中野 透 下
「そうだ!お兄ちゃん!聞いて聞いて!」
いつもの調子に戻った我が妹はいつものように雑談をしていた。
兄に懐いてくれるのは嬉しいが兄離れ出来るか心配になる。
「近くにある神社にね、ある都市伝説があるんだよ!」
「都市伝説?」
「そう!お兄ちゃんそう言うの好きでしょ?」
俺はホラーや都市伝説の類いの話が結構好きで、そういう話や心霊動画などをよく見る。
「神社の都市伝説というとあれか?季節関係無く桜が見れるってやつ」
「さっすがお兄ちゃん!やっぱり知ってたんだね!でもそれだけじゃないんだよ!」
なんでも夏美の話ではその桜の下には少年がいてその少年に願い事をすると何でも叶えてくれるらしい。
「そんな続きがあったのか…」
「本当だったらヤバくない?あぁ…行ってみようかな…」
夏美が遠い目をしていた。
余程のその先輩の恋敵は強敵なのだろう。
「何を願うんだよ?」
「もちろん!優先輩と…」
今度は目を潤ませて別世界にトリップを始める。
「18禁展開はお兄ちゃんが許しません!」
妹はハッとした顔をして乾き笑いしながら誤魔化す。
「けれど願いを叶える桜か…夏美、俺が確かめてくるよ」
俺は興味が沸いて夏美の為の下調べを建前に行ってみることにした。
その日の深夜0時過ぎ、朝の早い両親が寝静まる頃に俺は家を抜け出す。
妹も行きたがったが夜も遅いことだし、下調べと言って妹を置いて家を出る。
俺は噂の神社に行き、石段を上がり境内に入る。
寂れた社を探すとすぐに見つかりそこへ歩みを進めた。
進みながらふと俺は願い事を考えてなかったことを思い出す。
まぁたかが都市伝説なので考えるまでもないとは思うがそれなりに考えてみようと思い考えてみる。
「なにもねぇな」
俺はつい呟いてしまう。
気づけば社の後ろについていてそこには雑木林があるだけだった。
「…まぁそうだわな。所詮は噂か」
そうぼやいて明日も学校だということを思いだし憂鬱になって頭をガシガシ掻く。
別れ際の神代を思いだし明日は平穏な一日を過ごせるかと期待を抱く。
しかしあんな雰囲気は今回が初めてじゃないのでまた俺の平穏は壊されるだろう。
「あいつも静かになってくれねーかな」
またあの煩い声で突っかかってくるのかと思うと嫌気が指してきてつい呟いてしまう。
リィィィン
透き通る鈴のような音が響いて俺はハッとする。
目の前に雑木林が広がっているはずなのにそこには両端に灯籠がいくつも上へ並んでいる階段があった。
「…嘘だろ?」
俺は目の前の光景が信じられなかった。
しかし何度目を擦ってもその景色は変わらず、俺は夢見心地でその階段を上る。そこには…
「季節外れの桜…」
俺は呆然とその光景を見ていた。
美しく幻想的な桜が咲き誇り舞い散っている。
「今宵二人目のお客さんか。随分と私達も有名になったものだね」
神職の装いをした少年がこちらを見て言った。
「願いを叶える桜…本当だったのか」
「そうだよ。君には願いがあるはずだ、ここに来るだけの願いが…」
「願い…」
少年に言われて俺は考える。
「…ここに来るとき俺は願い事を探していた。だけどそこまで求める願いがなかったんだ」
そう、俺に願い事はなかった。
無欲とでもいうのか、これといって欲しいものもなければ叶えたい夢もない。
「…本当にそうかい?ここは願い事がある人のみ訪れることの出来る場所だ。君がここに来たと言うことはなにか望む事があったのではないのかい?例えば…平穏が欲しいとか…」
少年に言われて俺は思い出す。
「…そうだ、俺は確かに平穏が欲しい」
「その平穏とは?どうしたら手に入れられる?」
彼に問われ俺は考える。
答えは一つ。
「神代だな。あいつが静かになれば俺の平穏も保たれる」
「それが君の望みかい?一度桜に願えばもう願うことは出来ないよ。それでいいのかい?」
彼に聞かれて俺は自然と頷いていた。
俺が望むのは惰性の溢れた他人と関わらない孤独な平穏。
「わかった。さぁ、願って」
少年に桜の下に促される。
『俺に平穏を…』
俺が願うと大きな桜の木が淡い光を放ち一帯に満ちる。
そして光が消えると少年が俺の肩に手を置いて頷いた。
「願いは叶えられた。もう時間も遅い、気をつけて帰るんだよ。」
俺は年下であろう彼に子供扱いされているようでどこか複雑な感覚だったが言う通りに来た道を引き返した。
俺は鳥居の前まで来るともう一度振り返り桜を見た。
「…火の無いところには煙は立たないってな」
ただの噂だと思っていたものを目の前で見てどこか高揚感を覚えていた。
家に帰ると妹は寝ていて報告が出来なかったが明日から始まる平穏に俺は心を踊らせて眠りについた。
そして次の日の朝、いつも通りに起きて支度し、軽い朝食をとって家を出た。
「ダルいな」
「な、中野!」
いつもの通学路を歩いてのんびり登校していると後ろから声をかけられる。
通学路で俺に声をかけるなんて一人しかいない。
「その…中野、昨日はごめんね」
俺の腕を掴んで謝る神代。
だけど俺はもううんざりしていて手を払う。
「謝るくらいならもう俺と関わるの止めてくれないか?」
俺はそう言って振り返り、神代を睨み付けて言葉を続ける。
「もうウンザリなんだよ。俺は誰にも邪魔されない平穏な時間が欲しいだけなんだ」
「わ、私は邪魔なんてするつもりは…」
「関わってくるだけで邪魔なんだよ!もう放っておいてくれ!!」
俺が怒鳴ると神代はポロポロと涙をながし始める。
俺は驚いてしまい何も言えなくなる。
「…なんで…私はただ…ただ側にいたいだけなのに…」
神代はそれだけ言うと走って俺を通り越していった。
俺はつい追いかけるように振り向いて手を伸ばす…
キキーッ!!
甲高い機械音、何かがぶつかる音、周りの人の悲鳴。
俺が目にしたのは頭から血を流し倒れている、さっきまで涙を流していたクラスメイトだった。
それから俺はあまり何も覚えてなかった。
色々話を聞かれたりしたが何を答えたかも覚えてない。
ただ神代が救急車に運ばれる姿が頭から離れなかった。
気づけばベッドに寝ていて体を起こす。
「お兄ちゃん、起きてる?」
妹が俺を起こしに来たようだ。
「お兄ちゃん、クラスメイトの人意識戻ったみたいだよ…」
ドアの向こうから聞こえる妹の声は沈んでいた。
俺は病院の名前を聞いて家を出た。
俺は病室の前に立ちドアを開けようとして躊躇う。
どんな顔をして神代に会えば良いのだろうか?
神代が事故に合ったのは恐らく俺のせいだろう。
「…俺が願ったから…」
俺は頭を振ってその考えを打ち消す。
神代が静かになればとは思ったけど死んで欲しかった訳じゃない。
その証拠に神代は生きている。
なら俺の願いとは関係無いはずだ。
そう心の中で完結してドアを開けた。
病室には神代一人だけだった。
窓の外を見ていた神代はこちらへ振り返り目を見張る。
驚いているようだった。
俺は神代の所へ歩いていく。
「神代、目が覚めてよかった。」
声をかけると神代は顔を歪めて俯いてしまう。
「…あの時言いすぎたと思って謝りたかったんだ。ごめん」
俺が謝ると神代が顔をあげる。
俺を見つめる目は潤んでいた。
そしてまた顔を歪ませる。
そして枕元に置いてあるものを取り俯く。
よく見るとそれはメモ帳だった。
メモ帳を俺に見せる。
『私もごめんね、私はただ中野と一緒に居たかったの 私を避けようとするのが辛くて強くあたっちゃった ごめんね』
メモ帳にはそう書かれていた。
俺はそれを見たとき嫌な汗が背中をつたうのがわかる。
「…なぁ、なんで喋ってくれないんだよ」
俺の問いに神代は悲しそうに笑う。
そしてメモ帳に書いて俺に見せる。
『喋れないの 事故の影響で構音障害って言うんだって』
俺はそれを見て悟った。
ああ、俺が奪ってしまったんだな…
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