その国にて

出遭の章

ひと仕事

 チームでの活動を始めて間もなく、どこかで見かけたような顔がチラついた。いや、見かけたどころではない。

 いつ終えるとも分からない依頼に関わる人物だ。引き受けてしまった以上はやり通してみせる気はあるが、依頼料としては割に合わなかったかも知れない。


「実害は?」

「特に無いね」

「そうか。害が無いなら手を出すな」

「はぁーい」



 報告をしてきた者にそう告げて、男は手元の書類に目を落とした。

 依頼があろうがなかろうが、仲間に手を出すなら話は別だ。だが『その人物』ならば、テリトリー外に直接干渉することはそうそう無い。よほどの理由が無い限りは要らぬ心配だろう。

 何より、過去に一度をひとつ減らしてくれたこともある。それを割に合わない報酬の追加分と考えれば良いか、と納得してから、改めて仕事に戻った。




 * * *




 焦っているのだろうか。

 が段々と手段を選ばなくなってきたのを感じながら、陳玲チェ・リンは物陰から現場を覗いた。

 数は十五、そんなに多くは無い。だが中には「失敗作」が多いようだ。あれらは理性を失っている場合もあり、相手をするのは多少なり面倒だ。感付かれる前に仕掛けて早々に終わらせるのが吉だろう。

 身に纏う赤い旗袍チィパオの腰に差したものに手をかけ、それを組み上げながら地面を蹴る。軽く振れば、同時に三人が元いた場所から吹き飛んだ。


「〔何だ貴様!?〕」

「〔ナンバーズか!〕」


 耳馴染みする母国語で口々に言われるも、返事はしない。する必要など無い。黙々とただ一点を狙って棍棒を振り、確実にしていった。

 最後に残った一人の額に、棍棒の先を突き付ける。


「〔誰の差し金だ。J092キュウリャンか?〕」

「〔そう言うお前は、J──〕」

「〔聞いているのはこちらだ〕」


 低く、冷たく、淡々と。質問への答え以外を紡ぐことを許さない。だが「主」以外の者から言葉を制限されれば答えないのがこいつらだ。特に「成功作」はまともな感性と理性がある分尚更だろう。

 目の前のも成功作。口を噤み何も言わなくなった者を相手に無駄な時間を取れるほど暇では無い。


「〔分かった、死ね〕」


 コン、と棍棒で額を突く。大きく仰け反った身体から、その額から、「パキン」という音がした。

 辺りを見回し、念の為、仕損じが無いかを確認する。大丈夫そうなので棍棒を分解し、分節棍の元の形にして腰に巻いたベルトに収納した。そのまま少し手をずらし、ナイフを取り出しては倒れた者の額に突き立てる。

 中から出て来たのは、赤子の爪ほどの大きさの、板状の何かだった。そこから繋がった線のようなものをブチブチと千切り、手元に残った板状のものだけを小袋に入れた。

 全員分それを繰り返し、立ち上がっては踵を返したところで、服の中のスマホが震えたのに気付いて取り出す。通話を押して耳に当てると途端、


『〔このバカッ!!〕』


 電話越しにも響く甲高い怒鳴り声に、リンは思わずスマホを遠く耳から離した。


『〔また先行で独断行動して! いい加減にしないとほんっと怒るよ!〕』

「〔……もう怒ってるじゃないか〕」

『〔あったり前でしょうが! 二人以上で組んでやろうって決めてたでしょ!〕』

「〔分かってるさ。ただ今回は数も少なかったし、今にも動き出しそうだったんだ。野に放たれると面倒だろう〕」

『〔だからってねぇ!〕』


 人の心配を何だと思ってるの、と電話口から説教が続く。耳にはもう当てずに身体の前に持った状態で、時々言葉を返しながらその場を後にした。


 その一部始終を見ている者が居たことには、終ぞリンが気付くことは無かった。




 * * *




 家に帰った少年は、ある部屋の中で落ち込んだ様子を見せていた。


「兄さん、ごめん。先越されちゃった」

「まあ……の管轄でもあったからな、想定内だ」

「え? 兄さん、あのお姉さんと知り合い?」

「いや。昔受けた依頼で知っただけだ」

「そっか……」


 知り合いというわけではない。仕事の手を止めず言う兄の様子に、弟は「ふぅん」と呟きながらその姿を見る。

 それから、ぱっと目の前に出された一枚の紙を受け取り、目を落とした。


「次で取り戻して来い」

「分かった」


 普段は優しいこの兄も、仕事に関しては厳しい。失敗を許さないとまでは言わないし、こうして挽回の機会も与えてはくれるが。

 だけど、それを辛いと思ったことは無かった。そこに、兄が居る。仲間達が居る。それだけで充分だったから。

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