北と西から会津盆地に兵が流れ込んできそうだからな。
その前に、どちらかと、もしくは両方と手を結んでからでなければ危険すぎるわな。
ふぅむ。
こうなると、日ごろから太郎丸が言うておる、海、海岸地帯の確保を我々が行うのならば今か……?
阿武隈の南側一帯を抑えるなら、東側で海岸線までの道を繋げておきたい。
どうするか……ちと、喉が渇いたな。
「文、すまぬが茶をもって……ああ、今日も羽黒山か」
最近、文は元の羽黒山城に入りびたりだ。
太郎丸が育てている椿を城の庭に植え、その椿に面した場所をおのれの部屋として使っておるらしい。
おかげで、城内では白鷺姫城の椿の方様と呼ばれとるそうじゃ……。
文は一応伊藤家当主の正室なんじゃが……。
まぁよい、自分でとりに行ってくるか。
少しぐらいは体を動かした方が良い案も浮かぶであろう。
「と、殿!信濃守様!佐竹義里様よりこちらに文が届いております」
ととっと。
近侍の者と廊下でぶつかりそうになってしもうたわ。
「おお、それはご苦労。この場でもらって行こう……あ、その方、済まぬが部屋まで茶を持ってきてはくれぬか?」
「はっ。承知しました!」
おお、おお。
若いの、そんなに走らんでも良いぞ!
さて、義里殿の文か……どれどれ。
……!
なんと、この機会を逃してはならぬ!
「誰ぞ!誰ぞある!」
「はっ!お呼びでしょうか!」
先ほどの若者が茶を片手に戻ってきたところだった。
「景貞、伊織、太郎丸に使いを出せ!今すぐ小峰城の父上の下に集まれとな!」
「ははっ!」
転がり込んできた機会は掴まねばな!
天文十六年秋 白河 伊藤景元
「岩城重隆が常陸に兵を出しただと?」
「ええ、義里殿の書状ではそのように、多賀郡で追い返しはした様なのですが、多賀郡の北はだいぶ荒らされてしまったと……」
秋の収穫もすべてが終わっていないこの時期に領主自ら乱取りとはな。
佐竹家が水戸から南で問題を抱えとる時期を狙っての行動……多少ではあるが、「弱った敵を攻める」という点だけは理解できる。
が、たかだか多賀郡の一部を荒らすためだけに佐竹家の怒りを買うとは、どうにも割に合わぬとは考えぬのか?
……考えぬのじゃろうなぁ。
「ついては俺たちに岩城を叩けと?」
「そこまでは……ただ、ともに困難に当たりたい、良い考えがあれば是非ともお教え願いたい、とあります」
ふむ。
「で、この文を読んですぐに儂らを集めたとういうことは、信濃守。何か腹案があるのか?」
「はい、父上。儂はこれを好機ととらえ、日ごろ太郎丸が唱えておる海の確保に乗り出すが最良と思いました。ついてはこれに関しての協議を致したく、このように皆を呼びだてさせていただきました」
確かに、ことあるごとに太郎丸は海が欲しい、欲しい、と言っておったな。
「なんと、父上!左様お考え下さりましたか!そうなると、一番手っ取り早いのは勿来に城を築くことですね!」
「「これ以上に築城だと!!」」
景貞と伊織が声を合わせておるわ。
忠平は片眉を上げるだけか、それほど驚いておらぬな。
「はい、築城です!景貞叔父上、伊織叔父上!海を抑えるには拠点が必要となります。勿来は棚倉近くの川が流れ込む絶好の立地。棚倉、羽黒山と勿来を川の道で繋げば、物と人の流れに勢いが付き、伊藤家のさらなる発展に繋がりましょう!また、様々な産物の開発に海、塩は必須です!」
「塩か……」
今のところ常陸から十分な量の塩は買えるが、水戸以南の情勢によって不安定な供給になってしもうてはたまらぬからな……皆も「塩」の存在には敏感に反応せざるを得ぬところじゃ。
「父上、皆!儂は太郎丸の案に賛成じゃ。この機を逃さず、勿来に我が方の城を築き、伊藤家は海に出る!」
良かろう!
景虎がここまで言うのじゃ、儂が反対する謂れはないな。
「良かろう。勿来に城を作ろう……ふむ、伊織よ、お主が気になる点を挙げぃ」
議論を落ち着かせる役目は伊織じゃ。
「……まずは、佐竹家の了承を得ること。次に、築城中、岩城勢に邪魔をさせぬことですな」
「佐竹家の了承取りは父上にお任せするとして、築城では一計を……」
「言うてみぃ、太郎丸よ」
当家の海取り、これの発案者は太郎丸みたいなものじゃからな。
「材料と人足、護衛の兵のすべてを夜陰に紛れさせ、川を使って一気に勿来へと運ぶのです。勿来と飯野平は多少の距離があります。一晩と半日をかけて鮫川の南側に柵などで簡単な砦を作り、岩城勢が手出しをできない状況を作った後にゆるりと築城に取り掛かるのです。いかがでしょうか?」
如何も何もないわい。
勿来に流れる川の名前まで事前に調べておるではないか。
もっと詳しい計画も練っておるのであろうな、太郎丸め。
「……善き策と考える。皆も異論はないか?」
一同を見回す。
ふむ、全員が頷きを返しておるか……。
「では早速、信濃守よ。太田城に赴いてこの話の了承を取って来てくれ。勿来、岩崎郡を領境とする旨の書状を佐竹殿より頂いてくるのじゃ。伊織、太郎丸は書状が届き次第、築城に取り掛かれ。仔細は二人で密に詰めておくのじゃ!」
「「はっ!」」
東と西、さても当家の領地が一日で行き来出来ないところまでに広がるとはな……。
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