中野 透 上
「…ねぇ…今の私なら…透の好きな私でいられる?」
桜の舞い散る中で顔の見えない彼女はそう言った気がした。
「な…の…なか…中野!!」
心地よい眠りを煩い声で妨げられる。
「…うるせぇ…」
「煩いじゃないわよ!とっくに放課後よ!」
俺の前に腕を組んで鋭い目つきで見下ろしているのは
委員長気質のくせして委員長をやらず、高校に入って同じクラスになってから無駄に突っかかってくる。
「ほら、帰るわよ!」
「勝手に帰れよ」
「あんたそのまま寝るつもりでしょ!」
「流石に放課後に起こされて二度寝するほど怠惰じゃねーわ」
ダルい体を起こして帰りの支度をする。
そんな俺を変わらない鋭い目つきで待っている神代に俺はいつも疑問に思う。
別に親しい仲でもないのになんでここまで俺に構うのかと。
俺は支度を終え立ち上がり無言で教室を出る。
いつも神代は当たり前のようについてくる。
「あ…」
二人ならんで夕暮れの校庭を歩いていると神代が小さく声を上げる。
視線の先にはグランドでサッカー部が練習をしていた。
いつの間にか二人の歩みは止まっていた。
「ねぇ、中野は本当にもう…サッカーしないの?」
「…今更だろ、二年になってサッカー部入ったところで試合に出れるわけでもないし」
「でも!中野、中学のときは…」
「もうやる気はないって言ってんだよ!」
「っ!」
俺は思わず怒鳴ってしまっていた。
何故神代が中学の頃の俺を知ってるかわからないがそんなことはどうでも良い。
もうあんな目に合うのは御免だ。
サッカーをやるのも、誰かに裏切られるのも…
「…ごめんなさい」
いつも強気の神代が悲しそうに、そして怯えるようにして顔を俯ける。
俺は黙って足を進めた。
神代は怒鳴られた後にも関わらず黙って着いてきていた。
何故そこまでして俺に関わろうとするのだろうか?俺はそんなこと望んでないのに。
部活したところで努力して結果を示せば示すほど周りから疎まれ、避けられ、陥れられる。
仲間や友達なんて下らない上辺だけの関係になんの価値があるのか、自分より優れている相手に嫉妬して、上辺では笑って取り繕いながら平気で裏切る。
実に下らない。
何かに情熱を燃やすのも、誰かと合わせて笑うのも疲れた。
俺はただ惰性に過ごし社会人では仕事で縛られた感情で裏切ることの出来ない会社で仕事として割りきった関係で生きていく。
精々信用できるのは家族くらいのものだろう。
それで良い、それが良い。
独り身がどれだけ気楽だろう。
プライベートでは気を使う必要もないし、好きなことだけをしていられる。
当然仕事は切り替えてやるけどな。
だからこそ、この神代の存在が疎ましい。
煩くて、俺を引っ張り回して、ずっと側にいて。
面倒だ…
「あの…中野」
神代に呼ばれて俺は気がつく。
いつもの神代との別れ道だった。
「その、さっきはごめん…」
「…」
俺は神代に答えずそのまま帰路についた。
俺は家についてからもモヤモヤしていた。
いつものようにベッドに寝転びながらケータイで音楽を流してなにもしない。
それだけで俺は至福のときとなるのにどうしても別れ際の神代の悲しそうな声が頭から離れない。
俺が何度も寝返りをうちながら睡魔でも沸かないか期待していると、
「たっだいまー!!おっ兄ちゃ~ん!!」
「ぐぇ!」
高校1年生の妹がドアを開けると同時に飛び付いてきて俺は苦しい声を上げる。
「ぐぇ!だって!アハハ!!」
俺の上でケラケラ笑っている妹は
部活を終えてきたであろう我が妹からは制汗剤の匂いが漂ってくる。
「我が妹よ、汗臭い」
「お兄ちゃんまでそんなこと言う!先輩にも言われたんだからね!!」
女の子に臭いなんて失礼だ!とプンスカ怒り始める妹は感情豊だ。
彼女の言う先輩とは妹が恋をしている先輩で、俺と同い年らしい。
違う学校なので面識はないが話には聞いている。
その先輩は担任の先生にガチ恋をしているとも聞いた。
命短し恋せよ乙女!お兄ちゃん応援してるからな。
「ん?お兄ちゃん元気ない?」
さっきまで怒っていた妹は急に真面目な顔して聞いてくる。
バカっぽいんだけど鋭いんだよな、我が妹。
「気にするほどじゃないさ。」
「いえ!あの兄上が悩んでるなんて相当深い悩みごとでしょう!!」
「あのってなんだよ」
「たくさんの友達の相談事を受けてきたこのパーフェクトな妹様に任せなさい!」
「妹が有能すぎワロタw」
「解決したとは言ってない!!」
「ダメじゃん…」
妹と頭の悪い会話して話をそらそうとするが妹はそれを許さない。
「真面目な話だよ、お兄ちゃん」
妹に真っ直ぐ見られながら言われると流石の俺もなにも言えなくなる。
「…私知ってるよ、家ではこうやって明るく話してるけど学校ではこんなじゃないって」
「…そんなことないさ」
何故知ってるか問えばそれが答えになってしまう。
そう思ったが変に空いた間がなんとも言えない空気を作る。
「…そっか、私には相談できることじゃないんだね」
そう言って寂しそうに笑う妹を俺は優しく頭を撫でる。
「…心配してくれるのはわかってる、ありがとう。でと本当に大したことじゃないんだよ」
俺がそう言って笑いかけると夏美はいつもの輝くような笑顔で頷いた。
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