再逢
裏社会に生きる者同士、そう何度も遭遇するものではない。まして表で再会するなど、誰が思うだろうか。いや、会うことはあるかも知れない。ともすれば関わることもあるかも知れない。だけどこれは、そういうことでもない。
ひとつのバイト後、次のバイト先への道中。二つのバイトを掛け持ちしているリンにしてみれば、移動中だけが休憩時間なんてよくあることのひとつだ。だけどまさか、職業病で思わずリンも手を伸ばした先で倒れゆく老爺を受け止めた、偶然近くを通りかかっただけの少年が、あの日の彼だなんて、こんな再会など誰が想像出来ただろうか。
「──」
「おじーちゃん大丈夫!? どこが苦しい? オレ、どーしたら良い!?」
思わず気が抜けた。抜けてから、一瞬張り詰めていたことに気付いた。
オロオロと慌てる少年は、たまたま老爺の倒れた先に居ただけの無関係な子供のようだ。周囲に老爺の関係者と思われる言動をする者も居ない。
そんな周りの状況と老爺自身の様子を見ながら足早に歩み寄り、すぐ傍で片膝をついてリンはまた手を伸ばした。
「ワタシは看護師アル、ちょい診せるよろし」
一瞬きょとんとした少年だったが、すぐ老爺を地面にゆっくりと降ろす。それを手伝いつつリンは老爺の意識や脈、呼吸をみて、身体をみて、少年は勿論、周りの野次馬にさえ指示を飛ばしながらテキパキと応急処置を始めた。
やがて到着した救急車に老爺が乗って去るのを見送って、いつも着ている
「
「んや、大丈夫。ありがとうお姉さん!」
相変わらずの無邪気さで言う少年は、やはり先日のあの少年と同一人物だろう。あまり積極的に深く関わるべきではない。
そう思っては、自分のバイト先へ連絡しようかと鞄に伸ばしかけた手を、ふと少年に掴まれた。
「!? な、にアルか?」
「オレ、
「は?」
積極的に、関わるべきではない、筈だ。
「は……はは、」
とりあえず笑ってみる。にっこりと眩いばかりの笑みを返された。これは恐ろしいカウンターだ。
もしかしてこれは、名乗るまで仕事に行けないとかいうパターンか。なるほど。
「ワタシは
「チャリン?」
「リンで良いアルよ」
思わず浮かべる笑みが柔らかくなる。子供のこういうところがリンは好きだ。可愛らしい。
だが仕事柄というのもある、子供の愛らしさにそうそう負けるわけにはいかないのだ。このくらいで負けていては、子供を相手にする仕事では支障が出かねない。
仕事というものが障害児施設と小児科病棟のバイトなのだから、そう、子供の可愛い攻撃に屈するわけにはいかないのだ。
「〔はぁ〜〜〜……〕」
スマホの画面を開いて、リンは盛大にため息をついた。隣では遠慮も外聞も無く爆笑している昔馴染みが居るし、少し離れた所からは生暖かい視線を送ってくる同期が居るし。
踏んだり蹴ったりだ。
「〔ほんっと
「〔
無邪気に笑うこの少女は、どう見ても小学生程度だというのに、その実はリンよりも随分と歳上だ。
この国に入る時にも自分を含め随分と書類を偽造したし、入出国は大総統区のチェックも入るという。あんな偽造だらけの書類が何故通ったのかが激しく疑問だが、まあ入れたので良しとしよう。きっと突っ込んではいけない話だ。
とにかく問題は、このスマホ画面に表示されたものだ。
「〔東間……風……か〕」
「〔何なに? 気に入っちゃった?〕」
「〔いや、出来るならお近付きにはなりたくない奴だな〕」
「〔……出来るの?〕」
「〔無理だろう。だってこの少年──〕」
あの日現場に、と言いかけて口を噤む。そうだ、彼と遭った話はしていなかった。それにどういうわけか、彼女が監視していた各地の防犯カメラにも映っていなかったらしく、リン以外であの場に彼が居たことを知る者は居ない。
一度チラリと目を向けるなり愛らしく小首を傾げる彼女からまたスマホ画面に視線を戻し、はぁ、と息を吐き出した。
「〔連絡先の交換すら断れなかったんだぞ〕」
「〔あー、まあ確かに、お前にしちゃ珍しいよなァ。ほんとにただの子供かよ〕」
「〔いつもはちゃんとかわせてるのにね〜〕」
「〔…………さあな〕」
短く返した時、スマホの画面が着信通知に光る。SNSのメッセージ着信だ。
は? と内心ひどく驚いて画面を開く。風からの着信、それは別に良い。だがなぜSNSの方でなのか。教えたのはメールアドレスだけの筈だというのに。
『明日8時にココで待ってる』
そんなメッセージと共に、位置情報のマップ も付いている。どこで、どうやって知ったというのか。電話番号を教えていたならまだしも、メールアドレスだけで。
いや、考えれば難しいことではない。先日のあの現場に居たことが「答え」だ。彼自身、もしくは彼の背後に居る誰かが、世界の中枢とも言える情報ネットワーク・アーカイブの幹部クラスの情報屋ということ。
だが幹部相手にも組織の情報などそうそう流れているものではなかった筈だ。だとすれば何故、彼は兵器の弱点を知っていた? 何故そこだけを見事なまでにピンポイントで狙って攻撃出来ていた? 何故、何故、何故──
考えるほどに、あの少年が恐ろしくなる。無邪気で眩しい、愛らしい少年が、どこまでも深い闇の入口のようにすら感じる。
「〔明日の仕事は……夜勤だけか〕」
そんなことすらも、彼は知った上で連絡してきたということなのだろうか。
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