第10話 大身の仕置き
天文十三年 春 棚倉 鹿島大社
爺様や父上、当家の者達のような人たちばかりを見てきたせいなのか、この時代の人間の感覚がまったく解らないよ!
なんでも面子って言葉を使えば、どうにかなるとでも?
僕に言わせれば面子の問題じゃなくて、責任転嫁の問題だ。
去年の秋、鬼庭良直に率いられた三千の伊達軍は抵抗らしい抵抗、損兵らしい損兵を出すこともなく、小峰城を落とすことができた。
そりゃ、そうだよね。
千の那須軍に包囲された段階で、落城寸前だったんだもの。
んで、楽に勝てたものだから勘違いした。
伊達家によって動員された地方領主層が。
伊達家はこの十年ほど大した戦には出ていない。
伊達家が勢力を伸ばしたのは婚姻外交を駆使した兵を使わない侵略、後世では「洞」などと呼ばれるものを駆使した結果だ。
しかし、人間ってのは勘違いする……僕も気をつけよう。
「損兵無しで白河の関を守る小峰城を落とせたんだから、俺たち最強じゃね?」みたいに……。
次いで、「最強の俺たちが隣にいるのに、ゴメンナサイしね~ヤツ、伊藤?マジイラッと来たからポコパンしちまう?もう、泣いても許さね~し。俺たち奥州最強伊達の最精鋭軍だし!ぅぇ~ぃ!」なところまで勘違いしたようで……。
結果、大将の良直殿の制止を振り切り、杉目から白石、船岡の国人衆が主体になった二千の兵を
「命令違反なぞさせるか」と派遣軍の大将、良直殿は兵糧庫を抑え、一切の兵糧携帯を許さなかったらしい。
だが、この軍が相当にお馬鹿さんだったのか、「兵糧なんか持って行かなくても大丈夫だろ?だって、秋なんだから行った先に米あるっしょ?」なノリで表郷の谷合に突っ込んできた。
……救いようがないだろ?
表郷のあたりは天文年間になる前にほぼほぼ放棄された土地だぞ?数少ない道沿いの集落にしたって収穫物持って山に逃げとるわ……。
まともに斥候も出してなかったんだろうなぁ。
腹をすかしながら、社川沿いで眠りこけていたとか……敵地だぞ?そこ……。
この一連の行動が普段は温厚な爺様と父上の怒りに触れた、「覚悟無き軍を興すなど言語道断。武士の風上にも置けぬ屑の所業よ。そのような輩は生かして返さぬのが伊達家領民の為となろう」と。
後で忠平から聞いたけど、すごい剣幕だったらしく、皆が二人をなだめるのに大変だったみたい。
え?その軍議に僕が出ていなかったのかって?
出ている暇があるわけないよ。その頃は、鶴岡斎の大叔父上と大田原城を制圧したことで資源採集できるようになった範囲の確認をウッキウッキでしてたんだから。
館には帰らず、製紙小屋に何日も泊まり込みさ!
さて、話を戻そう!
油断、というか軍として「?」な存在の伊達軍二千を馬防柵を持って棚倉方面を伊織叔父が、表郷方面を業篤が封鎖、そこへ北の丘からは景貞叔父が南の丘からは忠平が百騎ずつで明け方に急襲。封鎖された谷間で四方を囲まれ、騎馬突撃を明け方にされ、伊達軍二千は跡形もなく消滅した。
伊達軍の犠牲者の遺体は、ありがたく付近の住民が有効利用した模様だ。
我々も武具防具類をきちんと買い取りさせていただきましたよ?
景能爺は仕事材料が降って湧いたことに大喜びしてたなぁ。
戦国の世の民はたくましいよ、ほんと。
これで終われば、あとは事後処理を晴宗と行うだけ……だったのだけれどさ……悪いことって重なるよね。
二千を掃討している間に、稙宗の命ということで黒川衆を引き連れた
小梁川親子は鬼庭良直を「伊達の武威を貶めた」と強く非難し、自分たちが二千の兵の後詰めとなるべく、良直の直属を除く兵、総勢千五百を編成し直し、懲りずに表郷から棚倉に続く谷合へと足を踏み入れた。
伊達ってこんなに馬鹿ばっかなの?
二千の兵の末路は、少なくとも良直の耳には入っていたと思うけど、教えなかったのかな?
この時にはうちの領内すべての刈入れは終わっていた。
万全の態勢を整えた棚倉勢千で前方から、大田原勢五百で後方から伊達軍を揉みに揉みまくった。
この時には父上も爺様も、伊達の「武家のあり方」への怒りは収まっていたらしいが、戦の為に母上の出産に立ち会えなかったことが新たな怒りの原因になっていたらしい。
僕の妹「清」は逆子だったらしく、かなりの難産だったようだ。
母上も出産の困難さに加え、産後の肥立ちもあまり良くなく、あれほど元気に満ち溢れていた母上はだいぶ弱ってしまわれている。
僕はこの時に母上に近付くことは禁止されていた、生まれた後も製紙小屋にいるよう言われ、長い間母上と会うことは出来なかった。
いま考えると、母上は相当に危ない状態だったのかもしれない……僕に医療知識があれば良かったんだけれど……。
話を戦に戻す。
前後をほぼ同数の伊藤家に挟まれた伊達軍は、前回と同じ末路を辿った。
無事に故郷の土を踏めた兵は、いったいどれほどだったのだろうか……?
「あ~従兄上!あぶっ……」
ぼこっ!
「相変わらずあんたはぼーっとしているんじゃないわよ!」
……ひどい。
伊藤家がどんな状態になろうとも、姉上の横暴さに変わりはない……。
天文十三年 春 棚倉 鹿島大社 伊藤元
「あんたも竜丸も!父上たちのように立派な戦働きができるように頑張りなさいよ!」
「……痛いよ、姉上。手を出さずに話しかけてよ」
「ただ話しかけただけじゃ全く反応しない太郎丸がいけないのよ!」
フンッ!
せっかく、昼休憩になったのだ。
姉弟三人、竜丸は従弟だけれども、仲良くお昼を食べたいだけなのに。
「ほら、昼休憩よ。汗を井戸水で洗い終わったら、お昼は奥の縁側で食べていいって師匠が言ってたわ。早くいくわよ!」
「「はーい」」
なんか最近、竜丸まで太郎丸みたいな反応するようになったわね。
鹿島大社の社殿とそれに続く管理棟は広い。
私たちが「奥」と呼ぶのは師匠、塚原高幹様の屋敷だ。
社殿は鹿島大明神を祀る場所で、参拝客と神官がいつもいる。
管理棟には道場と神官たちの住居、そして市を管理する伊織叔父様の部下たちの執務室がある。
いつもは管理棟の一室を借りてお昼を頂くんだけれど、たまに、今日みたいに師匠が奥に呼んでくれる時もある。
そういう時は大体何かしらの果物とかを頂けるのよねぇ、この季節だと蜜柑?は終わってるか……今日はいったい何かしら?
道場を出るときにはしっかりと一礼する。
さて、奥へと行く前には太郎丸と竜丸をさっぱりさせなきゃね。
井戸水で冷やした手拭いで体を拭いてやる。
「さぁ!姉上はやく!はやく!」
太郎丸が縁側に腰かけるや否や、昼飯を催促してくる。
竜丸より年上でしょ!?あんたは。
まったく……今日の握り飯は太郎丸の好物だ。
それが理由に違いない。
「ほぅ。今日の握り飯は獣肉入りか……旨そうではないか?」
師匠が自室から蜜柑を持ってきた。
やっぱり蜜柑だったわね!でも、蜜柑ってまだ採れるのかしら?
「師匠!蜜柑ってこの季節に採れるのですか?もう季節は過ぎてませんか?」
竜丸も同じ疑問を持ったようね。
うん。ちょっと不思議だわ。
「ははは。これは蜜柑と言っても南の蜜柑でな。なんでも薩摩より南の島々で採れる蜜柑らしいぞ。京の将軍家で剣術を教えておる儂の弟子たちが送ってきおった。伊達が戦で途方もない負け方をしたと、京では噂になっとるらしいぞ。仔細はどうなのかと、蜜柑と一緒に文を寄越してきおったわ」
「噂には尾ひれが付きますからね……しかし、これは……タンカンかな。うわぁ、甘くておいしい!」
私も食べる。
うわーっ、うわー!この蜜柑すっごくおいしい!
「タンカンとな。太郎丸は物事をよう知っておるな……噂の方は伊達殿が率いる奥州八万騎が伊藤家の一千満たずの兵に全滅させられたとか言われとるらしいぞ?」
「八万騎ですか!そんな大軍勢、一度でいいから見てみたいものです!」
「京の者達の奥州に対する認識などその程度よ。せいぜい彼らが知っておるのは、八幡太郎義家公と北畠顕家公の合戦絵巻だけだろうからな、そこから連想したのであろう。奥州八万騎とな」
私も合戦絵巻は好きだけど、現実に八万騎がまともに戦える場所なんて奥州にあるのかしらね?
行ったことは無いけど、北の方にならあるのかしらね?多賀城周辺は平野が多いと聞くし。
去年に行った太田城周辺でも無理ね。
あれじゃ河川が多過ぎて馬が走れないわよ。
それとも、太田城から望めた関東平野ならできるのかしらねぇ?
太平記でなら顕家公が十万以上を率いて関東で戦闘を行なってはいるけど……?
「師匠、どうか噂は所詮噂だとお弟子さんへご返事ください。ところで、師匠も握り飯おひとついかがですか?具は塩漬けした馬肉ですが……」
「ふむ。馬肉か……儂は食べつけてはいないが、諸国を放浪した時に口にはしたな。合戦により、他に食うものがなかった時と記憶しておる……では、半分ほど馳走になろうか」
戦があったばかりなので、ここ最近のうちの食卓は馬肉に支えられている。
よその家のことはわからないけど、うちでは獣肉、鳥肉や猪、鹿、熊は珍しくない。
日ノ本全体で見れば獣肉を食べつけない人も結構いるようだけれど、奥州では普通に食べるんじゃないかな?
お爺様に言わせると、そんな奥州の中でも伊藤家は獣肉をよく食べる家らしい。
曰く、山で生活していて獣肉が食えぬなど、死にたい者にしか言えない言葉だ!とか……。
まぁ、わたしは大好きだけどね!
太郎丸ほどじゃないけれども!
天文十三年 晩夏 棚倉 伊藤景虎
「信濃守殿。誠に合い済まぬ。この通り、伊達藤次郎晴宗、伏してお詫び申し上げる」
「……顔をお上げ下され。晴宗殿」
しまったな。
儂としたことが苦り切った声を出してしもうた。
目の前には白装束で頭を下げる晴宗殿がいる。
……本当に芝居がかったことをするのがお好きな人だ。
まぁ、それが様になっているのだから儂がとやかく言うのも変な話ではあるか……。
「お願いですからお顔をお上げ下され。伊達の嫡男殿に白装束姿で頭を下げられてはたまりませぬ。この信濃守、心よりのお願いでござる」
「ではそうさせていただこう!」
切り替え早いな。晴宗殿。
「先ほど嫡男と呼んでいただいたが、この度、正式に儂が伊達家の家督を継ぐこととなった。父上には丸森の外れ、懸田あたりで隠居生活を送ってもらうこととなろう」
なるほど、伊達家は無事に晴宗殿が当主についたようだな。
先だっての戦、先走って敗走したのはすべて稙宗殿に近しい者達ばかりであった。
小梁川然り懸田然り……。
これだけ側近が立て続けに問題をやらかしていては、伊達家中における稙宗殿の発言力は無きものに等しいくなるか。
春先の初戦で多少の手勢を失ったが、良直殿の手綱さばきの巧みさなのか、晴宗殿の手勢はそのほとんどが残っておる。
儂も伊達家の中にいるわけではないので、確とはわからんが、……外から見えている限りでは、晴宗殿が家督を継ぎ、家中を掌握することに大きな障害はなかったのであろう。
「また、棚倉に来る前に常陸太田の義篤殿とは話を済ませてきた。棚倉盆地、白河、
「……相分かり申した。ありがたく頂戴しましょう」
本来、奥州の仕置きは鎌倉公方にその権限がある。
鎌倉殿が治める国は奥州、羽州に関東を合わせた計十国。
これらの領地を差配するのは鎌倉公方の権限の内だが……天文年間の今日、鎌倉公方の押印がある安堵状よりも伊達家・佐竹家連名の安堵状の方がよっぽど価値が高かろうな。
「しかし、よろしいので。当家にとっては有難い仕儀ではありますが、反対する方々も多かったのでは?」
特に阿呆の二階堂とかなんか言いそうであるしな。
「かまわん!喧嘩両成敗は鎌倉よりの武家の理。喧嘩を始めた那須、結城は共に一城ずつ失う。喧嘩を納めた伊達、伊藤が一城ずつ管理する。何処にも問題はない」
「……現在、白河にはわが父が詰めておりますが……?」
「その件に関してはこうじゃ。伊達軍の大将たる鬼庭良直の命を無視し、伊藤家に勝手に打ちかかった小梁川親子の罪は明白。小梁川親子の首を差し出す代わりに、当主稙宗は隠居し小峰城を割譲、これを持って和睦とする……どうであろう、信濃守。これにて手打ちとしてくれまいか?」
正直、小峰城よりも、元凶となった二階堂の阿呆をどうにかして欲しかったが、貰える物は有難く頂戴しておくとしようか。
今も伊織が陣頭に立って整備している表郷-黒羽-大田原の新街道が完成したとしても、古来よりの白河を通る奥州街道を抑えることの利点はかすむまい。
「晴宗殿、義篤殿がそこまでお骨折りをしてくださったのです。謹んで和睦をお受けいたしましょう」
「おお。そうかそうか。それは有難い。心より感謝いたす」
ずずっ。
お互いに話の決着がついたと思ったのか、どちらからというのではなく茶に手を伸ばした。
「そういえば……信濃守のお義父上、長尾為景殿だが、この近日に亡くなったそうな。家督は嫡男の
嫌なことを持ちだす……。
「これはお心遣いかたじけのうござる。ありがたく頂戴いたす。これは見事な米沢上布、文もさぞ喜びましょうぞ」
晴宗殿は弟の
晴れて当主となった暁、北越後への出兵を思案しておるのか……。
なんとも頭の痛いことは続くものよな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます