第4話 天文の大乱??

天文十一年 初夏 棚倉 伊藤景虎


 このところ、我らの近隣が忙しない。


 当家が平穏無事に過ごしている一方、周辺諸国は大海の大波にでもさらされているようだ。


 正月に当家にお出でなさった晴宗殿と現伊達家当主稙宗殿との仲が、のっぴきならぬ状況になっているとのこと。

 奥州中では、その時が来たら晴宗派につくか、稙宗派につくか、で蜂の巣をつついたかのような騒ぎじゃ。


 だが、この噂、実際には決定的な所までには至らずに済みそうだと、義里殿が文にて知らせてくれた。


 太郎丸の提案の通り、正月の宴の翌日、晴宗殿と義里殿は佐竹家の船にて、久慈川を鶴岡八幡大宮へと下って行った。

 道中の船の中で、二人はみっちりと両家の今後の行く末を語り合ったらしい。


 どちらも当主でこそないが、嫡男と一門衆筆頭という立場、半日ほど胸襟を開いて会談したところ、お互いを信頼できる間柄になれたと書いてあった。


 晴宗殿と稙宗殿は、越後上杉家へ晴宗殿の弟御、時宗丸じそうまる殿の入嗣について意見が割れておったらしいのだが、当の越後上杉家が為景殿の前に完全に降伏させられたことにより、そもそもの意見対立の大元がうやむやになってしまったらしい。


 元々、晴宗殿が弟御の入嗣に反対していたのは、伊達家の四方八方が縁者になってしまっては、今後一切、自勢力を伸ばすことが出来なくなってしまうのでは、との恐怖から反対していたらしいな。

 配下の奉公に報いることが出来なくなれば、執権北条家のような最後になるかもしれない……と、そういうことか。


 人が足りずに悲鳴を上げている当家では考えられぬ仕儀だな。


 「ふぁ~、たまらんの……」


 しまった、声に出てしもうたわ。


 「何がたまらんのですか?殿」


 文が、心配そうにしておる。

 いかんいかん、これは失敗だな。


 「いや……何……そうそう、晴宗殿の生まれた赤子のことじゃ」

 「……嗚呼、正月でのお話しのことですわね。確かに女の子であったとか」


 ……話をごまかしたことがばれてしまったかな。

 例えそうだとしても、文に無用な心配はかけたくないのじゃ。


 「それよ、どうやら晴宗殿は本気で太郎丸に嫁がせる気のようでな。米沢より南に嫁がせる娘、阿南おなみと名付けたそうな。実際に婚儀を行うまでには十年以上あろうから、本当に阿南姫が当家に来るかは謎ではあるが……」

 「左様ですわね。相手は大身の姫。中々に大変かもしれませぬわね」

 「全く頭の痛いことじゃ……」


 北では伊達が配下の家を含めて百万石、南では佐竹が単独で五十万石、西では会津を挟んで長尾が七十万石といったところか。

 漸く四万石に届いた程度の当家との隔たりは大きいものよな。

 考えるだけで滅入ってくるわ。


 ふぅ。


 北の伊達家では、当主と嫡男の対立が解消とまでいかずとも、十分に薄まったことにより、最低でも現在の勢いは保つであろうな。


 西は為景殿がどこまで頑張れるかじゃの。

 支配下に置いた北越後の仕置きが、為景殿の力で落ち着けば、百万石にも届く精強なお家となろう。

 なんといっても、越後は雪深くとも平野が広い。

 米作りも天候以外に障害となるものは少ないであろう。


 南は……少々不穏じゃの。


 母御が亡くなって久しく、佐竹家と当家との繋がりは領地を接している割には濃くない。

 むしろ嫡男に岩城家の娘を迎えるあたり、比重はそちらを向いていそうじゃ。

 義篤殿もお身体が心配されているようだしな。

 なんともきな臭い限りだ。


 だが普通の思考なら、奥州よりも、今は荒れていようとも温暖で広大な関東に目を向けようか。


 先月、河越から上杉家を、古河から公方様を追い出した北条氏綱殿が亡くなった。

 跡を継いだ氏康うじやす殿は三十路手前、ご本人の器量には問題が無さそうだが、どうであろう……兵を率いる者がおらぬのではないか?

 名をよく聞くのは一門衆に迎えられた綱高つなたか殿ぐらいで、他には聞かぬしな。

 場合によっては、北条と佐竹で大戦があってもおかしくない。


 「ふぅ~」


 また、ため息が漏れてしもうたな。


 「まぁまぁ、殿。今宵はここまでにして、お休みになられませぬか?」

 「そうじゃな。前途多難と言えど。父上や爺様の時代のように山奥でひっそりと命をつないでいるだけの生活ではないのだからな。あまりに愚痴を言うと罰があたるかも知れぬな」

 「まぁ、殿ったら……ふふふ」


 ふふ。

 考えても答えが出ぬということは考える材料が足りぬということじゃ、田植え、刈り入れが終われば動き出す者達もおるだろう。

 なんにせよ、儂がやらねばならぬは領内をきちんと抑えることじゃな。

 新しく抑えた村々の人別帳の確認、田畑を調べ、収穫高も今一度計算し直さねばならん。

 都都古和氣神社改め鹿島大社での市の規模も大きくせねばならんし……やることが多すぎて疲れるわい。


天文十一年 夏 鹿島大社


 「はっ!はっー!」


 朝方から始まった稽古もすでに昼近く、現時点、道場で動いている人間は姉上と卜伝しかいない。

 僕と竜丸は道場の隅で座りこんでいる。

 五歳と四歳の僕たちが、化け物体力の二人についていけるわけもない。

 流石の卜伝も、ょぅじズの僕らには、型の素振りだけをたっぷりと休憩を取らせながら教えている。


 だが、その卜伝の考えは、体力のない子供相手だから、というだけの理由ではないらしい。


 卜伝曰く、型を習うことは師の神髄を習うことなのだとか。

 型、特に初歩の型には、これまでの卜伝の剣術、生き方のすべてが詰め込まれているそうだ。

 体力の無い幼少の内は、師がつきっきりで初歩の型を教える。

 このことが武を極める唯一の方法らしい……。


 ……ただ、まぁ。何事にも例外はあるらしく、目の前の鬼姫様はそんなものを遥か彼方にすっ飛ばし、今や武の極みにまで辿り着けうる逸材とかなんだかなそうな。


 卜伝にそこまで言わせる姉上って何者だよ!


 なんでそこまでの逸材が以前の世界での歴史に出てこなかったのやら……姉上なら、上泉信綱の代わりに剣聖とか言われるんじゃないのか??


 まったく。


 ああ、そうそう。

 歴史と言えば、今生の歴史と僕の記憶にある前世世界の歴史とは結構違ってきているようだね。


 まず、身近なところでは天文の大乱が起きそうにはない。

 為景の代で長尾家が越後統一を果たしたことで、稙宗と晴宗が決定的対立に至っていないんだ。


 そうなると、棚倉、白河、須賀川、本宮、二本松、三春などの阿武隈川上流域、中通りの勢力。

 相馬、岩城などの浜通りの勢力。

 会津の蘆名。

 これら皆が現状のままだ。

 表立って兵を興すわけでもなく、言葉に尽くせないような暗闘をするわけでもない……。


 ま、伊藤家にとってはありがたい話だよな。

 うちは僕の考えた特産品効果もあって、順調に力を蓄えている。


 人が少な過ぎるせいで大規模土木工事とかは行えないので、劇的な発展なんかは望めないのだが、落ち着いた環境で商いも盛んだということで徐々にだが人は集まってきている。


 あと何年かかるかはわからないが、そのうちに規模の大きな土木工事も行えるようになるだろう。


 そうなった暁には、まずは第一に街道の整備と久慈川の護岸堤防工事だ。

 人が集まりやすくなり、田畑や市も今以上に使い勝手が良くなるだろう。


 次いでは、表郷、白石方面の開拓だ。

 この辺りは昔に起こった白河結城氏の内乱や永正の乱で荒れたままに放置されている。

 街道沿いにポツポツと小さな集落があるだけで、せっかくの土地が活用されていない。

 まったくもってもったいないよなぁ。


 人手が入ったら、ありがたくこの辺りの無人の地の開拓を始めよう。うん。


 当家に必要なものは時間。

 これだな。


 阿武隈以北の北奥州と羽州にも全く動きが無いようだ。

 みなさん内政に努めたり、身内争いでと中々に忙しいようです。


 あ、そういえば晴宗と久保姫の間に阿南姫が生まれたそうな。

 阿南姫が生まれたことは俺の知っている史実と変わらないんだが、阿南姫が俺に嫁ぐとどうなるんだ?

 確か二階堂に嫁いで、蘆名の当主になる子を産むんだよな……その子がいなくなると蘆名のお家騒動はどうなるんだろうね?

 このお家騒動が発展して人取橋の合戦につながるわけで……伊達連合と佐竹連合の大戦なぞ、うちにとっては迷惑なだけなので無ければ無い方がありがたいよね。うん。


 で、佐竹、佐竹かぁ。


 前世ではご先祖様が秋田までついていったことになってるが、この世界ではどうなるんだ?

 時期的には、そろそろ義篤が死んで息子の義昭よしあきに代替わりするんだよな。

 その影響で佐竹家に因る常陸統一が遅れ、義重の代まで彼らの勢力拡張は待たなきゃならない。

 でも、その勢力拡大の原動力となる筈の金山はまだ見つかってないんだよね?

 流石に地質までもが前の世界と全く違うことにはならないだろうから、袋田周辺には金鉱脈があるはずだよな……。


 うん?

 待てよ?


 棚倉構造線が北北西から南南西に向かって走っていた、その西側の部分……なんだっけ?

 八……なんとか山地の東側に金鉱山があったなら……今の当家の領地内にも金鉱脈があってもおかしくはないよな……。


 よし、今度、安中の人たちが館に来たら聞いてみるか。

 金とかが掘れて、精練もできるような人材を知らないか……。


 「あ、従兄上!危ない!」


 ん?どうした竜丸??


 ボゴッ!!


 あはぅぃ!なんか聞いちゃいけないような音が脳天に響いたよ!!


 「太郎丸。あんた何してんのよ?一人でうなったり、にやにやしたり。あんたが生涯の忠誠を捧げなきゃいけない姉上様が滝のような汗を流しながら修練してるっていうのに!」


 伊藤家が栄えるために平穏な環境が欲しいのは確かだけど、その前に、僕の健やかな成長のために平穏な姉弟関係が欲しい……ガクッ。


天文十一年 晩夏 棚倉 伊藤景元


 「爺様、少々よろしいでしょうか?」

 「うむ?構わんぞ?」


 ちょうど自室で息子の伊織と忠平から安中の集めた周辺諸国の報告を受け終わったところじゃ、太郎丸から話があると言われて嫌などあるまいて。


 「ではご隠居様。我々はこれで」


 相変わらず伊織は固いのぉ。

 実の親子だというに、余人を交えようが二人きりであろうがこの調子じゃ。


 「いや、出来ましたら、伊織叔父上と忠平殿にも話を聞いてもらいたく……」


 普通の家なら嫡男と言えど、元服前の五歳の子供の言うことなど気にすまいが、我が家では違う。

 何しろ、栽培椎茸と澄酒を思いついたのだからの……しかも三歳でじゃ。

 後から聞いたところでは、安中の者達の里の中で椎茸を栽培できないか思案していた集落があったらしい。そこに太郎丸の、なんじゃ?、原木栽培じゃったか?その発案を聞いて栽培が軌道に乗ったらしいの。


 まぁ、産物云々の前に二歳ではっきりと言葉をしゃべるような赤子だったんじゃ。

 常の子供と同じように扱う方が、おかしかろうて。


 「おお。では、ありがたく某もお話しを伺いましょうかな?今回のご隠居様との悪だくみに端から噛ませていただけるとは有り難い!」


 儂と二歳違いで、子供時分には実の兄弟のように育ってきた忠平にはこういう気質がある。

 面白そうなことには必ず首を突っ込みたがるという困った気質がな。


 部屋に入る前に廊下に人の気配がないかを再確認してから、太郎丸は中に入ってきおった。

 ふむ。内緒話ということか……面白そうじゃの。


 ああ、儂も忠平のことをとやかくは言えんわい。


 「まずはこの地図を見ていただけますでしょうか?これは以前に忠統と忠孝が作ってくれた、越後から会津、白河、下野、常陸の山並みを描いたものです」


 確りと描けとるな。

 ふむぅ……この地に関わるものならば是非とも一枚は持っておきたい地図じゃな。

 ……後で、忠平から伝えてもらい、儂にも一枚書いて貰おうかの。


 「これから話すことはただの思い付きなので、あまり真剣に聞かれても困るのですが……ちと、内容が内容となりますのでご内密にお願いいたします」


 うむ。

 その点は全く問題ない。

 儂も、伊織も、忠平も、太郎丸の異質なまでの才を評価し、愛でておるからの。


 「金の採れる越後安田えちごやすだ城はここ。次いで銀が採れる会津軽井沢あいづかるいざわがこことなります……こう、山の尾根に沿って線を引きますと、白河の関を通って八溝山から筑波山までつながっております。山の高さ低さはありますが、これらをひとつの塊と考えますと、もしかしたら……」

 「ん??まさか!領内でそれらが採れる可能性があるのかっ!」

 「しっ!叔父上、声が高うございますぞ」

 「あ、いや。済まぬ。つい興奮してしまった……父上、忠平、どう思われます太郎丸の言を……」


 伊織の奴め相当慌てておるな、父上と呼びおったわ。これはうれしいことよ。


 ……では、ないな。

 今は太郎丸の言じゃ。

 儂は忠平に目線を送る。


 「そうですな。可能性、そう、可能性はありますな。真っすぐに伸びた谷などでは同じような石、土、鉱石などが連なって存在することは山に住むものなら誰しもが知っていること。ただ、その石が金や銀などということは……しかも、太郎丸様の描かれた曲線は相当に長いですぞ。それらの場所で掘れるとなると、一体全体どれ程の富となるものか……測りかねますのぉ」

 「しかし、可能性はあるということか忠平」

 「如何にもですな。伊織様」


 たまげたな、巨大な金山、銀山か……しかも……。


 「しかも、我らが領地のすぐ側にあるのぉ……。太郎丸、我らで掘ろうということか?」

 「はい。左様に考えております」


 ふむ。太郎丸め。

 最初は可能性などと言っておきながら、確信に満ちた目をしとるではないか。


 「しかしながら……」

 「「しかしながら?」」


 声が重なり合ってしまうな、儂ら。


 「しかしながら、すぐには掘れませぬ。まず第一に金銀に詳しい者、掘るための人力。また、掘れたとしても精練する技術に長けた者、また、その道具……そして、何より。これだけ巨大な範囲のうち、我らが領するのは久慈川の源流部分、ほんのわずかな土地だけです。せめて、せめて袋田までを領地と出来るのであらば、他家に話が漏れても十分なほどの利が当家にございましょう……話は飛躍しますが……もし、会津軽井沢より常陸茂木ひたちもてぎまでを抑えることが叶うのならば、その財力を使って関東から蝦夷地までの東半分の天下を取ることも叶いましょう」


 ……


 儂ら三人とも声が出んな。

 この場で最も幼き太郎丸が、最も物事を大きくとらえておる。

 日ノ本の東半分か!

 かの将門公でさえ関東の東半分、顕家公でさえ多賀城から鎌倉までの内の一部分しか抑えることは出来なかったのじゃ。

 それを関東から蝦夷地というか、面白い!


 くくく。

 五十を過ぎた身でこれ程の夢を見せてくれるか太郎丸よ!

 あの冷静馬鹿な伊織でさえ、太郎丸の唱える夢に浮かされておるわい!


 「ただ、これらは現状ではただの絵に描いた餅。まずは簡単な調査をした後に、鉱山を取り仕切れる人を求めねばいけませぬ。数年がかりの大仕事ですな」


 太郎丸め、やってくれるわ。

 これでは、儂も忠平も簡単にはくたばれんではないか!

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