共闘とも言えない

 翌朝八時より僅かに遅れて指定された場所へ行くと、少年はベンチで足をブラブラと振りながら待っていた。


「悪ぃ、遅くなったアル」

「んーん、大丈夫だよ」


 歩み寄りつつ声をかけると、また眩しい笑みが返ってくる。いちいちこう無邪気に笑わないと気が済まないのか。可愛いな、まったく。

 心の中で誰に向けたでもない悪態をついて、表面上はいつも通りに笑みを浮かべた。


「ところで、今日は平日アルよ。ガッコはどーしたアル?」

「じしゅきゅーこ〜」


 じしゅ……自主休校、か?


「それってサボりって言うんじゃ……」

「違うよー。仕事って言ったら何にも言われないし。嘘じゃねーし」

「そ、そーアルか」


 この無邪気さにどう返せというのか。いや、分かっている。こういう時は話の流れに任せるのが一番だ。

 ぴょっ、と可愛らしい効果音の付きそうな動作でベンチから降り、しゃがみ込んだ少年・風は木の棒で地面に何かを描き始めた。


「次の仕事さぁ、船だって言うんだけどー、明日の昼くらいにつくらしいんだよなー。んでさー、なんかやっかいなヤツがみっこー? してくるから、そいつら始末しろっていう依頼なんだけどさー」


 聞きながらリンは考える。

 明日の昼頃。船。密航。確かにその情報は入って来ている。その為に明日の日勤は休みの連絡を入れている。

 人数としては、客船の方に三十人、同じ時間に到着予定の貨物船に五人。いずれもナンバーズ……リンが絡んでいる組織の関連で、前者は成功作が二つ、後者には失敗作のみが積まれて来るという。

 メンバーを確認したところ、能力値を考えれば貨物船の方は一人五秒もかけずに済むだろうが、客船の方が問題だ。いかんせん一般客も多いしクルーも無関係な一般人。いかにバレないように始末するか、それともこれまでのように降りて集まったところを狙うかと考えていたところだ。


『組織の問題は組織で解決する。一般人を巻き込むな、巻き込ませるな』


 それがリン達が掲げている信条だ。


「船おりてから集まったトコをまとめて殺った方が早いと思うんだけど、船上で片付けろって言われてさー。だからもうてっとり早くみな」

「……ん? いや、待て待て待て」

「うん?」


 だからいちいち可愛い仕草はしなくていい!

 コテンと小首を傾げる風に内心で突っ込みながら、とりあえずまずは話を止める。知った話なので思わず聞き入ってしまっていたが、仕事と言っただろう。


「それは私に言って良い話なのか!?」

「んー? だって相談しろって言われたしー」

「相談? 私にか? 何でまた」

「リンの管轄だから、だってさ」

「ああ……ああ、そうだな、確かにそれは私が管理していることだ」


 何か聞き逃しただろうか。それとも聞き間違えていた?

 記憶を辿ってみても、やはり何故こんな話になっているのかが分からない。誰かもっとちゃんとした説明をください。

 自分も素の口調が出てしまっているのは、どうせ裏の仕事関係だからこの際構わないとしよう。組織に関係ない者を関わらせたくないというのも確かだが、それはナンバーズが「普通の人間では対応出来ない生物兵器」だからだ。先日の様子から考えるに風の実力はその点心配いらないだろう。

 何よりこういうものは、仕事として受けた以上は何を言っても引かない。そういう者達をリンも幾度となく見てきた。


「〜〜〜っ……相談ということは、私からの意見も言って良いわけだな?」

「何なに、良い作戦でもあるのか?」

「そうじゃない」


 考え込んでいる間に風が言っていたことを、聞いていなかったわけではない。むしろ聞いた上で考えていた。

 だからこそだ。


「まず、この間の件から考えるに、奴等の弱点は分かってるな?」

「ん。頭の真ん中」

「そこ以外で殺っても生き返るから、あの感じからは無いだろうが……外すなよ」

「生き返んのか、めんどくさいなぁ」

「知らなかっ……いや、一発で仕留めるなら知る必要も無いな。まあいい。あと……数は把握していたな。それから、ああ、船上での始末が依頼か。なるほど、二度も国内に上陸させてしまったから、三度目は無しってことだな。だったらターゲットの顔くらいは把握しておいた方が良い。そこは?」

「えー? そーいうのめんどくさいから、皆殺しでいーじゃん」


  心底「面倒くさい」という表情で言われ、思わずリンは固まった。

 声も、口調も相変わらず無邪気なのに、その言葉はあまりにも慈悲が無い。こんな平和な国の、どんな場所で、どんな環境で育ったらこんなことが言えるようになるというのか。


(それとも何だ……私が甘いのか?)


 リンの育った環境もなかなかハードな方だった筈だ。それこそ平和に生きている一般人には想像もつかないだろう。

 そんなリンとすら噛み合わない程、暗く深い闇の中を生きてきたというのか。


「……組織に関係のない一般人は巻き込まないのが我々のやり方だ。クルーと一般客は殺さない方向で考え直してもらえないか」

「えー? 目撃者は殺せっていうのがこっちのやり方なんだけどなぁ。それにオレ、ちまちま一人ずつ殺るの苦手だしさー」

「一般客は何も知らずに乗っている。クルーも知らぬ間に利用されているだけだ。殺す必要は無い」


 共闘のような形になるというなら、彼の方が確実に素早く片を付けて来るだろう。目の届かないうちに一般人まで殺されると、ずっと守ってきた「何か」までそこで無くなってしまう気がする。


「むー……分かった、ちょっとリーダーに聞いてみるから待って」


 顔に「面倒くさい」と書いている。声にも出ている。こんなに素直な少年が情報戦を勝ち抜いていくのは難しいだろう。リーダーというなら、そこに大なり小なり組織かチームがあるはずだ。

 すぐにスマホを取り出し電話をかけ始めた風の様子を見て、それから彼がガリガリと砂を削って地面に描いていたものを見る。恐らくは港と二隻の船、倉庫の場所、客室の配置……といったところだろう。

 耳は風の声に傾けておく。白兎、チェシャ、キャタピラー、眠り鼠……電話越しからも同じ名前と、もう一つ、三月うさぎ。コードネームだろうが、聞き覚えが無い。アーカイブにも上がったことの無い名だ。

 要約すると、こうだ。この管轄にある話に関しては、リンが言うのなら基本的にはそれに従え。人目につかない暗殺が必要となるなら『チェシャ』の方が得意だろうが、そちらは問答無用で皆殺しにするだろうから向かない。『キャタピラー』は他の仕事、そもそも『眠り鼠』は暗殺に向いていない。暗殺が出来、指示を守れる者でその時に手が空いているのは『三月うさぎ』……つまり風のみ。

 このやり取りを聞くに、白兎というのがリーダーなのだろう。「彼女ならそう言うだろうなぁ」なんて、こちらからは何も知らない相手にそんなことを読まれているということが気持ち悪いが、おかげで話がスムーズだったようなので今回だけは結果オーライだと思っておこう。ただ、不思議の国のアリスをモチーフにしたコードネームのようだが、そんな組織もチームも聞いたことがない。

 だが先日の戦いを見るに、今日の作戦を話す様子を見るに、新興組織とは考えられない。アーカイブに名が上がらない程度の弱小チームというわけでもないだろう。となると、逆にアーカイブでも名前すら聞かないほどに情報操作が出来るレベルの情報屋がバックに付いている組織。決して敵に回してはいけない類いだ。

 アーカイブ内においてリン自身は底辺の部類だという自覚はある。少なくとも幹部には入っていないし、ある程度の依頼は来るし正確にとも意識はしているが仕事が早いわけでもない。幹部クラスやそれ以上の者が敵に回るようなことがあれば、裏社会ですら生きて行けなくなってしまう。

 表に帰ることは出来ないのに。


──『リンの管轄だから相談しろって』


 敵ではない。その点は、恐らく安心して良いだろう。だが味方と思うにはあまりに情報が足りない。根拠も無い。

 電話を切った風は、不満そうな表情をしていた。


「リンが『殺すな』って言うなら、そうしろってさ」

谢谢ありがとう。面倒を押し付けて申し訳ない」


 ほ、と息を吐き、改めて二人で作戦を練り直す。メンバーの顔写真はSNSで風に送り、殺した後は海に捨てる前に脳内に埋め込まれたプログラムチップだけは取り出しておいてほしいとも伝えた。

 また細かい作業、と風が不貞腐れたが、ここは譲れない。持ち得る個体情報を仕入れて統計を取ることで、今後生まれるだろう『後輩』達の仕上がりを想定し動くことが出来る。


「じゃあ客船はオレ、貨物船はリンね。終わったら連絡する」

「落ち合う場所は此処で良いか? 回収したチップを受け取りたい」

「ん、いーよ」


 本当に、彼は子供なのだろうか。疑問が脳裏をよぎる。いくら見目が子供でもその実ただの子供でないなど、自分も含め多くを見てきた。

 確かに、今の所はナンバーズ以外でそんな者は知らない。ナンバーズ同士は一定の距離以内に近付けば互いにその存在を認識出来る。プログラムに反応が無いことから、加えてリンの情報網にも掛かっていないことから、まず風は間違いなくナンバーズではない。

 気配の無さから人であるかどうかすら怪しんだが、昨日も今日も、これだけ近い距離に居れば匂いで人間だと分かる。基本的に味覚以外の五感は人並み外れて良いのだ。

 明日の作戦を思い、数の多い方を任せざるを得なくなった自分の非力さを認識して、リンは胸元──服の下に忍ばせたペンダントをぎゅっと握り締めた。











 回収し終えたプログラムチップの情報データを抜き取り、修正不可になるまで破壊する。組織の内部領域から情報を消しても、その者達は死んだ物にまで興味を持たない故に気付かれることは無かった。何より、いくつかの記録を抹消しても他の記録が多く、管理しきれていないということもある。

 研究者のくせに自分の研究結果の管理も杜撰ずさんとは筆舌し難い。仮にも同じ組織に属するものとして情けなくてたまらない。

 仲間には知らせないままひと仕事済ませてしまったせいで説教は食らったが、やはり風の姿は監視カメラには映っていなかったらしい。明らかに何者かの手が加わっている。後でリンもログを確認したが、確かに風が通った筈の場所なのに、何の違和感も痕跡も無くその姿が映ることは無かった。

 未だ仲間は知らない。先日も今日も、決してリンが一人ではなかったということを。何十年何百年と追ってきた組織が、何か大きな存在を敵に回しているらしいということを。


「〔……あれは、共闘とも協力とも違う〕」


 恐らく風自身は気付いていないし、確定出来る要素があるわけでもない。だけどそんな大きな存在が、リンに協力するメリットなんて無いだろう。実際に今日の任務とやらも、風一人の方が手っ取り早く終わったのではないかという気すらある。

 ナンバーズでさえ赤子や玩具のようにあしらわれる程の実力。その風に指示するリーダーと呼ばれる存在がある。


(挑発されているのか? 利用出来るものならしてみろ、と? いや、だがそういった感じでも無かった)


 相手側が何を思い風を寄越したのか、何を目的としているのかが読めない。

 ただ一つだけ、あらゆる疑問点に答えを出せることがあった。


(三百年前に消えた母亲ムーチンのプログラムが関係している……?)


 一瞬浮かんだその考えを、首を降って否定する。流石にそれは無い。なんと言っても三百年も前のことだ。普通の人間が生きていられるような期間ではないし、剥き出しになったチップは劣化が早くなる。今生きている人間が預かり知る話ではない筈だ。

 何よりあの研究所には、関係者以外は入れないようになっていた。ネットワークのセキュリティは甘い組織だが、研究所の護りは必要以上に強固なのだ。入れば実験に使われ被験者となり、合否がはっきりするまで出ることは出来ない。だからこそ自ら関わりたがる馬鹿も居ないし、危険な組織だと分かっているのに何百年も放置されているのだから。

 それに、そもそも入出国に大総統区の許可が要る。この国の者があの国に入りまたこの国に戻るのも、逆も然り。簡単な話ではないのだ。

 つまり、風をはじめとした彼らがどういう経路でどういう経緯で組織の内部情報まで得たのかは結局分からないし、ひいては何故リンに協力するようなことをするのかも分からないままということだ。その後現状ではまだ何を請求されるでもないということもまた、気味の悪いことの一つでもあった。

 世の中ギブアンドテイク。ましてこの国では昔から「地獄の沙汰も金次第」なんて言われているらしい。にも関わらずだ。これではただ手伝ってもらった形になっているリンの方にしかメリットが無い。


「〔白兎……チェシャはチェシャ猫のことだろう。キャタピラー……眠り鼠……三月うさぎ……〕」


 いくら考えても、情報データを巡ってみても、やはりどの組織にもチームにも該当が無い。


「〔何者なんだ……〕」


 深夜の暗がり、薄いノートパソコンの光だけを受けながら、リンはしばらくの間考え込んでいた。

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