招かれてなどいない
手を引かれて辿り着いたのは、思っていたよりもずっと大きく立派な屋敷だった。夕日の色が反射する外観は、何と言うべきか、とても雰囲気がある。
どんどん先を行く風を追うしかなくて、離れない手を見つめてリンは内心で深くため息をついた。今ならみんな居ると思う、と笑う彼に、もう酷いことは言えない。
さっき泣いたのが嘘のような、世界を照らす太陽のような笑みだった。
「ただいまー!」
玄関を開けて、元気よく中へ入る。きゅっと握られたままの手はやはり離れず、自動的にリンも家の中に入る形となって小さく「お邪魔します」と呟いた。
それぞれ「おかえり」と声を掛ける家の者でまず目に入ったのが、ため息が出るほどの美少女。次にソファに座っていたらしい金髪の美少年が顔を上げ、キッチンと思われる良い香りのする方向からは眼鏡の好青年……少年が出て来た。
全員が、リンの姿に気付くなりそのまま動きを止める。
その瞬間、感じた違和感。この四人の中で気配が無いのは風だけのようだが、プログラムが反応するわけでも無いのだが、何か妙な感覚があった。
「〔……半分?〕」
「え?」
思わず口に出ていたらしい。聞こえたのは風だけだったようだが、首を傾げる様子を見るに意味は読み取れなかったようだ。
だけど、返事が出来ない。人間と、そうではない何かが混ざったような三人。近付いて匂いを確認してみたい。だけどあまり近付くと壊されそうで。
「いらっしゃいませ、お客さんですか?」
「なにー? 風のお気に入り?」
明らかに外面な笑顔を向けられ、途端に居心地が悪くなる。眼鏡の少年は爽やかに優しく、美少女はキラキラと可愛らしく、それぞれ完璧な笑みを浮かべている。一般人ならこれが外面だとは気付かないかも知れない。
だけど、それなりに長生きもしているし、仮にも戦場を生き抜いて来た、兵器とは言え人間の部分が残っている存在だ。ひどく警戒されているのだけは分かる。
「〔……っ!?〕」
思わず逸らした視線の先に、視界に入るまで気付けなかった黒ずくめの男の姿を認めてリンは息を呑んだ。
気配が無い。その一点だけなら風と同じだ。だけど、違う。この男は、人間の枠からは逸脱している。絶対に敵に回してはいけない存在。
だが風はそんな空気もお構い無しに、いつもの太陽のような笑顔を浮かべた。
「なーなー、今日からリンも一緒に暮らして良い?」
・・・
「「「はぁ!?」」」
ですよね。
男と、眼鏡の少年と、美少女。三人がひっくり返らんばかりの声をあげる。分かる。とても気持ちは分かるぞ。もう一人の美少年は……表情が変わってないから分からないが。
内心大きく頷きながらリンは風の横顔を見上げた。あくまできょとんとしている風は、何が問題なのかも分かっていないようだ。
「あの……風? 彼女との関係は?」
片手をこめかみに添えて頭痛そうに目を伏せた眼鏡の少年が、恐る恐るといった様子で短く問う。
関係……関係と言われると何だろうか。連絡先は交換した(半強制イベントだったが)、何度か一緒に任務に当たった(作戦に不満そうにはされたが)、時々外で会うと挨拶くらいはする間柄……だろうか。だが関係と一言で表すなら、何に──
「オレの彼女!」
満面の笑みで言った風の言葉に、
「はあ!?」
声を裏返したのは、今度はリンだった。やはり彼の思考がよく分からない。どこでそうなったのか。
好きだと言われた。愛してると返した。だが思わず母国語で言ってしまったそれを、風が読み取れたとは到底思えない。ならどこでそうなったというのか。
「あー……なるほど。そうか、うん。うん」
遠い目をした男が頷きながら呟く。サングラス越しに一度ちらりとリンを見やって、またひとつ頷いた。
「
「は!? ちょ、
頭を抱えながら去って行く男を見送って、何となくリンは申し訳ない気持ちになった。そうか、彼らもまた風に振り回されているクチか。
男の後を追う風もいつも通りだが、自分のことで何か言われるんだろうな……と落ち着かない気持ちにはなった。
そっと視線を少年達の方へ戻してみると、美少女の方は表情が消えていた。警戒どころではない。これは、敵意だ。眼鏡の少年は深い深いため息を吐き出している。
「……ええと、リンさん、でしたね。とにかく、一旦お部屋の方へどうぞ。案内します」
「ちょっ、桜波!?」
奥に向かって歩き出す少年を引き止める美少女は非常に不満気だ。
「ほんとに入れんの!?」
「だって考えてもみてくださいよ、今ここで彼女を追い出したりしたら」
「……出て行くな」
「そう、風まで出て行きかねないんです」
「っそれは……! ……っ」
三人して小声で話しているようだが、彼らはリンの耳が異常に良いのを知らないということだろうか。組織のことは調べていても個体情報までは仕入れていないということか……否、そこまでの情報を得ている者ならそれは有り得ない。何せ仮にも最高傑作と呼ばれる作品だ。他の兵器のレベルを把握するのにそんな逸品の情報を仕入れないなんてことは無いだろう。目にも入れないほどに興味が無いなら別の話になるだろうが。
もしくは、彼らの中には風のバックに付いている情報屋が居ないのか。否、それもまた有り得ない話だ。人懐っこいように見えて、その実安易に人に心を許してはいない風が『帰る家』に一緒に住んでいるらしい者達だ。絶対とも言いきれないが、彼らがチームだと考えるのが自然だろう。
ならば純粋に情報不足ということか。個体の得手不得手、個体差などは組織内の情報網には確かにろくすっぽ入っていない。大抵のことはリンが直接関わったりデータハックをするなどして得た情報だ。それなら仕方ない。
まあ良い。壊されさえしなければ食う寝る所は別に何処だって良いのだ。
「その……とりあえず今夜だけ泊めてもらえれば、後はまたどっか探しに出るアルよ。どうせ明日から数日は仕事で泊まり込みアル」
「……」
「……」
「……」
彼らにしてみれば、風が出て行くのは困るらしい。まあそうだろう。今の短時間でも、彼らは「家族」なのだろうと感じられた。
だがリンを入れるのには抵抗がある。これも当然の話だ。全くの赤の他人が突然上がり込んで「今日から居候」だなんて、そんな迷惑な話があるか。
これまで快く迎え入れてくれたいくつかの家族に違和感すら持っていたのだ。警戒心は無いのかと、もしリンが悪人ならどうするつもりなんだと、内心突っ込みつつも、特に害を成すつもりも無かったので放っておいた。
そう、目の前の見知らぬ存在に警戒し不快感を顕にする、これこそが通常あるべき姿。逆に安心してしまう。
「……分かったよ」
一番難色を示していた美少女が渋々といった様子で折れた。……いや、先程から何となく違和感を感じてはいたのだが。声はともかく口調だとか、いや、そもそも骨格……
(男の、子……)
そこらの道行く美少女よりもよっぽど美少女なのに、男だ。バサバサのまつ毛も、潤いのある桜色の唇も、色白ながら血色の良い肌も、そして全ての造りが人間とも人形とも似つかない愛らしさと美しさを持っているというのに、男だ。
以前初めて遭った風の姿を美しいと思ったことはあったが、それとはまた違った方向性でとても美しい。生きて動いているのがまるで奇跡のようだ。
そこでふと浮かんだのはアーカイブでの噂。
──『超絶美少女(男)』
──『女よりも可愛い男』
「…………」
いやいや、まさか。『彼』はこんなに簡単に会えるような立場の者では無かった筈だ。
一人納得し、先を歩く眼鏡の少年を追う。二階に上がって左右にいくつか扉の並ぶ廊下、その手前の一部屋を使うようにと言われた。そこに一言礼を言って入る。
客室だろうか、ベッドと作業机、椅子があるが、ベッドに布団は敷かれていない。だが掃除は行き届いているようだ。布団の有無は問題無いが、埃まみれの部屋は正直なところ無理だっただろうから助かった。
早々に去っていた少年がまた一階に戻る気配を、癖から思わず追ってしまう。その後「ちょっと桜波!」と聴こえてきたのも、おそらく先程の一階の部屋からの声だ。離れたからか小声でなくなったらしく、遠いながらもリンにはその言葉が聴き取れる。これはあの美少女のような少年の声だ。
「僕は絶対に反対だからね! あそこに関わるとメンドくさいんだから!」
「落ち着いて下さい、ひわ。まず彼女が何者なのか教えてもらえますか?」
「……っ、……──
あまりにあっさりと知られている内情。まさか、あの可愛らしい少年が彼らの中での情報屋なのか。風にナンバーズの弱点を教えたのも彼ということか。アーカイブにも知られていない情報を、まるで知っていて当然だとでも言うかのように。
やはり風の後ろに付いていたのは、情報屋としてレベルが違う者だった。そして警戒心もまた、知っている故か、そうでなくてもか。
「戦争用の兵器、ですか……」
「基本の材料は生身の人間だけどね、殺しても簡単には死なないっていうか復活する。まあ額の中央ブチ抜けば一発で死んで復活もしなくなるし、僕達なら手間取りはしないだろうけど」
「どこかの馬鹿みたいだな」
「アレはどこをブチ抜いても生き返るじゃないですか。そんなことより、問題はその彼女を風が気に入ってしまっているということです」
「それだよ! 何でよりにもよってあんな子なわけ!?」
「……見る目はある」
「そんなことは分かってんの! でも納得いかないじゃん!」
「かと言って無闇に追い出すようなことをすれば風も出て行きかねません。正当かつ風が納得する理由が無ければ」
「本人が出て行きたそうにしてる」
「それでも引っ張って来られている時点でその理由は使えそうにありませんよ」
「うー……」
揉めている、とは一概に言い難いが、自分が来たせいで少なからず家の雰囲気が悪くなっているのは確かだろう。居候をする以上は負担や迷惑をかけるのは仕方ない部分もあるが、出来ればそれは最低限にしたいし家庭を壊しかねない原因にもなりたくはない。
かと言って一緒に住んでいる彼らが思い付かないのに、出逢って浅いリンが風を納得させる言葉など思い付く筈もない。
さて、どうしたものか。
「…… 青水」
「まあ……そうですね、
「それは……っ、まあ……そうなんだろうけどさー……」
「ここまでのことを踏まえた上で、どうしますか?」
「ていうか青ちゃんが投げた時点で、そもそも決定権は桜波じゃん」
「任せる」
「分かりました。ではとりあえず、彼女にはこのまま居候していただくということで」
話はまとまってしまったようだ。渋々ながら了解する声も聴こえ、つまりこれで当面の住所は確保出来たことになる。
……当人であるリンの意見は無いも同然だったが、それは風に着いて来てしまった時点で諦めるしかない部分だったのだろう。
こんな時には、
「〔
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