第3話 晴宗見参
天文十年 秋 大賀 伊藤元
「ふん。そろそろね!景貞叔父様!」
太郎丸のねちっこい作戦に従ってここまで治水作業みたいなことをさせられてたけど、これで思いっきり暴れられるわ!
ここからは新調したこの薙刀の威力を見せてやるってもんよ!
あれ?
そういえば薙刀を作ってくれた
うん、それなら許してやるしかないわね。
それにしても景能爺、今年で八十歳って話は本当かしらね?
多分嘘だと思うけど……本当だったら、八十の爺様が何日も鍛冶場に籠って刀を鍛えるって、かなりおかしなことよね……まぁ、どうでもいいか!
私の手元に頑丈な薙刀がある。
それだけで充分だわ!
「そう興奮するものではないぞ、元よ。……我々は久慈川の堰を切ったら、そこで役目の大半は終わる。阿呆の破戒共と言えど、水が出てくる上流に向かって逃げる者は少ないであろうからな。決められた策の通り、仕込んである馬防柵を立て、万が一、馬で逃げてくる破戒共がおればそれらを討ち取るだけのことよ。社周辺で眠りこけておる者どもは佐竹殿の手勢に討ち取られるであろうし、川関の見回りをしている者どもはこれから流れてくる水と流木で一掃されるであろうしな」
太郎丸のねちっこい作戦はこうだ。
まず、秋の長雨で水の増えた久慈川の一部分だけ堰き止める。
明け方直前に堰を切って流木と鉄砲水で川関を破壊して、周辺の破戒共を一掃する。
混乱した破戒共を山の手に伏せてある佐竹殿の手勢が討ち取る。
逃げた破戒は南と西は佐竹殿の兵で、北側は伊藤の兵で、山まで逃げたものは安中の者たちが狩って行く。
……実にえげつなく完璧な策だ……わたしの大活躍が盛り込まれていれば、より完璧な策だったわね!
ぴかっ!
時間になったようだ。
東の山に登っている者たちが大鏡を使って日の出を知らせてきた。
「では始めるぞ!者ども!堰を切れ!!」
叔父上の声が響く。
こんなに遠くまで通る大声なんて、……間違って、甲神社に巣食う者達にまで聞こえちゃわないかしら?
天文十一年 正月 棚倉
「「新年明けまして、おめでとうございまする」」
奥州最南端棚倉の旧暦正月、本当に滅茶苦茶寒い。
年が明けて、天文十一年。僕、今年で五歳です。数えで……。
伊藤太郎丸。棚倉館の主、伊藤信濃守景虎の嫡男、昨年で棚倉を名実ともに抑えた伊藤家の嫡男です。
ああ、良かった良かった、今年も無事に生き延びたよ……。
去年は一年を通してバタバタしつつも充実していた。
伊藤家も僕もね!
まず、正月は都都古和氣神社の馬場社を潰すことができた。
このことにより、久慈川が常陸方面へと大きく蛇行する平野部の北半分を領することとなった。収穫量倍増!やったね。
平野部の北側の村々も当家に服属しました!
人口は力ですからね、ありがたや、ありがたや。
春には伊勢平氏の縁を頼って、鹿島神宮より兵法者を呼び寄せることができ、馬場社の跡地を鹿島社を柱とする神社に変更できた。
加えて、兵法者が増えるなら刀鍛冶がいたらいいなと思い立ち、こちらも伊勢平氏の縁を頼って、駄目元で伊勢桑名、村正の一門から誰か呼べないかと父上に相談してみたところ、伊藤景能と名乗る爺ちゃんが自分の家族と弟子を連れて移住してきてくれた。
移住してきてくれたのは良いんだけど、このお爺ちゃん「満足な鉄がなくて刀が打てるか!!」とご立腹。
即座に鉄鉱石探しに奔走する太郎丸くんであったよ……。
さて、参った。
日本刀の材料は砂鉄、つまり河川の力で細かく、不純物を取り除かれた磁鉄鉱(黒い鉄鉱石)となるわけだ。
海岸にまで行けば砂鉄は手に入るのだろうけど、
特別仲が悪いわけじゃないけれど、無駄な探りを入れられるのは非常に具合が悪い。
結局は自前の鉄か……。
確かいわき市方面というか、阿武隈高地の南東側に鉄鉱床があったよなぁ、たしか……。
前世の記憶を頼りに、忠統と忠孝の二人に勿来や飯野平に向かう先の山から鉄が取れないかを聞いてみた。
彼ら曰く、少量ではあるが黒色と黄色の鉄鉱石が社山砦の東側の谷で取れるらしい。黒い鉄鉱石は色々と使えるが、黄色い方は大したものに使えないらしい。
う~ん。何とかなる……のか??
とりあえず、鉄鉱石を原料に鉄を作る為に、なんとか製鉄炉、特に高炉を造ろうではないかっ!
高炉自体は紀元前の中国でも使われていたので、室町期の日本ならなんとか行けるんじゃないかと考えた、どうだろ?
反射炉って程じゃなきゃ、なんちゃって耐火煉瓦と耐火モルタルで、ちょっとした鉄鉱石を溶かせるレベルの高炉とか出来ないかな?出来たらいいよな?大丈夫、出来るよね?!ぐらいの気持ちで挑戦した。
そのために、きめの細かい粘土を安中の二人と一緒に探し回ったよ?
で、結果。そこそこの鉄を手に入れることが出来ました!
土やら石を探すこと以外はほとんど役に立たなかったんだけどね、僕と安中の双子は。
高炉を建て、製鉄をし、食事の席で僕が話した転炉の原理を自分たちなりに実行しちゃったよ、景能爺ちゃんとその仲間たち。
爺ちゃん曰く、高炉に関しては、昔に大陸の文献で読んだことがあったらしい……。
凄いな!と素直に感心したら、「伊勢村正の刀鍛冶を名乗るならそのぐらいはできないと話にならん!」ということらしい。
本当に凄いよ村正一門!
なんかの作品のドワーフ族もびっくりだね!
そんな涙ぐましい努力を経て出来上がった鉄を見て景能爺が一言、「面白い鉄だが、刀には使えんな!」だとさ……。
槍や薙刀向けには、今まで使用してきた鉄以上に使えるようで、「棚倉にいる間は刀鍛冶の名は返上じゃな!今日から儂らは偃月刀鍛冶じゃ!」と叫んで気合を入れてた。
正直、傍から見てた僕たち三人がガクガク震えていたのは内緒だ。
ともあれ、秋には村正一門による棚倉村正偃月刀が誕生することとなった。
第一号はさも当たり前のように姉上が戦場に持って行っちゃった。
使い心地は最高だったようで、正月の今日までご機嫌だったので、弟的には平和な日常をゲットできて良かったよ、本当に。
そして冬。
甲神社から逃げ出した一部の破戒達は都都古和氣神社に逃げ込んだ。
まぁ、正確にはそこに逃げるよう追い立てたんだけどね!
父上と佐竹殿の連名で詰問状を都都古和氣神社に送り付け、間髪入れずに別当以下、主だった者を武力排除した。
ただ、名目上でも責任者がいない状態は困るので、八槻社内には鹿島神宮もあったのをこれ幸いと鹿島から神官を送ってくれるよう依頼した。
なんといっても鹿島氏も平氏だしね!
同族万歳ということです。
依頼をしたら即座に一人の神官が鹿島から送られてきた。
名を
……
………
塚原卜伝じゃん!!!!
これで、伊藤家の武将たちは戦闘力が爆上がり間違いなしだね!
ただ、卜伝が到着して一週間もしないうちに姉上が一番弟子になっていたのは……当たり前という物なのでしょうか……?
現在、卜伝先生は自分の知っているすべての秘伝という秘伝を姉上に仕込んでいる最中らしい。
止めてよ。せっかく苦労して手に入れた「平和な弟の日常」が消えてなくなっちゃうよ……。
天文十一年 正月 棚倉 伊藤景元
ふむ。
なにやら太郎丸が黙り込んだ挙句、急にむっつりしたり、にっこりしたりと……せわしないのぉ。
なにかしらの思案に耽っておるのじゃろうが、それでは隣に座る元に膳の食事を根こそぎ食べられてしまうぞい。
しっかし、今年の正月の宴はいつになく盛況じゃの。
今までは親族と安中、柴田の主だったものだけで挨拶をしたものじゃが、今年はだいぶ様相が違うの。
佐竹家からは
義篤殿の弟御にて佐竹一門衆の筆頭じゃ。
更に驚きなのが、米沢の伊達家から嫡男の
伊達家とは顕家公が討死されてからはとんと付き合いが無かったからの。
儂が子供時分の長老たちはこぞって言っておったの「伊達と南部が逃げ出さねば霊山城は落ちなかった」と。
「いやはや、伊藤家とは鎮守府大将軍様の下、ともに風林火山の旗の下で戦った仲じゃ。足利の世となった後、残念ながら互いに交わることは無かったが、今日、ここ棚倉の地にて佐竹殿のご厚意により、再び会いまみえることとなった。いやめでたい!」
晴宗殿は澄酒が気に入ったようじゃのぅ……じゃが、酔い過ぎじゃて。
このような性分じゃと、父御の
儂の気分的には、足利に尻尾を振った伊達など、お家騒動なりなんなり「どうぞご勝手に!」とでも言いたい気持ちじゃが、相手は臣従・屈服させておる最上、大崎らを加えれば軽く百万石は超える大身。
表立っての喧嘩はしたくないのぉ。
何の与力もなければ百万石対四万石。
鎧袖一触とはまさにこの事じゃ。
「おおそうだ!某、良いことを思いつきましたぞ!」
「……どのような良いことですかな?晴宗殿」
義里殿も酒乱を前にだいぶ迷惑そうじゃな。
酒が好きなのに、気分良く美味い酒で酔えぬのは辛い。
儂にもその気持ちはようわかる。
「いあやさ、なに……」
酔っぱらいはお構いなし。
ある意味最強じゃの。
「某の嫁の笑窪の妹……玉姫でしたかな?芳姫でしたかな?」
「……芳姫殿でござろう……」
なんじゃなんじゃ、義里殿が苦り切った顔をしておる。
佐竹を巻き込んだ話か?大概にしてくれよ、伊達の嫡男殿。
「そう!芳姫じゃ。佐竹殿のご嫡男の元服を待って結ばれる芳姫じゃ。で芳姫とご嫡男殿が結ばれるとなると、儂と嫡男殿は義兄弟という間柄になろう……と、うん?義里殿如何なさった?」
「……いや、なんでもござらん」
確信犯じゃな、伊達晴宗。
義里殿も苦り切っておる。
しかし、岩城家と佐竹家が和睦をしたのか……。
岩城を出火元とした戦乱が、いつ当家に飛び火してくるかとひやひやしとったからな。
まずは一段落かの。
「と、どこまで話したか……そうそう義兄弟じゃ、義兄弟。して、話を戻して某と笑窪ですが……子が出来ましてな。早ければ夏前には生まれてるそうでしてな」
一旦、話を止め、ぐいっと澄酒を一口に。
酒癖は悪いが、所作の一つ一つが妙に様になるお方じゃ。
「はてさて、そこででござる。義兄弟の契りを結ぶ我ら伊達と佐竹。されど互いの領地はいささかばかり遠い。そこで我らを結ぶ地に両者を助くる、信ずるに足る家は無いものかと、某、思案し申した」
嫌な予感がびんびんとするわい。
「街道に沿えば、二本松、二階堂、白河結城、那須……なれど、どの家もが新しい、家格が寂しい。残念ながら、どの家も鎌倉以降か、せいぜいが頼朝公の前後に立てられたものでしかない」
伊達も頼朝公以降の武家じゃろうが……。
「ところが棚倉-太田の街道を見ると、いらっしゃるではありませぬか!奥州で最も古くからある家名を名乗られている方が!保元平治の頃より平家の侍大将、嘘偽りない鎮守府大将軍秀郷公のご子孫であられる伊藤殿が!」
……こそばゆいを通り越して吐き気までしてくるのぉ……
流石の景虎も苦虫を噛み潰したような顔をしておるわ。
「つまりは南から佐竹、伊藤、伊達と繋がれば奥州の平穏は保たれるのではありませぬかな?左様に考えた某は、是非にとも生まれてくるであろう我が子を、娘であったならば、伊藤家のご嫡男太郎丸殿に貰っていただきたいと!……この考え如何ですかな?」
如何も何もあるか!
家督を継いでもいない若造の分際で軽々しく武家の格なぞを語るでないわ!
ついでに、余計な厄介事に儂の可愛い孫を巻き込むな!
……と言えたら、どんなに楽かの……。
「ははは!いやいや、晴宗殿には当家の澄酒を大変気に入っていただけたご様子。しかしながら、多少量が過ぎたようですな、少々お早いとは思いますがご寝所に案内させていただきましょう」
儂も景虎も苦虫を噛み潰すだけであったが、当の本人、太郎丸が場の空気を変えた。
「む!童が何を……」
「左様、某は童故。未だお生まれにならぬお子の婿だといわれましてもどうにも……もしかしたらご嫡男かもしれませぬ。ともあれ、まずは無事のご出産を祈願するのが肝要かと存じます」
「神頼みなど!」
話の腰を折られたからか、大の大人が童相手に声を上げよるわ。
器の大きさが疑われるぞい。
「そうそう、昨年ここより久慈川沿いに南へと行きましたところの大宮ですが、佐竹様のご尽力にて鎌倉の鶴岡八幡宮の方々にお移り頂けたとのこと。頼朝公と縁深いご両家には何かとご利益がございましょう。大宮までの道中、久慈川の船旅などで義里殿にご案内いただければお話しも弾みましょうな」
太郎丸も腹に据えたのかの?
いっそのこと伊達と佐竹で勝手にしてくれと言うとるわい!
これは何とも愉快なことよ!
しかし、義里殿もただただ苦い顔をするばかりでなく、我が義従弟なればもう少し当家を助けてくれても罰は当たるまいにのぉ。
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