遭遇

 暇なのだろうなぁ、と思う。前回からほんの数日でまた送り込まれて来たのは大量の失敗作だ。お国の政府様が組織の意義を忘れてくれたおかげで、それまでのように資金が入らないようだ。

 湯水のように使っていた金が使えないとなると、いくら「皮」だけを用意しても研究を続けるのは困難だろう。ましてや『二代目』になってからは、成功作ですら質が悪い上にその向上が見られない。失敗の比率も倍以上に上がっていて、正直投資するだけ無駄だとさえ思わせる出来だ。

 気の長い担当者も代替わりを繰り返し、もうほとんど見向きもされなくなっている。だからこそ賭けたある任務も結局は毎度失敗に終わり、組織は国の穀潰しのような扱いになりかけていた。だから焦って何かしらの結果を出そうとでもしているのだろう。

 ざまあみろ。

 なんて思いつつも、油断は出来ない。古く質の良い成功作の存在に気付いた者が、下っ端と言えど政府内に居るのだ。今まさに選挙活動中の国は総選挙の予定も遠くない。万一にでもその者達が当選し政府の上層部に入り込まれてしまえば、また組織は金と力を得てしまうかも知れない。


「〔何か、多くないですか?〕」

「〔前回の一件で、此処に居るのがバレたんだろうな〕」

「〔そ、そんな……どうしましょう?〕」


 傍目には成人前後でリンより歳上に見えるこの青年は、その実リンよりはずっと歳下の後輩だ。『二代目』の作品でもあり、能力値もそう高くはない。

 視界に入る有象無象の中にはよく知った顔もあり、青年を傍に置いておくには少々リスクが高そうだ。


「〔この後戻ったら作戦を立て直そう。F024リャンス-は一旦基地に戻ってJ135イ-サンウ-を呼んで来てくれ。数と相手を見る限り、このままお前と二人では厳しそうだ。お前自身はJ101イ-オ-イ-の指示を仰ぐこと。良いな?〕」

「〔分かりました。J136イ-サンロ-はその間どうするんですか?〕」

「〔時間稼ぎでもしておくさ〕」


 大人しく音も立てずにその場から離れる青年を目だけで追って、ひとつ息をつく。一部嘘だが大半は嘘ではない。

 比較的能力値の高い同期が居れば数を相手にも後れを取ることはそうそう無いし、能力値の低い青年を守りながらよりは一人の方が自由に立ち回れる。早いうちに同期が来れば言葉通りの時間稼ぎになるし、その前に一人で片付くのならその方が手っ取り早くて良い。

 数が多い分まとまりがなく、リーダーとなる者が手間取っているようだ。わざわざ待つつもりはない。腰の分節棍に手をかけ、相手に気付かれないように立ち上がる。

 その時視界の端に何かが動いたのに気付き、驚いたリンは視線を向けた。正面には敵、左右は荷物と柱。恐らく後ろから来たのであろうとは分かるが、いつの間に。何の気配もしなかった。


「〔……っ〕」

「ボーッとしてるとオレが全部片しちゃうよ」

「! 待て、そいつらは──」


 にっこりと無邪気に笑う少年が地を蹴るのを引き止めようとして、その動きに息を飲んだ。

 そこに居る大勢の男女は、人間とは言い難い「兵器」の、それも「失敗作」だ。一人だけ離れて高みの見物を始めた男だけは成功作だが、いずれも人間の域からは外れた身体能力などを持つ上、失敗作に至っては理性が壊れている場合が多いという危険極まりない存在。

 攻撃を受けても再生力が強く、死んでも死なないそれらを唯一ことが出来るのが、額の中央、脳の僅かな隙間に埋め込まれたチップを破壊することだ。僅かに欠けさせることでも出来れば、精密機器であるそれは機能しなくなり、埋め込まれた被検体の身体活動も完全に停止する。

 ──ということを、組織に関連しない者が知っている筈は無いのだ。知れば組織に殺され、政府によって隠蔽される。この兵器の数を減らすことが出来るのは、同じ兵器だからこそ。

 それなのに、これは何だ。目の前の少年は変わらず無邪気な様子で、身の丈よりも大きな鎌を振っている。振りは大きいがそれを思わせない程に速く、次々と兵器達に刃を落としていっていた。

 加えて何よりリンが驚いたのは、その正確さだ。寸分の狂いすら無く額中央に落とされる刃は、その後兵器達が動かなくなったところを見るに確実にチップを破壊していっている。


「……美丽メイリー


 思わずぽつりと、声が零れた。何て美しいのだろう、と。

 特別見目が整っているというわけではない。可愛らしくはあるが、それは子供としての愛らしさだ。目立って動きが洗練されているとも言えない。大振りを速さでカバーしているだけのようにも見える。

 それなのにその少年は、キラキラと光を纏っているようだった。

 チラリと少年の視線が向いたような気がして、はっと我に返ったリンは棍棒を握り直して地を蹴った。少年を見て段々と顔を強ばらせている男の前まで行き、棍棒を振る。握っていた拳銃で男が棍を弾き構えようとするも、それよりもリンの方が余程速かった。

 一瞬で壁際に追いやられ尻もちをついた男の鳩尾にはリンの足、額には棍棒が突き付けられていた。


「〔随分と偉くなったものだな、J062ロ-リャン。雑魚共の指揮を任されるようにはなったか〕」

「〔……J136イ-サンロ-……小娘が、あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ……〕」

「〔ジジィはそろそろ隠居しろ。二代目のものよりはマシだが、そう性能が高いわけでも無いのだからな〕」


 ふんっと冷たい笑みを浮かべるリンの背後では、既に戦いの音が止んでいる。あれだけの人数を、この短時間で片付けてしまったというのか。本当にあの少年は何者なのだろう。


「〔で、一応聞くが、黒幕は?〕」

「〔言うと思うのか〕」

「〔思わないな。一応だ〕」

「〔ふん……テメェこそ随分大人になったもんだ。あの可愛い可愛い泣き虫お嬢ちゃんは何処へ行ったんだか〕」

「〔さあな。そもそもあんな場所に居て、無邪気に子供のままで居られると思うのか〕」

「〔居るじゃねぇか、いつまで経っても見た目通りのクソガキが。特段に知能が上がってるっつっても、結局テメェの方が性能良いらしいのは聞いてんぜ。戦闘にも向かないポンコツで知能レベルもトップにはなれない。んなモンただの足手まと〕」


──コンッ


「〔……あ〕」


 途切れた言葉と動かなくなった男の様子に、しまった、とリンは息を吐いた。


「〔せっかくのJナンバー初代の成功作だから出来るだけ綺麗に回収しようと思っていたのに〕」


 いつも通りに破壊してしまった。まあ酷い破損でなければある程度の情報データは取れるし、チップの破損具合を見てから後のことを考えるとしよう。

 とりあえずまずはいつも通り、全ての破壊が出来ているかの確認をしてからチップを回収しようかと振り返れば、まだあの少年が居ることに気付いた。

 やはり何の気配もしない。確かにそこに佇んでいるのが目には見えるのに、ただひとつ視界を奪われただけで見失ってしまいそうに、その場の空気そのものであるかのように溶け込んでいる。じっとこちらを見ている少年の目は、年相応に輝いていた。

 どうしたものかと一瞬悩んで、一度息を吐き出してから辺りを見回す。生きているチップがあれば反応する自分のプログラムにも何の変化も無い。確実に全てを破壊しているようだ。いくらリンが呆けていたとはいえそれはほんの数秒。男と対峙していたのもほんの数十秒。合わせて一分程しか経っていないその間に、軽く三十は超えていた兵器をひとつ残らず片付けてしまったというのか。

 確かに、兵器としては雑魚の部類だろう。それでも最高傑作と呼ばれたリンでさえ、あの数になれば五分強はかかるところだ。


(殺気すら無かった……まるで、遊んでいるだけのような)


 何て恐ろしい子供だろうか。思いながら、少年を見つめ返す。


の後は早々に立ち去る。こういう場合の基本じゃないのか」

「んー? でもお姉さんもまだ居るじゃん。人払いしてあるってことだよね?」

「なるほど、現場慣れしているのか」


 自分達のような存在も在るのだ、人を見た目では判断しない。そうでなくとも、平和な世界はあくまで表向きだ。例え子供でも、生きてきたセカイによっては現場慣れしていても腐っていても不思議ではないだろう。

 とは言えこの国の黒い噂は聞いた覚えが無いが。一度時期外れの花火があったらしいと裏の掲示板に意味深な書き込みがあったが、その書き込みは間も無く消えていて、取るに足らないような、一般の子供や家族連れが遊んだだけのものを誰かが勘違いしたのだろうということで話が上がることも無くなった。


「雑魚共の破壊をしてくれたのは助かったが、本来これらは人の子が関わるものじゃない。奴らに目を付けられでもすれば厄介だ。君は早くここから離れた方が良い」


 少年から敵意は感じない。だが先の兵器達を壊していた時のこともあるし、そもそも気配を感じられないことが恐ろしい。そんな相手を前に油断してこれ以上背を向けることなど出来ない。


「お姉さんは、名乗れる人?」

「……この場で名乗る名は持ち合わせていないな」

「そっか。分かった」


 問うておきながらケロリとして笑い、挙句あっさりと背を向けて去って行く。その姿だけを切り取れば隙だらけに見えるだろうが、何かしら手を出せるような気は一切しなかった。

 今、不意打ちで攻撃しても、逆に殺されるだけだ。

 ぞくりと背筋を震わせて、ただ少年の背を見送ることしか出来なかった。かの少年がここに居た時間は僅か数分。それなのに、何時間も経ったかのように喉がカラカラに渇いていた。






「〔ンだよ、終わっちまったのか〕」


 チップの回収をしていると、応援の同僚が着いたらしくそんな言葉を吐き捨てた。相変わらず口が悪いが、それでこそこの男だ。


「〔……そうだな〕」

「〔? どうした?〕」

「〔何でもない。回収作業を手伝え〕」

「〔はいはい〕」


 何故だか、少年のことは言えなかった。口止めされたわけでもなく、後ろめたい何かがあるというわけでもないのに。

 ただ何となく、あの美しい光を、自分の目だけに残しておきたかったのだ。どうせこんな裏社会で何度も遭うことなんて、そうそう無いのだから。

 例えるなら、太陽。

 当然のように裏社会に立ち、歴戦の王者のように余裕が有りながらも隙は無い、それなのにどこか穢れない眼をした少年。歳の頃は、見目からならば自分と変わらない程度だろうか。

 あの光を見ていられるなら、今のこの暮らしにも少しは希望が持てるだろうか。

 なんて考えて、思わず内心で嘲笑する。馬鹿馬鹿しい。の二の舞にでもなったらどうするんだ。ただでさえ、二度と表社会で生きようなんてことすらも出来なくなっているのに。

 大丈夫。光なら、ある。いつも一歩前を歩いてくれる、優しく温かい微かな光が。だから、大丈夫。


「〔こっち側、終わったぜ〕」

「〔ああ、こちらも終わった。帰ろう〕」


 全員分のチップを回収し終わると、それがリンのもとへと集まる。内部情報データの読み取りも管理も、リンにしか出来ないようになっているのだから仕方ない。おかげでリンの脳内には膨大な量のデータが入っていて、必要に応じてそれを出し入れするのもそう時間のかかる作業ではない。


「〔今回は古株が出て来ていたから、もしかすると私の知らない情報データもあるかも知れない。読み取りに少し時間をかける〕」

「〔りょーかい〕」


 新しい情報データの更新は難しいことではない。そんなものより、過去に失われた古い情報データを復旧する方が余程難しいのだ。

 これでも忙しい身の上だ、表向きの仕事に住所を要する為に留学と称して一般家庭に居候をしているが、ほとんど寝食に帰るだけだ。それでも笑ってみせ、人当たり良くしていれば馴染んでいるようには見える。決して深入りはせずに、長くても数年で居候先を変える生活を続けていた。

 こんな伸ばした手の先すら見えないような闇の中で、太陽の光は眩しいだけだ。そう、本当に微かな……蛍の光くらいで丁度いいのだ。

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