第7話 貝泊熊野権現社寺

天文十一年 師走 棚倉 伊藤景元


 「ご隠居様。お呼びでしょうか」

 「おお、呼んだ呼んだ。太郎丸よ、はよ入ってこい」


 すすっ。


 儂の呼びかけに従って太郎丸が室内に入ってくる。

 ん??

 なんじゃ?襷などを掛けおって?何ぞ作業でもしておったのか?


 「どうしました?その襷、太郎丸様は何ぞ作業中でしたかな?」

 「はぁ、はじめは姉上が母上から針の使い方を教わっていたのですが……いつもの如く、母の監視からいつの間にやら抜け出してしまって……」

 「仕様のない娘じゃな、元は。……なれば、今頃は鹿島大社にて塚原殿から手ほどきを受けてる真っ最中か?」


 まったく誰に似てしまったのやらじゃな。


 あれほど愛くるしい元じゃが、剣術、棒術、槍術などと兵法三昧では嫁の貰い手が無くなるぞ?

 来月には十七にもなろうというに……これではいつまでも実家住まいではないか……。


 ……可愛い孫がいつまでも実家住まいというのは儂自身に困るところはないが……。


 「……というわけでして、私が姉上の代わりに晴宗殿からの依頼の品。越後上布を使った羽毛布団を縫う羽目になってしまったのです!」


 憤懣やるかたなし、といった様子の太郎丸じゃな。


 しっかし、伊達の嫡男殿は面倒事を毎回持ち込んでくるのぉ。


 まぁ、たしかに、太郎丸の考えた羽毛布団なるものは軽くて暖かい。

 鴨の柔らかい羽根を詰めた羽毛布団は最高の寝心地じゃ。

 儂もついつい寝過ごすことが増えてしもうたわい。

 また、あの一尺四方に区切られた升目状の見た目も中々に良い。


 そりゃ、正月に当家を訪れた晴宗殿が目の色変えて欲しがるわけだ。

 あの時は大変だったのぉ。

 一向に館を離れようとしない晴宗殿を追い出すのにどれほど苦労したことやら……義里殿も半ばあきれてはいたが……ありゃ、義里殿も欲しがってたように見受けられたの。


 ともあれ、最後には焦れた太郎丸が、生まれてくるお子への贈り物として上物の反物が手に入った折に作ると約束させられてしまったのじゃったな。

 上物の反物、という条件を付けねば翌日にでも米沢から布を山ほど送り付けかねない勢いだったわい。

 ただ、その約束のおかげで、正月用にと為景殿が文に贈ってくれた越後上布を大量に使う羽目になってしまった。

 ありがたいことだが、なんとも申し訳ないことじゃ。


 「……しかしです!今回の羽毛布団は私も一緒に捕ってきた鴨から胸毛の比重を多くして……」


 何やら盛り上がっておるの、太郎丸。

 聞き手の伊織が若干引いておるぞ。


 「そういえば……」


 そう、そういえばじゃ。


 「太郎丸や。おぬし、何やら新しい鉄弓を景能に作ってもらったそうじゃな。おぬしのような童の力で鉄弓なんぞ満足にひけるのか?忠平が若い時分に使ってたのを見て、儂も試しにと使ってはみたものの……重いし、硬いしで、結局満足には取り回しできなんだわ。のぉ?」

 「然り。ご隠居様はどうにもこの忠平がやることを真似したがる性分でございましたな」


 やかましいわ。

 忠平め。


 「そうそう。私も一回だけちらりと見させてもらいましたが、長さ三尺半程度で、何やら両端に滑車が付いていました。正直、見たこともない形だと……」

 「ああ、あれは使い勝手は良いですよ。鉄製とはいえ、あの大きさなら私でも十分に取り回しできますし、威力も大人がひく弓にも引けを取らぬと考えております」

 「ほぅ。それほど小さくて威力十分でございますか。某も欲しゅうなってきますな」


 三尺半程度で弓を持ち運べるなら戦場では相当に便利よな。

 忠平もその点に興味を持ったか。


 「忠能にお願いして作ってもらうことは何の問題もないと思うが……戦場ではあまり役に立たぬと太郎丸は思いますぞ。ご隠居様、忠平」

 「使えないのですか?太郎丸、その理由を聞いても?」


 伊織も興味津々じゃな。


 「そうですね。まずこの弓は大量生産に向きません。滑車の位置やら弓自体の重心……安定感と言いますか、全部の部品を整えるのが非常に面倒なのだそうです。景能も五本以上は絶対に作らないといっておりました。調整やらが非常に面倒らしく、作成に気が乗らないようです」

 「ふむ」


 残念じゃが、村正一門は気難しくて有名じゃからな。

 無理やり作れ、などと言ったらへそを曲げて桑名に帰ってしまうかもしれん。


 「それ以外の理由ですが、この弓は滑車が組み込まれているため、泥とか木片とか……とにかく汚れに弱いのです。滑車が詰まってしまったらまともにひくことができません」

 「そうですか、それほど華奢な絡繰り作りになってしまうのでは、確かに使い勝手は悪そうですね。私はどちらかというと一族の中でも非力な方ですから、そのような便利な弓があったら使いたかったのですが、残念ですね」


 ん?景貞に比べれば確かに非力じゃが、景虎よりは伊織の方が力持ちだと思うがの。


 そうじゃな。

 荒事は景貞、内政は伊織、外政は景虎と、無駄に得意分野というか、担当が綺麗に分かれてしまったかのぉ。

 儂の見たところ、倅たちは三人とも、どの分野でも儂以上の能力の持ち主のはずなんじゃが……ようは自信?かのぉ……よし決めたわい。


 「その鉄短弓はまだ予備があるのじゃろ?後で景能の元に足を運んで、分けてもらえるよう頭を下げるが良いぞ、伊織……ところで、太郎丸に来てもらったのはほかでもない。山について相談したいことがでてきてのぅ。それでは、忠平、伊織、各々説明してくれい」

 「はい。まずは先日、元様が拾われたこちらの石ですが……某が信頼する山師に見せたところ、間違いなく金でございました。しかしながら、その後に家の者どもにあの地点を探させたのですが、こちら以外のものを探すことは出来ませなんだ。これ以上の捜索は、それなりに知識のあるものを召し抱えねば、意味のある結果が出ることにはなりますまい」

 「では私の方を……今一度、都都古和氣神社にあった文献を調べました。残念ながら八槻社には山や石に関する文献は無かったのですが、馬場社の方にひとつ……」

 「あったのですね!」


 太郎丸も気が気でなかったようじゃの。

 伊織の報告に身を乗り出しとるわい。


 「ええ。どうやらどこぞの国の金山が出身地の山伏のようでして、その男の残した比較的新しい日記と、何やら景能殿の鍛冶場にある高炉……でしたか?そちらの仕組みを書いた唐代の書籍がありました」

 「馬場社に……しかし残念です。馬場社の者は以前に景貞叔父上の手で軒並み討ち取られてしまいました……生きていれば話を聞くこともできたかもしれませぬな……」

 「と、お思いかもしれませぬが、別のお知らせが……」


 忠平め、太郎丸の反応を面白がって必要以上に勿体ぶってるではないか。


 「どうやら、去年、一昨年と住処を追われた一部の山伏どもが、貝泊の山すそに小さな小屋を建て、貝泊熊野権現社寺と称して集まっているとか。特段悪さをしているとかではないので、里の者達もそれらを排除することなく普通の隣人として接しております……可能性は薄いかもしれませぬが、そこに件の山伏がいるやもしれませぬ」

 「なんと!ご隠居様。その者達と接触してみてはいかがでしょうか?もしうまくいきますれば、他領で人を求める必要なく力になる人物を迎え入れることができるやもしれません!」


 太郎丸も儂と同じ考えになるか。


 「よし、伊織よ。寒さが厳しくなる前に兵を百ほど連れて貝泊に行ってまいれ。山での調練とでもいえば対外的には問題なかろう。岩城家の所領に近づくこととなるが、やつらは、基本、山には上がってこぬ。が、もしも兵を上げてきたのならば即座に引け。構えてことは起こすなよ?なんぞいちゃもんをつけられても、調練だった。領内を荒らしておった山伏が逃げ込んだ、とでも言い訳をすれば辻褄は合おう」

 「承知しました、ご隠居様」


 忠平の息子たちが補佐に付けばめったなことにはならんと思うが、雪の降る前とはいえ冬の山よ。

 兵を率いての移動は堪えるぞ?

 はてさて、これは伊織自身の調練としても大いに効果があろうて。


天文十一年 師走 社山 伊藤元


 社山の朝は早い。


 ……いや棚倉の館でも同じぐらいの時間に起きてたわね、私。


 夕餉を頂いたら武具の手入れを丁寧に行ってから寝る。

 日が昇ったら起きる。

 館から持ってきた枕と羽毛布団がある限り、わたしの安眠は約束されたようなものだから、なんの不安もなかったわね、微塵も。

 もちろん、行軍、野営の時は基本野宿ね、たき火を囲んでみんなと固まって仮眠を取るのよ。

 私自身に自覚はあんまりないんだけど、一応は「姫様」って身分なんで、いつも隣には叔父上達か忠平一家、業篤一家の誰かがいるわね。

 気を使ってくれるのは申し訳ないし、ありがたいとは思うけど……実際の戦場では毎回活躍してるからそれで相殺でいいわよね!


 さぁ、一日の始まり!


 うん。

 今日も気分爽快。


 「ふぅ~っ!」


 縁側に出て体いっぱいに朝の空気を味わう……師走はやっぱり寒いわね。

 羽毛布団が、おいでおいでと誘惑してくるけど、我慢よ。

 きっと今日も楽しいことがいっぱい待ってるはず。


 馬の尻尾で作られた毛楊枝を持って奥の洗面所に向かう。


 「伊織叔父上、おはようございます!」

 「ああ、おはよう、元。今日から五日ほどは山中調練をするからきついぞ?ただどうしようもなく辛くなったらいつでも言いなさい。すぐに対処するからね」

 「ご心配なく、叔父上!……ただ、確かに五日の行軍は初めてですね。油断無きよう万全の心構えを持って、取り掛かります!」

 「ははは。私も十日、二十日程度なら少人数で山を動き回ったことはあるが、兵を率いては初めてでね。私の補佐をよろしく頼むよ」


 にこやかな笑みとともに、軽く私の頭を撫でて洗面所から出ていく伊織叔父上。

 これが景貞叔父上だと、「ガハハ!」とか言いながら髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でまわすのよね。

 兄弟でも大違いだわ……髪がぐしゃぐしゃになると鉢巻を絞める時に綺麗にいかなくなるから、伊織叔父様の撫で方の方が断然いいわ!


 「あ、そうそう。水は虎丸による確認も終わったから使ってもいいし飲んでも大丈夫だよ」


 んみゃ~~!


 叔父上に抱きかかえられた虎毛猫の虎丸が、「俺の仕事はいつも万全だぜ!」って声をかけてくれる。


 「わかりました。ありがとう、虎丸」


 わたしは猫にも感謝を忘れない女……はぁ、でも猫ってなんであんなにいつも可愛いのかしら?


 当家の棚倉館、関口砦、社山砦の三か所では、一日の初めには猫たちに各水場を確認するという仕事が与えられている。

 お爺様がいうには昔からのうちの習慣らしい。

 太郎丸が言うには、猫は毒とか変なものに敏感らしく、猫が飲まないような水は決して使わない方がいいらしい。

 よくわかんないけど、虎丸たちが頑張ってるんなら感謝しないとね!可愛いし!


 けど、伊織叔父様には悪いけど、虎柄だから虎丸ってのも安直過ぎるな名前よね。


 関口砦の竜丸よりはいいけど……さすがの私でも、息子と同じ名前を付ける感覚はわからないわよ。

 一度、「竜丸が竜丸をひっかいたら竜丸がびっくりして、竜丸が泣き出すし、竜丸は逃げ出すし、竜丸が竜丸に謝りたそうにしてても竜丸が怖がってしまっていて困る」とか景貞叔父様に相談されたことがあったけれど、まったくもって意味が解らなかったわよ。

 ただ、面白いから、こうして思わず覚えちゃったけど……。


 それよりも、今日からは、今まで行ったことがないところに行けるのよね。


 今までは古殿ふるどのの集落までしか、東側には行ったことがなかったけれど、貝泊はさらにそこから南東なのよね。

 四方八方にちょっかいをかけまくる岩城家の所領に近いからっていうことで、決して近づくなと、父上からは言われていたけれど……ふふふ、海に近づけるっていうのは魅力よね!

 本当に楽しみだわ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る