第6話 世が世なら?特異点と呼ばれるかもしれない姉上

天文十一年 秋 棚倉 八溝山地東麓 伊藤元


 外は良い!

 山は良いわね!

 空気も綺麗よ!


 「外は良い!」


 なんとなく声に出してみたわ!

 だって、心の中で思っているだけではもったいないものね!


 「姉上うる…さ…い」


 うるさいとはなによ、うるさいわね!


 ぜいぜいと言いながら太郎丸が私の後ろを付いてくる。

 主人と家来然とした、美しい姉弟像だと思って山登りを楽しんでいるのだけど……ほんの一言だけとはいえ、太郎丸に言われるとなんかムカつくわね。


 「うるさいとはなによ!」


 ぱこっ!


 「もう!姉上はすぐに手が出る~!」

 「もうもう、もうもう……わたしは牛の姉になったわけじゃないわよ!まったく……竜丸を見習いなさい!黙々と歩いているじゃない。あの姿こそが私の家来にふさわしい姿よ!」

 「姉上……竜丸は黙々と歩いているのではなく……疲れ果てて声も出ぬのです。我々が化け物並みの体力を持つ姉上と同じ速度で行う山登りには……」


 ぱこっ!


 実の姉を化け物呼ばわりとは良い度胸ね。

 明日は鹿島大社に引きずって行って、こってりと絞ってやろうかしら。


 「ははは。相変わらず姉弟仲がよろしくて結構でございますな。しかしながら、竜丸様が疲れているのも事実。休憩がてら、今度はここいらの調査と参りますかな?太郎丸様」

 「そうだね、小川も流れているし、顔でも洗いながら休憩しよう……姉上、竜丸と握り飯でも食べながら休んでいてください。僕は忠平と一緒に付近の調査に行ってまいりますので」

 「わかったわ……竜丸、こっちにいらっしゃい。手拭いを……こうして川の水で絞ったので冷たくて気持ちいいわよ。さぁ、汗をぬぐいなさい」


 疲れた様子の竜丸の手を引いて河原の岩に腰かけさせる。

 それから竜丸の手拭いを川の冷たい水で冷やし、顔、首筋、胸と拭いてあげる。

 太郎丸はああうるさいが、わたしは年少者の面倒を見るのは慣れているのよ!

 速度がなんたら文句を言ってたけど、二人の歩みはきちんと把握していたし無理はさせてないわよ!……たぶん……う~ん、少しはさせてしまったかしら?


 けどけど、随伴の忠平をはじめとする安中の者達も何も言ってこなかったのだから、私の歩みは悪くなかったはずよ!

 ええ、そうよ!


 「この辺り……は使え……か?……兵衛」

 「……へぇ……でござ……ましょう……」


 遠くで忠平が部下の者達と、木を叩きながら何かを話している。


 太郎丸の話だと、紙が足りないので領内で紙を作ることにしたらしい。

 紙不足は意外と切羽詰まっていたらしく、冬が来る前に急いで計画を進めようとお父様が判断なされたようだ。

 そこで、今日は製紙小屋を建てるのに便利そうな場所を調査しに来たらしい。


 私?私は、単純に気分転換で付いてきたのだ。

 竜丸も付いていく、と言ってきたので弟二人の世話係みたいなものだ。


 「竜丸!石清水以外の生水を飲んでは駄目よ!今は館から持ってきた水があるでしょ?水筒のお水があるうちはそれをゆっくりと飲みなさい……そう、ゆっくりとね。飲み終わったら、この握り飯をわたしと半分こにしましょう。漬物の刻み炒めが入っていて美味しいわよ、すごく!」

 「ありがとうございます。従姉上。ありがたく頂戴いたします」


 ほら、みなさいな。

 わたしの弟世話力は大したものなのよ!


天文十一年 秋 棚倉 八溝山地東麓


 あ、姉上と竜丸が食べている握り飯が凄く美味そう……。

 僕も後でもらおう!


 うん。握り飯も大事だが、今はそれよりも金銀お宝鉱石探しが第一だな。


 先月、社山砦で伊織叔父上と製紙事業について話し合ってから、今日までに既に数回の調査を行っている。

 そのどれもで、紙作りの方は問題ないとの結論だ。

 木の種類、利用できる水の量。

 伐採と植林を同時に行っても森の様子をおかしくしてしまうようなことは無いか?

 出来上がった紙を運ぶために活用できそうな川の道は作れそうか?などなどでだ。


 しかし、問題は鉱石探しの方だ。


 やはり、調査数回で金銀などは見つからないよね……。

 そりゃ、山師でもない素人の僕たちで簡単に見つかるなら、既に別の人間が見つけているだろうしなぁ。

 それこそ、山の民でもある安中の者達が何年も前に見つけているだろうさ。


 う~ん。

 腰に来る。

 前世では腰痛に悩まされていたけど、このままだと今生でも腰痛に悩まされそうな気がするよ……。


 河原の石を片っ端からひっくり返しながら考える。


 これってさ、調査と言えど人手が必要だよね。

 八溝山地の広大さに比べて、僕の両手なんか小さなものだしさ……。

 しっかし、前世世界の佐竹家ってどうやって金鉱脈のありかを見つけられたんだろ?


 普通に考えれば、忠平達みたいな山の民が見つけて報告、って流れだよな。


 それ以外だと誰が山の中に入るんだ?山賊とか?


 いや、賊って……平野部が極端に狭い日本。

 ここまで武士が田畑を見回っているんだ、単純に村を襲うだけでは満足な資金……いや、食料すら奪えない。

 史実を振り返ってみても、村上水軍や川並衆みたいな物流の大動脈で場所代を取り上げたり、一部を襲う方法でしか「賊」を成りたたせるのなんかは不可能だろうし。


 う~ん。

 すると誰が金鉱石を見つけたんだろうか?


 ……わからん。

 なので聞いてみよう!


 「なぁ、忠平。安中の者たちのような山の民以外で阿武隈にしょっちゅう立ち入ったり、住み着いている者達っているの?」

 「山の民以外でですか?そうですなぁ……」


 製紙小屋の調査を終え、河原に降りてきた忠平を捉まえて聞いてみた。


 「阿武隈の山の民は、八九割方が安中が抑えとるので、儂ら以外の集落と言われてもほんの僅かですしのぉ……落ち人以外の集落は……あ、少数ですが寺社が山中にあったりはしますな」

 「寺社?」


 道路も自動車も無いこの時代の山奥に寺社を建てて住むの?

 ……里からの通いとかは無理だよね。


 「左様。大抵は数人の坊主が世捨て人の如く隠遁しておるだけですが、中には山伏どもが大挙して修行に励んでいるところもありますのぉ。阿武隈では少ないですが、羽州は庄内の羽黒なんぞは有名な所でしょうな……そういえば、都都古和氣神社や甲神社を牛耳っておった者どもも、もとはそういった山伏たちが修行から脱落して巣食ったように記憶しとりますわい」

 「なるほどね……」


 うん、それはなるほどだ。


 都都古和氣神社や甲神社で堕落した生活を送っていたとて、彼らも山伏、山岳信仰をうたっているのならば、ある程度の山籠もりや修行を定期的に行っていただろう。

 極少数ならば、そういった上位の堕落した層の姿を見て、よりストイックに修行に励む真面目さんたちもいたかもしれない。

 なんといっても、中世や古代は洋の東西を問わず、宗教に携わる者たちは知識階級も兼ねていたケースがほとんどだ。

 阿武隈でも彼ら、僧侶や神職に鉱山に関する知識、文献を持った人材がいてもおかしくない。


 そうなるとだ。


 一般的にはそういったもの達が鉱山を発見し、その話を聞いて土地の支配者である佐竹家が抑えた可能性が非常に高いのかな。

 ただ、今生では、修行集団が鉱脈を見つける前に当家が彼らを追い出しちゃったから、鉱山発見の歴史がだいぶズレてしまった……ああ、これはありえるシナリオだね。


 「ありがとう!忠平!なんとなくだけど今後の方向性が見えてきた気がするよ!」

 「ほほほ。太郎丸様のお役に立てたようでしたら、儂の話も捨てたものではありませぬな」


 よし!ひと段落付いたところで、僕も握り飯でもいただきに……って……。


 「うわぁ!」


 思わず大声を出しちゃったよ。


 「うわぁ!って何よ!この私をみて、うわぁ!って何よ!」

 「いやいや、姉上。お願いですから気配を消して僕の背後に立たないでよ。こわいよ~」

 「別に、気配は消してないわよ。普通よ、ふつう!見てみなさいな、忠平は別に驚いてないわよ?あんたが、ぼーっとしてるのが悪いのよ。ぼーっと生きてるんじゃないわよ!」


 理不尽だ。

 だって、僕が見る限りは忠平もちょっとびっくりしてたよ?

 びくぅ、ってさ。


 「それよりも太郎丸!あんたさっきから河原で石ばっかり拾って何してるのよ?忠平にばっかり仕事させてるんじゃないわよ?」

 「ほほほ。太郎丸様もしっかりとご自分のお仕事をなさっておいでですぞ。元様」

 「石を眺めることが?」


 うわ。

 疑いのまなざしで僕、石化しちゃいそう。


 「ほら、姉上も景能爺から聞いたでしょ?刀を打つための鉄がないって」

 「……うん。たしかに、はっきりと言ってたわ!」


 ……忘れてたな、姉上。


 「……忘れてはいないわよ?私は薙刀、今では偃月刀ね。こっちが好きだから、ちょっと気にしてなかっただけで、忘れたわけじゃないわよ!」


 なんともすがすがしいまでの開き直りだな。


 「そういうことで、鉄の元になる鉄石……鉄鉱石を探してるんだけど、なかなか見当たらなくてね」


 表向きの理由その壱を姉上に伝える。

 嘘ではないよ。

 優先順は金銀に劣るけど、鉄鉱脈を見つけることができればありがたい!


 「ふ~ん。なるほどね。じゃあ、私も探してあげる。その、鉄鉱石?その石はどんなものなの?」

 「そうだね、いろいろあるんだけど、黒くて光沢のある筋が小指の幅ぐらい?入った石。黒じゃなくて赤っぽいのでも良いんだけど、黄色や緑っぽいやつはいらないかな~」

 「光沢のある黒ね。わかったわ。私も手伝ってあげる!……竜丸!あなたもこっちに来なさい!お手伝いよ!」


 鉄鉱石の現物も見たことがない姉上に見つかるとも思えないけど、純粋に手伝ってもらえるのはありがたいね。

 なんだかんだ言って、もしかしたら、磁鉄鉱でも見つけちゃうかもね。

 姉上ってなんか人外パワーの持ち主だし。


 ……

 …………


 石探しをすること四半刻。

 流石の姉上も飽きてきたのだろう。


 「みつからないわよ~。黒も赤も黄色も緑も~!」

 「僕も見つかりませぬ~、従兄上~!」


 二人とも真剣に河原を探していたが、結局のところ鉄鉱石も見つけられなかったようだ。

 僕や安中の者達も同様に見つけられてないんだけどね……。


 「まぁ、そう簡単に見つかったら苦労はしませんよ。姉上」


 姉上を慰める言葉を口にしながら、本当のところは自分を慰めている僕。


 「石探しは根気との勝負ですね。また、別の日に別の場所で石探しをしましょう!」

 「そうね、道場で稽古をするだけが修行じゃない、と師匠もおっしゃってたわ。道場で鍛えた技と身体はこういった山登りなどで、本当の意味で自分の心と身体になじむとね!」

 「ははは、従姉上にかかるとすべてが兵法の修行なのですね!」


 まったくだ、姉上も年が明ければ十七。

 武家の娘としての教養が兵法のみって、それどうなんだろうか?


 「では忠平、今日のところは帰るとしようか。この場所も製紙小屋を建てるのに問題なしということで、調査を終えよう」

 「左様ですな。ここは少々館から離れておりますからな。これ以上奥へ行ってしまえば、帰る頃には暗くなってしまいましょうからな……ところで、元様。そのお手元にある三個ほどの石はなんですかな?」


 ん?

 確かに、幾つかの石を持ってるな、姉上。


 「ん?これ?これって鉄じゃないわよ?たぶん。だって、黒くも、赤くも、緑でもないし、黄色って感じでもないわよ。どちらかと言えば黄金色?なんか綺麗だったので、部屋にでも飾ろうかと思って持ってきたのよ」

 「「黄金色??」」


 僕と忠平が互いに顔を見合わせる。


 「元様、少々見せていただいても構いませぬかな?」

 「ん?別にいいわよ。けど目的は黒いやつでしょ?これ違うわよ?」


 うん。黒いのは二番目の目標の一番上のやつね。

 本命は黄金色の石や銀色の石なんです。


 「しからば、少々お借りしますぞ……」


 石をのぞき込む忠平と僕。

 ん?確かに、そう言われてみると……白く透明な感じがする石の中に、何やら小指の爪の半分ほどの金色の塊……。


 「そちらの方もよろしいですかな?」

 「ん?もちろん構わないわよ?」


 もう二つ渡してもらう。


 一つはさっきと同じ感じの石。

 だけど、もう一つは……白くて透明の石、多分石英の塊だろうな、の外側にボコっと親指の爪ぐらいの大きさのものが付いている。

 ……たぶん、コレ金だ。


 「おお、これは本当に綺麗なものですなぁ。よろしければお一つ、この儂に頂けますかな?」


 お、忠平も気付いたな。

 金に詳しく、信用の置ける者に確認をさせるため、手元に持っておきたいのだろう。


 「ええ、別にいいわよ。特にそのボコッと付いてるやつ。その石はあげるわ。なんか、その石はこれ見よがしに光ってて風情がないのよねぇ。私はそっちの二つの石みたいに、ひっそりと光ってるやつの方が趣深いわね」

 「いやはや、左様でございますか。それではありがたくこちらの石は頂戴いたしますぞ」


 忠平は何気ない口調と手つきで、慎重にその石を懐紙に包み、胸元に仕舞った。


 「なんとも綺麗な石ですね従姉上、私にも一ついただけますか?」


 おおぅ。マイカズン!なかなかナイスなおねだりではないかっ!


 「わかったわ。それじゃ、竜丸にも一つあげる……まぁ、そうね。パッと見た感じこの辺りにはこの三つしかなさそうだったけど、ここからさらに上流に行けば、この手の石はたくさんありそうな気がするわよ?」


 なんだ、なんだ?

 姉上って神様からとんでもない技能でも貰っているのかい?

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