居候の章

初日

 夕飯の時間、招かれた食卓。居心地が悪い、なんてとても言えない。

 食卓を囲むのは、リンをこの家に招いた東間風、その兄でありこの家の主である東間青水、眼鏡の少年は霧崎きりさき桜波、美少女のような少年は山吹やまぶきひわ、金髪の美少年は蘇芳すおう氷という名で、五人でここに住んでいるのだという。今日からはリンもその一員だ、と風が無邪気に笑えば、それに物申す者は居なかった。

 少食だからと少なめに用意してもらった食事を口に運ぶも、何とも感想らしい感想は無い。別にこれはいつものことで、これまでの居候先ではただ笑って「美味しい」と言えば済んでいたことだった。

 ここには、風が居る。風が大切にしている家族が居る。美味しい、なんて思ってもいないのに嘘なんてつけない。先程から訝しげな視線を向けられているのは気付いているが、それにもリンは構わなかった。

 視線の主はひわだ。大方、何の警戒心も見せずただ出された料理を口にしたことが信じられなかったとでもいうところだろう。確かに歓迎はされていないようだし、ともすればリンは邪魔者でしかないとも言える。だが風が望んで招き入れた客でもある。

 家族が招いた者に正当な理由も無く害を成すようには、聴こえてきていた先の会話からも思えなかった。故に食事ひとつに警戒する必要はないと思った。それだけだ。

 盛り付けられた僅かな量の食事を黙々と食べて、それが終わると両手を合わせ「ご馳走様」と短く挨拶をする。さてこの後はどうするか。

 洗い物をすると名乗り出たところで、この様子なら彼らはリンをキッチンには入れたがらないだろう。かと言って見知らぬ者が目の届かない所に居るのも不快な気がしないでもない。大人しく部屋に籠っているのが一番差し支えないだろうか。

 ああ、そう言えば、その前に伝えておくことがあった。


「風」

「んー?」

「明日の早出から、日勤と夜勤が詰まってて帰れねーアル。次に空くのは明後日の深夜明けアルから、仲間の所へ寄ってから、戻るのは夕方になるアルよ」


 とりあえず言っておく。居候が決まってしまった以上は心配をかけないように、帰る帰らないは伝えておかなければ。

 氷を挟んで隣に座っていた風が、自席から離れてリンの傍へと歩み寄る。


「ここに帰って来る?」

「風が望むなら」

「うん」


 ずるい言い方だろうと分かってはいる。相手に委ねて自分では決めない時の言い方だ。だけど今は、これ以上の言葉でこの家に帰ることを示せなかった。

 手を伸ばし、風の頬を優しく撫でる。少し驚いたように、だがどこか嬉しそうに目を細める様が愛らしい。


「戻って来たら、シフト表を出しておくアル。今朝のように用事が出来たら休むこともするアルが、基本的にはそれで動くアルよ。昼間は、日勤が無い日は仲間の所に行くことが多いと思うアル」


 二件のバイトと、ナンバーズが動いた際の処理、仲間とのやり取り、いつの間にか情報屋扱いもされていたが、アーカイブでのホワイトハッカーとしての仕事。何の用事も無い日は存在しないし、そもそも「用事の無い日」を作らない。昼も夜も忙しなく仕事をして、暇を好まない生活をしていた。

 恋人(?)が出来たからとその生活を改める気は無いし、その必要も感じてはいない。そもそも明確に「付き合おう」などという言葉を交わしたわけでもないのに、恋人と言って良いのかどうか……とは思ったが、風が「彼女」と笑って言うのでまあ良いか、なんて思ってしまった。


「ええと、洗い物は……」

「そのまま置いておいて下さい。しておきますから」

「ん。じゃあワタシは部屋に戻るアル」

「リンさん」


 思っていた通りの短いやり取りを終えて席を立てば、青水に短く呼ばれリンは振り返った。


「日中、家に居る時は私の部屋で過ごして貰えるかな? 仕事をしているので構わないから」


 胡散臭いほどに爽やかな笑顔で言われ、ひとつ頷く。いくら個室と言えど……いや、個室だからか、得体の知れない者を一人きりで置いてはおけないということだろう。

 郷に入っては郷に従え、なんて言葉がこの国にはあった筈だ。従おうではないか。

 元々多くない荷物は、スマホと財布を持ち歩いている以外は今は基地に置いてある。明日は仕事前に白衣などの必要なものを取りに寄らなければいけないし、次にこの家に入る時にそれらを持って来ておく必要もあるだろう。

 さて、この家には、いつまで居ようか。

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