第14話 家庭内平和は大事!

天文十五年 秋 白河 小峰城


 今日は二月毎の伊藤家定例会@小峰城だ。

 爺様、景貞叔父上、忠平、そして僕。

 いつもの面子には父上と伊織叔父上が足りない。


 「ふむ。義篤殿が亡くなったか……今年の夏は暑かったからの。義篤殿も病には勝てなかったということかのぅ……」


 爺様がため息交じりに言う。

 爺様にとっては義従弟にあたるわけだし、棚倉の館を建ててくれた恩のある佐竹家の当主だったのだ。複雑な思いがあるのだろう。


 「本当に……参りましたな」


 こっちは、きな臭い動きを見せ続ける那須家と境を接する大田原城に詰めている景貞叔父上。

 叔父上も那須が動けば、いの一番で動かねばならない立場。

 当該地域が騒がしいというのは嬉しくない。


 「せめて、今年一杯はもっていただきたかったのが本音ですな。袋田へは、道の整備にようやく目途が見えてきた程度。砦の着工までには、最低でも半月はないと……」


 伊織叔父とともに土木工事の現場監督を兼ねる忠平も気が気ではない。


 言葉にはしないが、僕は「まぁ、しょうがないよね」程度の認識である。

 実際に、袋田で砦を築くには、ある程度には佐竹家が弱体化していなければ、了承が出ないだろうと考えていた。

 史実でも義篤の死から義昭の死、義重の台頭までの間は佐竹家は雌伏の時を過ごしている。

 ただ、その雌伏の時も八溝山地の金が財政を支えたから可能だった、ということも言えるんだけど……金山が見つかっていないこの世界ではかなりの無理難題だよね。


 「南に関しては、葬儀に出ておる景虎がこちらに戻って来てから対応を相談するかの?……では、話は変わって今年の収穫はどうじゃった?」

 「今年は天候にも恵まれ、まずまずは豊作と言って良い状況ですな、大田原では」

 「ふむ。白河も同じじゃな。棚倉はどうじゃ?」

 「棚倉も良い実りでした。おかげで酒蔵の者達が今年は大量に作るのだと息巻いておりますぞ!」

 「そう、それよ!」


 ずいと、前のめりになる景貞叔父上。


 「大田原の酒蔵たちも、今年は大量に酒を造ると言っておってな、ついては澄酒を自分たちでも作りたいと言うておる……如何考える?太郎丸」


 う~ん。

 澄酒はうちの主力商品だからなぁ。

 ある程度の縛りがあるからこそ、酒の販売を当家が抑えることが出来ているんだよね。


 「今しばらくは当家で独占したいものです。当座の対応については、余剰分の酒は全量、当家が買い上げるということで如何でしょうか?しばらくは棚倉でのみ澄酒を作り……今後、焼酎が広まり次第、澄酒の製造を領内で許す形にしてはどうかと考えております」

 「「しょうちゅうとな??」」


 怪訝そうな爺様と景貞叔父。

 そういえば報告してなかったか。

 忠平も「あ、言ってなかったっけ?」って顔している。


 「ええ、当初は医術用の消毒液にと作っていたのですが、母上の病も治りましたので……」


 そう、母上は今では元気百倍。「なまった体を取り戻す!」と最近は姉上と一緒に卜伝に弟子入りしている。

 卜伝曰く「元様の筋の良さは母親譲りでございましたか!」とのことだ……。


 「そういうわけで、医術用に開発していたのですが、どうせならば澄酒以上に儲かる産物にしてしまおうと忠平・・たちと開発中のものなのです!」


 報告忘れの責任は一緒だぞ!忠平!


 「……ふむ。どのようなものか味見できるか?」


 爺様も報告が来てなかったことは脇に置いておいて、まずはどのようなものか気になったようだな。


 「……いや……僕は、今回持ってきていない……」

 「おお、ご隠居様。儂の飲んでいるもので良ければここに!」


 ……そう言って忠平は腰に下げた瓢箪水筒を爺様に差し出している。

 お前はウイスキーをスキレットに入れて持ち歩いているお爺ちゃんかっ!


 「もらおう!……ん?ごほっl」


 軽くせき込む爺様。

 アルコール濃度の高い飲み物に慣れてないこの時代の人、度数の高い焼酎はびっくり商品だよな。


 「何たる酒精よ!……しかし……癖になるのぉ、この風味……ほれ!景貞も」

 「ではではありがたく♪」


 語尾に音符が付いてるぞ?景貞叔父。


 「これはこれは!俺は好きな味ですな!こう、がんっとくるのがたまらん!それでいて米の風味も残っている。正直、風味のとんだ澄酒よりもこちらの方が俺は好きですなっ!」


 なるほど!貴重なご意見。


 確かに、当家の澄酒は灰を酒の中に入れることによって濁り成分を吸着、沈殿させ、透明な酒を作り出している。

 対して、焼酎は原料酒を直接、蒸留させたものだ。

 風味はより強く残るのかも知れない。

 ……数え九歳のこの体では酒の味なんかわからないから、なんとも伝聞でしか考察できないのが悔しいな。


 「ほほぅ。景貞様は焼酎を気に入られましたか!同志ですな!」

 「おう、大層気に入ったぞ。もしこっちに回せる量があるなら、ちぃとばかり融通をしてくれぬものか?忠平」

 「構いませぬぞ。焼酎は儂が自ら指揮しております故、これから生産量も大いに増やしていく所存ですじゃ。機械を作ってくれとる景能殿も焼酎の虜でしてな。最優先で機械を作ってくれますのじゃ」


 ……初耳だぞ。

 忠平じいさんや……。


 「……こほん。しかもこれまでの酒や澄酒に比べ、火を入れている分、清潔な容器にさえ入れておけば腐ることはめったにございません」


 セールスポイントを付け加えておく僕。


 「よし、新たな産物として焼酎の目途が立ち次第、澄酒の製法を領内の酒蔵に伝えるとするか」


 領内の開発のために、これからも目玉商品は持ち続けなくてはいけないよね!


天文十五年 師走 羽黒山城 伊藤元


 「城主と言われてもなんだかさっぱりね!」


 ついこの間、完成したばかりの城だ。

 城主は私ということになるらしい。


 夏に佐竹の当主だった義篤殿が亡くなった。

 その葬儀に参加していた父上と伊織叔父様が棚倉に戻ってきて、とんでもないことを私に言ってきた。

 「佐竹家新当主の義昭殿の側室になる気は無いか?」ですって?


 冗談じゃないわよ。

 百万里譲って結婚したとしても側室なんて御免被るわ!

 なによりも、私は伊藤家を愛しているの!

 他家に嫁入りなんて御免被ります。


 父上たちに即答してやったわよ。

 そうしたら、ため息交じりに「そうだよな……」ですって!

 答えがわかっていたのなら、聞かないで欲しかったわよ!


 ただ、この側室云々、ある程度正式なお話だったみたい。

 いかにして断るか、「う~ん、う~ん」と父上たちは唸ってたわ。


 でも、困ったときは頼りになる弟ね!


 「なれば、姉上には新たに建てる城の城主になって頂いては?御成敗式目にも女性でも城主になれると書かれていたのではないですかな?城主になれば婿は取れても、嫁に、しかも側室にはなれますまい」


 理屈をこねさせたら、太郎丸と伊織叔父上に敵う者は当家にはいないわね。


 あれよ、あれよという間に、領内から人足を集めて、棚倉と東館のあいだにあるこの羽黒山に立派な城を建てちゃったわよ。


 羽黒山は東西二町、南北五町。西を久慈川、南と東を久慈川の支流に囲まれたなかなかの堅城だ。

 ……だけど、二人とも築城を張り切り過ぎていない?

 羽黒山城、うちの領内にあるどの城よりも大きいわよ?

 太田城よりも大きいとは思わないけど、匹敵するぐらいには大きいんじゃないかしら?

 こんなお城、掃除とか大変じゃないかしらね……。


 「お嬢も気にしねぇで、ドンっと構えてりゃいいのさ!」

 「そうですよ。城と言っても拙僧らの工場みたいに使ってかまわないとのお達しですからな!」


 社山砦の麓の工房から移動してきた景能爺と、棚倉山中の製紙小屋で山を調査していた鶴岡斎の大叔父上の息子、鶴樹かくじゅ亀岡斎かめがおかさいの又従弟?従兄叔父?二人の兄弟僧侶はそう私に心配するなと言う。


 この三人は、羽黒山城下に今までよりも大きな製鉄所を作るのと同時に大きな牧場を麓に作るのだと言う。

 そして、太郎丸は、羽黒山城を鉄と馬の一大産地を守る城、と位置付けている……よくわからないけれど。


 「そうです。そうです」「城の維持は私どもが全力でしますからねっ!」


 元気なこっちの姉妹はあんかすみ……実は私の姉妹らしい。

 父上には安中の里に娘がいる……と噂では聞いていたが、実際に顔を合わせると、やっぱりちょっと複雑よね。

 しかも、杏に至っては私より四つも年上だもの……うん、微妙だわ。


 まぁ、微妙と言っても母上の心中ほどでは無いけれど……。


 母上ったら、この城を作るにあたって、伊織叔父上に清潔な浴室と自分の部屋を作ることを要求していたものね。

 何かあったらこっちに来る気満々よ。


 「山を降りれば三里もしないで棚倉だものね。心配しないでやるしかないわね!」


 空元気でも良い。

 私は自分を元気づけるために、そう言って拳を握る。


 父上曰く、これから伊藤家は城、砦を次から次に建てて行くらしい。

 袋田、古舘……これまで以上に、阿武隈の南に点在する安中の里を積極的に吸収・統合していく方針とのことだ。


 まぁ、私も城主だなんだと、大きなことはよくわからないけど、何とかなるだろうし、細かいところは太郎丸に丸投げすればいいしね!


天文十六年 春 棚倉 伊藤景虎


 今年の正月の宴は数年ぶりに家中の者だけで行われた。


 佐竹家は当主義篤殿が亡くなり、義昭殿が立たれたばかりで、義里殿も外交とはいえ宴の席に出ることは難しかったとのことだ。

 丁寧な文で事情を説明なさって下さった。


 葬儀の折にお願いはしておった砦建築の件だが、佐竹家としては喜んで伊藤家にお願いしたい、とまでしたためてあった。

 これは驚きだったな。

 当家と佐竹家の関係とはいえ、もう少し条件面やらで話し合いを要求されるかと思っておったのだが……。

 どうにも佐竹家は領内の引き締めが大変らしいな。


 義篤殿ご存命中は義里殿が筆頭として家中をまとめていたようだが、義昭殿の代になってからは義堅殿、義廉殿の三人を同列に並べているらしく、物事を決定するのに手間取っておるとの噂だ。


 また、こうまで手放しの許可が下りたべつの理由として、佐竹家は実質上の所領境を大宮と大町で固めたいらしく、それより北からは人と兵を戻したがっておるのもあるであろうな。

 足元がおぼつかない今、余分な力を遠方に置いておく余裕は、確かに無かろう。

 江戸忠道などは勝手に水戸城に戻ってしまったようであるし、将がいなくなった土浦から南は小田家が帰り咲いたようであるしな。


 ふむ。

 羽黒山城を建て、佐竹が東館から人を引いたことで、労せずに棚倉全域を抑えた当家は、白河、大田原を合わせると現状で四十万石ほどにまでなったか?

 知らぬ間に、南の統制を失った佐竹や、会津から領地を拡張できない蘆名と肩を並べるまでになったか……大きゅうなったものよな。


 されど、北には伊達家がおる。


 北はこの暮から正月にかけて動きがあった。

 とうとう、二本松が取り潰しにあったわ。


 どうやら、今まで当家から伊達に送っておった品物をかすめ取っておったのが、二本松の指示であると晴宗殿にばれた為らしい。


 当家の今年の正月の宴に義里殿が参加できないことを聞いた晴宗殿は、伊達家からの参加を止めた。伊藤家の血縁である佐竹家が人を送らぬのに、未だ縁を結んでおらぬ自分たちだけが人を送るというのは、どうにも気が引けたらしい。


 妙なところで義理堅いお人だな。


 されど、どうしても澄酒だけは飲みたかったらしく、是非とも正月祝い用に何樽か贈ってくれと頼まれた。

 もちろん、儂らは問題ないと返事をしたため、伊達家御用達の商人に澄酒と椎茸をいつものように渡した。


 晴宗殿も待ち切れなかったのであろうな。

 阿武隈の流れが変わり、自領と二本松の境となる安達の辺りにまで自ら受け取りに行ったらしい。


 そして、どうやらそこで目の当たりにした。


 自分の御用商人であるはずの者が二本松の家来と話しておったのを、しまいにはその商人、晴宗殿が見ておるのにも気づかずに、二本松の家来に積荷を売り渡しよった……。


 怒り心頭の晴宗殿はその場で商人の人足どもを自ら刀の錆にし、商人と二本松の家来をひっとらえ、自領の杉目城に連れ帰った。

 城での厳しい取り調べの結果、その商人のみならず、棚倉から米沢に向かう伊達家御用の商人達は、必ず一定割合で品物を二本松に売り払う約定の存在が判明したと……。

 更に面倒なことに、その売上金の一部は伊達家先代の稙宗殿の下に送られる図式だった。


 ここまでの調べがついた晴宗殿は、即刻、事の次第の申し開きをするよう二本松へ言い渡したのだが、家督を継いだばかりで若輩の義氏よしうじ殿は、あろうことか稙宗殿に仲裁を頼んでしまった……まったく、先年の二階堂の轍を踏んで如何するのか。


 流石に堪忍袋の緒が切れた晴宗殿は、鬼庭殿に兵を預け二本松を攻めた。

 伊達家の本軍が相手では、まともな防戦も出来ず、二本松城は即日落城。

 義氏殿は切腹。

 お家は一族の者が義国と名乗って継ぐことで、形ばかりの家の存続は許されたが、二本松城、およびその所領は晴宗殿の治めるところとなった。


 勿論のこと、ことは二本松だけで治まる筈もなく、伊達家中においても、稙宗殿がその責によって隠居だけではなく蟄居を命じられ、米沢城の一室に軟禁される運びとなった。


 なんとも後味はよろしくないが、これにて、完全に稙宗殿の勢力は伊達家から一掃された。


 結果、伊達家七十万石は丸々と晴宗殿の管理下に置かれたわけだ。


 「難儀なことだな……」

 「……何が難儀な事なのですか?」


 ……最近文が冷たい。

 体調が戻り、以前のように動けるようになったのはめでたいことなのだが……。


 元の身の回りの世話でも任せようか、と昔に関係を持った安中の里の娘、その娘との間におった儂の娘たちを呼び寄せたのだが……どうにも、文の怒りに触れてしまったのだ。


 斯様な娘がいることは昔から話していたのだが、今回呼び寄せたことが事後報告になってしまったがために怒り心頭のようで……。


 いや、伊達家や佐竹家のことで頭がいっぱいになり、ついつい話しそびれてしもうただけ……。


 「殿においては、他にも、私が会うたこともない子がいるのならば、大変に難儀なこととなりましょうが?!」

 「なにを言う!前にも申した通り、儂が関係を持った里のおなごは杏と霞の母とだけじゃ。それ以外にはおらぬ。信じてくれ、儂は文が一番じゃ!」

 「ふん!殿は口が本当にお上手だこと!……寂しいことに、元が羽黒山に移ってからは、私は元とあまり会ってはいませんわね。今日はこれからの娘に会ってきます!元も新たなお役目で大変でしょうから私が手伝ってきますわね!ついでに私の義娘たちにも会ってきますわ!」


 ……文よ。

 元は昨日もこの館に顔を出しに来たではないか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る